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満天の星のもとへ

 宿舎一階に続く渡り廊下を歩いていると、馬房の方から凄まじい勢いで四頭のユニコーンたちが疾走してくるのが見えた。

 あまり記憶にない行動だったので、俺は慌てて外に出た。


「どうしたっ!」


 先陣を切っていたアーが急減速すると、残りの三頭もそれに倣う。


《森の奥に乗り手の処女と散策に向かっていたベーの〈遠話〉が聞こえた。彼奴(きゃつ)は我らに助けを求めている》

「なんだと? 内容は?」

《不明だ。とにかく誰でもいいからすぐに来てくれということだ。ゆえに、我らが向かっている》

「わかった。俺も行こう」


 アー以外には、テー、ウー、シチャーの三頭がいたので、「マイアンは相方に乗って着いてこい。タナはイェルを連れて、後で合流しろ」と指示する。

 マイアンはすぐに相方であるシチャーに跨り、タナはそのまま馬房に走り出した。

 

「場所はわかっているのか」

《小さな泉だ。いつも行っているところだ》

「なら、おまえに任せる。急ごう」


 馬首を巡らすと、俺たちは疾走を開始した。

 小さな泉というのは多分「ミィナの泉」のことだろう。

 東側にぽっかりと隙間が空いていて、明け方の陽光が差し込むとキラキラと宝石のように輝く綺麗な場所だった。

 たまに天気がいい早朝、アーや他のユニコーンたちと散策をしたりしていた。

 昼間も澄んだ湧水が景色を逆写して、とても美しい風景を見せる。

 ミィナ以外の騎士たちがあまり近寄らないのは、ちょっと勿体無いと思っているぐらいだった。

 しかし、そんなところでベーが緊急の〈遠話〉をしてきたというのか。その内容が気になるところだ。

 森の入り組んだ道といえど、そもそも森が住処のユニコーンにとってはなんということもなく、すぐにベーの姿と泉が視界に入ってきた。

 最初はよくわからなかったが、近づいてみると、ミィナが倒れ伏した誰かを介抱しているようだった。

 ベーはその鋭い角で周囲を睥睨するかのように、油断なく身構えている。


「ベー、ミィナ、一体何があった?」


 アーから飛び降りると、俺はミィナのもとへ駆け寄った。

 少年のような顔がこちらを向く。

 困惑しているようだった。


「あ、セスシス殿」

「そいつは死んでいるのか?」

「いえ、まだ息はあります。気絶しているだけのようです」

「……こんなところでか?」

「はい、僕も知らない人なんでどうするべきかと悩んでいたのですが……」

《それだけではないのだ、人の仔よ》


 ベーが口を挟んできた。

 人間たちが会話をしている時には、あまりユニコーンたちがしないことだ。

 ミィナ以上に、こいつの方が危機感を覚えているのだろう。


《あれを見ろ》


 馬のくせに顎をしゃくるようにして、泉の一箇所を示す。

 黒いものが水面に浮かんでいた。

 近寄ってよく見ると、わずかだが血に塗れた黒装束の人の遺体だった。

 顔は覆面でよく見えない。

 しかし、格好からしてまともな職業の人間のようには思えない。

 背中に刺さった細い鉄の針のようなものが死因だろう。


「千本ですね、あれ」


 俺の後ろから覗き込んできたマイアンが言う。

 彼女の解説によれば、隠し武器といえる暗器の一種で、隠密行動をとるものが使うものらしい。

 さては間者か、と推測を付ける。

 では、あの遺体の人物を殺したのは気絶している人物なのか、それともその仲間なのか。

 とりあえず気絶から覚める前に拘束すべきと考え、ミィナのところに戻ると、その人物の顔が見えた。

 見覚えがある。

 間者のモミだった。

 さっき執務室で会った時とは、少し印象が違い、かなり若返ったようだった。

 それにタレ目気味だった目尻がすっきりとして、唇が細くなり、顔色も良くなっている。

 微妙に別人になっていた。

 もしかして、さっきまでの顔は変装していたのか?

 するとこっちの方が素顔なのか。

 

「ご存知の方なのですか?」

「え、知り合いなのですか、セスシス殿」

「……まあ、そうだな」


 モミが間者であることを騎士たちに説明することは、あまり得策ではないような気がしたので、言葉を濁した。

 だが、マイアンがモミの手に握られていた千本について指摘してくると、言い逃れはできなくなる。


「……仕方ない。おまえたち、他の連中には内緒にしてくれよ。この女は西方鎮守聖士女騎士団(うちのきしだん)の間者なんだ。ビブロンでの防諜や情報収集をしてくれている。今回は、この森に入ってきたらしいよその国の間者を発見する使命を受けていたところだ。……あそこに浮かんでいる死体。おそらく、こいつが仕留めたよその間者だろうな」

「この女性(ひと)も僕たちが知らなかった仲間ということでいいの?」

「そう思ってやってくれ。警護役たちと同じ、縁の下の力持ち役だ」

「……そうなんだ。こんなところで一人で戦って僕たちを守っていてくれたんだね。ありがとう、間者のお姉ちゃん」


 ミィナがいまだ気絶したままのモミに頭を下げる。

 マイアンも騎士の礼をとった。

 聞いた話では、騎士にとって間者一人の死などどうでもいいことであり、些事といってもいいことなのだそうだ。

 同じ団や隊に所属していたとしても、身分も違うし、当然、同士や仲間などと認めることなんてない。

 しかし、この二人は違った。

 自分たちの知らない陰で戦っていたモミのことを、仲間であると素直に認めたのだ。

 少し目頭が熱くなった。

 この間は、侮辱された警護役のために即座に立ち上がり、今度は陰で戦っていた間者のために頭を下げる。

 すごくいい奴らじゃないか。

 なんて、素敵な連中なんだ。

 俺はこいつらを絶対に〈雷霧〉特攻から生かして帰らせることをまた決意した。

 

「セシィ、大丈夫?」


 少し遅れてタナがやってきた。

 彼女の片腕とも言えるハーニェも連れてきている。


「大丈夫だ。本部の方では何か起きなかったか?」

「……俺が出てくるとき、騎士エイミーと何人かが奥の方に走っていた。どうやら、誰かの遺体が見つかったらしい」

「うちの団員か?」

「いや、そんな感じではなかった。でも、すぐに建物内に「警戒せよ」の鐘が鳴ったから、今は厳戒態勢になっていると思う」


 そう言うと、相方のゲーの脇に吊るしていた何振りかの剣を外し、俺とミィナに渡してきた。

 武器を持て、ということなのだろう。

 あの短時間で予備の武器を用意しているのが、いかにも冷静沈着な彼女らしい。


「よし、とりあえず建物に戻ろう。ここで襲われるとかなり不利だよ」

「マイアンとハーニェは湖面から死体を引き上げて、テーに乗せろ。……うるさい、非常時だ、文句を言うな。それから……何をしている、ウー」


 気がつくと、ユニコーンのウーが、ミィナに支えられているモミの鳩尾あたりに顔をくっつけていた。

 すると、「う……」と小さな呻きが漏れ、随分と苦しそうではあったが、モミが目を覚ました。

 

「ここは……」

「大丈夫だよ、間者のお姉ちゃん。もう心配いらないからさ」


朦朧とした意識で問うと、ミィナが答えた。


「……き、騎士ミィナ。え、え、な、何を!」

「間者のお姉ちゃんが気絶していたのを僕が見つけたんだよ。もう安心していいからね」

「―――教導騎士っ! 私の素性をバラしたんですかっ!」


 なぜか、ミィナに直接ではなく、遠目で見守っていた俺を名指しで非難してきた。

 こんなところで相討ちみたいに倒れているおまえが悪い。もし、ミィナが敵の間者より先に見つけてくれなかったら、寝首をかかれていたのはおまえだ。

 という内容を、懇懇(こんこん)と説明してやったら、


「騎士様たちに私の素性が知られたら、困るのは騎士団なんですよっ! そういうことはうまく誤魔化してくださいっ! しかも、私、すっぴんなんですよっ! 変装どころか化粧もしていないのにっ! ああ、素顔がバレたら仕事に支障を来たすのに、この唐変木ときたら……」


 さめざめと泣き出すモミの相手がちょっと面倒くさくなってきたが、ミィナが腕の中でまだ自由には動けない間者を指差して、「なんとかしてあげて」という身振り手振りをするので仕方なく慰めの声をかけた。


「……ああ、まあ、なんだ、……すっぴんのおまえは中々に美人だぞ。俺なんて見蕩れたぐらいだ。あ、どうだ? 間者やめて、騎士にでもなるか? きっと鎧も似合うぞ」


 必死になって持ち上げてみせたのに、モミはさらに大声をあげて、今度はおいおい泣き出した。

 裏方の間者のくせに感情が高ぶると手に負えなくなる奴なのだな、と俺は非常に残念に思った。

 が、どういうわけか、周りの少女たちの俺を見る目がおかしい。

 ミィナとマイアンは俺を呆れたような目で見ているし、ハーニェは憐れむがごとき表情を浮かべ、タナはちょっと頬を膨らませて非難轟々といった感じだ。

 どういうわけか、いつのまにか四面楚歌になっていた。

 

「何か言いたいのならはっきり言え」


 俺が憤慨しかけたとき、横合いからユニコーンのウーが顔を出してきた。


「ん、何だ、少し待っていろよ。俺が、ちょっと主張すべきことを主張しようとしているところだ。俺にも言わねばならぬ矜持というものがあるんだ」

《……人の仔のどうでもいい矜持の話など、我には関係ない。それよりも我の言い分を聞かねば、馬に蹴られて死んでしまうぞ》

「馬はおまえだ」

《だから、我の話を聞かねば蹴り飛ばすぞ、と脅しているのだよ。よいかね?》

「……なんだよ? 手短に話せよ」

《我は、個体名をウーという乗り手のいないユニコーンである。そのことは人の仔ならば知っていよう。我は「見合い」で相方に選んでもらえなかったのだ》

「……何が言いたい」

《だが、我は人の子に提案する。そこに倒れている処女(おとめ)を我の乗り手として認めてはもらえぬか》


 俺は自分の矜持の問題をうっちゃらかして、ウーに向き直った。

 モミは処女であっても騎士ではない。

 そして、今までの慣行に従えば、西方鎮守聖士女騎士団の騎士でないものにユニコーンは与えられない。

 しかし、「聖獣の乗り手」であることに騎士であるという条件はない。

必要なのは処女であることとユニコーンが許すことだけである。

 そうであるのならば、モミが「聖獣の乗り手」となったとしてもなんら問題はない。


「……どこが気に入ったんだよ」

《同胞の中で我のみが、この場に漂う過去の思念を読み取れる。……苛烈きわまる戦いの跡では、特にな》

「……で?」

《この処女は、蒼々とした草原と黄金色の畑、星降る夜の輝きを想いつつ、我が身を捨てて死地に赴いた。生まれも育ちも下賎なれど、だからこそ地を這う鳥のように美しい。我はこの処女となら、あの薄汚い霧の中に再び踏み入ってもいい》


 ウーは、少し前、三人目の乗り手を失った。

 それ以来、俺ともまともに語ろうとはせず、昼は馬房で結界に入り、夜はただ天空の星を眺めていた。

 もう心を許した乗り手を喪いたくないのだと行動で訴えていた。

 今回、群れの長でもあるアーに促されたものとはいえ、外にでてきたことも相当久しぶりの出来事であった。

 それは、ユニコーンの中でも最も優れた霊視の持ち主であったからだろうか。

 満天の星を愛するウーが、地の塩となることを躊躇わない間者のモミを乗り手と選んだのは、きっと運命なのだろう。

 俺はウーの頸を愛撫した。

 久しぶりに触られても、ユニコーンは嫌がらなかった。

 

「〈雷霧〉まで行くかは、モミ次第だぜ」

《構わぬよ。あの薄汚い霧に入らねば、この処女が死ぬこともない。ただ、処女が行くと決めたのなら、我は付き合うよ。そして、そこが地獄の底であっても、我が彼女をあの星空の下に連れて帰る》

「……今度こそ守り通せよ」

《君に言われるまでもない》


 俺はまだまともに動けない間者のもとに行って、膝をついた。

 モミはすでに泣き止み、俺を不思議そうに見つめている。

 その頭に手を当てて、子供のように撫でてやった。

 いきなりの俺の態度に真っ赤になるが、拒絶はしなかった。


「……あのユニコーンはウーっていうんだ」

「あ、そうなんですか」

「気を当てられて昏倒したおまえに、別の方向から気を当てて腹中にわだかまっていた分を抜いてくれた」

「……ありがとう」


 ウーに礼を言うモミ。

 素直な奴でもあるようだ。


「奴はおまえのことが気に入ったそうだ。だから、おまえ、『聖獣の乗り手』になれ」

「えっ!」

「……身分は間者のままでもいい。だが、おまえが望むなら〈雷霧〉にまで連れて行ってやる。おまえの好きな世界を守らせてやる。裏や陰からじゃねえぞ。華々しい表舞台で舞わせてやるよ。……どうだ?」


 モミは一度だけ、俺の顔から目を逸らせた。

 それから、正面から真っ直ぐにこちらを見て、


「無茶を言わないでください。私の仕事は裏方ですよ。騎士様たちが〈雷霧〉に特攻するときまで生きていられる保証はありません。それまでに、膾のように斬られたり、虫けらみたいに潰されたりしている可能性の方が高いんですから。絶対に無理な話ですよ。……それでも、もし、その日まで生きていられたら……」

「……生きていられたら?」

「……騎士様たちの後ろを目立たないようについていきますよ。それでいいんでしょう?」

「ものわかりがいいじゃねぇか」

「……教導騎士はどうせ頑固で譲ってくれないでしょうからね」

「ああ、そうだな」


 俺は莞爾として笑った。

 見渡すと俺たちを囲む少女たちも微笑んでいた。

 こいつらに騎士だ間者だという身分の違いは関係ないらしい。

 どうせ、死にに行くのと一緒の〈雷霧〉特攻をする仲だ。

 死んでしまえば皆が平等なのだから。

 

 こうして、間者であるモミは、そう遠い未来のことではない新たな〈雷霧〉発生時に、西方鎮守聖士女騎士団の一人として参加することが決まったのだった……。

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