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その後……

 セスシス・ハーレイシーとその妻となったであろう七人の少女騎士、そして六頭の元ユニコーンたちが、その後どうなったのかを知るものはいない。

 少なくとも、彼らが救った世界においては、過去にも未来にも、彼らの消息についてわかる情報は存在していないことは確かである。

 混沌の泥の海へと〈方舟〉に乗って出航した彼らはいったいどうなったのであろうか。

 数百年後、とある冒険者の一団が〈紫の神〉の端末と名乗る存在と遭遇したときに伝え聞いた話によれば、〈方舟〉での別れまでははっきりとしているとのことだ。

 そうである以上、セスシスたちは小舟に乗っておそらくは別の世界へと流れついたのではないかと想像されている。

 神の端末もそのことは認めていたということである。

 では、辿り着いた別の世界で、彼らはどのような人生を送ったのだろうか。

 ユニコーンの力の反射的な効力で、半神半人と呼ぶに相応しい力を備えるにあたった彼らのことであるから、どのような危機に遭遇したとしてもきっと逞しく切り抜けるであろうことは確かであったが、あれだけの激闘を終えた彼らなのだから、残りの半生はどんな争いにも巻き込まれずに静かな余生を過ごしたものと思いたいところだ。


 ……ただ、セスシスの出身であるとされる世界において、少しだけ気になる事柄がある。

 彼の生まれ育ったであろうと言われている場所からわずかに離れた地域。

 奥多摩と呼ばれている山に囲まれた場所に―――険峻そのものといった未開の窪地がある。

 現在は別の名前で呼ばれているが、戦前までは白馬峠といわれていて、その近くに小さな村が一つあるだけの猟師でさえ滅多に近づかないという辺鄙な場所であった。

 雨舟村というその村は、随分と歴史があるようだが、ほとんど外部とは交流がないことから、明治初頭までは地図にも載っていなかったそうだ。

 修験者や武芸者、山窩といったものたちが、よく訪れていたということだが、中には忍びや落ち武者という表には出られない種のものたちもいたという。

 そういった曰く付きのものたちとも交流があったことから、村人たちはイザナギ・イザナミの国造りの際にどこからともなく流れてきた小舟に乗ってきた人々の末裔だと言われていたり、戦国時代に活躍した勇名だが生まれがはっきりしない武芸者たちの出身地であったとか、色々と華々しい尾ひれがついた噂が流布されている、知る人ぞ知る村だったようである。

 もっとも、時に大がかりな野盗の襲撃があったとしても村人が総出で退治してしまうということから、もともと強い武将の末裔が落ち着いたのだろうと結論付けられていたようではあるが。

 村には昔から七つの家系が存在するが、どれもが祖を同一にする親戚であるということであった。

 ただそれだけならば特に問題がある訳ではない。

 国中のやや閉鎖的な村落や隠れ里の類と変わらないと言えるからだ。

 しかし、雨舟村とその周囲には奇妙な言い伝えがあった。

 険しい山々の多い地域にもかかわらず、村の近くには野生の馬たちの群れが多数棲息していて、彼らが村人をいつも見守っているというのである。

 奥多摩は野生馬が棲みやすい地域ではない。

 むしろ逆の環境だというのに、何百年もの間、村の周囲には国内の種とは思えないほどの体格のいい馬たちが群れをなしていた。

 しかもそのすべてがサラブレッドに匹敵するほどの良馬ばかりであり、かなりの確率で真っ白な皮をした長によって率いられていたという。

 あまりに神々しいその威容に魅せられ、近隣の住民たちは彼らのことを御仏の御使いと崇め奉っていた。

 この馬たちの存在ゆえに、雨舟村はこうも呼ばれていた。


 〈神馬しんめの村〉


 と。

 さて、これらの事実はあの何処へともなく旅立った男女とユニコーンたちのものと結びつけられないものだろうか。

 もし想像をたくましくするのであれば、時の神の端末より譲り受けた神の舟にのった彼らがここに辿り着き、村を作り、幸せに生涯を送ったと考えるのもやぶさかではあるまい。

 セスシス・ハーレイシーが、自分についてきた妻たちと寄り添い、彼女たちが産んだ子供たちやさらにその孫たちと暮らし、時代こそ違えど自分の故郷に骨を埋めたと考えるのは決して悪くない妄想であろう。

 もう二度と彼らを争いに巻き込もうとは、どんな残酷で容赦のない神ですら考えようとは思わないはずだからである。

 もっとも、今の時代ではこれらの妄想が事実であるとする客観的証拠はない。

 雨舟村ができたのは、おそらく最低でも五百年以上前の出来事なのだから。

 ただ、もし無理にでも証拠をあげてみるとしたら、雨舟村で一番大きな屋敷を持つ家系の家紋を見てみるといいかもしれない。

 この国の家紋としては非常に珍しい、交叉する刀と槍、そして角の生えた馬の横顔がデザインされたものであるからだ。

 牽強付会となるかもしれないが、それはどことなく聖士女騎士団の紋章に酷似してはいないだろうか。

 だが、それでも真実の裏打ちとする根拠としては弱いかもしれないのではあるが。

 では、あともう一つ。

 その家の家名も参考になるかもしれないので挙げておこう。

 七つある家系の中でも最も大切にされているその家の名は……



「晴石」


 というのである。








  聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉

  完結

 

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