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救世主たちへの報酬

 ―――おれたちは〈方舟〉の内部に収納されていた小舟を譲り受けて、その中に乗り込んでいた。

 おれと騎士たちが七人で、合計八人の人間たちと、角をなくした元ユニコーンたちが六頭。

 それがこの小舟の乗客だった。

 桁違いのサイズを誇る〈方舟〉と比べれば小さいとはいえ、ちょっとした運動場ぐらいの大きさがあるのでユニコーンたちにとっても十分な余裕がある。

 とはいえ、どれぐらいの時間を過ごすかわからないので心配といえば心配だ。

 小舟を譲ってくれた“ゆかり”こと〈紫の神〉の端末は、


『どこか適当な場所まで乗せていってあげたいが、この〈方舟〉は本来定命の人間たちを乗せてはいけないのでね。勘弁してほしい。だが、その小舟ならどこか住みやすい世界にまでならいけるだろう』


 と、言っていた。


「おれたちのいた世界には行けないのか?」

『君たちが破滅の喇叭を吹いたせいで、世界の涯そのものが不安定になってしまっている。この〈方舟〉でさえ、あと数百年単位で陸地には辿り着かないだろうね。それなら、その小舟―――アメノトリフネの方がいいはずだ。そんなに時間がかからずに適当な世界に着くと思う』

「アメノトリフネ?」

『綺麗な名前だろ』


 昔、どこかで聞いたことのある名前だ。

 だが、学生時代に勉強が得意だったわけでもないので思い出せなかった。


「もう、元の世界に帰れないということはわかった。ただ……」

『ただ、何かな?』


 おれは傷ついてはいても無事に生き残った七人の騎士たちを見やって、


「おれたちのいた世界の―――仲間たちがどうなったか、もし知っていたら少しだけでも教えてくれないか。おまえが神の端末というのなら、少しぐらいは未来がわかるんだろう? もう歴史を変える〈剣の王〉はしばらく振るわれないんだから」

『少しでいいのかな?』


 タナたちが頷く。

 もう戻れないとわかっているからこそ、仲間たちがどうなったかを知りたいという想いがあるのだろう。

 同じ釜の飯を食い、地獄の戦場をともに駆けた仲なのだ。

 故郷に残してきた家族のことも。

 騎士団の使命とおれを追ってこんなところまで来てしまったが、気にならないはずはないのだ。


『……そんなに細かいところまでは教えられないけど、君たちの祖国は今の女王の御代から次代の王までずっと大きな戦争にも巻きこまれずに平和に過ごすよ』


 全員の眼に安堵の色が浮かぶ。


『〈白珠の帝国〉での戦いから一年後ぐらいに、帝国が超大規模な儀式魔導で帝都を別の次元に移動させたおかげで、西域の土地はほとんどバイロンのものになるんだ。それについて他国からのちょっかいもあったが、君たちの女親分が頑張ったせいもあって、おそれられていた〈雷霧〉戦後の大戦争は小競り合い程度で終わった』


 ネア……。

 そうか、やっぱりおまえは故郷を守ったんだな。

 胸が少しだけ痛くなったが、忘れることにした。

 もうおれたちは会うこともないのだから。


『あとは平和なものさ。聖士女騎士団の騎士たちも生き残った後しばらくしてから退団して、のんびりと暮らしたみたいだしね。君らが名前を知っている連中は、あんな時代には珍しくだいたい天寿をまっとうしたみたいだよ。良かったじゃないか』


 誰かがすすり泣いた。

 最年少のミィナあたりかと思ったら、ナオミだった。

 誰よりも人を守りたかった意地っ張りの少女にとって、それは何よりも願っていたことなのだろう。

 最高の親友に肩を抱かれて、声を我慢しながら泣き続けていた。


『……ただまあ、知り合いのことよりも君たちの方がずっと大変だけどね』

「どういう意味だ?」

『〈雷霧〉という未曽有の大災厄から世界を救ったユニコーンの化身と、その使徒たる七聖女。ここにいる君らの人気はそりゃあ凄いことになるんだよ』


 おれは面食らった。

 大変ってそれかよ。


『そうだね……、聖一郎。この世界で〈ユニコーンの七聖女〉といえば、君の世界での三国志演義やアーサー王の円卓の騎士並に千年以上たっても語り継がれる英雄譚になるんだよ。戯曲や映画だけでなくて、漫画やアニメ、ゲームにもなったし、カードゲームにもなるんだよ』

「アニメ……、カードゲーム……」


 さすがに絶句した。

 時代が進めばおれの世界と同様の文化の発展をすることもあるだろうが、自分たちがそんなものの題材になるとは想像もできなかった。

 騎士たちはというと、意味が不明らしくきょとんとしているが、まあわからなくていいだろう。

 三国志って関羽とか趙雲とかか……。

 円卓の騎士だと、タナがガウェインでノンナがランスロットとかかよ……。

 この世界の未来でおれたちがどういう扱いになっているのかと思うと薄ら寒いな。


「それは衝撃的だな、おい……」

『そうそう、特にね、君たちの性別を逆転して恋愛中心に作られた女性向けのゲームなんて、世界的に大ヒットして社会現象になるみたいだよ。良かったね』

「良くねえよ! つまり、おれが女の子になるってことじゃねえか! なんだよ、その腐った世界は!」


 やばい。

 歴史に名を残すということがこれほどまでに恐ろしいなんて考えたこともなかった。

 うーん、命がけの戦いで平和が戻るというのは嬉しいが、その報酬としてもらうのにはこういうのは止めて欲しいぜ。


「セシィ、なにを怒鳴ってんの? 私たち、話の流れがよくわからないんだけど……」

「気にするな。たいしたことは言ってないから」


 タナが不思議そうに聞いてきたが、答えられる内容ではないので誤魔化した。


『くくく』


 楽しそうに笑ってやがる“ゆかり”の頭をひっ叩き、おれはアメノトリフネという小舟の舵を握った。

 そろそろ出航しようか。

 時間が決まっている訳ではないが、いつまでもじっとしているのも考え物だ。

 神の端末のくせに乱暴に扱われたからか不平面をしている“ゆかり”に手をあげる。


「じゃあ、そろそろ行くぜ。おまえが何をしたかったのかはよくわからないが、とにかくもう一人の〈俺〉のために色々してくれてありがとうな」

『別にそういうわけじゃない。あと、僕は君ら人間にとっては、争いを引き起こしたただの災厄なのだから、そういう友好的な態度はよくないよ』


 だが、おれは普通に笑って言った。


「そういうことにしておく」


“ゆかり”が手を翻すと、アメノトリフネがゆっくりと〈方舟〉から離れ始める。

 黒い何が詰まっているかわからない混沌の海への船出だった。

 徐々に遠ざかりつつある〈方舟〉の縁で“ゆかり”がずっとこちらを見送り、立ち尽くしていた。

 あいつはまた独りになったのだ。

 多分、〈俺〉=ホルツェルナがいたときだけが、あいつにとって孤独でない時間だったのだろう。

 同情だけがあったのか、それとも友情まで産まれていたのか。

 人ではない神の端末のことなのでおれにはわからなかった。

 ただ、あいつが〈俺〉を友と呼んでいてくれたことがとても嬉しかった。


「セスシスさん」


 すぐ後ろにノンナがいた。

 ナオミ、マイアン、ミィナ、クゥ、ハーニェ、そしてタナ。

 魔導力を喪い、もう会話もできなくなった親友ユニコーンたちもいた。

 その中の一頭、常に傍にいてくれた“ロジー”の頸筋に手を当てて、


「この舟がどこにいくかはまだわからない。ただ、戦いは終わった。ユニコーンの騎士はもうここで廃業だ」

「そうだね。もう“イェル”くんたちもユニコーンじゃないし」

「―――おれはこの世界に召喚されて、すべてを喪った。でも、最期にはどうやら帳尻がついたようだ。大切な家族を手に入れたからな」


 おれは拳を握り、みんなに突き出した。

 聖士女騎士団における最高の儀式だ。

 今となっては元騎士となった女たちもおれに倣って拳を突き出す。


「ナイス・ファイト!」


 全員の声が重なり、宙に消える。

 すべての終わりだ。

 聖士女騎士団は使命を果たし、世界を守った。

 その報酬として、今度はおれが家族を守らなくてはならない。

 親友に言われた通りに。




《―――そろそろ、ユニコーンの少年騎士などという子供の肩書は捨てろということだ。我らユニコーンは処女おとめを守ることを使命としている。ならば、その乗り手となるものの使命は―――自分の妻を守ることだろう》








 ―――なぜなら、おれは〈ユニコーンの騎士〉なのだから。




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