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声よ、届け

「“イェル”くん……一つだけいい?」

《何かね?》


 どこまでも優しい物言いの相方に対して、タナは少しだけ表情を翳らせ、


「ユニコーンの一角が魔導の〈角笛〉になるっていうけど、それは君たちが絶対に消滅するということ。……“エリ”や“ベー”たちみたいに」

《そうなるな。だが、構わんよ。我が同胞たちのように、乗り手のためにあえて道具となるのは聖獣の本懐である》


 だが、タナはしつこく食いついた。


「でも、少しだけ魔導力を残すということはできないの?」

《なんのためにだね?》

「……ユニコーンではなく、ただの白い馬として生きるということは……できないかな?」


 タナにしては躊躇いがちな口調だった。

 それはさっきまでの決意を穢すことになるかもしれない、ある意味では未練とも呼べるものだからだ。

 しかし、ユニコーンたちは怒りも笑いもしなかった。


《―――可能だよ。ただ、それは我らがただの馬となることだ。今の霞を食べて生きる清潔な聖獣ではなくなり、汚い飼葉を食み、泥水を啜り、糞尿を垂らす、美しさというものをまったく感じさせないただの馬という生物にね。もちろん、〈念話〉もできないから君たちと語り合うこともできない。それどころか、知性さえも徐々に衰えて、最期には野生の動物程度にまで落ち込むだろう。そうなって、君たちに迷惑をかけることになることが我らとしては心外なのだよ》


 タナの挙げた提案は優しさからでたものであったが、同時にユニコーンたちにとっては恐怖ともいえるものだった。

 生物が老いて死ぬことを怖れるように、彼らはただの生物になり乗り手に迷惑をかけることをおそれたのだ。

 ことここに至っても、ユニコーンは優しく思いやりがあり、誇り高い幻獣たちであった。

 五頭は同意するかのように首を縦に振る。

 それを聞いて、クゥが前に進み、“シチャー”の頸筋を抱く。

 彼女の吶もり癖はすでになくなっていた。


「そんなことを気にしていたのですか、“シチャー”。気にしすぎです。……貴方はマイアンの相方ですけど、彼女に代わってわたくしが答えますわ」

《……》

「馬もユニコーンも人間の友です。そして、貴方たちはいつまでもわたくしたちの相方です」

「それに……」


 話を継いだのはミィナだった。

 彼女は“ゲー”の鬣を撫でさすり、


「どうせボクたちだって、すぐにおばさんになって、お婆ちゃんになるんだよ。それどころか、すぐに……あの……処女じゃなくなっちゃうと思うし……」

「これは驚いた。ミィナも男女の性的関係について知っていたのか。これはびっくりだ。あのミィがねえ……」

「ちょっとナオミ姐さん! 酷いよ! ボクだってお年頃なんだよ!」

「ははは、まあまあ」


 そのまま、ナオミは自分の“エフ”の頸を撫でる。

 誓った通りに徹頭徹尾、彼女を守って戦った勇気あるユニコーンを。


「わたしはおまえがユニコーンでなくなったとしても一緒にいたいと思っている。……いつまでもわたしたちを見守ってくれるんだろう?」

《それでいいのかね、ナオミは?》

「あたりまえじゃないか」

《そうか。……いつか、前の乗り手たちに胸を張って報告ができるよ》


 気持ちはノンナも同じだった。

 ぎゅっと相方の“オー”を抱きしめて、


「もう“オー”と話ができないのだけが残念です」

《……まあ、仕方ないことだ。それにただの馬となったら、そうだな、我に似合いの雌馬でも探してつがいとなるさ。雌馬というのも少し気になってはいたんだ。ただ、ノンナの胸には及ばないと思うがな》

「胸?」

《―――ああ、別になんでもない! 気にしないでくれ! 早く雌馬を捜しに行きたくてワクワクしているぐらいだぞ》

「ふふふ、“オー”ほど朗らかで冗談好きで気のいいユニコーンを自分は知りませんわ。ありがとう、私のユニコーン」


 ユニコーンたちはタナの提案を良し、とした。

 例えただの生き物に堕したとしても、死ぬまで愛した乗り手たちといくことを選んだのだ。

 お別れはしたくない。

 だからこその、未練だった。


「“イェル”くん。今までありがとう。そして、これからもよろしくね」

《ああ、ユニコーンの姫君。君がいるから、我らは決断できた》

「でも、セシィのために君たちを犠牲にする私たちを恨んでもいいんだよ」

《なあに、あの人の仔は、我らにとっては唯一無二の雄の親友なのだ。彼と会えないということは、もしかしたら君たちと別れるよりもつらいことなのかもしれないのだよ。だから、まったく気にしなくていい》

「……セシィって、みんなにモテるね」

《頑張り屋は我らの好みなのだ》

「そっか」


 にこりと微笑むと、タナは右の“月火”を相方の一角に向けた。

 同様にすべての騎士が剣をユニコーンたちに添える。


「〈角笛〉をここに!」


 光る白刃によって容易くユニコーンたちの生命の源は落ちる。

 黄金の粒子とともに。

 それが聖獣の魔導の煌めきだと皆が理解した。

 粒子は空中で固定され、渦巻く螺旋を描き、ほんの数秒ろくろのごとく回転すると、そのまま槍の穂のような鋭い角はまばゆい角笛の姿になった。


「これが……〈角笛〉なの?」


 と訊いてみてもユニコーンたちはもう〈念話〉で返さない。

 そうだ。

 もう、彼らはユニコーンではない。ただの馬にすぎないのだ。

 形容しがたい淋しさを覚えながら、少女たちは宙に浮かぶ〈角笛〉を手に取った。

 重さはない。

 だが温かい。

 陽光を手に取っているような、そんな感触だった。

 春の気持ちいいベランダで日向ぼっこをしているような気分になれた。

 流れるような動きと共に、少女たちは〈角笛〉の吹き口に唇をつける。

 力を込めて吹き鳴らす。

〈角笛〉は高らかに鳴り響き、その音色に呼び寄せられたかのように、天に大きな穴が空いた。

 暗雲どころか闇そのものが凝結したかのような空に、さらに深い闇が口を開いたかのような不気味な光景だった。

 光さえも逃げ出せないであろう深淵の口腔。

 騎士たちは誰も奥を見通すことが叶わなかった。


《どうやら届いたようだ。だが、あれが空いただけででは足りない。もう少し、こちらを具体的に特定できるだけの音量が必要だ》


 それでも“ゆかり”にはなにかが見えるらしい。

 ただ、タナたちにはわからない。

 神の端末ほどの視力がなければわからないほどの闇なのだろう。


「……もう一度、吹けばいいの?」


 タナは息も絶え絶えな状態になりながらも気丈に言い放った。

 一瞬にして足腰が立たなくなりそうなぐらいに疲弊しきってしまっていた。

〈角笛〉の力にすべてをもっていかれそうになったのだ。

 しかし、その眼からは気合は零れ落ちない。

 ただ一吹きしただけで汗が滴り落ちるほどに疲れ切ってしまったが、それでもかまわない。

 ここに自分たちがいるということを遠く離れた男に伝えられるのならば、死んだっていいんだ。


《いや、どうやらあと数本〈角笛〉がいるみたいだね。だが、ここにあるのは五本だ。預言の通りならば七人の破滅の喇叭の吹き手が必要なんだが……》

「―――ここにはいない、と」

《ああ》

「じゃあ、仕方ないよ。もう一度ここにいる全員で吹こう。〈角笛〉の本数が足りなくても、何度でも挑戦すれば補えるかもしれない」

「そうですね」

「いい考えだ」

「さすがタナ従姉さん」


 タナ同様、他の騎士たちも体力を根こそぎ奪われそうになっていた。

 立ち続けるのも辛いというぐらいに。

 それでも、息も絶え絶えだというのに、少女たちは諦めない。

 彼女たちが手にしているのは、相方が自分たちを捨ててまで作り出してくれた魔具―――希望の道具なのだ。

 決して無駄にして堪るものか。

 あらゆる世界の涯までいって勝利を掴んだ英雄を取り戻すために。


「いくよ!」


 掛け声をかけてもう一度、一斉に〈角笛〉を吹き鳴らした時、どこからともなく、彼女たちのものと同じ音が響き聞こえてきた。

 耳を澄ますとわかる。

それは足元からだった。

 

《……まさか!》


“ゆかり”は予想もしてない事象に戦いた。

 まさか、まさか……

 彼はこの期に及んでもまだ人を、聖士女騎士団の少女たちを侮っていたのだ……。





       ◇◆◇




「―――あれでいいのかなあ」

「これを吹けばいいとばかりに現われたのだから、吹かない訳にはいかないだろう?」

「それもそうだね」


 すでにボロボロになった魔導鎧を脱ぎ捨てながら、疲れ切った姿勢で壁に寄りかかったまま、ハーニェは深々と息を吐いた。

 ついさっき、カバンに入れていた“エリ”と“ベー”の一角が突然光り輝きまるで角笛のようになった。

 ユニコーンの騎士としての本能とでも呼べる衝動が彼女たちを突き動かし、頭上で轟き渡った音色に合わせて吹き鳴らした。

 三千もの〈妖魔〉の前に立ち塞がり続け、一昼夜戦い続けた結果、ほとんど動けなくなっていた彼女たちにとって最後のエネルギーを注ぎこんだ一吹きであった。

 もう周囲に蠢く白い〈妖魔〉たちを排除することはできない。

 指一本すら動かせない。

 だが、それでも満足だった。


「きっと、あれを吹けってのが“ベー”たちの遺志だからね」

「なんといっても〈お守り〉だからな」


 二人は疲れた顔のまま笑いあった。

 もうあと数分は命を長らえたかもしれない体力のすべてを費やして、もしかしたら何の意味もない無駄なことをしてしまったかもしれないのに、後悔はどこにもなかった。

 彼女たちはユニコーンとともに戦う騎士。

 例え死しても幻獣たちの想いを疑ってはならない。

 疑っていたら未来はなかったのだ。

 だから、まるで意志があるかのように空中に浮かんだ〈角笛〉を反射的に手に取り、唇を近づけた。


「じゃあ、これで終わりかな」

「もうすぐ八つ裂きにされるぞ。拙僧―――いや、あたしは処女のまま死ぬのは少し残念だ」

「生臭だね、マイちゃんは」

「いいさ。どうせ、もう廃業しているから。今のあたしの職業は専業主婦だ」

「あれ、オレとかぶっているよ」

「奇遇だな」

「奇遇だね」


 ……だが、二人がいくら覚悟を決めていても、周囲を取り囲む〈妖魔〉たちは襲い掛かってくる気配を見せなかった。

 それがユニコーンの一角から造られた〈角笛〉の効力だと彼女たちが知るのは随分と先のことである。




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