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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
最終話 聖士女のユニコーン
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時の果てのセスシス(Seiitiro at the End of Time)

 感触はあった。

 壊れてしまったものが元通りになったという感触が。

 もちろん、そうでなければ意味はない。

 おれのやるべきことはそれだったからだ。


《〈剣の王〉が消えたな》

「……ああ。リュシェンドの気配ももうしない。神話の時代から続く仕事を終えたんで、元の場所に帰ったんだろう。きっとあいつのための安置所みたいな場所があるんだよ」

《だろうな》


 いつのまにか手の中から消えた神器のことをおれは忘れることはないだろう。

 おれ程度の普通の人間が神様の真似事をさせてもらったのだから。

 大きすぎる力を握った記憶は鮮烈すぎた。

 しばらくしてから、周囲を見回す。

 黒い、闇だらけの空間だ。

 上を見れば、銀河というか天の川のような夥しい星の瞬きで溢れ、宇宙空間の中に放り出されたみたいだった。

 だが、おれは二本の脚で立っている。

 宇宙というか、世界の縁という風景だ。

 時の涯、と“ロジー”が言っていたが、きっと時を切り裂く神器を振るうための場所―――戦場だったのだろうな。

 そして、古戦場らしくすべてが終わった後は寂しい風だけが吹き付ける。

 おれの心だけを冷たくする風が。


「―――帰ろうぜ」

《どこへだ?》

「おれたちが来た世界だよ」

《難しいところだな。ここは時の涯だ。余の全魔導力を駆使したとしても、目指すところに辿り着ける保証はない》

「それでもいいさ。待たせている奴らがいる。早く帰ってやらないとな」

《よい心掛けだ》


 おれは“ロジー”の背に飛び乗った。

 温かく、居心地のよい馴れた背中だ。

 どこへともなく歩を進めだす相方のリズムを感じながら、おれは疲労が全身に蓄積しているのを感じていた。


「……戻ったら、浴びるほど酒が飲みたい」

《誰が許可をださなくても勝手に飲むだろう、君は》

「人をアルコール中毒みたいに言うな」

《たいして強くもないくせに、酒飲みぶるからだ。とはいえ、君が運よく居場所に戻れたとしてももう好き放題はできないと思うぞ》

「どうしてだよ」

《……忘れたのかね? 君には妻がたくさんいる。夫というものは妻には頭が上がらなくなるものだ。そして、妻というものは夫の自由を制限するものだ。恋人の頃はどんなに優しくてもね》


 両親のことを思い出した。

 確かに、そんなところはあったような気が……。


「だが、おれは酒がないと生きていけないんだが」

《夫の事情を斟酌してくれるかは、当の嫁たち次第だ。頑張って説得したまえ》

「やれやれだ」


 おれたちはずっと歩き続ける。

 どこにもゴールは見えない。


「どのぐらい遠いんだ、ここから?」

《だいたい余の知識では56億7000万年後の未来あたりだろうな。そのぐらいは経っている》

「……どこかで聞いた数字だな。釈迦の入滅以来……ってところか?」

《君は世の救い人だからな》


 ふん、いつの間におれは弥勒菩薩の再来にでもなったんだよ。

 そういうのはもっと高潔な悟りを開いた人がやるべきだ。

 ただの男の仕事の範疇ではないよ。


「それだと、みんなのもとに帰るのはだいぶ先だな」

《仕方あるまい。しるべ無き旅だ。せめて、目印になるものでもあれば話は別だがな。こんな気が遠くなるほど隔絶した世界では、それすらも期待できん》

「ち、せめてリュシェンドだけでも手元に残しておくべきだった。話し相手は多いほうがいいからな」

《あの神器では、姦しいだけだったと思うがね》

「旅は道連れなんだぞ」


 だけど、56億7000万年後か……。

 まともな世界に帰れるのはいつのことやら……。


 おれは仲間たち―――もし戻れたらおれの妻になる連中のことを思い出して、少し反省した。

 勢いだけで突っ走ってきたが、それがあいつらにとって良い結果になるとは限らないのだ。

 あいつらが死ぬまでにおれが帰れる保証はない。

 だったら余計なことを言わずに別れればよかったかもしれないと、と。

 しかし、それは卑怯だな。

 おれはあいつらの好意をわかって利用して来たのだ。

 最後ぐらいは誠実でありたかった。

 それが自己満足だったとしても。

 だから、おれはその自己満足を遂げるためにもなんとかしてあいつらのところへ帰ろう。

 例え道標はどこにもなくとも。

 親友と二人で歩いて行こう。

 ……二度と誰とも再会できなかったとしても。






 その時、どこからともなく誇らしげな角笛の音が響き渡ってきた。



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