人の世はひたすらに狂う
ドゥールグ歴 1119年。
南方の蛮族シャー族による初めての略奪が確認される。“草の道”内の戦いにおいて、三か国連合軍が敗北。三か国の一つオーパの老将軍イン・アーケスが戦死する。沿岸諸国はシャー族との間に屈辱的な条約を締結させられる。
―――〈剣の王〉による改変
ドゥールグ歴 1120年。
第五国家フバントが建国される。フバントはシャー族と同盟し、他のドゥールグ沿岸諸国を片端から蹂躙し、オーパ大公国、ニーアス侯国、ガリ・クッニャ・ハッハッド、ザムングの四か国はほぼ崩壊する。
死者は十二万人に達すると言われている。
◇
大陸歴 1840年
クラーメ族の王ノナマック・エークとトロウルの英雄アーダーベアとの間に協定が結ばれ、数多くの魔境探検が行われる。その際に発見された幾つかの薬草の力で、ソベル梅毒の特効薬が作られ、人々を悩ましていた不妊治療が一歩前進することになる。
―――〈剣の王〉による改変
大陸歴 1838年
クラーメ族の王ノナマック・エークが王宮内で暗殺される。同時に王都カーフにおいて、半竜半人の魔人が暴れ回り、五百人の民が殺害される。その死体が食肉としてトロウル族に横流しされていたことが判明し、人とトロウル族との間に大きな亀裂が生じる。ソベル梅毒によって〈俊足の勇士〉ベナクーンが病死する。
◇
大陸歴 1888年
第一次精霊抗争。〈殺戮の王〉が他の三柱の魔霊王たちを支配しようと企むが、“隻眼の虎”ことメンツァー・ダ・サウスザンディーの活躍によって、表に出る前に鎮圧される。メンツァーと組んでいたバイロンの騎士“斑猫”のイレーミ・ア・インスティンはそのままストゥーム王家に嫁ぎ、王妃となる。
―――〈剣の王〉による改変
大陸歴 1901年
第一次精霊抗争。〈謀反の王〉と〈怒涛の王〉の二柱の精霊王がバイロンの王都バウマンにおいて黒死病を流行させ、二十万人の死者を出す。人口の二割を失い、〈青銀の第二王国〉バイロンは危急の状態に陥る。
◇
帝国歴 2548年
271代皇帝パフィオ・アライト・ラーエック・ニンン、〈剣の王〉を振るい、未来を改変する。この後、帝国は帝都のみを大陸から分離し、別次元への移転を試みてその結果として他の世界への遷国に成功する。
―――〈剣の王〉による改変
帝国歴 2548年
271代皇帝パフィオ・アライト・ラーエック・ニンン、帝都が〈王獄〉によって崩壊したことで、西へと逃亡する。〈白珠の帝国〉ツェフの事実上の滅亡。2500年続いた人の時代の終焉である。
◇
大陸歴 2011年
長らく続いていた〈雷霧戦役〉が終焉を迎える。〈白珠帝国〉から人類守護聖士女騎士団は英雄として王都に凱旋する。周辺諸国との諸王国会議が開催され、バイロンより西の帝国領土に至るまでは暫定的にヴィオレサンテ・ナ・ユラシス・ストーム個人の直轄地となる。領主としてオオタネア・ハーレイ・ザン将軍が赴任する。
〈青銀の第二王国〉バイロンの三度目の繁栄期が始まる。
―――〈剣の王〉による改変
大陸歴 2012年
東方より連合諸国による進行が始まり、バイロンの王都バウマンが包囲される。元聖士女騎士団の騎士ナオミ・ハーレイ・シャイズアルが防衛の指揮を執るが、逃亡兵を後ろから射殺す督戦隊を作るなどの非道な命令を下すため、兵たちに憎まれる。包囲軍を撃退するものの、シャイズアル将軍は何者かに暗殺されて死亡する。
◇
大陸歴 2012年
ヴィオレサンテ・ナ・ユラシス・ストーム国王、外戚より婿をとり、二子を授かる。嫡子が後のシルヒサーフ・ダ・ラレンカイル・ストゥーム王である。この年、〈白珠の帝国〉が帝都のみを大陸から分離し、別次元への移転したことが判明する。以後、西域はバイロンの版図に組み込まれるが、一種の自治区として扱われる。領主は引き続き、オオタネア・ハーレイ・ザンであるが、彼女の側近としてシャツォン・ハーレイ・バーヲー子爵夫人がついていたという。
―――〈剣の王〉による改変
大陸歴 2014年
バウマン北部のスルレマン平原の戦いにおいて、オオタネア・ハーレイ・ザンが敵方の矢を眉間に受けて戦死……
―――
……
……
「ふざけるな!」
俺は怒鳴った。
対抗するように俺が〈剣の王〉を振るうと、
◇
〈剣の王〉による再修正
大陸歴 2013年
ヴィオレサンテ・ナ・ユラシス・ストーム国王、外戚より婿をとり、一子を授かる。後のシルヒサーフ・ダ・ラレンカイル・ストゥーム王である。この年、〈白珠の帝国〉が帝都のみを大陸から分離し、別次元への移転したことが判明する。西域に残留した元法王派の軍人たちと、領主であるオオタネア・ハーレイ・ザンは数年にわたる内戦を経験することになる……。
◇
俺の眼にはこの世界の過去と現在と未来がすべて流れていき、もう一人の俺が〈剣の王〉を振るったことによって歴史が改変されていく一部始終を見せつけられていた。
まったく知らない時代の話だけではなく、俺がよく知る人物のその後の歴史までが大きく改竄され変更され修正されていく。
それは何気なく〈剣の王〉が振り下ろされるだけで、光の紐帯が切り裂かれ、淀み、狂わされていく様であった。
しかも、そのすべてが悪い方向に悪い方向へと挿げ替えられる。
世界に光が差すという事件のすべてが黒く塗りつぶされていくのだ。
大仰な呪文も派手な爆発もなにもいらない。
ただ神器を一回振るうだけで、人類の運命が捻じ曲げられていく。
恐ろしい光景だった。
人が羽虫を邪魔だと殺すよりも簡単に、国や世界が一個人の力で勝手に変換されていくのだから。
背筋どころか魂までも凍り付く。
予定されていた人の繁栄は消され、ただ破滅だけが跋扈していく世界。
それを作り出している俺そっくりの〈俺〉。
「やめやがれ!」
叫ぶことしか俺はできなかった。
歴史を弄くりまわす馬鹿野郎を止めることすら敵わずに。
だが、それではだめだ。
奴は止まらない。
いつのまにか“ロジー”の背中から下りてしまっていたので、自分の脚で接近して俺はありったけの力を込めて、撃ちかかる。
キィィィィィィィン
再び二振りの神器は激突し、今度は何の抵抗もなく俺は吹き飛ばされた。
地面を激しく転げまわり、すぐには立てない。
まて、地面だと?
俺は周囲を見渡す。
さっきまであった島の黒い土はどこにも見当たらない。
ただ白い靄だけが浮いている真っ暗な空間に俺たちは佇んでいた。
「“ロジー”、どこだ、ここは?」
《時の涯だ。さっきまでいたのは世界の涯だな》
「異世界かよ……」
《君にとってはさっきまでの空間も異世界だったわけだがね》
「そういう揚げ足取りはいい。……おまえは普通に動けるのか?」
《造作もないことだ。ただ……》
“ロジー”の青い眼が俺の手元に向けられる。
この神器に何かを視ているようであった。
「どうした?」
《―――その鉛の塊が君に必死に訴えかけているぞ。『もっとしっかりしてくれないと困る』のだそうだ》
俺は手元へ視線を落とす。
すると、〈剣の王〉の化身がまるで生きているかのようにぶるると震えた。
それだけではなく、握っている柄のところが熱くなる。
人の肌に触れているかのような錯覚に襲われた。
「なんだ、これは?」
《この場所に跳躍ばされたせいで、もともと備えていた自我が表面化したのだろう。なにやらさっきから喚いているぞ》
「なんだって?」
《『あの本体はムカつく野郎なので、さっさと始末してしまえ。このくそったれの人間野郎』―――だそうだ。……余に刃物をつきつけるのはやめたまえ》
とりあえず幻獣王に向けていた剣先を下ろし、
「神様が作ったという神器なんだから意志があるというのは受け入れてやってもいいが、そんなに口が悪い訳ないだろ!」
《そうはいってもな。その神器はどうも雌のようだ。柄が悪いのはそのせいだろ》
「女だからって口が悪いということはないだろうが」
《自己紹介をしているぞ、『あたしはリュシェンド。アバター・アローフォイル』だそうだ》
「この期に及んで、神器と仲良く会話をしている暇はねえ。行くぞ、“ロジー”、とっとあいつをぶっ飛ばす」
俺はさっと相方に跨った。
斃すべき敵はこちらをじっと凝視している。
相変わらずその眼差しには憎悪が満ち溢れている。
さっきのように歴史を改変しても眉一本動かさずにいることがはっきりいって恐ろしい。
こっちと同一人物だとはどうしても思えない。
「行け!」
俺たちは再び最後の敵に挑んだ。
前からではなくて左側から円を描くようにして、大剣の隙ができる死角から剣を突き立てる。
だが、その程度でどうにかなるはずはなく、難なくはじき返される。
何度も何度も斬りかかるが、まるで予知でもされているかのごとく容易くいなされるだけだった。
エーテル化して未来を読んでいるのではない。
実際に差が出ているのは腕の問題だった。
剣技に話にならないほどの違いがあるのだ。
(どうして、こんなに違いがある?)
この十年を思い出してみる。
確かに戦技と言えるものはほとんど修行していない。
やってきてはいるが、剣道で言えば木刀で素振りする程度のレベルだ。
ネアのもとでみっちりとやっていたのならばともかく、聖士女騎士団に入ってからもそこまで熱心にやっていたとはいえない。
それでも相手にならないというのはおかしい。
あっちの〈俺〉の身のこなしも捌き方も、腕の回し方も、尋常ではないほどに訓練されている。
しかも、この体技はおそらく帝国の剣法だ。
シャッちんのものとよく似ているので俺でもわかるぐらいに。
誰かが、十年前に別れてからこいつに稽古をつけていたというのか。
まてよ。
こいつの身体自体はもともと俺のものだったはずだ
俺ははっきり言って文科系で貧弱とまではいかないが、運動神経についてはかなり怪しい中学生男子だった。
体育の授業のハンドボールでジャンプシュートに手こずるほどに。
そんな俺がどうしてこんなに強いんだよ。
「しかも……」
奴の乗っている〈麒麟〉は伝説の通り蟲の一匹も殺さないように、まるで滑るように大地の少し上を走ってくる。
しかも、“ロジー”同様に乗り手に魔導力を迸るように与えながらだ。
幻獣王と匹敵する総量の魔導力を持つとは、さすが神獣というところか。
俺の世界では中国でも屈指の幻獣だしな。
「はっきり言って見劣りするな……」
戦力差がかなりでかいのは自覚していた。
俺自身の身体能力と戦技、武器としての〈剣の王〉も本体と化身の差、騎乗している相方の違い……。
《ふむ、余が〈麒麟〉を上回っている以外ははっきりいって負けているな》
「うるせえ」
《これ、リュシェンドとやら。おぬしももう少し力を出したまえ。そのままでは負けるぞ》
「……剣までうるさいのかよ」
もっとも五月蠅いのは相方と剣だけではなかった。
「死ねよ、聖一郎!!」
でっかい剣をぶん回すあいつも大概だ。
様子を見ていたさっきまでとは違って執拗に俺を追ってきやがる。
そしてその度に歴史の一部が改変されてしまうのだ。
「やめろってんだよ、このバカ! 被害が広がんだよ!」
口汚く罵りたくなるのは理由がある。
さっきこいつのせいでネアに関する歴史の事実が狂わされそうになった。
それはネアが惨たらしく死んでいたということを意味する。
絶対にさせるものか。
俺があいつを守るのだ。
ネアの未来を漆黒に塗り潰されてなるものか!
「構わないだろ! こんな世界、さっさと潰れてしまえばいい! 僕を―――私を見捨てた世界など!」
空気が裂ける。
大気―――酸素とか窒素とかそういう目には見えない元素でさえも問答無用で叩き切られているとしか思えない轟音が響く。
力をこめて振られる度に目に見えない何かが寸断されていくようだった。
おそらくそれは運命とかいうもの。
世界はたった一人の癇癪によってぶっ壊されていく。
◇
大陸歴 2712年
〈灰色の帝国〉と第三連邦が“影の中の影”の導きにより開戦。二つの陣営併せて百万人の死者をだす総力戦となる。
―――〈剣の王〉による改変
大陸歴 2609年
灰色の神の煽動によって建国されかけた〈灰色の帝国〉、火竜の族頭ガド・アーゾンローダを率いるパフィオ・ニンン二世によって阻止される。これにより、ノゾゾ文化の発達が五百年ほど停滞し、石炭と石油を使った文明の開化が大幅に遅れる。
◇
「くっ、いちいち、未来が書き換えられる!」
厄介どころの騒ぎではない。
こいつと鍔競り合う度に、世界が変貌するのだ。
俺と関係のない範囲まで。
いったいどこまですれば気が済むのか。
おまえの行動のせいで産まれてもいない、何も罪も犯していないものが、ただ運命を奪われていくのだ。
「いい加減にしろ!」
俺の打ち込みをまたしても簡単にいなし、
「何をだよ?」
「てめえの行動のせいで歴史どころか世界がおかしくなってんだよ! ちったあ悪いとは思わねえのか!」
もとより普通の人間だった、どうしても俺の発言は小者臭くなる。
タナたちのような完璧な英雄像とは程遠いのが俺だからだ。
当たり前のことだが怒りというものを感じているときには気の利いたセリフなどはでてこないし、吐いている余裕もない。
だが、俺よりももっと逆上しておかしくなっているものもいた。
「気持ちわりぃんだよ、こんな世界! さっさとなくなれ!! 邪魔をするなあああ! 消えろ、潰れろ、壊れろ、なくなれ、破滅しろおおお!」
ありったけの憎悪を撒き散らし続けるもう一人の〈俺〉だ。
完全におかしくなっている。
さっきまでは俺という人間を目標としていたそぶりを見せていたというのに、もうさっきから世界そのものを罵詈雑言を吐きまくるだけだ。
その姿はもう飢えた餓鬼のように恐ろしい。
近寄る者すべてを呪っているのだから。
「死ねええええええええ!!!!」
だが、俺はこいつの攻撃を逃げることはできない。
逃げるということは「改変」を許すことになるからだ。
「馬鹿野郎がああ!」
互いの神器―――〈剣の王〉が幾百となく激突する!




