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騎士マイアン・バレイ

「間者というのは、諜報・防諜、または暗殺などの裏仕事をこなす兵士のため、特に二つの気功種を鍛え上げる」


 気功術は、生まれついての才能と専門の訓練施設、そして優秀な師の存在が必要であるため、どんなに努力しても一部の人間しか使えるようにはならない。

 この間の大喧嘩で、騎士たちが従士たちを簡単に制圧できたのは、彼らが兵士として弱かったというのではなく、単純に気功術の差だ。

 要するに、騎士と兵士の違いは、そこにあるといえる。

 騎士が軍部での特権階級であるのは、気功術についての生まれもった才能があるからというわけで、これだけはどうにもならない。

 また、才能の有無は血筋とも関係し、騎士・貴族の子に、これまた騎士が多いのは、血統の問題だと言われている。

 ただし、騎士たちの中では、ある程度の実力主義が認められているので、平民の出身であっても、武力と知力があれば出世も可能である。

 自然災害や魔物の脅威と戦う義務がある騎士たちは、それ相応の実力がなければ現場で死ぬだけであり、自分が生き残るためには優秀な同僚、部下、上司がいなければならず、そのためには無能・怠惰・虚弱は忌避されるというわけであった。

 

「間者にとって必要なのは、『軽気功』と『断気(だんき)』の二つだ。マイアン、両方共説明をしてみろ」

「はい。『軽気功』は自分の体重を気の力で減殺することで、うちではミィナが得意です。『断気』は生命なら誰しもが発する生命力の放出を気で遮断し、気配をなくすものです。ノンナが少しだけできますが、他の使い手は見当たらないです」

「そうだ。ただでさえ手利きの少ない気功使いの中でも、使い手が特に希少な気功種というだけあって、対策を講じるのが実に厄介な代物でもある」


 ここでオオタネアは俺たちを見渡した。

 俺とマイアン、そしてタナだけが一室に集められ、彼女の話を聞いている。


「だが、中に潜入されてしまった以上、対策はせねばならん。そこで、おまえたち二人を呼んだというわけだ」

「……私たちに何ができるのでしょうか」

「基本的にはセシィの護衛だ。最低で二日間、四六時中。怪しいと思われるところでは、常に『気当て』をして間者の有無を確かめろ」


 ……なるほど、この二人が呼ばれたのはそういうわけか。

 新米騎士の中では最も気功術全般に秀でたタナ、格闘者として優れた勘働きを有するマイアン、ともに隠れ潜む敵を探し出すにはうってつけの人材だ。

 ただ、四六時中というのは勘弁してくれ。

 タナは言うまでもなく、マイアンだって仏頂面ながら、褐色の肌とバイロンには珍しいくすんだ金髪が目を引く美少女だ。

 隣の控えめな肉体の同僚と違い、胸のあたりの膨らみは充分に大人のものだ。

 いくらなんでも刺激的すぎる。

 タナに至っては、俺のことを兄貴かなんかだとおもっているのか、腕を組んできたり、背中から抱きついてきたりして、男子としてヤバいと感じることを時々してきたりする。

 正直、夜も同じ部屋になんか寝泊まりしたら、魔が差さないとも限らないので、やめてもらいたいというところだ。

 ということを、抗議してみたら、


「その点は大丈夫だ。就寝中は、おまえの小屋の四方にユニコーンを繋いでおく。やつらの感知力もたいしたものだからな。充分に見張りの役をこなしてくれるだろう。……ところで、嫁入り前の乙女をおまえの夜伽に差し出すとでも思っていたのか?」


 人を殺せそうな視線を、ジト目で送らないで欲しいな。

 おや、二人の見習いまでなんか妙な感じだ。

 タナは、モジモジと両手の指を絡ませあって、上目遣いでこっちをみやっている。

 マイアンは、頬を赤くして、どういう訳か目を泳がせていた。

 

「いえ、私は別に構わないというか……、でも、イェルくんに乗れなくなるのは残念だから、キ……スぐらいまでなら……」

「夜伽……夜伽……夜伽……よとぎ……よ……」


 何か深刻な誤解が生じてしまっているようだ。

 即刻、解かなければやばい事態に発展しそうな気がする。


「なんなら、夜は私がつきあってやってもいいぞ、ああん?」


 最後のゴロツキの絡み方にも似た、「ああん」に心底ゾッとしたので、俺は慌てて手を振って制した。

 気功術の才能がない俺でさえ感じ取れる、まさに殺気のような物騒な気配に怯え切ってしまったのだ。


「い、いえ、そんなことは欠片も考えていないであります! ……わ、わかりましたっ! 閣下のご命令通りにいたしますっ!」


 恥も外聞もなく屈服した俺は、土下座せんばかりに騎士の礼を強調した。

……そうして、俺はしばらくの間、二人の新米騎士の護衛を受ける羽目になったのである。


 ◇         ◇


 午後の教練に出ると、騎士たちが俺たちに不思議そうな視線を向けていた。

 だってそうだろう。

 普段は自分たちと一緒に訓練している二人が、教導官のあとをくっついて歩いているのだから。

 しかも、まったく控えめでなくものすごく堂々としている。

 何も知らされていない騎士たちにとって、好奇心の対象となるのも仕方の無いことだろうと思えた。

 もっとも、無手が特技のマイアンと違いタナの腰に佩いているのが、彼女の本来の愛剣である〈月水〉〈陽火〉のふた振りだったことから、興味本位の質問をぶつけようとするものはいなかった。

 戦闘状態でもないのに、本部内で真剣の佩刀が許されることは通常はありえないことだからだ。

 何かあると察して、無理に聞き出そうとはしないのが、その辺の女の子達とは違う、よく訓練された兵士であることを思いださせる。

 今日の予定は、各自が相方のユニコーンに乗り、馬上で一対一をするというものである。

 その際には、ユニコーンは一回も立ち止まってはならず、常に動き回って接敵し、対戦相手の胴体へ一撃することで勝敗を決することになる。

 武器は木剣か棍のみ。

 そのため、短弓による射撃を得意とするクゥあたりには酷な訓練のはずであった。

 だが、始まってみると、むしろ相方のエリを自在に操れるクゥの方が他の誰よりも優位に立つことになる。

 正面に回り込んでの対面衝突にあっても、馬速をやや減じさせて、相手の目測を誤らせると、次の瞬間には敵の利き腕の反対側へとステップし、すれ違いざまに木剣を振るう。

 タナと違って両手に武器を持たない場合、避けるか左手の篭手で受けるしかないのだが、後者を選択した場合は腕部切断による致命傷とみなされて敗北となる。

 クゥの攻撃自体は鋭いものではないが、そのように玄妙な馬術を行使されては、いかに優れた騎士といえども対処することが難しい。

 近接戦闘では無類の強さを誇る二人が、俺の護衛について参加していないものだから、その水際立った馬術だけで闘技を凌駕しているのである。

 総当たり形式で行った結果、クゥが一敗したのみで断トツの勝利となった。

 ちなみに一勝しただけで終わったのは、ミィナである。

 全ての対戦が終わると、俺はそれぞれの相方に聞き取り調査に入る。

 これは俺しかできないことであり、むしろ、この調査こそが最大の目的なのである。

 例えば、ノンナの相方であるオーについてだと……、


「どうだ、様子は?」

《我が処女(おとめ)のおっぱいは大きくていいな。最高だよ、人の仔よ》

「……そんなことは聞いていねぇよ。さっきの一対一の話だ。気になる点とかはあったのか?」

《……我が処女のおっぱいが一番大きいことを皆に自慢したいというのに、君は風流を解さないつまらない(オス)だよ》

「それ、風流じゃないから。で、俺の質問に答えろ」

《我を駆足(かけあし)発進させるときの安定性に問題がある。ただの定命の馬たちと違い、我らは馬銜(はみ)と手綱を嫌うから、拳の置き所に迷いがあるのだろう。……そのあたりの癖がいつまでも直らないのは困ったものだ。仕方ないので、我が馬銜をつけるのを我慢しようか?》


 これは珍しい提案だった。

 ユニコーンが自ら馬銜をつけることを提案するなんて、そうあることではない。

 それだけ乗り手であるノンナを気に入っているのだろう。

 だが、装勒(そうろく)することは、ユニコーンにとって重荷にしかならないことを俺は知っている。

 本来、自然(じねん)を好む聖獣であることからも、人の手で作られたものにたいして嫌悪感があり、それが腔内に収まるとなると耐え難い苦痛を生むからだ。

 本番である〈雷霧〉突入時にユニコーンが本調子になれなければ、死ぬのは乗り手なのだ。


「それはダメだ。もしかしたら最終的にはそれを行うとしても、今はできる限り、他の連中と同じように馬銜はつけない」

《では、篭手を外させて、やや大きめの盾を持つようにしたらどうだ。盾を持つことで、体の中心軸をずらすのだ。そうすることで、逆に軸を安定するように気持ちをもってこさせる》

「……有効なのか、それ?」

《少しやるべきことが増えたぐらいの方が、我が処女にとっては気楽かもしれんよ。群れの頭であることも気に入っているようであるしな》

「へえ、そうなのか?」

《うむ、我と長乗りをしていたときに、そんなことを言っていた。……その時なぁ、夕陽の中で我の頸を両腕でかき抱いて、こう……こんな感じでおっぱいが押し付けられたのだよっ! 人の仔よ、あれは至福であったぞっ!》


 こうとかこんな感じでとか、言われてわかるか、この駄馬め。

 腕もないのに、身振り手振りでもしてみろってんだ。

 ちなみに、何故、オーがノンナの相方になったかはこれでわかると思う。

 奴はユニコーンの中でももっとも「女の胸」が大好きだからだ。

〈手長〉討伐時の簡易「見合い」のときにはすでに、《あの処女に決めてましたっ! 我に乗ってくださいっ!》とか思っていたらしい。

 あの時に見合いが成功しなかったのは、もう一人の巨乳であるマイアンと天秤にかけてしまい、実際に決めた時にはすでに俺たちがオオタネアたちと出発することになってしまっていて、運悪く言いそびれてしまったからだという話だ。

 欲に溺れたエロ野郎の末路という感じだった。

 ……まあ、こういう風にユニコーンたちから修正点について聞き出して、それを先任であるエイミーと話し合い、実際に騎士たちに還元するというのが、主な俺の仕事である。

 ただ、元々優秀な連中ではあるので、この二ヶ月の教練で目覚しい成長を遂げているのは確かだった。

 その報告は、ユギンを通して常にオオタネアに報告され、来たる戦いに向けて備えられている。

 そういえば、ユギンの姿をほとんど見ていないな。

 出掛けたという話だが、何か文官騎士たちにとっての問題でも生じたのだろうか。

 護衛についている二人にそれとなく尋ねてみても、ただ、


「知らないです」


 と、言われるだけ。

 さすがにあいつは俺の補佐なので、朝からまったく見かけないというのは落ち着かない。

 そこで、一通りの聞き取りとその後の打ち合わせ、指導内容の確認をしてから、俺は文官騎士たちの仕事場である本部別室に向かった。

 

「……しかし、本当にセスシスさんはユニコーンたちと会話ができるのですね。身近で見ると、何とも言えない感動があります」


 と、マイアンが言う。

 ハーニェに比べればよく話す方だが、僧兵の娘ということもあり禁欲的な言動が多く、とっつきにくい印象がある。

 そのため、存在が騎士団内では浮きがちなのだが、ノンナと気が合うこともあり、その補佐のようなことをよくしてくれている。

 同じように無口なハーニェとタナの関係によく似ているともいえるだろう。

 

「おまえも、あいつらと喋ってみたいか?」

「……その答えはいいえです。会話ができなくても、友達にはなれますし。むしろ、口も利かずに長いあいだ一緒にいられるのなら、そちらの方が友達としては得難い相手のような気がします」


 珍しい持論だった。

 ほかの騎士とはやや毛色が違うらしい。話しぶりからも確かな教養と奥深しい知性が見て取れ、やや学者のような雰囲気も醸し出している。

 そのメリハリの利いた女らしい体型とは裏腹に思索にふけるタイプなのだろう。

 

「相方のシチャーはどうだ? これといって取り柄がある個体じゃないが、一緒にいるのは楽か?」

「シチャーは感じのいい一角聖獣だと思います。道端に咲く花が好きで、よくそっちに気を取られて色々とおろそかになりますけど、そこがまた可愛らしくて好きです。拙僧も、花が好きですから」


 拙僧というのは珍しい一人称だよな。

 父親が僧兵だということから、深い思い入れがあるのだろうか。

 あと、シチャーが花が好きというのは当たりだ。

 これで、この少女がよく相方のことを観察しているらしいことがわかった。


「……シチャーはな、『聖獣の森』にいた時も、よく永劫に咲く花畑で昼寝をしていたよ。中に入ると花を蹄で踏んでしまうから、その外から眺めているだけで幸せになるとも言っていた。おまえも花が好きなら、いつかシチャーと共に『聖獣の森』に行ってその花畑を見物してくるがいい。何日、見ていても飽きない場所だぞ」

「素晴らしいですね。是非、世界を救うことができたら見に行きたいです」


 世界を救うなどという大言壮語を吐くところも気持ちがいい。

 それが叶うとは思っていなくても、それを自分たちがしなければならないという事実をよく理解しているのだろう。

 俺は、初めてこの少女の真価に触れたような気がした。

 ふと、タナを見ると、安らかで満足したような色合いが漂っている。

 どうやらマイアンという少女について、彼女なりに承知していたのだろう。

 以前、ナオミが浮かべていた友達を誇る顔をしていた。

 俺だけが疎外されているような、仲間はずれにされているような感じがして気に入らない。

 ちょっとだけ羨ましかったのだ。


「……すまない、騎士ユギン・エーハイナイはいないか?」


 本部別室に入ると、数人の騎士が執務をしていたが、ユギンの姿はない。

 そのうちの一人が俺に言った。


「ユギンなら、昨日からビブロンに出掛けていますよ」

「昨日から、だと。……理由はわかるか?」

「さあ、そこまでは。教導騎士の方がご存知なのでは?」

「知らねえから聞いてんだよ。まあ、いいや。邪魔したな」


 別室にユギンがいないという事実に漠然と嫌な予感がしたのだが、それは正しい予感だったということが後になってわかる。

 この時点では、俺たちはまだ何もわかっていなかったのだ……。


 そして、俺たちが本部内をうろつきまわっていた頃、『騎士の森』のとある泉の畔で、間者であるモミが得体の知れない敵と対峙していた……。

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