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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
最終話 聖士女のユニコーン
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捨てたものを取り戻した日々

 マイア・バレイというのが、父親からもらったマイアンの本名であった。

〈青銀の第二王国〉バイロンにおいては、女性の名前は最後に母音の「ア」か「ェア」がくるのが一般的であり、西の〈赤鐘の王国〉の「エ」、東方諸国の「オ」または「ゥオ」とやや違いがある。

 マイアンもやはりバイロン出身らしく、タナやオオタネア、ノンナ、ミィナといったような母音で終わる女性名の「マイア」と名付けられたのである。

 だが、彼女は父とともに僧兵としての修業を受け、体術使いの拳士として育てられることになった経緯で、女性名を捨てることにした。

 厳しい修業を積むには女であることを捨てることが必要という、父親の苦渋の決断でもあった。

 その父の考えを汲み、マイアンは名前の最後に男に多い、「ン」という言葉をつけたしたのである。

 よって、聖士女騎士団に入団した当時にはもうマイアン・バレイとなっていた。

 つまりマイアンにとって、この名前は女ではないことの証でもあった。

 強さというわかりやすく、測り難いものを追求し続けてきた彼女にとってそれは好都合であった。

 なぜなら、自分の名を呼ばれるたびに自覚できるという効果があるからだ。

 ただ、闇雲に強さのみを追い求めていた彼女は途中でいなくなる。

 いくつかのしくじりが彼女から自信を奪い、悩みを植え付け、常に苦しみもがき続ける羽目になってしまったことによって。

 聖士女騎士団での戦いの日々は、マイアンにとっては同時に苦悩の連続の日々でもあった。

 単純な強さのみに盲信できた子供の頃から卒業したともいえるが、誰にでもわかりやすい生き方を貫ける頑固さがなくなったともいえよう。

 ゆえにマイアンは、聖士女騎士団の誰よりも葛藤し続けてきたのである。

 彼女の目の前にはいつも二人の「女」がいた。

 一人はオオタネア・ザン。

 もう一人はタナ・ユーカー。

 この二人は彼女にでさえもわかりやすいぐらいに「女」であった。

 誰の眼にもオオタネアが部下としている青年を愛しているのはわかったし、タナも同じ男に恋をしているのがわかった。

 相手の男の特殊すぎる立場というものがなければ、きっとどちらかは結ばれたかもしれないほどに。

 しかし、二人が恋愛にうつつを抜かしていたとは口が裂けても言えない。

 なぜなら、この二人のどちらもマイアンよりも強い戦士であったからだ。

 タナにいたっては、入団当時はほぼ互角だったはずなのに、気が付いてみたら遥か先に行かれていたという忸怩たる思いがある。

「女」であることを捨て、強さのみを追求してきた自分よりも、男に恋愛し「女」たろうとしていた二人の方が強いということは彼女にとって矛盾だった。

 信じる神の不公平を恨んだこともある。

 ただ、そのうちに彼女の考えは弛んでいく。

 タナに自分の胸の内を告白したように、強さというものには幾つもの枝葉があり、その根幹となるものは心の在り様だと悟るに至ったからだった。

 すなわち「強さのみを追い求める」という心自体が、ある意味では「弱い心」なのではないかと考えたのだ。

 実際に戦技は駄目、いつも後悔して泣いてばかりいるような、そんな「弱いくせに誰よりも勇敢な男」というものの実物を間近で知ってしまったからだ。

 そうなれば「女」であることを捨てたからといって強くなれるなどと盲信することはできなくなる。

 要するに、どんなに強い敵にも立ち向かえなければ勝つこともできず、多少の戦技を磨いただけでそんな勇気は持てないということに気づいてしまったのだ。

 まずは荒れ狂う嵐の中に踏み出して、吹き飛ばされまいとする心が必要なのだ、と。

 そこに至るために、何かを捨てることもあれば捨てないこともある。

 マイアンはシンプルにそれが回答であるという考えを抱くに至ったという訳であった。

 同時に、その「勇気の見本」となった男に惚れてしまったとしても何の問題もないであろう。

 乙女らしくない思い切りの良い潔さで、マイアンは自分の恋を自覚したのである。



                ◇◆◇



「それではしばしのお別れだ、”シチャー”。拙僧が留守にしている間は、ミィナの面倒を見てやっていてくれ」

《わかりました、我が処女おとめよ。ただ、貴女とは〈幻獣郷〉の〈永遠の花畑〉を見に行く約束が残っておりますので、無理をなさらずにお帰りください》

「約束は覚えているよ。拙僧は……こう見えて……やっぱり……綺麗な花が好きなんだ」

《ええ、知っております。貴女が白い可憐な服で着飾り、〈永遠の花畑〉を散歩する姿はきっと素晴らしいものになることでしょう》

「そんなことはない。拙僧は……がさつだから」

《いいえ、マイアン。我は貴女が本当に清らかで純粋な処女であることを誰よりもよく知っているのですよ。自信をもって。マイアン・バレイ、貴女ほど可憐で麗しい美姫はおりません》

「褒めすぎだ、”シチャー”。―――でも、ありがとう。じゃあ行ってくる」

《武運長久を祈ります、〈騎士団の双璧〉よ》


“シチャー”はなるほどよくわかっている。

 マイアンはそう感じた。

 彼女自身、よく言われている〈拳の聖女〉という異名よりはタナと並んで〈双璧〉と呼ばれることに心地よさを覚えていたからだ。

 タナと彼女の二人が並べば、どんな敵の壁も突破できると信じていたからである。

 相方とわずかな間の別れを惜しみつつ、マイアンは〈転送魔法円〉の中央に歩み寄っていった。


「じゃあ、オレも行く。あとはクゥに頼んだから」

《……》

「大丈夫だよ。マイちゃんも一緒だし」

《……無事に生きて戻れ》


 ハーニェはくすりと笑った。

 彼女の相方の”ゲー”は寡黙なユニコーンだった。

 仲間たちと相方との会話を聞いていると、他のユニコーンは意外と饒舌らしいことがわかるが、”ゲー”はほとんどといっていいほど喋らないし、話しても一言二言だ。

 今のような長いセンテンスなんてほぼ稀だ。

 イド城においてセスシスと〈幻獣王〉の戦いを目撃した衝撃が、彼女たちに与えた影響は強く、ほとんどの聖士女騎士団の騎士がそこで覚醒した。

 真の〈聖獣の乗り手〉というものがどういうものであるかというお手本をまざまざと見せつけられたことによって、これまで芽を出さずに燻っていたものが完全に目を覚ましたのだ。

 十三期以上の熟練した乗り手は、ほぼ相方との意思疎通ができるようになり、それから訓練を重ねることで完璧に〈念話〉を聞き取れるようにまでなった。

 自分の相方以外の〈念話〉は残念ながら聞き取ることはできなかったが(もともと素養の在ったカイ・セウぐらいしかできなかった)、意思疎通ができるようになったというのは大変な進歩であった。

 いや、進化であったのかもしれない。

 それによって爆発的にユニコーンとの関係が深くなった結果、騎士たちはかつてセスシスが見せたエーテル化すら自分の意志で可能になったのである。

 エーテル化に留まらず、騎士たちにはユニコーンの魔導力が流れ込むようになったことで、〈気〉の練度までが上がり、攻撃力・防御力・魔導耐久力が何倍にも膨れ上がった。

 それどころか、かつてはユニコーンに騎乗していたときだけに発動していた〈破邪〉の眼などの魔導能力まで通常状態で使えるようになったのである。

 ユニコーンとの意思疎通がそこまで相互理解を深める結果となることを知って、騎士たちは非常に驚くことになった。

 もっとも、ユニコーンたちにとっては普段の言動に気をつけねばならないという制限が付いたのであるが。

 ただ、”ゲー”だけは生来寡黙なユニコーンであるということもあり、やや事情は異なっていた。

 他のユニコーン同様乗り手の処女を愛してはいたが、「乳・尻・太もも」と連呼したりはしないためいつも通りに接すればよかったからである。

 そのこともあり、そもそも無口なハーニェとの相性もやはり悪くはなかった。

 ハーニェ自身、寡黙な相方のことを〈念話〉が聞き取れるようになってからもさらに好ましく思うようになっていた。


《ただ……》

「ただ、なんだい?」

《―――”エリ”の乗り手は難しい術を我に要求するおそれがある。我は鈍足で盆暗なので彼女の要求には応えられそうにない。ゆえに、我はお主のことをずっと待ち続けることにする》

「……」

《我のような無能で使えぬユニコーンの乗り手となってくれるものなど、お主しかいない》


“ゲー”は自分で言う通りに足の遅いユニコーンである。

 他と比べて優れているのはただ黙々と走り続けることができるという我武者羅さだけだった。

 だが、だからこそハーニェの相方は”ゲー”しかいなかったともいえた。

 仲間のために地の塩になれる少女と、乗り手のためにひたすらに走り続けるユニコーン。

 派手さもなく、脚光も浴びない一組の騎馬のことを聖士女騎士団の仲間たちがどれほど高く評価していたのかは後に発見された書簡の中に度々見受けられた。

 特に初代の騎士団長であったオオタネア・ハーレイ・ザンによる評価は恐ろしいほどに高く、ハーニェと同等同質の騎士を育てるのは非常に困難であるとまで記されていたのである。

 そのことをハーニェ自身が知ることはなかったが。


「そんなに自分を卑下しては駄目だ」

《事実だ》

「……”ゲー”とオレの戦いが無駄だと思うのか?」

《そんなはずはない。我らは最高の一組であった》

「だったら、それがすべてだよ。オレは”ゲー”っていうかけがえのない相方と組んだことで、誰よりも活躍できたと信じている。さっき……オレの未来の旦那様もそう言ってくれた」

《聞いていた……。だが、お主はそれでいいのか?》

「当たり前だよ。これまでのオレの戦いはすべて”ゲー”と一緒に得たもの。オレもようやくわかった。―――”ゲー”、オレたちは自信を持ってもいいんだ」


 ハーニェの言葉を聞いて”ゲー”は一瞬だけ息をのんだようだった。


「初めオレたちは役に立たない者同士で組んだんじゃないかと怯えていた。だから、ずっと負け犬のようだった。でも違ったんだと……思う」

《何が違う、と》

「誰かの影に隠れてしまっていたとしても、自分のやるべきことをやってきたのなら、それでいいと思わないといけないんだ。でないと、ダメな自分をいつまでも引きずらないといけない」

《……無理だ》

「大丈夫だよ」

《どうして言い切れる?》

「オレが”ゲー”を評価しているから。それだけで足りるはずだよ」

《……》

「それじゃ足りないかな」


 少し心配そうに顔を寄せる乗り手に、“ゲー”は苦笑いを浮かべた。

 まだ完全にふっきれていないのに自分のことを心配してくれる乗り手を愛しいと感じたからだ。

 大切だとも感じた。

 そうであるからには自分自身の劣等感など克服しないとならない。

 でなければ、これから死地に赴く戦士に余計な重圧を与えてしまう。

 だから、“ゲー”は慣れない言葉をハーニェに贈った。


《……前向きになったお主は可愛いことまで言うようになったな。我は思わず見とれてしまった》


 またくすりと笑い、


「”ゲー”も上手なんだね。セスシスくんみたいだ」

《あんな友達甲斐のない女たらしと一緒にされるのは心外だ。だいたい、人の仔は昔からああなのだ。口だけはうまい。本当に狡い奴なのだ》

「フフ、”ゲー”もセスシスくんのことが好きなんだ」

《―――仕方ない。あれでも我の友だ》


 そして、ハーニェは”ゲー”の鬣に触れて淡々と言った。


「行ってくるよ」

《待っている》


 最後にもう一度愛するユニコーンの頸を抱きしめて、ハーニェ・グウェルトンはマイアンに続いて魔法円の中心へと入った。

 そこには前の〈幻獣王〉”ロジー”が乗り手なしで待ち構えていた。


《―――では、〈転送魔法円〉を起動させる》

「……王は拙僧たちにはなにも言わないのですね」

《死地に赴く勇者に伝えていい言葉は一つだけだ。―――生きて帰れ、と。あとのことには余は一切関知せぬ。すべて余の友が責任をもつべきことだ》


 幻獣の支配者たるやんごとなき存在にしては優しい言葉だと二人は理解していた。

 セスシスの友だということがよくわかる。


《魔導をルーン文字に逆に流し、おまえたちをこの〈方舟〉の最下層に転送させる。底が果たしてどうなっているかは余にはわからぬ。もしかしたら化け物どもの群れの真ん中に出るやもや知れぬ。すべては汝らの運にかかっている》


 運任せと聞いてマイアンは少し顔をしかめた。

 あまり自信がないからだ。

 

《〈転送〉はまさに一瞬だ。瞬きする間に、汝らは地の底へと移動する》


“ロジー”の一角に、見る見る間に魔導が集中していき、身近で感じたことのないぐらい結集する。

 だが、それだけ。

 これから動くのはただの機械的な作業。

 一角が魔法円の文字に触れると、そこから魔導力が溢れだし、川の水が上から下に流れるように円を光り輝かせていく。

 ついさきほど、おぞましい白い〈妖魔〉たちを呼び出した鬼火を使わずにただユニコーンの魔導力のみで強引に〈転送〉させるために。

“ロジー”は多くの魔導をも司る幻獣王である。

 その智識の力を最大限に活用すれば容易い仕事であった。

 数秒の時間で円の中心は完全に眩い光に包まれる。

 ほぼタイムラグなしにそこに立つ二人の女騎士の姿が掻き消えた。

 まるで何も存在してはいなかったかのように。

 気がついた時、マイアンとハーニェの二人は一切の光の差さない暗黒の裡にぽつねんと立ち尽くしていた。

 すべてを見破る〈破邪〉のかかった両目のおかげでかろうじて見渡せる闇の中は、広大な洞窟のような空間であった。

 天井がほとんど見えない。

 いくら〈方舟〉が巨大だといっても、この広さの空間がすっぽりと収まるものとは思えない。

 二人は“ゆかり”が言っていた「〈方舟〉内部では時空間が歪んでいる」という言葉の意味をようやく呑み込めた。


「広いな」

「そうだね」


 ただし、二人の行く手と呼べるものはそれほどまで広くはなかった。

 十人ほどが横に並んで歩けるだけの幅員のある木で舗装された廊下が伸びているだけであった。

 左右はなだらかな斜面となっていて、上へと延びているが先はほとんどわからない。

 どれだけ天井が高いか想像もつかないということだ。

 廊下のところどころにこれも木造の塔のようなものが等間隔で建ち並んでいる。

 その先にさほど大きくない三角形の石造りの建造物が見えた。

 彼女たちは知らないが、それはいわゆるピラミッドと呼ばれる歴史的建造物に酷似している。

 実際には四角推のようだが、遠目にはただの三角でしかない。

 二人の脳裏には“ゆかり”から聞き出した情報があり、あの四角推の中に〈転送魔法円〉を起動させるための機械が収められているはずである。

 しかし、近づこうとしたマイアンたちの足はすぐに止まった。

 

「やはりいるよね」

「あの真ん中に出なかっただけマシということだ」

「“ロジー”に感謝しないと。うまく避けてくれたんだと思う」


 建造物の周囲は白く蠢いた物体によって埋め尽くされていた。

 その数はまったく数えきれない。

 夥しいほどの白い化け物―――〈妖魔〉が殺到しているのであった。


「あの中に入ることになるのか?」

「“ゆかり”くんの話では、あの建造物の前に〈転送魔法円〉が用意されていて、あの天辺にある少し開いた場所にある機械を作動させるそうだよ」

「なるほど、上で陣取った奴が下に指図して必要な数を乗せて〈転送〉するという使い方なわけだ」

「だね」


 二人は互いにまとった鎧を見つめた。

 ここにはいつも共に過ごしてきたユニコーンはいない。

 頼りにするのはこの一領の黒い魔導鎧と急造の相棒と呼べる一人の騎士だけ。

 突破しなければならないのは三千の不死身の化け物どもの群れ。

 だが、すでに引き返す道はない。

 引き返すことができるのは、あの化け物に埋め尽くされた四角推の頂点に達してからのことだ。

 退く術はなく、往く道は死で舗装された血路。


 それでもマイアンは進む。


「人類守護聖士女騎士団〈双璧〉が一人、マイアン・バレイ。推して参る!」


 ハーニェは吠える。


「人類守護聖士女騎士団の騎士ハーニェ・グウェルトン! 死ねえや、コラアアアアアアアアア!!」

 

 ……二対三千。

 彼我戦力の差は絶対的。

 だが、走り、駆け抜けるため、騎士たちは一歩を踏み出した。

 あいつらを絶対に仲間たちの元へ近づけてはならないという雄々しく気高い使命のもとに。

 

(ここで燃え尽きたとしても、みんなのもとには絶対に行かせやしない!!)



 騎士マイアンと騎士ハーニェの最後の戦いがここに始まろうとしていた……。

 


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