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騎士団に迫る影

 騎士エイミーに連れられ、オオタネアの執務室に入ると、前に見たことのある顔がソファーに座って俺を待っていた。

 西方鎮守聖士女騎士団の「間者」であるモミだった。

 今日は、以前と違い、出入りの農婦のような地味な野良着を着ている。

 野良着を着たおばさんが将軍閣下の執務室で、お茶を嗜んでいる姿はなかなかに滑稽だ。


「……お久しぶりです、教導騎士」

「おまえもな。なぜ、こっちに来ているんだ?」


 こいつの受け持ちはビブロンでの防諜・諜報活動という話だ。

 それがわざわざ騎士団の本部の拠点まで足を運ぶのは、関係者に顔が知られるという危険があることから、あまり良いことではないはずだ。

 

「〈遠話〉だと、少々まずいので……。細かい点は閣下にお聞きください」

「……遅かったな、何をしていた?」

「ユギンが出掛けていたんでな、書類整理みたいなことが終わらなかった」

「教導騎士は計算だけは早いのですけど、文書の読み取りに難がありますからねぇ」


 俺よりも事務方仕事に疎いはずのエイミーが、さりげなく小馬鹿にしてくる。

 こいつは王都で一年もいろいろと役所相手の仕事をこなしていたというのに、やはり実戦部隊の出身者だからか、書類仕事には向いていない。

 実直にこなすところは、いかにも若い女性という感じだったが、頭が堅いというところもまたいかにもだった。

 それにしても、俺への接し方が軽すぎる。

 半径一里以内でただ一人の男子だというのに、希少価値すら最近は認められていないかのようだ。

「まあ座れ」と指示されて、全員が腰を下ろす。

 オオタネアが珍しくソファーの方にやってきて、上座に着いた。


「間者が『騎士の森』に潜入したらしい。モミ、説明しろ」

「……間者?」


 俺とエイミーは眉をしかめた。

 間者といえばモミの同類だが、わざわざ騎士団の駐屯地であるここに潜入する意味がわからない。

 高価なものがあるわけではないし、盗人にとっても魅力がある場所ではないだろうに。


「ひと月前の大喧嘩騒ぎ以来、ビブロンにおいて騎士団(うち)の話をする人間が格段に増えました。壁掛けや写真に適度な情報をつけ、それを流行りものに弱い住民に購買させて、伝播させたからです。今や、十三期の中核の騎士様たちはビブロン全体にその名が轟わたっているほどです」

「そうなのか?」

「はい。売り上げで言うと、タナ様、ナオミ様、ノンナ様が好調ですね。おかげで商品の増生産がおぼつかない有様です」

「……モミ、そっちの報告は後回しにしろ。問題は、間者のことだ」

「はい、すみません」

「……じゅ、十二期はどうなのかしら……」


 エイミーは西方鎮守聖士女騎士団の十二期にあたる。

 一期下の後輩たちばかりちやほやされるのが羨ましいのだろう。

 目が妙な真剣さを帯びていたのが、やや怖かった。


「そのうち、妙なことを聞き出す連中が目に付くようになってきました。タナ様たちについてならともかく、本部内のことについて聞き出そうとするとなると、捨て置くことはできません。少し調べてみると、その連中はどういう訳か特に警護役たちについて執拗に情報を集めているようでした」

「……おっさん達は、あれから街には繰り出していないはずだが」

「だから、かもしれません。直接聞き出せないから、間接的に探ろうとしていると考えられます」

「でも、警護役(おじさま)たちのことを調べて何がしたいのかしら? 詰所の人数や当番は少し観察していればすぐ把握できるはずよ。うちにとっても機密というわけではないし。モミの考えすぎじゃないの?」

「……いえ、騎士エイミー。ことはそう単純ではないのです。どうやら、連中の狙いは警護役ではなくて、西方鎮守聖士女騎士団の関係者の男性全般のようなのです。そして、昨日、ついに森に侵入する影を警護役のトゥトが確認しました」

「男性……全般とは?」


 そこで、オオタネアがモミの言葉を受け取り、俺を指差して言った。


「要するに、怪しげな連中の狙いはおまえなんだよ、セシィ」

「は?」


 いきなり指名されて怯んだ。

 今の話の流れのどこに俺が登場する余地があるというのだ。

 確かに、俺は関係者の男性の括りには入るが、俺を調べることについてどんな意味があるというのだ。

 

「おそらく、そいつらは〈ユニコーンの少年騎士〉が西方鎮守聖士女騎士団(うちのきしだん)に在籍しているかどうかを調べていたんだろう。そして、ある程度の確証がつかめたかどうかはわからんが、直接にうちの敷地内に侵入しようとしている。これは、多分、おまえの確認もしくは拉致がねらいだろうな。そうでなければ、こんな田舎に間者が送られる理由がわからん」

「待ってくれ。俺なんかを拉致してどうするんだ?」

「おまえ、自分が私の手足どころではなく、騎士団のかけがえのない心臓であるということを忘れていないか? 西方鎮守聖士女騎士団は、おまえがいなくなればすべてが終わる。 私や騎士達がどんなに欠けても替えはいくらでもいるが、おまえだけは完全に別だ。おまえがいるからこそ、他の六人の将軍の不平を王家と大将軍閣下が抑えきれるのだぞ」

「……いつのまに、そんな立ち位置に」

「十年近く『聖獣の森』で隠棲させていたのも、ひいては今回の間者のような奴らからおまえを守るためでもある。あそこは、聖獣と魔物の住処だからな。ただの人間では近寄ることもできん」


 ……あんたは結構、俺の小屋にやってきていたよね。

 たまに一人で。

 まあ、〈手長〉と正面からやりあって撃破できる人間に何を言っても無駄か。


「でも、閣下。相手はどこの間者なのですか。閣下の政敵であらせられるメルガン候あたりなのでしょうか?」


 メルガンというのは、オオタネアの生家であるザン家にとって、長年の宿敵ともいえる一族である。

 現当主は確か七人いる将軍の一人で、オオタネアとは犬猿の仲であった。

 その当主とは、昔会ったことがある。


「……私の勘では、おそらく他国です」

「私もそう思う」


 モミが推測を働かせ、オオタネアがそれを追認した。

 二人とも言葉を濁らせてはいたが、それなりの根拠を持って、はっきりとした確信を抱いているらしい。

 よくわからないという顔をすると、俺とエイミーのために説明が続けられた。

 

 つまりは、バイロン王国が〈雷霧〉対策としてユニコーンの騎士団を設立し、運用できているのは、十年ほど前に一角聖獣の王と生涯の友となった〈少年騎士〉がいるからだというのである。

 ほとんどの西方諸国が〈雷霧〉に飲み込まれ、版図が消滅した現在、大陸において最も西方に位置する国がバイロンである。

 そして、唯一、〈雷霧〉による侵食を受けているのも、バイロンであった。

 そのバイロンに、〈雷霧〉に対抗できるユニコーンによる軍隊の編成が必要なのは当然であるが、その軍隊がバイロンにしかないというのも問題なのである。

 もしも、バイロンが壊滅した場合、さらに東方の諸国はなんの対抗策もなく、〈雷霧〉に飲み込まれる結果となるからである。

 そのため、独自にユニコーンの騎士団の編成を考える国もあったが、部隊として機能させるには、最低限二十頭は必要である。

 しかし、大陸において生息する一角聖獣は確認されているだけでは、わずか百二十頭前後。

 本来、とても一国で用意できる数ではない。

 それなのに、バイロンは総勢四十三頭のユニコーンを抱えて、一騎士団を編成している。

 それはなぜかということで、主な理由として挙げられるのが、〈ユニコーンの少年騎士〉、つまりは俺の存在だ。

 俺が、ユニコーンたちの王であり、『幻獣郷』の長でもあるロジャナオルトゥシレリアと近い関係にあるからなのである。

 ロジャナオルトゥシレリアが『聖獣の森』から一角聖獣(ユニコーン)を連れ出すことを認め、人の騎馬として戦うことを許したからこそ、バイロンは亡国の危機を防ぐ手段を手に入れることができたのである。

 だが、他国にとっては、看過できる話ではない。

 前述したが、もしバイロンが滅びたら、そのまま他国も滅びるのである。

 今のところ、ユニコーン以外の〈雷霧〉への対抗策は発見されていないのだから。

 では、どうするべきか。

 他国もバイロンに倣って、ユニコーンの軍隊を作るしかない。

 だが、そのためにはロジャナオルトゥシレリアを納得させる必要がある。

 したがって、その友である〈ユニコーンの少年騎士〉を手元に確保する必要があるという論法なのだ。


「今まで、バイロン王家には何度もおまえの引渡し、柔らかくいえば派遣の要請がきていた。だが、王家は、おまえが『幻獣郷』にいて連絡がつかないという言い訳でこれまでごまかしてきた。実際、おまえに他国の地を踏ませるつもりは一切ないがな」

「……」

「ところが、おまえを『聖獣の森』から招聘し教導騎士にしたことで、十年ぶりに他国がおまえに接触できるようになった。そうなれば、王家を通すよりも、直接おまえと交渉しようとする国もでるだろう。いや、それどころか、おまえを拉致して国に連れ帰り、新たなユニコーンの軍隊を作らせようとすることも考えられる。……で、実際にその案を実行しようとしている国が出たというわけだ」


 なるほど、という感じだった。

 そういえば十年ほど『聖獣の森』にいたせいで、すっかり忘れていたが、そういう状況だったな。

 俺がいれば、ユニコーンたちもついてくるという発想はどこの国にもあることはわかるが、それは俺の価値を客観的に分析した結果に過ぎない。

 俺はオオタネアのいるバイロンだからこそ、ユニコーンとともに守る気になったのであり、そのためにロジャナオルトゥシレリアのオタンコナス野郎にこの話を持ちかけたのである。

 この国に来たばかりの何も知らない俺を助けてくれた、一人の少女とその家族のために。

 バイロン王やその取り巻きにも親切にしてもらったし、あそこの尚武・博愛の姿勢は嫌いではないことも理由にできるだろう。

 それをわからず、ただ国が滅びないように手伝えと言われて、俺がその気になるとでもおもっているのだろうか。


「……拉致して、なんらかの魔導的手段を使って思考を操るという手もありえますよ。間者によっては、そういう薬を栽培して利用している者もいますし」

「マジかよ」

「とにかく私が言えることは、『騎士の森』内に潜入した間者はことごとく誅殺するべきということです。そうしなければ、何度も間者を送られて、その度に対応を迫られるという面倒が生じるからです」


 誅殺。

 罪があるものとして殺すということだ。

 俺自身としては、人を殺すという行為には抵抗があるのだが、提案したモミはおろか、他の二人もそれを是としている様子だった。

 俺だけが反対しても仕方ないので、それを受け入れるしかない。

 例え捕まえたとしても、代官所での拷問の挙句死ぬことになるかもしれないし、そもそもバイロンの刑法では、敵国から派遣された間者と断定されたら死罪ということになっている。

 ならば、間者側もそれだけの覚悟をしてきているのだろう。

 助命するだけ残酷かもしれない。


「……わかった。それはいいとして、どうやって見つけ出すんだ? 森の中は演習ができるほどには広いし、こっちはそんなに人手がない。無駄な労力は割けないぜ」

「それは私が考えてある」


 俺の質問に答えたのは、オオタネアだった。

 その鋭い眼光を見れば、すでに彼女に十分な腹案があることは明らかだった。

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