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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
最終話 聖士女のユニコーン
219/250

約束と一緒に

 ノンナ・アルバイ


 タナ・ユーカー


 ナオミ・シャイズアル


 マイアン・バレイ


 ハーニェ・グウェルトン


 ミィナ・ユーカー


 クゥデリア・サーマウ



 ……俺とこの世の果てまでつきあうことを決めたのは、この七人だった。

 全員が十三期。

 俺と最も長く行動を共にしてきた、まさに戦友ともいうべき少女たちであった。

 タナたちがこの話を持ち出した時、ここまで俺たちと行を共にしていた他の騎士たちもどうしてもついていくと言い放った。

 ここまで来て置いて行かれたくないと口々に訴えた。

 地獄への片道切符に等しいとわかっていても、仲間外れにされたくないという想いがあったのだろう。

 しかし、隊長であるノンナは冷静にその想いを汲みつつも、切り捨てた。

 ここには俺を除いて、十七人の騎士がいて、そのうち十三期が八人、十四期が七人、十五期が二人いた。

 十四期以下もそれぞれがこの〈王獄〉攻略に選ばれるほどに単騎としての力量は高く、そしてユニコーンとの相性も抜群である。

 だからこその人選でもあったが、総体的な技量としては十三期にはまだまだ及ばない。

 そこをノンナは気にしたのだ。

 やはり弱い者を連れていく余裕はないといことだった。

 実力的には十四期トップのシノ・ジャスカイとエレンル・ジイワズだけは食い下がったが、俺の眼から見ても二人とも実力不足なのは明白だった。

 まあ、俺としては連れていくというだけで婚約が成立みたいなことになるので非常に内心は穏やかではないのだが。

 ただ、この二人も不承不承に引き下がることになった。

 それはおそらく絶対に俺についてくるというはずの少女が諦めたからだ。

 少女の名はカイ・セウ。

 俺の物語の大ファンだという騎士だった。


「……私は行けません」


 あまりにも呆気なく辞退した魔導師崩れの騎士の言葉に皆が戸惑った。

 実力不足だったとしても絶対についていくだろうと皆が確信していたからである。

 だが、それに対し、カイは頭を抱えながら言った。


「私は魔導師だからわかりますぅ。あの船は恐ろしい魔導力で満ちています。あそこに行くということは、まず間違いなく死ぬということです。……私は……怖くて足が動きません……」


 俺以外でユニコーンの〈念話〉を聞き取ることができるという他人よりも強い魔導力を持つ彼女が、脚を震わせていた。

 彼女にしかわからない何かが視えていたのだろう。

 あまりにも酷い狼狽えようだった。

 だが、わかる。

 俺にだってわかる。

 あの〈方舟〉はどう考えても人間が踏み入れていい場所ではない。

“ゆかり”という度を越えた存在が航海士をして、あの〈手長〉どもを移送してきたものなのだ。

 三途の川の渡り船並みに乗ってはいけないもののはずだった。

 

「何が……あるというの?」

「逃れようのない死が」


 普段は狂おしいまでに暢気なカイ・セウの慟哭ともとれる悲痛な声に、騎士たちは言葉をなくした。

 目にしただけで覚悟を挫かれる、そんな姿だからだ。

 そんなときなのに、俺はカイ・セウが〈騎士の森〉に来て、しばらくしたときに十四期をつれて街に出た時のことを思い出した。

 まだ、こいつらに戦いに向けての覚悟がなかったころの、白昼夢のような頃のことを。


「……カイ」


 俺は肩に手を乗せた。


「少年騎士さま……。私たちはまだ弱いです。あそこに、あなたにつき従うだけの力がありません……。あなたの力には……なれないです。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさ……」


 カイの顔が上がった。

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。

 そんなに怖いのか。

 いや、違うよな。

 おまえ、もう弱くないよな。


「もういい、無理をするな」

「でも……少年騎士さま……。今、行かないと……」

「大丈夫だ。約束する。―――この世界は俺が守る」


 かつて、幼きカイ・セウを魅了した言葉。

『この世界を守ろうよ』

 お伽噺の主人公が、幻獣の王と交した約束の言葉。

 それを耳にして、カイ・セウは足の震えを忘れた。


「私も、この世界を守りたい……のです」

「……精神こころが拒んでいるんだろ? もう無理だ。おまえはここで引き返せ」


 首を括って死ねと言われたかのような絶望的な、すべてを諦めたかのような哀しい表情をカイ・セウは浮かべる。

 俺というヒーローに憧れて騎士になり、ここまで来た彼女にとっては確かにその通りなのかもしれない。

 誰だって青春をかけてきたものに、これまでを否定されればこんな絶望を見せることだろう。

 だが、そうではない。

 おまえのしてきたことに、何の無駄もない。

 そのことを教えてやるよ。


「おまえ、俺を信じていないのか?」

「そ、そんなことは……」

「だったら、俺と約束すればいい。世界を一緒に守りたいって。そして、俺が世界を救えばおまえとの約束が叶ったということだ。おまえ自身が直接手を下さなくても、おまえも俺と一緒に守ったことになる」

「―――それは……詭弁です」


 俺はにやりと笑った。

 

「〈ユニコーンの少年騎士〉を信じろよ」


 時が止まる。

 カイ・セウは息をのみ、それから肩を落とした。

 例えようもない複雑なものが双眸に浮かんでいる。


「はい、以外、返事がないじゃないですか……。あなたみたいに、自分自身のことを顧みない人が他人のためにする約束を信じないはずが……ないじゃないですか」

「だろ?」

「……お願いします。あなたの物語の一読者として、物語が大団円で終わることを、ただお願いします……」

「任せろ。まあ、もう〈少年騎士〉という年齢じゃないがな」


 俺はそう言って、カイ・セウの頭を撫でた。

 印税は入ってこないが、俺の物語の読者は大切にしないとな。


「……カイの言う通りかもしれません。あたしたちには実力がまだ不足しています」

「ですわね。口惜しいですが、十三期の先輩方と比べたら、わたくしたちはまだまだ見劣りしますわ」


 シノとエレンルも憑き物がとれたような顔をしていた。

 俺についていくことを諦めたようだ。

 ……そして、選ばれた七人を除いて、残った聖士女騎士団員は帰路につくことになった。


「筆頭騎士さま、あなたに追いつくことがあたしの夢です。ですから、どうぞご無事でお戻りください」


 シノが別れ際にタナに声をかける。

 あの〈騎士の森〉での模擬戦を覚えていたのだろう。

 彼女もユニコーンの騎士に魅入られた戦士であった。


「〈少年騎士〉さま」

「なんだ、エレンル」

「……十年前、王宮であの邪悪な魔物から弟とわたくしを助けてくださり、ありがとうございました。弟に至っては、イド城においても命をお救いしていただき、姉弟ともども感謝の念しかございません」

「え、そうだったのか? そういうことはもっと前に言えよ」

「申し訳ありませんでした。ジイワズ家は立場を曖昧にしなければならないこともあり、ずっと黙っておりました」

「おまえんとこは大貴族だもんな。まあ、仕方ないか」

「ご容赦ください」


 俺はカイと同様にエレンルの頭を撫でて、


「いいさ。おまえらが無事に育ったんなら文句はないしな」

「本当に、ありがとうございました。―――従姉あねもあなたにずっと感謝しておりました」

「あんまり気にすんな。達者でやれよ」

「はい」


 と、別れた。

 十年前云々といったら、イド城であったあの騎士が弟だったのか?

 ジイワズとはなんとも縁があるな。

 それぞれが簡単な別れを済ませていると(みな、わかっているのだ。これが本当に死出の旅立ちになるということを)、帰還する部隊をまとめることになったたった一人の十三期がやってきた。


「教導騎士、それではお別れです」

「ああ、リユ。元気でやれよ」

「同期はみんなあなたについていってしまうんで、凄く寂しいですよ」


 リユ・ナーカンタス。

 十三期でただ一人、帰還組に入った少女騎士が寂しそうに笑う。


「でも、仕方ありませんね。途中でキルコとアオを拾って帰ります」

「―――わかっているのか?」

「当然です。ちょっと前に”ハー”と”ヴェー”の存在が消えたのに、例の剣士がこちらにやってこない。あの二人が負けるはずがありませんから、悪くて相討ち、それよりよくて重傷で動けなくなっているというところでしょうね。早く行ってあげないとなりません。別れは手短にしましょう」

「ああ、あの二人を頼むぞ」

「はい、教導騎士。―――そっちの方はムーラやシャーレのぶんまでお願いしますね」


 そういって、十三期では目立ちにくい、ただし能力は指折りつきの騎士は後輩たちを率いて去っていった。

 懐かしい名前を言い残して。

 ムーラもシャーレも、今はここにいない。

 だが、あいつらの分まで俺たちは先に行かねばならない。

 半分以上の仲間たちがいなくなり寂しくなったはずだが、残った七人の騎士たちは深刻そうな顔をしていなかった。

 それどころか、これから楽しい旅行にでも行くみたいなウキウキした様子だった。

 後ろ髪引かれる思いで戦場から帰っていった連中には見せられない不謹慎といっていい表情である。


「おまえら、ニヤついているぞ」

「え、そう?」

「ああ。どう見ても戦いに赴く戦士のものとは思えん。もっとしゃっきりしろ」


 だが、俺の苦言はあっさりと流された。


「か、固いことは言わないでください。こ、これが最後なんですから」


 真っ先に文句をつけたのが引っ込み思案なクゥだというのが意外だった。

 相方を喪失しているクゥとミィがここにいること自体もだが。

 この二人はユニコーンと一体になることで最強となる強さの持ち主だ。

 しかも、今はその相方がいない状態なのだから。

 それなのにもう悲壮な雰囲気はない。

 いつだってこいつらは陽気でタフで逞しい女どもなのだった。


「そうだよー、セスシスくん。ボクたち十三期は、セスシスくんのために戦ってきたんだから、最後まで一緒にいないと。みんな一緒だと楽しいしね」

「そうだな。でないと、身を引いてくれたリユにも悪い。あえてオレたちに代わって後輩たちのお守りを買って出てくれたのだから」

「うんうん、リユだってセシィの写真とか持っていたぐらいだし」

「……おまえが押し付けたのを知らんとでも思っているのか?」

「いや、アレ、ダブりだし」

「こらこら、静かにしなさい」


 なんというか姦しい。

 七人しかいないというのにホントにうるさい。

 だが……

 だからこそ、いいのかもしれない。 

 世界を救うというお題目さえもかすれるぐらいに、好き放題にやれるということは。


《良かったではないか、友よ。余の予言通りに友にも嫁たちができたぞ》

「うるせえよ。できたのはいいとしても、多すぎだろ」

《それこそ君の人徳というものかもしれんぞ。ただし、余の眷属たちには大概不評のようだがな》

「言うな。さっきから、ユニコーンがどいつもこいつも俺に話しかけてこない。しかもしつこく睨み続けている」

《それは自分たちの乗り手がすべて友の嫁になるかもしれないというのに、穏やかでいられるはずがないな。我慢したまえ》

「……俺は何一つ悪くないと思うんだが」


 すると、ユニコーンの王者は心の底から面白そうに笑いやがった。



《なあに、モテない側よりもモテる側を極悪人にした方が、世の中というものはうまく回るというものだよ!》


 

 俺の嫁になるんだあと場所柄と先のことも忘れて浮かれまくっている小娘どもと、自分の乗り手が俺に寝取られるうと睨みつけてくる駄馬どもという、この微妙に噛みあっていない集団を率いて、あの巨大な魔船に乗り込むことになるのか考えると、マジで頭痛が治まらない。

 最終決戦はもう少し厳かにやってくれよ。

 それほど長い間ではないが、こちらを独りで待ち続けている”ゆかり”からの冷たい視線がとても痛かった……。


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