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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
最終話 聖士女のユニコーン
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アオとキルコ

 全身に〈気〉を漲らせる中原の騎士たちにとって、一挙種一刀足の間合いとは、平凡な使い手でも三丈(約9メートル)ほどとなる。

 一流の使い手ならば、その1.5倍、三丈半(約14メートル)まで延長も可能だ。

 もっとも、得意とする気功種が全身の体重を軽くする〈軽気功〉か、それとも筋力をあげる〈強気功〉かという違いもあるので、画一的な数字ではない。

 ただし、ユニコーンの騎士として覚醒し、そのすべての魔導力を身に注がれて化身に等しい存在となったアオとキルコからすれば、六丈の間合いを一瞬で到達することも可能であった。

 ゆえに、二人が踏み込んだ間合いは、自分たちにとってのものであった。

 しかし、すぐに飛び込むことは叶わない。

 なぜなら、数々の鉄火場を潜り抜けてきた戦士としての勘が警鐘を鳴らし続けていたからであった。


「……キルコ、感じているッスか?」

「勿論。あれ、人間ね」


 当初、二人は目の前の魔剣の所持者を、死人種ゾンビーと仮定していた。

 少し前にセスシスが戦った時の化身アバターを振るっていたものが、脳の崩れた死体だったからだ。

 しかし、吹き付ける殺気の生々しさ。

 二人を面貌の下から睨みつける眼光の鋭さ。

 どちらも生の果てた死人の出せるものではない。

 つまり答えは一つ。

 あの鎧男は紛れもない生者であり、人間だということだ。

 もっとも、まっとうな人間とは断じがたい。

 でなければ、こんな魔界のような〈王獄〉の中で変貌も遂げずに立ち尽くしていられるはずがない。


「人間相手だと名乗りをあげるべきッスかね?」

「いざ尋常に勝負とはいかない」

「まあ、そうッスね。時間もないし、とっとと始めちゃいまスか」


 二人が膝のバネを屈して、解放しようとしたとき、なんと想定していないことが起きた。

 鎧男が地獄から響きだすような低い声をかけてきたのだ。


『……〈妖魔〉はどうした?』


 意外とはっきりと聞き取れた。

 ただし、内容は不明だ。


「〈妖魔〉ってなんのこってス?」


 塵の一つも見逃さないように〈神の眼〉による警戒を怠らずにアオが聞き返す。

 質問に質問で返すとは、とナオミあたりに叱られそうな態度であった。


『身どもをこのような境遇に叩き落した、あの憎き〈妖魔〉はどこだ?』

「……知らない」


 実のところ、二人には心当たりがあった。

 彼女たちの知る限り、この大陸において〈妖魔〉と呼ばれるものはたった一人しかいない。

 彼女たちの元教導騎士であるセスシス・ハーレイシーである。

〈妖魔〉とはこの世界の言葉でいえば、異世界からやってきた魔物のことを差す。

 怪物じみた異形だけでなく、たとえこちらの世界の人間と寸分たがわずとも、異世界の出身であるというだけで〈妖魔〉なのだ。

 過去においては神話を例に出さずとも、幾種もの〈妖魔〉がこの世界には訪れており、その意味ではセスシスだけというわけではない。

 だが、今現在、この世界にはっきりと〈妖魔〉といえるものは彼しかいない。

ということは、あの大剣の鎧男が憎いとまで断言している相手はセスシスのこと以外にはない。

 しかし、なぜという説明をキルコたちは求めなかった。

 こいつがどういう意趣をもってセスシスを求めているかはしらない。

 きっとそれなりに訳はあるのだろう。

 もしかしたら同情すべき理由があるのかもしれない。


「でも、そんなものはどうでもいいッス」


 アオは無造作に割り切った。

 他人のことなど気にしていられない。

 敵の事情など斟酌することはしない。

 なぜなら、セスシスをこの先に行かすということが彼女たちにとっての任務なのだ。

 騎士は与えられた役目を断固としてこなすだけだ。

 そこには正義も大義も道徳もない。

 逡巡など毛ほども感じなかった。


「あんたはここから先には絶対に行かせないッス。自分らがあんたをここで仕留めるんスから!」


 そう叫ぶと、アオは鎧男目掛けて滑るように挑んだ。

 体重をつま先に乗せ、踵を下げる瞬間に〈軽気功〉でバランスをとって、まるで足の裏に一切の摩擦がないかのように前進する〈滑空足〉である。

 足の裏が地面についているため、空中を跳躍するのでは追いつかない機動をすることができる技だ。

 体重すべてを零にする〈浮舟〉と同じ、〈軽気功〉の奥義である。

 それをアオは習得していた。

 迎撃のために大剣が振りかぶられ、唐竹割で下ろされる。

 あれだけ巨大な大剣をいともたやすく振り回す怪力に眼を剥きながら、だが余裕をもってアオは躱す。

 渾身とまではいかないが、十分に力のこもった斬撃をお返しに放つ。

 しかし、それははじき返された。

 鎧男が簡単に折り曲げた腕とはめられた籠手が防いだのだ。

 ユニコーンの魔導力を借りて何倍もの〈強気功〉を用いた斬撃を鎧だけで防ぐとは。

 もっともそんなことで驚くアオではない。

 これまでにも何度となく恐ろしい化け物と渡り合ってきた。

 初陣の時の震えに比べれば、どうということはない。

 敵が〈剣の王〉を再度向ける前にもう一度アオは剣を立てた。

 それもまた籠手によって邪魔される。

 再び、下から間欠泉のように吹き上がった魔剣の刃を躱し、次こそはと突きを放とうとした時、ぐおっっと瞬間風速では岩でさえ飛ばせそうな風が鎧男から吹き付けた。

 自然の風ではない。

 虞風のごとき〈気〉の放射だった。

 咄嗟に自分の身の〈気〉を消そうとしたが、間に合わなかった。

 アオは何回転もしそうな勢いで後方に飛ばされた。

 だが、鎧男は追撃できない。

 後方から音もなく忍び寄って来たキルコの相手をしなければならなくなったからだ。

 アオの迎撃に三手消費してしまったおかげで、右わき腹を狙ったキルコの剣の一撃を食らわざるを得なかった。

 バチっと火花が散る。

 だが、キルコの剣は黒と金色の鎧の表面に瑕をつけただけで終わった。

 彼女の非力さのせいではない。

 敵の纏っている鎧の非常識なまでの硬さが招いたことだ。

 普通ならば鎧ごと胴体は切断できている。

 効果がないと悟ったと同時にキルコは次の手段に移った。

 間者の糸を錬金加工したものを幾重にも鎧男に巻き付けたのだ。

 すぐに効果が出るものではない。

 だが、仕掛けは十重ということだった。

 そして、改めて迫ってくる〈剣の王〉を躱しきり、再び距離をとった。

 アオとややずれた対角線をとる位置をとり、キルコはまたも対峙する。


「アオ、硬い。隙間を狙うしかない」

「応」


 二人は手ごたえを感じていた。

 全身から沸き起こるユニコーンの―――相方の魔導力のおかげだ。

 受けも防禦も許されない魔人相手にペースを完全に握れている。

 敵の戦技そのものはおそらくは彼女の知る限り、戦盾士騎士団長ダンスロット・メルガンに匹敵するものがあるだろう。

〈剣の王〉という魔剣の力を十分に出し切れていないにも関わらず、完全に押しこむことができないほどだ。

 だが、やれる。


「”ハー” あんたの力のおかげッス」


 アオはすべての四肢の先端と両目に〈気〉と神経を集中する。

 たった一度のしくじりも許されない。

 十八年間のすべてはこの戦いのためにあったのだ。

 キルコと二人がかり。そして、相方たちの犠牲という助けがあってこそやりあえているという事実を魂にまで刻み付ける。

 逆サイドにいるキルコはきっと何かの策を成功させている。

 小狡さと卑怯さにおいて、彼女の親友の右に出るものはいない。

 あのタナ・ユーカー、あのオオタネア・ザンにすら、戦い方だけで食いつける少女なのだ。


「じゃあ、また行くッスよ!」


 アオは再度魔人に勝負をかけた。

〈滑空足〉で刹那の接近を果たす。

 だが、神器の大剣による反撃が來ると感じた瞬間。

 アオの〈神の眼〉が不可視の何かを見た。

 併せて鎧男の腕から大剣にかけて彼女たちにとって血潮にも等しく馴染み深い〈気〉が流れていく。

 アオたちの騎士のものとはまったく異なる技術体系。

 練気された〈気〉を武器に、または拳に乗せて、必殺の刃として放つ戦技。


「〈魔気〉!?」


 気づいた時にはもう遅かった。

 見えざる飛ぶ斬撃がアオを襲う。

 見切ってはいた。

 アオの〈神の眼〉ならば。

 しかし、躱すことは―――できなかった。

 体勢が整わなかったのだ。

 だが、アオはその身体を縦に両断されずに済む。

 飛来する〈魔気〉の軌道上に障害物が差し出されたことで、ほんのわずかだけコースが変化したことでずれたのだ。

 しかし、おかげでアオは直視してしまう。

 彼女を守るために、どうしても間に合わないと足を投げ出したキルコと、膝から切断されて彼方に飛んでいった左脚を。

 

「キルコォォォォォォ!」


 友のために我が身を差し出した友の名を叫びながら、アオは鎧男に斬りかかる。

 復讐のためか。

 敵討ちか。

 複雑にぐちゃぐちゃになった頭の中で、アオはこの敵を倒すことだけにすべてを絞った。

〈魔気〉を放つという可能性をわずかでも思いつかなかったアオのしくじりであった。

 そのせいでキルコの左脚という犠牲を払ってしまったのだ。

 それでも彼女は戦わなくてはならない。

 ここは戦場なのだ。

 そして、相手は最凶の神器。

 友を気遣う余裕はない。

 確かに左脚を喪ったキルコは自らの流した鮮血に塗れながらピクリともせずに横たわっていた。

 誰の眼にも気絶しているように見える。

 もしくは死んだ……のか。

 だから、鎧男はキルコへ払う注意を止めて、アオに正面から向き合う。

 滅茶苦茶に見える攻撃に見えて、その実に的確に鎧の隙間を狙ってくるアオから気を逸らす訳にはいかないという理由もあった。

 騎士養成所での落ちこぼれは、化け物ひしめく聖士女騎士団で散々泥の味を舐めてきた騎士である。

 決して弱くない。

 鎧男もそれは感じていた。

 この小娘は並々ならぬ強敵だと。

 すべての存在を両断する神器に対して接近戦を挑み、しかも生きている。

 しかも彼の剣技をすべて受けるのではなく、捌くのでもなく、躱しきっているのだ。


『ぐぬっ! 小癪な!』


 思わず憤怒の声が漏れる。

 コバエに集られているような不快さのみが皮膚をのたくりまわる。

 彼が求めているものはこんな小娘ではないのだ。

 怒髪冠を衝いた彼はまたも全身から〈気〉を放出した。

 雑な作戦だったがこれはアオの意表をついた。

 剣の刃のみに気を取られていた彼女の細腕がお留守になったのだ。

 その隙を見逃さず、鎧男の左手がアオの腕をつかみ、そして瞬時にへし折った。

 凶悪な質量をもつ魔剣を易々と振るう怪力をもって少女の腕の関節を完全に破壊したのだ。

 痛みのあまりに剣を取り落とした彼女をそのままボロ雑巾のように地面にぶつけ、もう一度叩き付ける。

 受け身をとろうとした左手も肩から落ちたショックで脱臼どころか、粉砕骨折をしてしまう。

 呻き声の一つもあげられない一瞬の出来事であった。

 呼吸すらできない痛みに反撃もできず、アオはそのまま投げ捨てられた。

 使い古された毛布のように大地に這いつくばる。

 すでに人としての扱いは存在しない。

 理不尽なまでの暴力。

 アオはその生贄となっていた。

 圧倒的な力に捉えられ、少女騎士はついに力尽きたのか、すぐには立ち上がることもできない。

 蟲のごとく這い回ることすらも。

 それを見極めると、鎧男は大剣を背負い、もう一人の少女の元に近寄る。

 先ほどからピクリとも動かない以上、死んでいるのだろうと思ってはいたが、とどめをさす必要はあるだろう。

 鎧男は残酷な作戦を思いついていた。

 この小娘二人の生首を獲って、あの生意気な〈妖魔〉の元に届けてやろうと。

 中原の古い廃城での徹底的なまでの敗北のことを彼は忘れていない。

 一度、殺され、化け物の依代となったあとでもその恨みは変わらない。

 彼を使役するものの命令通りに先ほどは見逃してやったが、奴の大事な部下たちを一人一人削っていくという趣向は気に入っていた。

 手始めに、この小娘の死体を凌辱して見せつけてやる。

 亡骸のようなキルコに向けて、刃を突き立てるために〈剣の王〉の無骨な柄を高らかと掲げる。


「―――けほっ」


 死骸に向けていた視線を上げると、そこにはよろよろになって立ち上がるアオ・グランズの姿があった。


『なかなかにしぶとい』


 鎧男は彼女を称賛した。

 あそこまで完膚なきまでにぶちのめしたというのに、ぶるぶると震えながらも立ち上がろうとする意気を褒めたたえたのである。

 もちろん、すぐさま地獄に叩き落すことを前提とした勝者の余裕の現れだ。


「……ま……だ……やる……スよ」


 腫れあがった顔に爛々と輝く眼光はまだ生きていた。

 右腕はねじ曲がり、左腕は不気味に赤く腫れ、顔と足は無数の裂傷が埋め尽くされている。ぐちゃぐちゃの髪は酷く抜けていた。

 どう見ても戦える様子ではない。

 命の煌めきが見て取れるのはただ眼光のみ。


『剣も持てぬのに、戯言を』


 それは冷徹な宣言。

 だが、鎧男でなくともその結論に至ることに異論はないはずだ。

 すでにアオは戦える肉体ではない。

 しかし、少女は嘯く。


「……剣なんてなくても腕が……ある」

『なんだ?』

「右腕も……左腕も……なくて……も……」


 前歯も折れ血を吐きながらアオは吠える。


「……自分にはこの〈眼〉があるんスよ!」


 アオは自分の持つ最後の〈気〉を”ハー”の魔導力に乗せて輝かせた。

 彼女の黒い瞳が金色に変化する。

 だが、その程度に怯む鎧男ではない。

 ただのハッタリだと切って捨てた。

 今のアオには立ち上がるだけの力しかないことを見抜いていたからだ。

 敵に鼻で笑われようとも、アオは決して逃げない。


『なんのつもりだ?』

「―――右の小指!」

『っ?』


 アオの放った言葉の意味が鎧男にはわからなかった。

 誰も聞いていない無意味な言葉を叫んで、少女騎士になんの得がある?

 逆転の目など、満身創痍のアオにはないというのに。


(誰も聞いていない……?)


 鎧男がアオの叫びが誰かに対してのものだと気が付いた時、彼は下方から竜巻のようにせりあがる刃の煌めきを見た。

 昇竜のごとき激しさをもって。

 何かが彼の視界の影から。

 百戦錬磨の彼が咄嗟に反応できないほどの刹那の出来事であった。


『ぐおおおおお!』


 鎧男の〈剣の王〉を握る拳の中で小指が断ち切られたことを知った。

 小指は鎧男にとって、力をこめるために最も重要な部位であった。

 これまで騎士たちのすべての攻撃を弾いてきた鎧ではあったが、指を守るための部分はさすがに強度不足であったのだ。

 結果として、〈剣の王〉は手の中から零れ落ちる。

 まるで下から糸で引かれたかのように不自然な動きと共に。

 そして、取り落とした〈剣の王〉の峯の上に飛び乗った影があった。

 二つの団子がついた黒髪の少女。

 キルコ・プールであった。


「あなた、油断しすぎ。そんなだから寝首を掻かれる」


 キルコの手の一振りで三本のペティナイフが打たれ、狙い過たず鎧男の面貌の下に隠された双眸を貫く。

 視力を奪われた鎧男が逆襲をする寸前に、キルコは手にした魔剣〈指壊しかい〉を腰で構え特攻した。

 ほんのり魔導の白光を纏った刃がそのまま鎧の接合部、喉を守る装甲を避け、直接に首を抉る。

 キルコは大男の肩にまで駆け上がり、子供が父に肩車でもしてもらうかのように座り込むと、小さな身体に残存するすべての〈気〉と魔導力と、そして意志の力を振り絞り自分よりも二回りは太い猪首を掻き切った。

 人のものよりははるかにドス黒い、油のような血液が裂かれた喉から噴き出す。

 同時に鎧男の呪われた二度目の生は終了を迎えた。

 彼の頭に最後に浮かんだものは、忠誠を誓った本来の主の名前だけであった……。


「……アオ」


 キルコは一緒に地面に倒れこんだ鎧男の死体を退けて、親友の元へと這っていった。

 左脚は膝から先がもうない。

 まともに歩くことはもうできない。

 だが、別にどうということはない。

 彼女は……いや彼女たちは任務を果たした。

 神器を持つ最強の敵を撃退したのだ。


「……アオ」


 靴に仕込んだ飛び出しナイフは、鎧男の小指を断ったときに根元から折れていた。


「もう使わないからいい……」


 キルコの使った策は簡単なものである。

 ただの「死んだふり」だ。

 左脚を喪った瞬間に、もう動けないと悟った瞬間に、彼女は賭けに出たのだ。

 死者の振りをすることであの化け物のたった一つの隙をつくことを。

 戦いをアオに押し付けることを我慢したのは、親友を信じたからだ。

 彼女ならば、キルコの意図を悟り、必勝のチャンスを作ってくれると。

 そして、すべては達成された。

 キルコは最後の力を下からの一撃に注ぎ込み、〈剣の王〉を鎧男から奪い、最凶の敵の首を獲ったのだ。


「……今行く、アオ」


 死にたがりとして産まれた少女が、最後の最後に選んだのが「死んだふり」というのが滑稽だった。

 思わず笑ってみようとしたがキルコはもう顔の筋肉の一本も動かせそうになった。

 だから、無駄なことはしないで這いずり進むことだけに集中する。

 わずかな距離を進むだけで血が抜けて冷たくなり、命が抜けていくような感覚に襲われながら。


「”ヴェー”、”ハー”、あなたたちは凄かった」


 膝の傷口からはもう失血死寸前まで血が流れ出ていた。

〈気〉を使えば血の流失は止められたが、それでは死んだふりはできない。

 策を完璧にするためにキルコは保身を捨てた。

 ゆえに、もうキルコは死にかけていた。

 それでも、それでも、キルコは這いずり進む。


「アオ、アオ……」


 親友の名を呼ぶ。

 もう立ち尽くして一歩も動かない親友の名を。


「アオ……」


 彼女が親友の元に辿り着いても、アオは身じろぎもしない。

 騎士団の要と言われた〈神の眼〉はもう閉じられていた。

 ただ口だけは半開きだ。

 キルコに、敵の隙となる箇所を指摘した状態のままで。


「……先生たちは守った」


 キルコはだらんと下がったアオの手を握り、


「私たちの勝ち、だ」


 そうキルコは誇らしげに囁いた。


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