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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
最終話 聖士女のユニコーン
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友情の花はどこにでも咲く

 キルコ・プールとアオ・グランズ。

 この二人がいつ親友と呼べる間柄になったのかは、本人たちにもわからない。

 気が付いたら、そういう関係になっていたからだ。

 キルコとしては、ムカデに似た魔獣を退治したあとのルーユの村事件の頃には、その認識を持っていたので、少なくともそれまでの間に友情が育まれたのだろうと推測できる。

 もっとも、明確にそれを意識した時期については覚えがない。

 きっかけとなった出来事なども記憶にないのだから。

 たまたま二人で歩哨をしていたときにその話題になり、キルコはいつまでも首をかしげていたが、一方のアオはたった一言こう言っただけで簡単に流してしまった。


「じゃあ、出会った時から自分らは親友だったということでいいんじゃないスか」


 それを聞いたキルコは、珍しく食って掛かった。


「そんな適当なのは嫌。絶対、何かあったはず。でないと気分が悪い」

「……キルコは神経質なことを言うッスねえ。まったく面倒くさい女ッス」

「だって気になるもの。あと、面倒くさいとか言わない」

「実際、そうじゃないッスか」


 ……結局のところ、二人が友達になった理由は、どちらもはっきりとは思い出せずに終わった。

 どちらも忘れていたというよりも、お互いが自然と魅かれあった結果だということに気が付きもせずに。

 キルコとアオの二人は、出身も育ちも特技も見た目もすべてが正反対だった。

 貴族に匹敵する資産家の令嬢と身寄りもいない貧乏人の孤児、共通しているのはどちらも十三期の騎士の中では落ちこぼれに属するということだけだった。

 戦技の部分ではミィやクゥといった二人とも大した差はなかったが、彼女たちには突出した馬術があった。

 座学の面ではハーニェと同程度の成績しかなかったが、彼女には野山で培った人並み外れた敏捷性があり、仲間の補助という点ではずば抜けて甲斐甲斐しかった。

 だから、彼女たちは同期の十三人の中でビリと次点をいつも争う二人だったのだ。

 そもそも二人はあまりやる気のある騎士という訳でもない。

 キルコは生来の死にたがりであり、聖士女騎士団にも死に場所を求めてやってきただけ。

 一方のアオも、〈自殺部隊〉に配属されたくない養成所の仲間たちの策略で無理矢理招集されたことから、来たくて来たのではなかった。

 どちらも好き好んで〈雷霧〉との戦いに身を投じた訳ではないのだ。

 ただ、予想外に聖士女騎士団の水は彼女たちに馴染んだ。

 不思議な力を持った教導騎士と幻獣たち。

 強くて公正で信頼に足りる騎士団長と先輩。

 優しく、努力家で、いつもみんなを励ましてくれる隊長。

 朗らかな天才、生真面目な優等生、寡黙で真摯な拳士、一生懸命な騎手、口下手な野生児、仁義に篤い町娘、気品があるのにどこかドジな弓使い、おっちょこちょいの最年少者……。

 誰もが真剣で、他人を思いやり、世界を守るという無茶な使命のために戦う仲間たちだった。

 女だらけの環境にしては異質な空間といえた。

 もう少しギスギスしていてもおかしくない、むしろそれが普通のはずなのに。

 だからだろうか。

 落ちこぼれの二人までが努力していつか強くなろうと決意してしまったのだ。


 キルコは……


(先生みたいにすぐ死んでしまうような無茶をするのはよくない。だいたい私が死んだら、みんなが困る。ここにいる限り、死ぬのはやめたほうがいい)


 と、いつしか生まれてからずっと抱いていた死にたいという衝動を抑えるようになり、気が付いたら死のうという気持ちさえ忘れてしまった。

 セスシスという、他人のために死に挑戦し先駆しようという存在に魅了されたということもあろう。

 ほんのり赤い思慕の想いとともに、キルコは強くなっていった。


 アオは……


(自分みたいな落ちこぼれを、オオタネア団長は見ていてくれる。自分が努力しているところを見ていてくれる。こんなことは初めてッス)


 訓練についていくのが精一杯の彼女を、オオタネアがそれとなくフォローしていてくれることに気づいていた。教導騎士セスシスも一緒だ。

 オオタネアにとっては部隊を掌握するための手段だとわかっていたとしても、これまで不当な待遇を受けていたアオには泣くほどに嬉しいことだった。

 ただ公正に扱ってくれる。

〈神の眼〉という特殊な才能が発掘されてからも、仲間に劣る実力でしかないアオを、辛抱強く訓練を積ませてくれる。

 決して見捨てることをせず。

 それだけでアオは強くなれた。

 アオの〈神の眼〉は常に見守っていてくれる公正な団長をいつしか聖母のように慕っていた。

 そして、最終決戦の舞台において、落ちこぼれたちは見事なまでの騎士に成長していた……。



       ◇◆◇



 進む騎士団のやや前方に、巨大な大剣を杖にようにして立ち尽くす奇怪な鎧をまとった大男がいた。

 全身の皮膚どころか、肌との接触を防ぐための下履きの肌着の類でさえも見えないぐらいに完全に覆われた金属の鎧は煌びやかな金と黒の二色。

 金色は鎧の縁を炎のような意匠で輝かすための飾りであり、まるで漆黒の闇の底で口を開く悪魔の牙のようであった。

 二つのねじ曲がった角を兜につけ、面貌には宝石を散りばめ、夥しい棘のついた肩当てと膝当て、そして刃のごとく尖った脚甲。

 どれもがおどろおどろしく、そして美しい、地上すべての贅を凝らしたかの豪奢極まる造形美であった。

 だからこそ、男の持つ鈍色にびいろの大剣の無骨さが際立つ。

 鉛を削りだしただけにしかみえない、大雑把な鉄塊そのものなのに、何よりも目を引く。

 とても比べ物にならない意匠の差など、存在感という何物にも勝る感覚には決して勝てぬというがごとくに。

 その大剣の名は〈剣の王〉。

 神々の鋳造した神器。

 ユニコーンの騎士たるセスシス・ハーレイシーが振るう得物とまったく同じ形を有していた、神話の時代から伝わる魔剣である。


「来たッス」

「そうね」


 打ち合わせ通りに、二人の少女騎士がそれぞれのユニコーンとともに、金と黒の鎧の大男と対峙する。

 だが、男は死人のように身じろぎもしない。

 彫像だと思われても仕方がないほどに。


「―――殺気が凄い」


 タナ・ユーカーが呟いた。

 男の背後から吹き付ける死の嵐のような獰猛な殺気の渦は、騎士たち全員に向かっていた。

 これほどまでに凄惨な殺気を叩きつけられたことのない、十五期の騎士の一人が思わず口を押え胃の中身を吐きだすのを堪える。

 物理的な効果さえも生じるかのような強すぎる殺気であった。


「ここまでくると〈魔気〉のようだな」


〈気〉の扱いには最も秀でた僧兵あがりのマイアンでさえ、背筋に走る怖気をこらえるのが容易ではないほどだった。

 とはいえ、修羅場を潜り抜けて生きてきた十三期の騎士たちにとっては、この尋常ならざる殺気ですら闘志を燃やすための油にしかなりえない。

 マイアンとタナ、二人の双璧が剣の柄に手をかける。


「―――ダメ、二人とも」

「そうッス。あれは自分たちの獲物ッス。引っ込んでいてください」


 しかし、双璧の行動は前に立つ二人によって止められた。

 背中しか見えないのに、二人は皆の行動のすべてを理解しているかのようであった。


「そのだだ漏れの恥ずかしい殺気は自分たちに向けるッスよ、デカブツ」


 アオが言葉で挑発し、キルコが手にしたペティナイフを一本投げつける。

 ナイフは鎧の胸甲に弾かれ、金属同士がぶつかり合う澄んだ音色が響き渡った。


「……あなたの相手は私たちがする」

「そうッス。隊長たちはお先にどうぞッス」


 ノンナが言った。


「どう、相手の様子は?」

「やっぱりこちらの予想通りッスね。自分たちがやるといったら、完璧にこっちだけに殺意を向けなおしたッス。……やっぱり、部隊全部をここで足止めするつもりはなさそうッス」

「隊長たちは用心しつつ前進してもいいと思う。多分、通してくれるから」

「わかったわ。……二人とも頑張りなさい」

「隊長たちこそお気をつけて。もう自分の〈眼〉は使えないッスよ」

「ええ、貴女がいなければきっとここまで来られなかったわ。本当に貴女は私たちの要よ」


 その言葉を聞き、アオは少し目を見張り、涙をこらえるように視線を逸らした。


「早く行くッス。まだ先は長いんスから」


 キルコはその肩を軽く叩いてから、同じ方向を睨みつつ言った。


「先生をお願い」


 そうして、二人の少女騎士はおぞましい殺気の渦と化している大剣の男のもとへ進み出た。

 二騎の脇を聖士女騎士団の部隊が通り抜けようとしても、そちらを見向きもしない。

 男には完全にキルコたちしか見えてはいないようだった。

 ゆっくりと二騎と一人から離れ、騎士たちとユニコーンはさらに遠くにある目的地目掛けて駆けだした。

 仲間を置いていくことの罪悪感はもちろんある。

 しかし、いざという時には最も親しいものさえも見捨てて任務を達成せよと無意識下までも叩き込まれた、聖士女騎士団の掟が彼女たちを縛り付ける。

 世界と仲間の両天秤においては、ただの数パーセントの可能性もなく前者を選び抜くように叩き込まれた掟は絶対だ。

 だから、心の中で願うしかない。


「死ぬな」


 と。


「勝て」


 と。


「また会おう」


 と。


 ……仲間たちの内心を読み切り、むしろこちらの方が悪いことをしたというバツの悪そうな表情を浮かべ、キルコたちは男と向かい合った。

 大剣の主はまだ動かない。

 巻き起こる殺気の嵐だけはそのままにして。


「さて、キルコ、どうするッス?」

「何、勝算があったのではないの? あれだけ大言壮語を吐いて、まさか無策というのではないでしょ」

「あることはあるんスが……」


 アオはやや暗い顔をしてから、ユニコーンの”ハー”から下馬した。

 騎乗したまま戦う気はないということだろう。

 それを見て、キルコはほんのわずかだけうっすらと微笑んだ。

 あなたのすることなんて全部お見通しだよとでもいうがごとく。

 自分も下馬する。

 その時、一度だけ自分の相方である”ヴェー”の頸筋を抱きしめた。

 ついさっき敬愛する教導騎士にしたものと同じ振る舞いであった。


「キルコ、付き合わなくてもいいんスよ。やるのは自分だけでも構わないスから」

「気遣いは無用。それよりも、お互いに自分の相方に申し訳なく思うべき。酷いことを願うのだから」

「……そうッスね。自分たちはホントに外道ッス」

「私が付き合うと決めたのは、それもあるの。二人で魂の罪人となりましょう」

「―――ありがとう、キルコ」

「―――どういたしまして」


 それから、二人は同時に腰の佩剣を抜き、互いの相方―――ユニコーンの一角に突き付けた。


「”ハー”」

「”ヴェー”」


 そして、背負うべき罪を告白する。


「死んでほしいッス」

「死んで」


 唐突で、無慈悲な宣言に対して、急所である一角に剣を突き付けられたユニコーンの二頭はどう答えたか―――

 彼らは淡々と―――


《承知した》

《応》


 と、だけ。


《―――ただし、処女おとめたちよ。儂らの全魔導力をおまえたちに注ぎ込んだとしても、全力を出せるのは5分程度じゃぞ。それまでにケリをつけよ》

《キルコ。汝ならばきっとできましょう。……最後まで汝につきあえない我のことをお許しください》


 ユニコーンは粛々と遺言といっていい言葉を紡ぐ。

 自分たちを殺すという乗り手のために。


「”ハー”。自分はあんたに相応しい立派な騎士になれたッスか?」

《勿論じゃ》

「”ヴェー”。私はあなたというユニコーンの乗り手になれたことを幸せに思う」

《我も芳しい匂いをもつ汝とともにいられたことを、何よりも愛している》


 キン。

 二振りの剣が空気を引き裂いた。

 同時に二頭のユニコーンの角が根元から落ちる。

 その切り口からは黄金の輝きに満ちた胞子が沸き上がり、噴き出し、雲霞のごとく拡大し、アオとキルコの全身に絡みつく。

 ユニコーンの魔導力が光子を通じて世界を読み取り、少女騎士の肉体にかつてない力を注ぎ込んでいった。

 人間の身には決してあり得ない力の奔流が二人を超人の域にまで高めていく。

 そして、アオとキルコはユニコーンそのものに匹敵する魔導力をまとい、限りなく幻獣に近い存在にまで昇華していった。


《……アオよ》

《―――キルコ》


 光が薄れ、一気に存在が消滅しつつあるユニコーンたちが囁いた。

 魔導力を人間に譲渡するという真似をしでかしていることから、さすがの彼らも長くは保ちそうになかった。

 消えゆく愛すべき相方の最後の言葉を決して聞き洩らさないと二人は耳を静かに傾ける。

 零れる涙によって視界は歪んでも、耳は大丈夫のはずだから。


「……」

「……」


 ユニコーンたちは言った。


《勝つんじゃぞ》

《汝に勝利を》


 アオもキルコも悟る。

「生きろ」でもなく「死ぬな」でもなく、ただ「勝て」とユニコーンたちは祈ったのだ。

 彼らはわかっている。

 二人の少女騎士はとうに命を捨てている。

 望むべくは、手に握りたいのは、ただ―――


 ―――勝利だけなのだ。



「征くよ、アオ」

「はいッス」


 幻獣から生じた黄金の胞子を身にまとい、アオとキルコは大剣の間合いに踏み込む。

 すでに背中にはユニコーンたちはいない。

 だが、彼女たちを応援する〈念話〉が響く。


 ただ、ひたすらに、「勝て」と。

 

 






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