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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
最終話 聖士女のユニコーン
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落ちこぼれと老兵

「……おまえはどう思うんだ、筆頭騎士?」


 充満した魔導力のせいか、ありえないほどに捩子くれた木々や腐った汚水で溶かされたような湿地ばかりの〈王獄〉を進みながら、部隊の中心で隊長であるノンナ、参謀ナオミ、して筆頭騎士のタナが議論を交わしていた。

 帝国の魔導師によって想定されている〈王獄〉の奥にあるという〈混沌の海〉に至るまで、ほとんど時間はない。

 乗り手と完全に一体化しているユニコーンの速度はほぼ落ちることなく、普通なら何日もかかるであろう距離を制覇しているおかげだ。

 しかし、この部隊の主幹たちにとってはどうしても話し合っておかねばならぬことがあった。

 俺もついてはいたが、どちらかというと俺よりも相方の”ロジー”の知恵の方をあてにされているのではあるが。

 議題は、「敵の動き」についてである。

 

「おかしいとは思う。さすがにね」

「例えば?」

「さっきの〈城呑蛇〉だけではなくて八脚神獣についてだね。確かにとんでもない化け物だったけど、あれを私たちに差し向けることができるのなら、もっと効果的な方法はあるはずだよ。一匹一匹をあんな五月雨式に送り込むなんて意味がない」

「―――そうだ。戦力の逐次投入なぞ、ただ各個撃破してくれというようなものだ。戦術としては下策だ」

「そうね。結果として、私たちの部隊からは少なくない損害が出たといっても、あれにまとめて攻めてこられたら受けた被害はその程度ではすまないでしょう」

「それにたまたま一匹一匹がやってきたという偶然はありえないだろう」


 この議論を仕切るのはナオミだ。

 参謀である彼女は、おそらくこの中では最も軍議に携わり、様々な経験を積んでいる。

 団長のオオタネアがこの日を見越して、彼女を育ててきたということもあろう。


「さっきの八脚神獣と〈城呑蛇ノヅチ〉はどれも幻獣王が、存在を把握していなかった未知のものに等しい幻獣だった。そして〈王獄〉突入時におまえたちが倒した巨大な〈手長〉。あれもおかしい。私の知るところでは、〈手長〉どもは未来の妖帝国人ということだが、いくら魔導力で奇形に進化したとしても、人を素体としたものがあんなに大きくなるとは思えない。単純に巨大な〈手長〉と切って捨てることはできない」

「それがどうかしたの?」

「しかし、こちらと接敵した時の様子から考えて、明らかに我々を狙っているものだ。だからおかしい」

「……」

「あんな規格外の化け物どもを使役できるというのならば、まとめて私たちの殲滅のために送り込めばいいだけのことで、あうてそれをやらないということは、〈王獄〉側に戦術についての基礎の知恵がないか、別の理由があるということが考えられるという訳だ」


 その場合、前者は確実に否定されるだろう。

 なぜなら、〈王獄〉内に潜み、俺たちが探しだそうとしている相手は、おそらく〈白珠の帝国〉の法王と取引し、魔導鎧などの支援を引き出していたからだ。

 人間と取引ができる知恵があるだけでなく、それをうまく利用できるというだけで無知か白痴のはずがない。

 高い知力とそれを操る知恵を持つ。

 だから、戦力の逐次投入などという俺でさえ愚策としか思えないことをするわけがない。

 ナオミの理屈はこうであり、それは俺も同意見だ。

 ならば、後者の何か別の理由があるのだろう。


「戦術的理由がないというのならば、戦略的な理由があるということ?」

「それも、わたしからすると考えられないな」

「どうしてさ?」

「……〈王獄〉内の勢力からすれば、この内部に突撃できるのが私たち聖士女騎士団だけであり、〈剣の王〉を振るえるのがセスシスのみである以上、今のこの部隊を全滅させれば戦術的勝利がそのまま戦略的勝利に直結するからだ。遠回りをする必要性はない。集められる限りの化け物を駆り集め、そのままぶつけてくればいい。さすがのわたしたちでもそれをやられたらイチコロだ」

「そうね。私たちが世界の切り札であるのだから、なんとしてでも倒すべきはこの部隊ということに間違いはないわ。私でもそう考えて作戦を立てるわね」

「そうなると、この化け物の逐次投入はわざとやっているとしか思えない。そして、わたし自身、さっきからのこの一連の流れに対して背後に何らかの意図があるのを感じている。どう考えても不自然だ」


 ナオミは顎に手を当てた。

 考え込むときの彼女の癖だ。


「戦術でも戦略でもない。となると、兵理では解決できない事情……。政治か、情か。そんなところね」

「まあ、政治ではないだろう。化け物相手に戦後もありえないからな」

「では情ね。すぐに思いつくところでは、復讐とか……」

「相手が〈妖帝国〉ならともかく、私たちにそんな覚えはないよ。さすがにね」

「タナの言う通りよ。セスシスさんはいかがですか?」


 突然話を振られても答えようがない。

  

「皇帝がこちらを一時的であれ味方と判断しているからな。含みはあるだろうが、今の時点で裏切るような漢ではないだろう。だから、タナの言う通りに帝国は関係ない気がする。”ロジー”、おまえはどうだ?」

《余にもないな。むしろ、余のあずかり知らぬ幻獣を勝手に暴れさせているという点で、余の方が色々と憤慨している状態だ》

「気持ちはわかる」

《だが、人の世においては多くの派閥が様々に作用して影響を及ぼしあっている。汝らの知らぬところで、知らぬ相手がことをなしていたとしても不思議はあるまい》

「だ、そうだ」


 こればかりは何度話し合っても答えは出ないだろう。

 敵の意図など、フィクションの世界でなければわからないのがほとんどなのだから。


「ただ言えることは……」

「なんでしょう」

「さっきのような魔物がこれからも次々と襲ってくる可能性は高い、ということだ」


 三人は沈黙した。

 当然、彼女たちの頭の中には浮かんでいた考えだったからだ。

“ベー”という犠牲をだした〈城呑蛇〉との戦いが最期という保証はない。

 むしろ、もっと深刻で凶悪な敵が送り込まれるおそれがあるのだと。


「……たぶん、来るでしょうね」

「うん。来るね」

「私たちの戦力を、薄皮をめくるように一枚一枚剥ぎ取るために」


 それがなんのためかはわからない。

 だが、俺たちにとってはかけがえのない仲間という戦力を少しずつ削られていく戦いが続くことは間違いない。


「……もう誰にも死んでほしくないな」


 タナがぽつりと呟いた。

 皆、同じ感慨を抱いていた。



        ◇◆◇



 ミィナと”ベー”が〈城呑蛇〉を斃し、その腹に囚われていた”チェー”を救い出したのと前後して、シノたちとともにクゥが帰還した。

 同時に魔物に呑み込まれた十四期のサネリはやはり命を落としてしまっていた。

 共に相方を亡くしたミィナとクゥが、サネリという乗り手を亡くした”チェー”に跨ると、聖士女騎士団は涙をこらえながら出発する。

 規格外の魔物を相手にしていた最高戦力の二人が助かっただけでも御の字だと自分たちを慰めながら。

 もっとも、騎士たちの中ではもうミィナたちは戦力としては数えられていない。

 高次元の馬術を誇る二人とはいえ、長年尽くした相方のユニコーンを亡くし、精神的にひどく落ち込んでいたこともあり、しかもギリギリの戦いを演じたことで消耗が激しすぎるからであった。

 あえて引き帰させることも考えられたが、ここが〈雷霧〉ならばともかく、〈王獄〉という危険極まる場所ではそれはあまりも無謀だと却下された。

 であるのならば、連れていくしかない。

 二人もそれを希望していた。

 大切な相方を喪失したとしても、まだ戦意はなくしていないのだ。


 ……一方で、他の騎士たちには異常が見られ始めていた。

 それは不死身であるはずのユニコーンが消滅する様を見せつけられてしまったからであった。

 騎士たちの中には、あまりに相方ユニコーンに執着しすぎて、共依存的な関係に至ってしまっていたものもおり、そこまでいかなくても"ベー"のあまりにも強烈な最期が焼き付いてしまったのか、必要以上に心配しだすものたちが出ていた。

 自分のユニコーンのことで頭が一杯になってしまったのだ。

 散々セスシスたちが口を酸っぱくして言っていたユニコーンの乗り手になれという言葉を、実際に達成してしまったことで逆に枷になりかねない状況になっていた。

 当のユニコーンたちが困惑するほどに。


《すまぬ、人の仔。我の処女おとめが泣きそうなのだ。どうにかならぬだろうか?》

《ハーニェ、我慢してくれ。我は君のそんな顔を見たくないのだ》

《痛いぞ、エレンル。君はもっと毅然としていてくれないと困るのだ。いつもの君に戻ってくれ》


 などのユニコーンたちからの悲鳴が聞こえる。

 その度に教導騎士時代のようにセスシスが飛んで行って話を聞いている状態が続いた。

 ユニコーンと会話ができるようになっているものたちは、なんとか自分たちでその衝動を抑えているようだが、十四期や十五期のメンバーはひどく取り乱していたからである。

 セスシスが教導騎士だったころのように声をかけてもたいした慰めにならず、移動中ということから彼もじっくりと話を聞くわけにもいかない。

 二頭のユニコーンを喪ったことが、部隊の士気をここまで下げてしまうとはさすがのセスシスも想像もつかなかった。

 仲間の騎士が亡くなることはありえると覚悟していたとしても、不死身のユニコーンがいなくなるなんて誰も想定していなかったからだ。

 正直なところ、もし敵がまた現われたらどうなってしまうか皆目見当もつかない愁嘆場のようになっていた。

 セスシス自身、長年共にいたユニコーンたちの消滅にショックを受けてはいたが、自分自身のことを省みる余裕さえなかったのである。


「……大丈夫ッスよ、自分は”ハー”を信じているッスから」


 その中でもアオ・グランズは比較的に落ち着いて、事態を受け止めていた。

 十三期のおちこぼれと言われていた少女は、その実、他の騎士よりも胆が据わっている。

 アオがかつて酷く取り乱したのは、オコソ平原で火竜と死闘を演じた時ぐらいのものだ。

 むしろ、あの最悪の危機的状況でもないかぎり平常心を保てるというだけで、非凡な胆力の持ち主であるともいえた。

 だから、相方であるユニコーンの長老格”ハー”が心配してかけた〈念話〉にも気丈に笑って応える。


《我が処女おとめは強くなったのお。儂は、汝の成長に居合わすことができて幸せじゃったわい》

「でしょ? 自分は“ハー”が安心して戦える、立派な騎士を目指していたからッスね」

《うむうむ、それでこそ儂の騎士じゃ》


“ハー”は、前の幻獣王である”ロジー”の次に個体年数を経たユニコーンである。

 かつて〈青銀の王国〉で起きた戦争に関わったことさえある、ユニコーンの中でも人界について詳しい存在だった。

 セスシスの仮の相方であった”アー”が父親からその地位を譲られてからは、タナの”イェル”とともに群れの中心となっている。

 要するにアオとのコンビは、最年長と最年少の組み合わせだったのである。

 実のところ、彼が〈騎士の森〉での見合いの時にアオを選んだ理由は、彼女がまだ幼かったからであった。

 最年少のミィナには相性の問題もあり"ベー"がつけられたが、彼女を除けばアオが騎士たちの中では一番年下であった。

“ハー”にはこれといって乗り手の希望はなかった。

 戦死した前の乗り手のこともあり、積極的に見合いに臨んだわけではない。

 だが、彼の青い眼は自信なさげに見合いに参加している一人のもじゃもじゃ髪の少女を捉えてしまった。

 少女ばかりの騎士の中でも一際若く、そして精神的に沈み切っていた頃のアオを。

“ハー”は思わず少女のもとにのっそりと近づいた。

 驚かせないように細心の注意を払いながら。

 その彼の気配りを理解したのか、アオは”ハー”の鬣におそるおそる触れながら、


「ユニコーンは優しいんスね」


 と話しかけた。

 一度触ってしまうともう怯えはなくなる。


「……自分、ここに来たくてきた訳じゃないんスよ」


 アニマルセラピーという単語がある。

 精神的に減衰したものを動物と触れ合わせて治療するというものだ。

 この時のアオと”ハー”の関係はそれに近いものがあった。

 西方鎮守聖士女騎士団に入団したばかりの頃のアオのことを仲間も覚えていないぐらいに、目立たない少女騎士であったのは理由がある。

 初対面のユニコーンに思わず愚痴を漏らしてしまうほどの。


「自分、仲間だと思っていた連中にハメられたんス。自分のように親もいない、後ろ盾もいない厄介者が〈自殺部隊〉に行くべきだってね。……自分、養成所でも落ちこぼれで、教官にも嫌われていたからもう何も言えずにここに送られたんス。ついでに餞別代りにリンチもされたんスよ」

《……》

「逃げれば〈聖騎士徴用の適用に関する法令〉で処罰されるし、踏んだり蹴ったりッス」


 アオは自嘲気味に呟く。

 飯を食べるために入った騎士養成所は彼女にとっては地獄よりはちょっとよい程度の場所だった。

 食うことができるし雨露はしのげるから、路上よりはマシ。

 そんな風に過ごした三年間だった。

 上流階級のみならず普通の身分の出身の騎士からも蔑まれ、イジメられ続けた三年。

 そして、送り込まれたのは〈雷霧〉に特攻するだけの生存さえも期待できない〈自殺部隊〉。

 夢も希望も持てない半生だった。


「……でも、あの教導騎士さまの言う通りにすれば、自分も死なずに済むんでスかね」


 この頃のアオはまだ教導騎士セスシスのことを心底信じ切れてはいなかった。

 だが、反抗的なナオミに対する丁寧すぎる対応や、上位者らしからぬ威圧的でない言動を好ましく思っていた。

 そして、なにより落ちこぼれの自分に対して期待をかけてくれたオオタネアの言葉を信じたいと思っていた。

 だから、その複雑な思いをつい初対面のユニコーンに漏らしてしまったのだ。


「えっと、あんたは”ハー”って名前なんスか? ……ねえ、”ハー”、あんたはどう思うッスか」


 会話は出来なくても、言葉が通じるということはわかっているので、”ハー”の首にかかった名札を読んでアオは問いかけた。

 返事はなくてもいい。

 ただ聞いて欲しかっただけ。

 傷ついた落ちこぼれの少女にとって、そんなことさえ慰めになる。

 そのアオの心情の吐露に対して、”ハー”は……


《儂に任せるがいい、いとけな処女おとめよ。儂が汝を強き騎士に導いてやろう》


 そう宣言した。

 彼の〈念話〉をアオが聞き取れなくてもいい。

“ハー”はこの自信を無くしたか弱き少女が立派な騎士になるまで見守ることを決めたのだ。

 年を経るということは、幼きものを育てるということなのだ。


《人の仔よ、ちょっと来てくれ。儂は乗り手を決めたぞ》


 彼の〈念話〉を聞きつけてセスシスがやってくる間、”ハー”はこれから始まるアオとの戦いに思いを馳せた。


 ……それから数年。

 あの落ちこぼれの少女は〈神の眼を持つ戦乙女〉という異名を持つ、聖士女騎士団でも指折りの戦力として成長したのであった。


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