二度とあなたを見捨てない
八本の脚をもつ神獣は、巨大な蜘蛛のように飛翔した。
通常の馬が障害物を乗り越えるような跳躍ではなく、八本の脚を広げ、さらに嘶きとは明らかに異なる絶叫を上げて怪物はクゥたちに迫る。
その時間は刹那。
クゥと”エリ”が体勢を整えるにはあまりにも時間が足りなく押しつぶされる。
……はずだった。
だが、巨体に伸し掛かられかけたユニコーンは、クゥが咄嗟に鐙を腹に叩きつけたことでほんの一瞬だけ早く馬体をめぐらした。
同時に”エリ”の胴体を中心に白い球体が発生する。
ユニコーンの<物理障壁>であった。
すべての攻撃を弾き飛ばす魔導の盾にとって八脚神獣ですら例外ではなかった。
耳障りな異音をたてて神獣は激しく吹き飛ばされる。
同時にクゥがつがえていた矢を放つ。
風切る弦の音。
姿勢はよくなかったとはいえ、鞍上からのクゥの射撃が狙いを過つはずがなく、八脚神獣の胴体に命中した。
しかし、矢じりは命中こそしても刺さりはしなかった。
強靭な皮に拒まれたのだ。
「硬いのね、もお。わたくしの弓では傷もつけられないの?」
クゥはつぶやいた。
人の目を気にする必要もないので、クゥがどもることはない。
いつもの彼女のままだ。
《クゥ。……あなたの弓矢では距離が足りない。もう少し近づいて接射しなければなりません》
「それだけ硬いということかしら」
《<気>をこめて撃たねば神獣の表皮を抜くことはできないでしょう》
「わかったわ。シャーレと違ってわたくしは矢に<気>を乗せるのは下手ですからね。それしかないでしょう」
《ですが危険です。おわかりですか?》
「近づいて陣地を確保するのが踊りの基礎よ。あなたとわたくしに出来ないことはないでしょう」
《はい、舞姫》
クゥへの”エリ”からの進言は、彼女の考えていた通りのものだった。
彼女には同僚たちのように強い<握>の気功術はない。打撃力という点では仲間たちにはるかに劣る。
騎士団において彼女の仕事のほとんどは陽動と囮役だ。
彼女が敵を倒す必要はない。
しかし、今回だけはそうはいかない。
あの八脚神獣はクゥと”エリ”のコンビが倒さなければならないのだ。
ちらりと離れたところで待つ後輩二人を見やる。
もし、今、彼女がこの一騎打ちに敗北したりすればあの二人はきっとクゥの敵を討とうとするだろう。
そして、死ぬ。
彼女たちでは勝つことはできない。
彼女たちだけではない。
あれほどの機動力と飛翔力をもつ敵を本隊には近づければどんな不測の事態が生じないとも限らないのだ。
「……では、やりましょうか」
クゥは”エリ”を走らせた。
彼女は挑むことに決めた。
あの八脚の脚を回転させることで脅威の機動力を誇る幻獣と真っ向勝負を演じるために。
速度はユニコーンと同じと幻獣王が言っていたが、それは最高速度のことだけで、八つの蹄をもつことで設置面積が多い分、平均速度では劣っている。
そのせいで接近が遅れた。
<手長>の長い剣がクゥを襲う。
八脚神獣は、二番目と三番目の前肢を使い横向きに動くことができた。
その動きを利用してのトリッキーな攻撃であった。
もっともその程度では百戦錬磨のクゥにかすり傷すらつけることはできない。
刃を躱しきると、逆にクゥは矢をカウンター気味に打ち返した。
少量とはいえ<気>がこもった矢じりは<手長>の肩を吹き飛ばした。
魔物の血が飛び散って”エリ”の白い皮を汚す。
病によって生じた斑点のような血をものともせず、クゥたちは攻め込む。
血も凍りそうな魔物の嘶きが地を這う。
七色の霧が渦巻き、いたるところで踏みつけられた土が悲鳴を上げる。
クゥの放った矢は跳ね跳んで躱された。
地面ではなく凝縮された空気を八脚神獣が足場にして速度と方向を変換したのだと気づいても、ユニコーンに同じ真似はできない。
事実上、八脚神獣は何もない空間を、ただの空気を踏みしめて蹴りこむことができるのだと把握するのが精いっぱいだ。
目で追うことすら難しい。
宙を這うように回り込まれて、乗り手の<手長>の剣が煌めく。
対するクゥは剣を抜き打つ。
ただ勘頼みの応戦であった。
刃がぶつかり合い、クゥはよろめいた。
<手長>の膂力に押されただけでなく、バランスがとれなかったからだ。
しかし、かろうじて命だけは拾う。
この蜘蛛のように横にスライドして動く敵に対して、まっすぐにしか進めないユニコーンの不利は明らかだ。
いなすどころか、凌ぐことがやっと。
それでもクゥは怯まない。
「”エリ”、半旋回!」
ユニコーンが前脚を捻り、タタ、タンと蹄を鳴らして直角に向き直る。
再び、二頭の馬の似姿を持つ幻獣が顔を突き合わせた。
八脚神獣の黄色い眼と、ユニコーンの青い瞳が睨みあう。
《―――シネ、角ツキ》
《……黙れ、タコ足》
幻獣同士の<念話>で罵倒しあうと、切れたのか八脚神獣がその太い首を突き出して噛みついてきた。
ガチンと鋭い歯が何もない空間に鳴り響く。
馬のそれとは似ても似つかない狂暴な牙をもった噛みつきであったが、”エリ”はぎりぎりでなんとか躱す。
もう一度八脚神獣が躍りかかる。
だが、クゥの手綱すら必要のない技術に鍛えられた”エリ”は身体を捻ることでなんとかしのぎきった。
一方、馬上のクゥも<手長>と剣を交えていた。
化け物に相応しい力をもつ<手長>でも馬上では普通より大きい程度の武器しか使えないので、非力なクゥでも剣戟が行えるのだ。
右に左にというほどの豊富な技こそないが、クゥも騎士の端くれである。
馬上の技術で魔物に劣るはずがない。
相方が想定外の噛みつきに苦戦している中を、クゥはなんとか優位を保っていた。
とはいえ、正直な話、クゥは決め手に欠けていた。
八脚神獣の表皮を破り、傷を与えられるほどの一撃を与えられないからだ。
(このまま膠着状態に入ると……困る)
それは”エリ”も同感である。
彼女たちは特別な合図をすることもなく、神業的なタイミングをもって自分が相手にしている敵が一瞬判断を迷った隙を見計らい、前に進むことで躱す。
逃げの姿勢に戸惑うこともなく、八脚神獣は馬首をめぐらすと、今度は八本の脚をたわわせてスプリングのように力を溜め、そして跳んだ。
駆け出しとはいえ、すでに走り出しているユニコーンの隣に着地する。
「気持ち悪いわね!」
クゥは悪態をついた。
比較的お嬢様とはいえ、彼女はがさつなザッカスの産まれだ。
咄嗟に口に出るのは多少品がない。
「いいわよ、競争したいというのならのってさしあげるわ」
二頭の幻獣は共に速度を合わせて走り出した。
乗り手と乗馬、二つが入り乱れるダートの開始だった。
……一方、離れたところで見守るシノたち二人はめくりめくる奇跡のようなクゥの技術と、ユニコーンを凌駕する化け物の死の競争に見惚れるしかなかった。
クゥたちの騎馬は速度を維持し、たまに緩めるだけで派手には動かない。
八脚神獣のアクロバティックさと比べたらまったくいいようにされているとしか思えない。
だが、二人にはわかった。
クゥたちは共に走り続けることを強いることで八脚神獣の跳躍力を封じているのだと。
走りの速度は同等なのなら、限界の並走中はありえない機動性も有効には使えない。
クゥは凄まじい超馬術戦を展開することで、ユニコーンすら凌駕する自分の土俵に連れ込んでいるのだ。
「クゥ先輩は本当に凄いな……」
「あれが、<舞姫>……」
聖士女騎士団長オオタネアが決して換えのきかない人材と評し、呪われた魔導で戦線を離脱したときに教導騎士自らが冒険をしてまで解術をしたという、聖士女騎士団の要。
クゥデリア・サーマウの一世一代の大勝負であった。
二人はそれを見られて幸せだと感じていた。
その時、均衡した戦いがついに動いた。
クゥの剣が<手長>の喉を貫いたのだ。
高速で走る八脚神獣の鞍上から落ちた<手長>が地面で派手にバウンドする。
下は湿地とはいえ、間違いなく首の骨を折るようなまっさかさまの落下であった。
《やりました、クゥ!》
「駄目、油断しないで!」
一瞬、勝利にわきかけた”エリ”をクゥは窘める。
彼女は聖士女騎士団員だ。
勝ちを意識したときに隙が産まれることを知り尽くしていた。
だが、遅かった。
“エリ”の一瞬の気の弛みをつき、八脚神獣の体当たりがユニコーンの体勢を崩す。
バランスを失い、たたらを踏むように”エリ”は斜めにずれて、前脚の蹄が濡れた地面を捉え損ねる。
そのまま、ユニコーンの巨体は地面に泥しぶきをあげながら転倒した。
決して落馬しないように頸にしがみついたクゥと共に。
普通の馬ならば骨折しそうな転倒であっても不死身のユニコーンには関係ない。
泥まみれになりつつも、”エリ”は頸を上げた。
運がいいのか、思惑があるのか、彼女たちを押し倒した八脚神獣はさらなる追撃をかけてこない。
ただこちらを睨みつけている。
「……大丈夫ですか、“エリ”」
《すみません、クゥ。我が油断したばかりに》
「ううん、それはいいの。わたくし、落馬していませんから」
《クゥ……》
クゥにとっては相方である愛するユニコーンから落馬せずにいられたことの方が重要だった。
転倒したのは彼女たち「一組」のミス。
”エリ”だけを責めていいものでもないし、どちらかが悪いものでもない。
それが「騎馬」というものだ。
「……あいつ、わたくしたちを嬲り殺すつもりのようですわね」
《すみません。どうやら、あの幻獣種はユニコーンに恨みがあるようです》
「それは感じていたわ。―――どうやら心底、本隊に近づけてはならない相手だったみたいね。あいつ相手だとセスシス様でも厳しいかもしれないわ」
クゥは想う。
愛しい教導騎士のことを。
何も想いは告げていないが、この戦いが終わった後、もしも可能なら彼とともに彼の行きたい場所についていきたいと考えていた。
タナちゃんやナオちゃんに負けたくないし、どうせ彼女たちもついてくるだろう。
だったら仲良く最期まで付き合ってもらおう。
それにこの”エリ”も一緒にきてくれるだろうし。
なにしろ彼はユニコーンの化身だ。
ユニコーンのいるところにこそ相応しい神の使徒でもあるのだから。
ああ、なんて素敵な未来図でしょう。
クゥは手にした剣を鞘に納めて、腰の短剣を引き抜いた。
こればっかりはボルスアで使ったものとは違う。
刃に淡い魔導の光が浮かぶ、逸品だった。
この<妖帝国>に出陣する際に、国王陛下から下賜された彼女のための武具である。
そして、クゥの持つ、最高のキレ味をもつ武器。
「―――これならあの硬い表皮も貫けるわね」
八脚神獣の皮は、クゥの短弓の矢も剣も通さない。
では、<気>のこもった魔導の短剣で切り裂くのがもっとも可能性が高い。
だが、短剣の刃で致命傷を与えるためには……
「“エリ”。―――あいつに最接近してください」
《それでどうなさるのですか?》
「飛び移って馬上から、あいつの延髄をかき切ります。いかに神獣といえどもそれで斃せるでしょう」
クゥは理解していた。
このままの戦いを続けていたら消耗戦だと。
八脚神獣の乗り手の<手長>は落としたが、そんなものは意味がないということも。
<手長>はただの部品だ。
弓という遠距離武器を使うための部品に過ぎない。
あの八脚神獣は”エリ”と<念話>をしていた。
つまり高い知性がある。
ただの騎馬ではなく警戒すべきなのは乗馬だけだったということだ。
ならば、<手長>を落とすだけでは済まない。
どんな無茶をしてでも、ここで八脚神獣を止めなければ。
ただ……。
《……クゥ。あれに飛び移るのは不可能です》
「どうしてなの?」
《あの<手長>が肩を射抜かれても剣を振るっていたのを何故かおわかりですか?》
「魔物の不死身性のせいじゃないの?」
《違います。不死身は不死身のようでしたが、あの<手長>はすでに死んでいました。八脚神獣は鞍上の乗り手を殺して乗り手とするのでしょう。我の知る限り、無首騎士種にも同じ呪いがかかっています》
「そうすると……」
《あなたが八脚神獣に乗り移れば間違いなく死ぬことになるでしょう。だから、その策はとってはなりません》
”エリ”が嘘をつくはずがない。
真実を追求するユニコーンの忠告なのだ。
だが、クゥは自分が考えた策が悪手であることを知っても決意を翻さなかった。
「乗ったら即死という訳ではないのでしょう?」
《……おそらく》
「では、決まりです。わたくしたちにはあいつを確実に斃す手段がこれしかないのですから」
《……》
「行きましょう、“エリ”」
そう言って、クゥは相方にまたがった。
次の瞬間、彼女が予想もしないことが起こった。
”エリ”が突然頭を低く下げ、勢いよく尻を跳ね上げたのだ。
クゥは鬣を掴み、重心を沈めて転落から耐えようとしたが、棹立ちになったユニコーンの馬力からは逃れられなかった。
このとき、クゥは産まれて二度目になるかもしれない落馬を体験した。
しかも何よりも信頼している相方のユニコーンの暴れっぷりによって。
「な、なにをするの! “エリ”!」
クゥは叫ぶ。
信じられなかった。
あの大人しく優しいユニコーンが、乗り手を、クゥを拒絶するなんて。
絶対に事故ではない。
今の暴れ方は“エリ”の意志以外の何物でもないからだ。
《乱暴をしてすみません、クゥ》
「いったいどうしたの!? 何があったっていうの!?」
”エリ”は静かな眼差しでクゥを見つめた。
《クゥ。―――あのボルスアの薄汚い霧でのことを覚えていらっしゃいますか?》
「え、ええ」
突然、何を言い出すのだろう。
クゥは狼狽した。
信じていた相方に裏切られた衝撃が彼女を騎士からただの小娘に変えていた。
《我はずっと後悔していたのです。あのとき、あなたの命令に従って、あなたを魔物の群れの中に置き去りにしたことを》
”エリ”の告白はクゥを茫然とさせた。
いったい何を言い出すのだろう。
あれはあのときの最善手であったはずだ。
先行する仲間たちのために道を作ることこそが何よりも大切で、落馬してしまった自分なんかよりも、タナたちを助けることが優先されたのだから。
その彼女の意図を汲んで”エリ”はクゥを見捨てたはずなのに。
お互いに納得済みの行動であったはずだ。
だから、クゥには”エリ”の言っていることがまったく理解できない。
《あなたは人の仔が救ってくれた。故に結果はよしといえるかもしれない。だが、我にとっては違う。守ると決めた乗り手を見捨てたことに違いはない》
「だって……、だって……」
《だから、もう、我は同じことはしない。繰り返さない。今度こそ、あなたを我は見捨てない》
「ちょっと待って、ねえ、“エリ”……」
《さようなら、我が<舞姫>。あなたを乗り手とできて、我は運が良かった》
青い眼を水分で湿らせて、聖士女騎士団においてもっとも若いユニコーンは駆けだした。
乗り手がいないので、魔導を最大限に活動させた全速力で。
背後から聞こえる、
「“エリ”ィィィィィィィィ!」
という叫びすら振り払い。
《何ノツモリダ! 角ツキメ!》
《お望み通りに一騎打ちをしてやるというのだ、感謝するがいい》
《フン、身ノ程知ラズメ》
八脚神獣とユニコーンは真正面から激突した。
しかし、通常ならば勝敗は明らかだ。
なぜならユニコーンは戦うことを知らぬ種族だ。
ヒトの乗り手の指示があって初めて戦いに参加できるぐらいに、闘争心というものがない。
だから、乗り手を呪い殺し傀儡とするほどに戦いを好む八脚神獣に敵う訳がない。
実際のところ、当の八脚神獣ですらそう考えて侮っていた。
幻獣の牙付きの噛みつきがもつれあいつつ、”エリ”の背の肉を噛み破り、ユニコーンの肉体をエーテルとして散華させる。
ユニコーンの不死の肉体すら傷つける神獣の牙の前に、乗り手のいない”エリ”はなすすべもないかと思われた。
ここで”エリ”は吠えた。
嘶きよりも咆哮に近かった。
ブンと”エリ”は頭を振った。
そこにあるのは一角の槍。剣。牙。ユニコーンをユニコーンたらしめるシンボル。
肉を裂く音を立て、”エリ”の一角が八脚神獣の腹を貫く。
《グォォォォォォォォ!》
だが、八脚神獣はその程度では終わらない。
身体を捻り、そして黒い光を全身から放つ。
すでに部外者として遠くから戦いを見つめていたクゥにはそれが<物理障壁>と同等の絶対物理攻撃防禦の光だとわかった。
もつれあう二頭の一方がそんなものを使えば、どうなるか。
”エリ”は木っ端のように吹き飛んだ。
同時に耳障りな音が鳴った。
パキンという小さいくせになりよりも大きく聞こえる音が。
「“エリ”!!」
クゥは、相方のすべての象徴ともいえる一角が根本からぽっきりと折れてしまったことに気が付いた。
ユニコーンはそのすべてを一角に宿している。
それが折れるということは……。
「“エリ”!!!!」
声を枯らせて少女は叫ぶ。
《死ねぇやああああ!!》
クゥが自分を呼んでいる。心配している。愛してくれている。
そのことを何よりも感じつつ、”エリ”は一角の切断による魔導力の消滅を覚えながら、八脚神獣につっかけた。
ユニコーンに牙はない。
しかし、尖らせた魂は幾千万の剣となる。
”エリ”は敵のお株を奪う噛みつきによって、文字通りに八脚神獣の喉笛に歯を突き立てた。
流れるように“エリ”はそのまま自分よりもわずかに大きな八脚神獣の巨躯を渾身の力をこめて振り回した。
一回、二回、三回……。
ユニコーンの姿をした嵐が獰猛に吹き荒れる。
それは渦巻く怒涛のようでもあった。
そして、八脚神獣が頭上を越えたとき、白い輪―――ユニコーンの<物理障壁>が光り輝く。
全身を染め上げる白い絶対魔導が八脚神獣を何メートルも上空に跳ね上げ、すぐに神獣はまっさかさまに地面に激突した。
周囲に静寂が戻った時、相争う二頭の幻獣のうち、立って動いているものは角のないユニコーンだけになっていた。
もう声もでないほどに泣き腫らしたクゥが相方のもとに走る。
走るというにはフラフラとした弱い足取りだった。
「“エリ”、“エリ”……」
強敵を蹴散らし、ただ立ち尽くす”エリ”のもとにクゥが辿り着いたとき、すべてはもう終わっていた。
ユニコーンはエーテルの塊である。
だから、全身が白い光の粒となって消えていく。
クゥデリア・サーマウの相方である”エリ”はもう消えかけていた。
だから、クゥが抱きしめても、どんな感触も受けられなかった。
光の幻とかして世界からいなくなる、愛するユニコーンの姿にクゥは話しかけることすらできなかった。
「“エリ”……」
ただ、名前を呼ぶだけ。
「“エリ”」
返事はない。
「……ナイス・ファイト」
聖士女騎士団の騎士たちにおいて最上級の慰労の言葉を告げ、クゥはもう一度だけ泣いた。
その手には八脚神獣に致命傷を与えて根本から叩き折られた、“エリ”の一角が静かに握られていた……。




