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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
最終話 聖士女のユニコーン
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舞姫よ、踊れ

 聖士女騎士団において天才と言えば、確実に二人の名前が挙げられる。

 一人はタナ・ユーカー。

 もう一人は、クゥデリア・サーマウである。

 どちらも騎士団員からその技量に絶大な信頼を寄せられている点では共通しているが、どちらが皆に尊敬されているかといえば比べ物にならない。

 もちろん、その対象はクゥことクゥデリアとなる。

 タナは<王獄>突入の段階で聖士女騎士団の筆頭騎士であり、名実ともに最強の騎士として認められてはいたが、あまりにも感覚的な天賦の才の持ち主すぎてその強さを他者に伝えられないという欠点があったからである。

 わかりやすい言葉でいうのならば、オンリーワンでありすぎたのだ。

 だが、クゥは逆だった。

 同様の天賦の才の持ち主ではあったが、その持って生まれた才能によって得られた技術のすべてを仲間たちに伝えようと努力し、着実に成果をあげ続けていた。

 初めて<騎士の森>に足を踏み入れた時から、ユニコーンの騎乗という難問を軽々とこなした彼女は、尊敬する教導騎士セスシスの言う通りに仲間たちに対してそのコツを伝授し続けた。

 セスシス以外にただの馬とユニコーンとの根本的違いを理解し、把握し、体系だってまとめることができるものは彼女だけであった。

 馬上での扱いといえば<彗星>と呼ばれたミィナ・ユーカーと対にされることも多いが、そのミィでさえユニコーン騎乗における真髄を彼女ほど明確に捉えていたかというとまったくそんなことはない。

 なぜならクゥには溢れるほどの乗馬の才能だけでなく、バウロンの東にある馬の名産地であるザッカスで叩き込まれた馬匠としての知識があったからだ。

 サーマウ家は騎士程度の身分でしかないが、ザッカスでは名の知らぬもののないぐらいに有名な馬匠の家柄であり、彼女の父も祖父も馬の馴致・調教については名伯楽と呼ばれていた。

 特に公爵であるザン家とは深い親交もあり、ザン家から歴代の王に献上される名馬の中には彼女の家で育てられたものも多かった。

 クゥはそんな家に生まれ育ったことから、騎乗の技術だけでなく、馬という生き物についても深い知見を有していた。

 馬とユニコーンは違う種とはいってもやはり似通っている。馬に通用することはユニコーンにも応用が十分にきいた。

 その彼女が保有するすべての技術と知識をユニコーンとの友誼に捧げたのだ。

 そして、得られたものは惜しみなく仲間たちに教授した。

 わからないものについては、わかる内容をしつこく聞きだして、その理解の間隙を埋めるように丁寧に教え、理解の速いものについては自分とともに走ることでさらに技術を深めさせる。

 根気のいる仕事ではあったが、クゥはくじけずに努力した。

 他人の目が気になり、いつもどもってしまう癖を恥ずかしいと思いながらも、何よりも仲間たちの技術向上に勤め続けたのである。

 ゆえに、聖士女騎士団の騎士たちはただの馬での馬上戦闘においても、他の騎士とは比較にならない錬度を保ち、一たびユニコーンに乗れば決して落馬しないといってもいいぐらいの達者な腕前になった。

 クゥの内気な性格を知るものは、それがどれだけ辛いかわかっていたので、同い年や年上のものたちであっても彼女のことを馬術の師としてずっと尊敬している。

 当初はタナにまで逆らうという生意気盛りと言われた十四期ですら、クゥに対してだけは従順であった。

 在りし日の聖士女騎士団をよく知るものたち―――レリェッサ・シーサーはこう語る。


「……クゥ姉さまは皆さまを愛しておられました。騎士のお姉さま方だけでなく、ユニコーンたちのこともです。それにセスシス兄さまの言葉も。特にセスシス兄さまがおっしゃられていた、『相方をなくしたユニコーンは心を病む、だから絶対にあいつらの背中の上では死なないでくれ。いつも全員で凱旋しよう。頼む』という言葉を宝石のように大事にしておられました。―――クゥ姉さまにとって皆さまと生きて帰るのはユニコーンの心を救うのと同種同等のことだったのです」


 ……後年、<ユニコーンの舞姫>と謳われた内気な少女は、そんな優しい女の子でもあったのだ。



 ◇◆◇



 仲間たちの群れから離れ、<王獄>の七色の霧の中を進むとやがて開けた場所に出た。

 何もない平地というのが第一印象ではあったが、クゥたちは空気にわずかな湿り気があることを肌で感じ取った。

 ユニコーンたちの蹄が立てる音にも、ピチャピチャという異音が混じるようになった。

 地面を眺めてみると、ところどころに水溜りがあるだけでなく、水を含んで泥になっているのがわかる。

 湿地帯というほどではないが、粘土質の赤土が水を吸って不安定になっているらしいことは確かであった。


「……クゥ様、いました」


 シノ・ジャスカイがわずかに離れた場所に立ち尽くす一組の騎馬を発見した。

 枯れた大木の隣に、まるで幽鬼のようにこちらを待ち構えている。

 彼女たちが追っていた例の魔物―――八脚神獣スレイプニルの馬首はクゥたち三人を睨んでいた。

 背に乗った中途半端な大きさの<手長>よりも、八本脚の幻獣の方がはるかに強く彼女たちを敵視していることが一目でわかる。

 距離があったとしてもはっきりとわかるほどに、その黄色いトパーズの双眸がギラギラと輝いているからであった。

 それを目の当たりにしても、クゥは怯まなかった。

 むしろ、彼女はあの幻獣に対して強い敵愾心を抱いた。

 同じ馬の似姿をもつ幻獣の乗り手として、決して負けられないと。


「……あ、あなたたちは遠目で様子を見ていてください。あいつは、わ、わたくしが倒します」

「しかし、クゥさま……」


 クゥの指示は自分自身では当然と思っていたが、シノたちには納得できないものだった。

 聖士女騎士団は一騎打ちの多い部隊だが、それはなぜかというと所属する人数が少なすぎるからだ。

 訓練中はできる限り二対一か三対一で有利に戦いを運ぶように徹底しているのに、やはり実戦ではそううまくはいかないから、一騎打ちが多いように見えるだけである。

 タナやマイアンといった強者を除けば、聖士女騎士団の騎士たちは常に敵よりも数を増やして優位になるように戦っている。

 絶対に勝つという彼女たちの戦術上の目的からすればリスクは可能な限り減らすべきだった。

 だからこそ、クゥの指示には納得できないのだ。

 例え彼女の馬術を熟知していたとしても。


「す、すぐにわかります。あ、あなたたちでは、足手まといにしかなりません」


 冷徹の発言ではあったが、クゥはあえて行った。

 彼女の戦いにとって邪魔にしかならないということがわかっていたうえ、何より、あたら後輩を死に至らしめることはないという優しさであった。

 これから彼女が挑む戦いはそれほどのものだと予期していたから。


「わ、わたくしが敗れることがあったらすぐに本隊に戻りなさい。そ、そしてノンちゃんとナオちゃんに報告しなさい。い、いいですね」


 クゥはそれ以上は何も言わない。

 これ以上、後輩を気遣う必要などもう感じなかった。

 彼女にとって最大の敵となるだろう相手がすぐ傍にいるのだ。

 絶対に斃さねばならない敵が。


(……どうしてこんな気持ちになるのかしら)


 彼女は自問自答する。

 答えはすぐにでない。

 ただ、わかっていることがある。


(あいつをここで斃さないと……本隊が危険だ。これ以上、セスシス様に近づけちゃならない)


 一目で理解できていた。

 あの八脚神獣の恐ろしさが。

 彼女たち聖士女騎士団の今回の勝利条件は、セスシス・ハーレイシーを確実に<剣の王>に連れていくことだ。

 そのための障害は確実に排除しなければならない。

 さらに……。


(この娘たちも守らないとね)


 クゥは彼女の背後についた二人の後輩を肩越しに見やった。


(ノンちゃんがこの娘たちをわたくしにつけたのは、多分そういうことなのでしょうね)


 聖士女騎士団の騎士たちにはどうしようもない悪癖がある。

 それは守るべきものがいるときにこそ、底力を発揮できるというものだ。

 つまり、ノンナは彼女の補助をさせるためにシノたちをつけたのではなく、クゥに最高の戦いをさせるためにつけたのである。

 クゥはため息をついた。

 さすがはわたくしたちの頭領。

 生き馬の目を抜きかねないことをするわよね……。


(……だけど、それだからこそ)


 クゥは愛用の短弓を握りしめる。

 鳥の羽の飾りがついただけの無骨な品だ。

 かつてボルスアで一度は手放した愛用の武器だった。

 ボルスアでの<雷霧>が消失したあとに、戦場を検分していた戦盾士騎士団員が届けてくれたものである。

 あれ以来、一度たりとも手放したことがない。


「―――わたくしは本気になれる」


 十九年の人生において、たゆまぬ研鑽を、不断の努力を怠らなかった天才が、ついに本気になれるのだ。

 クゥは”エリ”の鬣に触れて、言った。


「”エリ”、踊りましょう。あなたとわたくしならば、どんな敵を相手にしても極上の舞いが披露できます」

 《はい、我が舞姫》


 すでにクゥとユニコーンの相方である”エリ”は、馬上でならば簡単な受けごたえはできるようになっていた。

 ユニコーン同士の<念話>を聞き取るまでは難しかったが、実際に騎乗してふれあっている状態ならばそのぐらいは軽いものだった。

 十三期の騎士たちのほとんども彼女と同様になっている。

 クゥは泣きたいほどそのことが嬉しかった。

 馬と話ができるなんて、騎手としてこれほど楽しいことはない。

 自分が選び出してそしてここまで育てたに等しい”エリ”であるからこそ、なおさらだ。


「行きましょう、”エリ”。あんな不細工な馬もどきに負けられませんよ」

 《当然です。舞いの美しさではあなたと我らに敵うものはいないことを教えてあげましょう》

「素敵ですよ、”エリ”」

 《あなたこそ》


 一組の騎馬は走り出した。

 すでに人馬一体といっても過言ではないクゥたちは泥のせいで滑りやすく、粘着した土のせいで動きにくい大地を風のように駆け抜ける。

 八脚神獣も彼女たちに呼吸を合わせたのか、同時に駆け出す。

 こちらは木々を薙ぎ倒す突風のようだった。

 二騎はほぼ同じ速度で正面から接近していき、<手長>の持つ弓とクゥの短弓の射程距離が重なりあい、射手が矢を放つ。

 クゥは他の戦技においては並程度の実力でしかないが、馬上における弓勢と狙いについては抜きんでている。

 八脚神獣の騎手である<手長>の矢が自分の脇をかすめるのを完全に見切ってからの射撃であった。

 後の先。馬上では落ち着き払い、決して焦慮しない彼女は、それが可能なほどに冷静な騎士なのだ。

 当然、彼女の第一矢は確実に<手長>の喉を貫いた。


 ―――はずであった。


「おおおお!」


 ついに始まった文字通りの一騎打ちを遠くから見ていたシノたちが我知らず叫んだ。

 なぜなら、クゥの矢が敵に届き突き刺さる瞬間に躱されたからだ。

 しかも、それはクゥとは違い、乗り手の<手長>の身のこなしによるものではなかった。


「横に動いた!」


 シノたちはまるっきり自分の目が信じられなかった。

 たった今、八脚神獣が見せた挙動は驚天動地のものであったからだ。

 ユニコーンのそれと同等の速度で走りながら、八脚神獣は直角に曲がり切ることで飛来する矢を避けたのである。

 しかも馬頭をめぐらせてのものではない。

 前に進む通常の疾走中のまま、正確に真横にずれたのだ。

 ありえない動きであった。

 考えられない出鱈目さ。

 しかし、横にずれた八脚神獣は平然とそのままの速度を維持し、クゥたち目掛けて迫りくる。

 まるで画面がずれたかのような異常に、シノたちは目を丸くしていた。

 彼女たちの驚きをよそに八脚神獣の乗り手の<手長>がもう一度矢をつがえようとしたが、その手にした武骨な弓は黒い影によって弾き飛ばされる。

 それはクゥの放った第二矢であった。


 《グギュ!》


<手長>は顔を上げた。

 彼の正面にいる敵のユニコーンは何事もなかったかのように接近していた。

 もう一度弓に矢をつがえながら。

 クゥはまったく動じていなかったのだ。

 八脚神獣の物理的にありえないような機動を目撃したとしても、彼女にとってはどうということはないから。

 そして、クゥは三度矢を放つ。

 今度こそ<手長>を仕留めるために。


 だが、さすがの彼女も息をのまざるを得ない出来事が起こった。


「まさか!」


 八脚神獣はなんと前を向いたまま、スライドするかのようにそのままの速度で横に走り出したのだ。

 そして、跳んだ。

 十馬分の距離を一瞬で埋めるために。

 高機動と異常な跳躍力。

 ユニコーンですら成し遂げられないような奇々怪々な動きをもって、八本脚の神獣は空からクゥ目掛けて襲い掛かっていった……。









「聖贄女のユニコーン」も100万文字に達しました。

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