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騎士ノンナ・アルバイの場合

 将軍閣下の部屋に呼び出されたノンナ・アルバイは、震え出さんばかりの緊張に苦しめられていた。

 オオタネア・ザンといえば、王国内でも特に有名な女性であると同時に七人しかいない護国将軍の一人であり、大将軍を除けば軍の最高権力者の一人でもある。

 つい先日まで、輜重隊の下っ端として食料の輸送などをのんびりとやっていた彼女には雲の上の人でしかない。

 確かに、今の騎士団に入ってからは、オオタネアのほぼ直属の騎士となったことから階級的な距離は縮まったが、それとこれとは話が別である。

 しかも、そんな彼女に呼び出されるとは……

 あまり大きくもない肝っ玉が割れて壊れそうなほどに緊張していた。

 ノンナは目立たないタイプの地味な少女だ。

 多勢の中に入ると自然と埋没してしまう。

 ただ、周囲に誰がいて誰がいないのか常に確認して、いない人のことを忘れないように気を配る癖があることから、仲間はずれが嫌いな優しい子と認識されている。

 その癖は、任務においても発揮され、輸送品目に何が足りないか、チェックをするのはいつも彼女の仕事だった。

 輜重隊の隊長には特に重宝され、一番の下っ端でありながらちょっとした特権を与えられ、将来的には出世させてやるぞとまでおだてられていた。

 少々丸顔で童顔のため、子供っぽく見られるのが残念だが、平均的な体格の人よりも大きめの胸を持っていることから輜重隊時代はそれなりに人気があった。

 もっとも、彼女にはちょっとした男の好みがあり、それに見合った相手がいないため、今までに恋人ができたことはなかったのだが。


 案内されて、執務室に入ると、将軍閣下の他に三人の人物がいた。

 一人は将軍の副官にあたる副将軍閣下、もう一人は男性であったことからすぐに素性がしれた。

 彼女たちの教導騎士の人だろう。

 同僚のタナが昨日から散々噂していたので、騎士団の同期のあいだではすでに有名人だ。

 まだ、じっくり顔を拝んだことがないことから、いい機会なのでよく観察しようと思ったが、偉い人達皆がじっと見つめてくるので視線をそらすことさえ怖くて出来なかった。

 最後の一人は、教導騎士の隣にいる女性で、おそらくは補佐の人だろう。

 

「ノンナ・アルバイです」

「結構、楽にしろ」

「はい」


 楽にできるはずがない。

 オオタネアといえば、気功術の達人であり、特に「貫」と「剛力」の二つの気功種では並ぶものがいないとさえいわれている。

 そして、その二つは接近格闘術において抜群の破壊力を誇るため、国内でも最強の格闘者と言われ、国中の騎士たちから一目置かれていた。

 

「なぜ、貴様が呼ばれたかわかるか、アルバイ」

「いえ、わかりません」

「貴様の成績は見せてもらった。訓練所から提出されたものだ」

「お見苦しいものを……」

「確かにな」


 自分は謙遜のつもりで言ったのに、そうはっきりと返されると凹むものである。


「秀でたものがあまりない。強いて言うなら、穴がないという部分だな。だが、苦手な科目がほとんどないことはいい点だ」

「私の見たところ、指揮力の高さはみるべきものがあります」

「『精神力が強い』という評価もよいと思います」


 彼女の評価について、目の前のお偉いさんがどんどん口を挟んでくる。

 自分の話だというのにまるで他人ごとのようだ。

 例えそれが間違っていたとしても口出しができる状況ではないのだから。


「……で、俺の要求は通るんですかね」


 初めて、教導騎士が口を開いた。

 低くて渋い声だった。

 聞いただけで震えるような気がする。

 ノンナの背筋に雷が走った。


(この声だ!)


 初めて感じた衝撃に目を見開く。

 彼女は男性のみならず、人の声というものが好きだった。

 耳がいいと言われたことがあるが、それは多くの人の声をほとんど間違えることなく聞き分けることができるからだ。

 その特技のせいもあって、街中などで綺麗な声に聞き惚れてしまい、周囲の迷惑を顧みずに立ち止まってしまうことがあるほどだ。

 しかし、この教導官の声は今までに聞いた中でも一、二を争うほどに好みの声だった。

 思わず、顔を凝視してしまう。

 まあ、端正ないい男であるとは思うが、顔についてもノンナ好みの色男とは言えなかったが、それを上回る耳心地の良さに熱くなるほどだった。


「俺は、彼女を必要としている。要求が通してもらえないと、これから先の展開がうまくいかないと考えているぐらいだ。ぜひ、頼む」

「ふーん、女心のわからないおまえがそんなことを言うとはな。……誰の入れ知恵だ、セシィ」


 その視線は補助の女性に向けられている。

 おそらくは、彼女の入れ知恵なのだろう。

 図星であったと思われるが、セシィと呼ばれた教導騎士はまったく身じろぎもせずに、答えた。


「で、どうなんですか。閣下」

「……別に構わんぞ。アルバイのような人柄こそが、『聖獣の乗り手』を率いるには相応しいと思うしな」

「感謝します」


 意味がわからず立ち尽くすノンナに対して、オオタネア将軍が下知を下す。


「ノンナ・アルバイ。おまえを新たな西方鎮守聖士女騎士団の隊長に任命する。ここにいる教導騎士ハーレイシーとともに団内のまとめ役をしてくれ」

「私が隊長ですか!?」

「お前が適任だ」

 

 異議を唱える暇もなく、ノンナの部隊長就任は決まった。

 だが、彼女にとっては自分の立場よりももっと衝撃的なことがあった。

 教導騎士が彼女の目の前に立ち、その肩をぽんと叩き、


「頼むぜ、隊長」


 その声を聞いた時に、ノンナは痺れるほどの震えを感じた。

 さっきの堅い台詞のときとはまったく異なる、優しい響きが、彼女好みの声色を更に強化していた。


「は、はい」


 これ以降、ノンナはセスシスの熱烈な崇拝者として、聖馬騎士団のまとめ役を続けていくことになる。

 ただ、会議の度によくわからない興奮状態になることが唯一の欠点と言われるのではあるが……。

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