破滅の喇叭の吹き手たち
<王獄>から出現した―――いや、湧いて出た蟲のごとき魔物たちは、その性質に相応しく無軌道に広がっていく。
俺たちに向けて群がってくるという訳ではない。
さすがに五千近い数のうえ、指揮を執っていると思われる個体もいない段階では、ただの低知能の魔物の群れでしかないのだ。
逆に俺たちにとっては幸運だった。
正面から五千の魔物と激突するよりも比較的楽である。
聖士女騎士団並の推進力があれば、集団に包み込まれる前に群れを貫通することも可能だからだ。
しかし、問題はあの超大型の<手長>の存在だ。
十メートル超の身長と幅員は間違いなく魔物の群れの中心で、騎士団の進行方向の真正面に位置するためどうしても無視することができない。
あいつがあそこに君臨している限り、間違いなく騎士団の脚が止まる。
機動力を重視した騎馬部隊が進撃を止められたら致命的だ。
だから真っ先にあいつと対峙することになる鉄砲玉役の騎士の役割は重要だった。
「タナ! マイアン! ハーニェ! あのでかぶつを潰しなさい!」
「了解!」
ノンナの命令を受けて、タナたちが向かうことになる。
最強の双璧とその補佐。初めて出会う巨大な敵に立ち向かうには文句のつけようのない組み合わせだ。
あの超大型<手長>がどれだけのものなのか、まだ誰にもわからないからだ。
様々な予測を立てていたとしても、それを覆してくる敵というものはいる。
初っ端からそんなものがでてくるとはさすがに想像もしていなかったが。
そのために最大の戦力であるタナたち双璧を突っ込ませるのだ。
ただし、超大型のもとに辿り着くまでの露払いは別の騎士の仕事だった。
「ミィ、アオ、勝利への道を切り拓け!」
「了解!」
「了解ッス!」
参謀であるところのナオミが陣形のバランスを取りつつ、的確に指示を出す。
馬上槍による突貫もっとも得意とする二人の出番であった。
片や最速の<彗星>、片やすべてを見切る<神の眼>。
二人はいつものようにコンビを組んで、鋭い長重武器をもって<手長>の群れを貫通していく!
「どっせいいいいいい!!」
白い彗星となったミィナの槍の穂先が<手長>の頭を次々と破壊していく。
大剣のよる反撃など届かせまいとするかのように容赦のない殺戮で。
相方の”ベー”の持つ瞬発力はすでに魔物の反射神経を凌駕している。
わずかに遅れてアオが身体を投げ出すような勢いでミィナを襲う魔物を始末していった。
ユニコーン二頭分の隙間が拓ければ、そこにタナたちが割って入り、さらに押し広げる。
俺とノンナたちが通るころには、魔群の亀裂は修復可能なまでに開ききり、たやすく走るための道ができあがっていった。
その間、ほとんど時間は経っていない。
ユニコーンたちの脚が止まるどころか、速度がギャロップまで落ちることがない、まさに騎馬による蹂躙であった。
「来る!」
誰かが叫んだ。
視界に入る陽光が一瞬だけ遮られた。
超大型が振りかざした、まるで道路のような大剣が太陽をかき消したのだ。
そして、振り下ろされる山津波の一撃。
ただの一振りで俺たちと超大型の間にいた十匹ほどの<手長>がひき潰された。
それだけの力と質量の爆発なのだ。
<物理障壁>なしで当たれば、ユニコーンはともかく騎士たちは即死するだろう。
だが、たかだかそれだけ。
聖士女騎士団は頭上から岩が落ちてきた程度で怯む連中ではない。
そこまでミィナたちが作った道と、超大型が仲間殺しで作った道を伝わって、双璧とハーニェが襲い掛かる。
ほんの数歩が接近した”イェル”と”シチャー”の二頭が超大型の足首の傍をすり抜けた。
同時に大理石の柱を思わせるぶっとい足首を二人の抜き打ちが切り裂く。
ざつと裂けた。
強気功と魔剣、そして鍛え上げられた剣技による斬撃は石よりも固い超大型<手長>の皮膚と筋肉と健を両断した。
骨こそ達していなかったものの、魔物とて筋肉によって支えられた生き物。
足首を半分まで切り裂かれては体重を支え切れるはずもない。
《ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおお》
超大型はそのまま尻もちをつく。
身の丈に合った大剣を手放してしまう。
持ち主を失った鉄の塊が倒れてきて、さらに近くにいた<手長>と<脚長>を巻き添えにした。
双璧たちが戦っている間、他の騎士たちは陣を張り、魔物の襲来に備える。
動きを一端でも止めるのだから、危険性は増すが仕方がないところだった。
さすがにあの超大型<手長>は危険すぎる。
タナ、マイアン、早く倒してくれよ。
俺も<剣の王>を抜いて、わらわらと襲い掛かってくる魔物どもと戦う。
まだエーテル化はしない。
この先、どれだけのことが起こるかわからない。
切り札は温存しないと。
だから、この程度の緒戦は早めに切り抜けないと。
「マイアン!」
「おおよ!」
超大型の両足を潰して、移動力を奪った双璧は<手長>どもを踏み台にして旋回すると、もう一度今度は背中から超大型に迫った。
《ぐおおおお!》
その接近に気付き、巨大な腕で払おうとするが、わずかな隙間を見きり、タナが剣を振るう。
<手長>の手首から二の腕までがざっくりと割れた。
噴き出す夥しい血。
血の色が赤いのはやはり元人だからだろう。
とはいえ、今となってはただの魔物でしかない。
殺すしか道はなかった。
俺にはもう人殺しを嘆くだけの良識は残っていないようだった。
「せいや!」
タナの斬撃で超大型の右腕は完全に破壊された。
あれほど容易く、巨人の腕の筋を切り裂けるのは、タナが同時に<魔気>を放っているからでもある。
広範囲の強力剣技を誇る、魔導騎士さえも超越した天才の本領発揮だった。
脚が使い物にならないのに膝だけで立ちあがろうとした超大型であったが、その目論見は外れる。
少し迂回して迫っていたハーニェの戦斧が、右足の骨を(タナたちが断ちきれなかった部分だ)今度こそ粉砕したからだ。
渾身の破壊力がこもった戦斧の刃が太い骨を髄まで砕く。
狼のように叫ぶハーニェの全身全霊の一撃を食らい、またも超大型<手長>は崩れ、左手で土下座をするように前かがみになる。
その人間でさえ丸呑みにできそうな顔が凍り付いた。
自分の相方”シチャー”の鞍の上に立ち上がり、自分目掛けてやってくるマイアンを視界に捉えてしまったからだ。
《ぐぉぉぉぉ……》
三度吠えようとした超大型<手長>はそれすらできずに動きを止めた。
なぜなら、馬上から飛び上ったマイアンの投槍のような跳び蹴りをその額に受けたからだ。
「でゃあ!」
接触と同時にマイアンが身体を捻る。
一回転。
それによって貫通力を増した蹴りが<手長>の額の骨を砕く。
<猛蛇鉄>の噴き出したジェット旋風のような気の放出によって勢いの増したマイアンはそのまま脳天を吹き飛ばした。
なんとマイアンの跳び蹴りは<手長>の頭を貫通してしまったのだ。
倒れつつある超大型<手長>を尻目に”シチャー”と合流すると、マイアンは待機していた俺たちを呼び寄せた。
巨大質量が倒れたことによる砂煙を物ともせず、俺たちは再びユニコーンを走らせる。
仲間たちを見回すと、ただの一人も欠けていない。
「あのでかぶつさえいなければ、もうどうということはありません! 総員、最初の陣形に戻り、そのまま<王獄>に突入します! いい、恐れないで!」
ノンナが叫ぶ。
たった今の激戦を軽く乗り切ったやつらには今更だが、こういうのは儀式だ。
やっておくに越したことはない。
「<雷霧戦役>の終わりにして、自分たちを縛る運命を出し抜ける最期の時だ!」
ノンナが俺の使っていた<瑪瑙砕き>を掲げる。
「人の世よ、死に給うことなかれ! 我らがきっとお救いする!」
「おおおおおおお!」
「人類守護聖士女騎士団、突撃ィィィィィィィィィィィィィィ!」
「死ねえや、コラアアアアアアアアアアアアアア!」
俺たちは、赤い髪の隊長の激とともに<王獄>に突入した……。
◇◆◇
(来たよ、来たよ、七つの破滅の喇叭を吹く使徒たちが来たよ)
(七色の大地を越えて、七つの黒白の海原を漕いで、七億の星の煌めきに至るためにやって来たよ)
(来たよ、来たよ、やって来たよ)
(ねえ、きみ。ようやくきみが望んでいた状況になってきたよ)
(これで満足だろ、ねえ、きみ)
(なんだい、どうしてそんなに不機嫌そうなんだい)
(七つの破滅の喇叭の吹き手は来た。きみの待っていた彼氏も来た。きみの手が完全に血で染まり切る前にきみの願いは叶うじゃないか)
(それのどこが不満なんだい)
(もう遅いって?)
(何を言っているんだい? 歴史なんて時の流れの顛末の一つに過ぎないんだよ。起きてしまった出来事なんてあとで消してしまえばいいだけじゃないか)
(何のために、その剣があると思っているんだい? 嫌なことは全部切り離して、わかりやすい未来に変えちゃえばいいんだよ。簡単なことじゃないか)
(起きてしまった出来事は変えられない? きみは何を言っているんだい?)
(人間だけじゃなくてたかだか生き物が歴史に責任を感じるなんて無様で滑稽で身の程知らず過ぎるよ。まったく人間というのは傲慢というまえに無知だね)
(歴史も世界も、人間なんかがとやかくいえるものじゃないんだよ)
(どんどん修正してやり直して変更して弄くってしまえばいいんだ)
(ご丁寧にいまあるものに操を立てて何の意味があるのかってことさ。自由奔放に変えちゃったって誰も文句なんか言いやしないんだからさ)
(だからきみも好きにすればいいんだ)
(好き放題にね)
(その剣の力はそういう風に使うものなんだ)
(罪悪感も贖罪意識もなにも覚える必要はないさ)
(誰も異議なんて唱えやしないんだから)
(さあ、そろそろ時間だよ)
(まだ七つの喇叭は揃っていないが、もうすぐ集まるだろう)
(神話と伝説とはちょっと違う、物語の終焉さ)
(はやく、はやく、はやくやって来てよ、喇叭の吹き手たち)
(ぼくともう一人があなたたちの来訪をずっと待っているんだからね)




