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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第二十三話 ありがとう、さようなら
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少女は少年に出会った

「それで、あれが難民崩れの野盗どもを撃退したというのか?」

「はい、その通りでごぜえます、姫様」


 案内役を買って出た村長の揉み手をせんばかりの追従的な態度に少女は苛立っていた。

 たまたま訪れた一族の領地において、野盗の脅威にさらされている村があるからと立ち寄ってみれば、肝心の野盗どもは数日前に壊滅していたという。

 しかも、壊滅させたのは村人でも領内の私兵たちでもなく、ふらりと現われた謎の存在だという。

 領民を守るという騎士の規範に従えば、村人が無事で済んでいたというのは喜ぶべきことで無駄足を踏んだと考える気もなかったが、その野盗を壊滅させたという存在が村の外れに留まっていると聞いては無視もできなかった。

 十人以上の野盗を撃退したというのだから、どれほど腕のたつ戦士かと思えば、村人たちが口々に喚いたのは、「不気味な黒いやつ」という評判だけであった。

 姫様と呼ばれている騎士の少女は、とりあえずその「黒いやつ」を確認することにした。

 自分の家の領地に、変なものが居座っている現状を憂いた―――というわけではなく、ただの好奇心だった。

 案内された先には、半壊した木製の柵に寄りかかって片膝立ちをして座り込んでいる奇怪な黒い鎧を着た人物がいた。

 遠目からでわかるぐらいに、血と埃で薄汚れていて、ただの置物にみえなくもなかった。


「どうしてあんなところにいるのだ?」

「へえ。野盗どもを追い払ったあと、あそこに寄りかかるとほとんど動くこともなくなったんでさ」

「――それで? おまえたちは自分たちを野盗の脅威から救ってくれたものをあんなところに放置しているということか? わが領地の民度も落ちたものだな」

「違いまさあ、姫様。あっしらだって、あいつをただ放っておいたわけじゃないですぜ」

「じゃあ、なぜ、やつはあそこにいる」

「――見ていて下せえ」


 そういうと村長は足元に転がっていた木の枝を拾うと、振りかぶった。

 少女が何かを言う前に、黒い鎧めがけて投げつける。


「おい、なにをしてい……」


 その行為を咎めようとするまえに、驚くべきことが起きた。

 黒い鎧に達する寸前に、投げられた枝が凄まじい勢いで跳ね上がった右腕と、その手についた鋭利な刃物による斬撃によって二つに叩き斬られたのである。

 不気味なのは、実際に動いたのは鎧の右手部分だけで、他の箇所はまったく身じろぎもしなかったことであった、

 まるで「腕だけが勝手に動いた」かのごとく。


「なんだ、今のは?」

「へえ。あっしらがあいつに近づこうとすると、あの刃物付の手が勝手に動いてこっちを威嚇するんでさ。食べ物をやろうにも、あんな感じで切られちまってはと考えると近づこうにも近づけないという塩梅でさ」

 なるほど、と少女は思った。

 だからといって放っておくような態度は気に食わないが、実際に危険そうな相手に及び腰になるのは仕方のないところだ。

 いくら野盗から救ってくれた恩人とはいえ、一介の農夫どもではこの程度が精いっぱいであろう。

 あの鎧自体、歩み寄ろうともしていなさそうではあるしな。


「姫様、あれは魔導鎧ではありませんか?」


 お付きの騎士が言う。


「……おそらくな。あの動きはきっと自律的な装着者を防御するための魔導の仕掛けだろう。装着者が気絶した場合などに襲いくる危険から守るためのものだ」

「<妖帝国>のものでしょうな。少なくとも、バイロンでは見たことも聞いたこともあれません。かの魔導帝国であればありうるでしょうが」

「そうだな。――しかし、どうして<妖帝国>由来のものがこんなところにあるのだ?」

「西から流れてきたということでは?」

「<雷霧>とかいう自然現象に追われてか?」

「はい」


 少女はつい最近になって西方から伝わってきた謎の自然現象のことを思い出した。

 それらは<雷霧>と称され、西方世界をことごとく浸食してこちらに向かってきているという。

 最近増加している難民は、そこから逃れてきたせいだということだ。

 正直な話、信ぴょう性に欠ける噂話だと少女は思っていた。

 そんなものがあったとしたら、結局のところはこの大陸は終わるであろうし、信じるにしても証拠がないのだから盲信はできない。

 そういう認識であった。


「では、とりあえず奴に聞いてみるとするか。その――<雷霧>というものについて。あと、<妖帝国>の産かどうかをな」


 少女は腕組みをして、村長に話しかけた。


「奴は二日、あそこにいるのだな」

「さようです」

「ということは、疲れや何かというよりも空腹で動けないということがありそうだ。よし、村長。材料代はあとで私が払うので、村の中にある食材の中でももっとも良いものを見繕って温かい消化によさそうなものをこしらえてくれ。奴に食わす」


 村長の返事を聞こうともせずに、少女は反対側に動き、そこにあった井戸から水をくみ上げて桶に貯める。

 そして、それを持って黒い鎧のすぐ傍まで近づき、「ふん」と桶の中の水をぶっかけた。


「!!!」


 まったく動く気配のなかった黒い鎧が弾かれたように動く。

 しかし、それさえもかなりゆっくりとしたものだった。


「目を覚ましたか。どうだ、私がわかるか?」


 意味が分かっているのかはわからないが、黒い鎧の顎が少しだけ下がる。


「ではいい。貴様、腹が減って動けないとかその辺であろ? 素直に私の問いに答えれば食い物をくれてやる。……で、どうだ」


 少女の言葉に対し、鎧は自分の面頬を外すと、かすれきった声で言った。


「――本当……なの?」


 予想以上に子供のような声だ。

 少年、それも自分と大して変わらない年頃だとわかって、少女は少し眉をしかめた。

 おかしい。黒い鎧そのものに比べて、ちぐはぐな印象は免れない。

 この魔導鎧はあんな声を出す少年のためのものではない。

 不審を感じ、少女騎士はさらに問い詰めた。


「貴様は<妖帝国>のものか? つまり、<白珠の帝国>のものかということだ」

「……」


 少年は答えない。

 何も話す気がないのか、何も知らないのか。

 それ以上、時間をかけても埒が明かないと考えた少女は質問を変えた。


「では、なぜ、この村を野盗どもから守った。貴様には縁もゆかりもなさそうだが、どうしてだ? 答えろ」


 乾ききった喉から、擦れた声をあげて、少年は言った。


「……助けるとかそんなことをするつもりはなかったんだ」

「だが、貴様はこの村を結果的に救っている。それはどうしてだ?」


 少しだけ口ごもり少年は、


「――たまたま僕の後ろに村があっただけ。でも僕が逃げたら、きっと大変なことになる。だから、止めようと……した」

「なぜ、逃げなかった。聞けば、盗賊は十人前後。貴様の鎧がいかに強力な魔導鎧であろうと多勢に無勢だ。逃げる方が賢明のはずだが」

「……それはできないよ」

「説明しろ。貴様が戦ったのはなぜだ?」


 漏れ出した答えは簡単だった。


「ここは僕の世界じゃないから。こんなところに居たくなかったから、もしかしたら死ねるかもと思ったんだ。それに……」

「それに?」

「人が死ぬのは見たくないんだ……。怖いから……」


 人が死ぬのを見るのが怖いから、自分の命を捨てても戦う?

 少女は絶句した。

 思考基準が異常過ぎて理解できなかった。

 ただわかることは、この黒い鎧を着た少年はきっと善良なお人よしなのだということだけだった。

 そして、この少女にはそれだけで十分だった。


「わかった。聞きたいことは聞いたので、貴様には食事を振舞おう」

「……ありがとう。お腹がすいて動けなかったんだよ」

「ただ料理が出来るまではまだ時間がある。それまではこれでも嘗めていろ」


 そういって、少女は巾着の中から紙に包まれた飴を取り出して、少年に向かって投げ渡した。

 受け取った側は一瞬だけ戸惑ったが、それが飴だということに気が付くと、ゆっくりした動作で口に入れた。

 しばらくの間、沈黙だけが場を支配していた。


「――美味しい」


 少年は明らかな涙声で、そう呟いた。

 ここに来るまでの数か月、味わったことのない優しさが彼を満たしていたことによるものだった。


「そうか。……泣き笑いという言葉は、今の貴様のような者のためにあるのだな。いい勉強になったぞ」


 少女―――オオタネア・ザンは鷹揚に言い放った。

 これが少年と少女が出会った時の記憶である。




 だが、この時の彼女はまだ知らなかった。


 このほんのちっぽけな施しが、彼女の祖国と世界を救うことになるということを。

 

 さりげない、本当に些細な優しさが、彼女の運命を大きく変えてしまったということを。


 晴石聖一郎――のちのセスシス・ハーレイシーが、このどうでもいい恩を一生忘れずに彼女を守り抜くことになるということを。




 そして―――オオタネア・ザンの決して叶わぬ想いが芽生えた瞬間であったということを……。





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