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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第二十三話 ありがとう、さようなら
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最後まで一緒にいるよ

 目を覚ますと、身体の節々が痛い。

 どういうことかと上半身を起こして身体をさすると、どうも堅い場所で眠っていたせいだということが判明した。


「ここは……?」


 俺は自分が寝ていた場所を見渡した。

 隅っこの方に粗末なベッドと寝具があり、かつ、ボロい机と椅子があるだけの質素な作り部屋だ。

 奥の方にはどういう訳か櫃のようなものがたくさん置いてある。

 俺の記憶が正しければ、こういう部屋はお屋敷の屋根裏部屋にしつらえられた女中などのための場所だ。

 その証拠に、頭の上には明るい太陽の光の入る天窓がある。

 ちょっと離れた場所には下に降りるためのハシゴのようなものが転がっていた。


 はて、どうして俺はこんなところで寝ていたのだ。


 天窓のあたりでは小鳥たちがチュンチュンと囀り、朝の訪れを告げている。

 俺は寝相は悪い方ではないので、いくらなんでも寝ぼけてこんなところに来たとは考えられない。

 ありうるとしたら、最後にシャッちんと飲んでいたときに悪酔いして前後不覚になってうろつきまわったというところか。

 そうだとすると、少し腹が立つな。

 シャッちんも責任をもって宴をお開きにしてくれないといけないのだろうに、俺が勝手にうろつきまわるのを止めてもくれないなんて。

 きっと彼女も沈没しているに違いない。

 全く仕方がないやつだ。

 だが、そんな悪酔いをしたとは思えないほどに俺の頭はすっきりしている。

 二日酔いのかけらもない。

 さすがは〈白珠の帝国〉皇室御用達の上等な酒だ。

 ここまで後をひかないとは……。

〈王獄〉に行くまでまだ時間があるし、また用意してもらおう。

 俺はそんなことを考えながら、ハシゴをおろして、下の階に降りた。


「妙だな……」


 俺はおかしなことに気がついた。

 すでにここで生活を始めて一瞬間ほど。

 その間の経験に従えば、朝になると習慣となっている訓練をはじめる女の子たちの姦しい声で騒然となっている時間帯なのだ。

 だが、耳を澄ましてみてもなにも聞こえない。

 ほとんど無音の状態だ。

 まるで全員が寝過ごしてしまったかのように。

 屋根裏部屋から降りるとほとんど部屋のない五階だった。

 二つだけの部屋と下に続く階段があるだけの単純な造りだ。

 試しにノックをしてから扉を開けてみたが、整理整頓されているが使用されていない召使や下女のためのものだといえことがわかっただけだ。

 俺や上級の騎士たちはすぐ下の四階に部屋を用意されている。三階は十四期、二階は十五期ということになっていた。

 なんとなく前の世界の学校のようだ。

 そう考えると〈白い館〉というのは、学校をイメージしなくもない。

 俺も昔は学校の先生になってみたいという夢を抱いていたことがあった。

 中学時代に親身になってくれた恩師のおかげだろう。

 優しくて温厚な教師だった。


 ―――あのとき、〈剣の王〉の化身を手に執ったとき、俺はあの剣の力で失われていた記憶の全てを取り戻した。

〈妖魔〉として召喚された時に、なんらかの異常があったのか、それとも魔導師たちに没収されたのかわからないが、俺の記憶はほとんど失われてしまっていた。

 今考えると、最低限の生活知識どころか、どうでもいいサブカルの話題ぐらいは覚えているのに自分についての記憶だけがごっそりと抜けているということは、やはり意図的に消去されたのだろう。

 それが〈剣の王〉という神器の力を得たことで回復したということなのだと思う。

 だから、もう俺はここで暮らしていたセスシス・ハーレイシーというよりも、セスシスという名前も持つ晴石聖一郎という人間になっていた。

 この世界で暮らしていた十年間が、俺がまだ「僕」と自分を呼んでいた十数年間に足されてしまった感じだ。

 おかげでここしばらくは記憶のフラッシュバックに悩まされることもあったが、ようやく落ち着いてきたところだった。

 普通なら十年前のことなんて朧げになっているところなのに、俺の記憶は十年近くハードディスクに保存されていたのを再度メモリーに戻した状態なので、すごく当時のことが鮮明に思い出せる。

 その度に俺はすこし眼元が怪しくなる。

 みんなとの別れは本来ならもう十年以上も前のことなのに、俺の主観時間ではつい一ヶ月前のことになってしまったのだから。

 仕方のないこととはいえ、俺の中では二つの記憶がせめぎ合う形になっていた。

 だから、辛い。

 しかし、そんなことは言っていられない。

 もう数日後には俺は騎士たちとともに〈王獄〉に赴かねばならない。

 あと少しすれば、あの恐ろしい現象はこの帝都から視認できる距離にまで近づく。

 その前に絶対に叩き潰さなければならないのだ。

 俺の葛藤などまったくの無意味だ。


 ……不審を感じつつも、四階に降りる。

 そして俺は慄いた。

 階段から降りた先にある二股のL字型の廊下が、ボロボロになっていたからだ。

 壁がところどころひび割れ、明らかに刃物によるものと思われる傷跡がところどころに走っていた。ガラスの入った窓はことごとく割れていて、窓枠でさえ外れているものがある。

 廊下に張られていた質のいい絨毯はまさに土足で丁寧に踏みにじられていた。

 中でもびくりとしてしまったのは、明らかな血痕が迸った跡である。

 俺の目にもそれが血飛沫であることはわかる。

 ただ、廊下の酷すぎる惨状と比べるとその量は明らかに少ない。

 あえて想像を働かせるとすると、鼻血ぐらいの量でしかなさそうだが、〈白の館〉の瀟洒な内装からすると異次元のモノのように見える。


「まさか、敵襲か……?」


 ようやく俺の鈍った頭が回転しだす。

 この館にはネアやシャッちんだけでなく、無敵の騎士たちが詰めているのだから、まさか襲われるとは微塵も思いつかなかったのだ。

 だが、この有様はそれしか答えがでないではないか。

 俺は血相を変えて、目の前の部屋に飛び込んだ。

 何があったかを知らなければ! 

 だが、中には乱れてはいたが、誰もいなかった。

 その隣も。

 もしかしたら、四階には誰もいないのか?

 俺は無様に慌てながら三階に飛び降りた。

 三階には個室だけでなく、大きめの広間がある。

 ミーティングなどに使う場所で、昨日もそこで会議をしていたはずだ。

 なにかあったのならばそこに集合しているのでは。

 俺は呼吸をすることも忘れて中に飛び込んだ。


「みんな、無事か!!」


 だが、広間の中に広がっていた光景は俺の予想とは異なっていた。

 ある意味では近かったのだが、別の意味では予想外すぎた。

 呆気にとられた俺が一瞬言葉を無くしていると、広間の中心にまるで玉座のように据え付けられた椅子に疲れきった顔で寄りかかっていた見慣れた美貌が出迎えてくれた。


「おはよう、セシィ。昨日はうるさくして悪かったな。あんなところでは安眠もできなかっただろう」


 オオタネアは彼女にしては疲れきった表情を浮かべていた。

 目の下にかつて見たこともない隈ができていた。

 ここまで疲労困憊した彼女は知らない。

 まるで一晩中、敵と戦い続けていたかのような有様であった。


「お、おまえ、どうしたんだ!? それにここで転がっている連中は……? な、何があったって言うんだ!」


 俺は広間を見渡した。

 そこに広がるのはある意味では惨状ではあったが、ある意味ではだらしない雑魚寝そのものだった。

 本来ならばちょっとしたパーティー会場にもできるような広い場所の壁にはぐったりと項垂れて座り込む騎士、邪魔だとばかりに隅の方にゴミのごとく重ねられた少女、ボロ雑巾そっくりに床にうつ伏せで倒れこんだ美女……。

 この〈白の館〉に詰めているはずの三分の二ぐらいの騎士たちが まさに屍累々といった状況で転がっていた。

 ナオミもいれば、マイアンもいて、クゥもミィナもキルコもいた。

 見たところ、見当たらないのはレレとシャッちんぐらいなものでほとんどの騎士たちがここにいた。

 どいつもこいつも何かしら呻いているので命はあるのは確かだし、死ぬほどの重傷を負っているものはいなさそうだった。

 そういえばタナの姿は見えないな……。

 だが、地獄絵図そのものということに変わりはなく、その中央で邏卒のごとく座り込んだネアの姿は修羅以外のなにものでもない。


「な、何があったんだ……? これは……?」


 すると、会話をするのも面倒くさそうにネアが言う。


「ああん、ちょっと待て。口の中が切れているので喋りたくない。せめて水が来るまで待て」

「―――口の中が切れた、だと」


 何があったのかさっぱりわからないが、オオタネアが慌ててはいないということはもう落ち着いているということか。

 しかし、落ち着けと言われて落ち着けるものではない。

 俺はすぐ足下で白目を向いているエーミーに駆け寄って、様子を見た。

 左目に大きなあざがある。

 殴られて出来たものとしか思えない。

 隣にいたヤンキは頭にたんこぶらしいものができている。

 まさかこの連中が素手でやられたとは考えられない。

 一体、誰がこんなことを……。


「おーい、ネア。水を持ってきたぞ」

「姫様あ、お持ちしましたぁ」


 反対側の扉を開けて、召使いが給仕に使うための車輪付きのテーブルを押したまま、シャッちんとレレが入ってきた。

 テーブルの上には大量の水差しとコップが乗せられている。

 普通ならば料理が乗っているものを水を配るためだけに特化させたかのようだった。

 なるほど、姿が見えないと思ったら、厨房から水を運びに行っていたのか。

 二人は俺を見て笑いかける。


「聖一郎、ようやく起きたか。ちょうどいい、おまえも手伝え」

「セシィ兄さんもお水飲みますか?」


 俺はとりあえず頷く。

 どちらもこの地獄絵図に驚いていないどころか、もう見慣れているかのごとき振る舞いだ。

 どうやら彼女たちもなにがあったか承知の上で、水を運んでいたらしい。

 他の連中同様に頬を腫らしたシャッちんがネアのもとに近づく。


「ほら、ネア。さっさと口をゆすげ。だいぶ腫れているぞ」

「すまんな。あと、濡らした布とかはないのか?」

「あー、それならギドゥが厨房でせっせと作っている。魔導騎士たるあたしがなんでぇとかガタガタ抜かしていたから一発かましておとなしくさせておいた」

「―――まったく乱暴な女だ。そんなだから、そんななのだ」

「おまえに言われたくないよ。一晩中かけて、自分の部下をほとんど殴り落とした女が誰のことを乱暴といえるのか。私が乱暴ならば、おまえは凶暴だ」

「ふん。言ってろ」

「素直な感想だというのに」


 差し出されたコップの中の水を含むと、ネアは軽くすすぐように口を動かし、面倒くさくなったのかそのまま床に吐き捨てた。

 とても王族に連なる大貴族の当主であり、お姫様であるとは思えない振る舞いだった。

 ほとんど身じろぎもできないぐらいに疲れているにしてもはしたない。

 

「はい、セシィ兄さん」

「サンキュー」


 俺もレレに手渡された水を飲み干すと、だいたいの事情がわかってきた。

 この最悪の有様はどうやら人類守護聖士女騎士団の連中が引き起こしたものだということと、どうやら明け方近くまでかかってようやくネアが鎮圧したらしいということをだ。


「あーあ、レレはいい子だな。こんな、女の子としては失格な真似に参加しなくて」

「えっと、そういうわけでは……」


 レレは少し口ごもり……


「あたしも最初は参加してたんだけど、さすがに見た目が子供なんで即バレして外に出されたの……」

「―――ああ、そうなんだ」


 神も仏もあったもんじゃねえな。


「それで、いったいなにがあれば、こんなバトルロイヤルみたいなことになるんだ? おまえら、昨日の夜まではこんなことをするとは言ってなかっただろ? それが朝おきたらいきなり屋根裏部屋に移されているわ、みんなはグロッキーだわ、俺にきちんと説明しろ」


 すると、レレが困った顔をして大人たち二人をみやり、その視線を受けた女型の超戦士たちは肩をすくめた。


「貴様の知ったことではないさ」

「聖一郎は男だから関係ない。あれは女だけのお楽しみだったからな」

「―――なんだ、そりゃあ。まったく、ここの女どもの考えることはいつまでたっても俺にはわからん」


 二人は顔を見合わせて笑った。


「まあ、セシィにはわからんさ」

「そうだな。聖一郎はそのまま朴念仁のままでいろ」


 ネアとシャッちんの間に、この前までとは違う雰囲気が生まれていて少し驚いた。

 いつのまにこいつらこんなに仲良くなったんだ?

 それも気になったが、実はそれよりももっと気になることがあった。


「なあ、これって、よく聖士女騎士団がやる全員参加の生き残り演習みたいなものなんだろ。なんだか、おまえたちまで参加していたみたいだけど」

「まあ、そんなものだ」

「じゃあ、勝ったのはネアかシャッちんのどちらかだな。おまえたち、実力差というものを考えて戦えよ。いくらなんでも、ハンデがありすぎなんだからさ」


 俺はこの広場の中で屍体のようになっている教え子たちに同情してしまった。

 そもそもここの戦場跡みたいな様子からわかっていたことではあったが……。


「―――いや、最後に立っていたのは私でもネアでもないぞ」

「なんだと?」


 シャッちんの台詞は俺にとって意外すぎるものだった。

 最初は意味がわからなかった。

 ―――オオタネア・ザンとシャツォン・バーヲーが負けた、だと?

 じゃあ、最後(ラストマン・スタンディング)まで立っていた者は誰だ?

 こいつら大陸最強の女二人なんだぞ。

 それを誰が負かしたっていうんだ?


「なら、誰が……勝ったっていうんだ? ちょっと信じられないぞ」


「誰って……」

「貴様、気がついていなかったのか……」

「え、どういうことだ?」


 あまりに意外そうな顔をしていた二人を見て、俺は意味がさっぱりわからなかった。


「なんだよ……」


 と、もう一度聞こうとした時、


「ああああ、セシィ、こんなところにいたの! 起きたら、どこにもいないんだから焦って捜しちゃったじゃないさ!」


 俺が入ってきた扉から、血相を変えたタナ・ユーカーが現れた。

 他の連中と同様に顔にあざが出来てはいたが、はるかに軽傷っぽかった。

 そして、タナは俺のところに駆け寄り、


「もう、勝手に出て行かないでよ。セシィは優勝賞品なんだからさ」


 腕に絡みついてきた。


「優勝……賞品……俺が?」

「うん。幻法師をとりあえず制圧したあとに、私たち全員でやりあった結果、私ことタナ・ユーカーが見事に最強の座を勝ち取ったのだ!」

「……幻法師?」

「あ、まあそれはいいとして。せっかく、セシィと添い寝する権利を勝ち取ったのに、勝手に出ていっちゃダメじゃん」

「どういうことだ?」

「目を覚ましたら、ベッドにセシィいないんだもん。私、必死に探しちゃったんじゃんか」


 俺は少し記憶を探ってみた。

 そういえばさっきの屋根裏部屋にはベッドがあったな。

 確認こそしなかったが、もしかしたらあそこにタナが寝ていたのか?


「―――ああ、それはスマン。なぜ、あんなところにいたのかわからなくて困ってたんだ。だから、まあ、なんというか、とりあえず、―――許せ」


 昨日、シャッちんと寝酒をしてからほとんどなにも覚えていないが、俺の知らないところで人を玩具にしてなにを遊んでやがるんだ、こいつら。

 だが、なんというか下手に逆らうことは危険そうなので話を合わせることにした。

 それに……


「なあ、おまえ、ホントにあの二人を打ち破ったのか?」

「そうだよ。まあ、お互いに得物なしだから、暫定なんだけどね」


 信じられない。

 アレはただの相手じゃないんだぞ。

 オオタネア・ザンとシャツォン・バーヲーなんだぞ!


「凄いな……」

「そうでしょ」


 タナはにこりと笑った。


「だから、セシィはもう心配しなくてもいいよ」


 初めて出会った時そのままの太陽のような笑顔で。


「―――私と人類守護聖士女騎士団のみんなが、絶対にあなたを守るよ。最後の最後まで私たちがセシィにつきあってあげるからさ」


 その優しくて頼もしい眼差しは俺を安心させる。

 広間の中で痛みにうんうん唸っていたはずの騎士たちも、いつのまにか俺たちに温かい視線を向けていた。

 中には昔教えたサムズアップをしているのもいる。

 あれは女の子がするのはちょっと品がないんだぞ。

 だが、タナだけでなく、どいつもこいつも頼もしいいい女になっていた。

 俺は心中にわずかに残っていた不安が完全に霧散していくのを感じていた。


 こいつらならきっと……。

 たとえどんな困難が〈王獄〉の中で待ち構えていたとしても、俺たちはなんとか最後まで戦いつづけ勝利を掴み取れるに違いない。

 俺はゆっくりと全員に向けて頭を下げた。

 

 ありがとう。


 俺の自殺もどきな戦いに付き合ってくれて。


 ありがとう。


 俺の大切なおまえたち。




 ―――ありがとう。



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