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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第二十三話 ありがとう、さようなら
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拳で語れ

 同じ頃、同じものを見て、階下の騎士たちよりも強い衝撃を受けていた者がいた。

 その者は、影絵のようにめまぐるしく変化する幻と化した記憶そのものに目を背けざる得ない立場にあった。

 心当たりがあるという段階ではない。

 ごまかすことのできない責任の一端が紛れもなく存在するからだ。

 記憶にある者たちに出会うたびに許しを請い続ける少年を生み出したのは、まさしく、「彼女」の属した勢力の仕業なのだから。


「聖一郎……。おまえ、そんなに苦しんでいたのか……」


 シャツォンは腕の中でまだ意識の戻らない愛しい男を見つめた。

 かつては見られた亡き双子の姉の面影はもうどこにもない。

 セスシスを通して身近に感じていた姉はもういないのだと無理矢理に納得するしかなかった。

 十年以上も経てば、かつてセスシス召喚のベースとなった双子の姉の肉体は新陳代謝によって完全に入れ替わっていることだろう。

 もう執着することもない。


「私たちがザイムでおまえを召喚したことは間違いだったはずはない」


 シャツォンは思う。

 もし、召喚したものが、かつての自分の世界を怨み憎んで捨て去ることに疑義さえ抱かないものだったのならこんな苦労はない。

 家族や友人や知人を愛し、育んでくれた社会や世界に感謝し、ささやかな幸せを享受できる善良な人物でさえなければ罪悪感は抱かない。

 だが、そんな人物を召喚していたとしたら、きっと今のような状況にはならなかっただろう。

 神々の気まぐれで思いつきの世界は停滞し、神々の精力の怠惰のせいで物語も多くの創造された人生も消滅する。

 この世界を救うためには、セスシスしかいなかったのだ。


「ただ、それは私たちの世界の都合だ。おまえの都合や意志はことごとく無視したことによる結果論だろう」


 シャツォンは何度目になるかもわからない唐突なキスをセスシスにする。


「……もしおまえを幸せにできるものがいるとしたら、それはおまえを利用してこなかったものだけだろうな。私やヴィオレサンテ陛下、そしてザン公爵にはその資格はない。あるはずがないんだ……」


 事実はどうあれ、保身のために囮の〈妖魔〉として彼を召喚したザイムの魔導師に与した自分。

 西方鎮守聖士女騎士団を創設するため、騎士団員を守るため、世界を守るため、彼の心情を理解していたにもかかわらず戦いに(いざな)ったオオタネア・ザン。

 貴種として、国王として、なんの躊躇いもなく彼を〈英雄〉として祭り上げたヴィオレサンテ・ナ・ユラシス・ストゥーム。

 誰もセスシスに幸せを贈れる立場ではない。

 たとえ、彼が一片たりとて恨んでいないとしても。

 自分たちのために善良なお人好しを利用しつくしたものたちが、「幸せにしてやる」なんて、欺瞞だ。醜い詐術だ。騙り以外のなにものでもない。


「ごめんな、聖一郎。私はおまえのことを愛している。ただ、それだけでしかないんだ」


 シャツォン・バーヲーは泣いた。

 他者のためにこぼす涙なんて、もう枯れ果てたと思っていたのに。

 汁気たっぷりの腕の中の人物の悪影響に違いない。

 ただその中には憐れみも含まれていた。

 滑稽な自分自身への憐れみ。

 道化となるしかもう償う道はない、喪われた自分の未来と明日と幸せに対しての、憐れみ。


「―――来たか」


 シャツォンは剣を構える。

 扉の向こうに人の気配があった。

〈断気〉もどきの気配の消し方をしていることから、ユニコーンの騎士ではないことは明白だ。

 つまりは幻法師。

 ついに彼女とセスシスの居場所を突き止めたのだ。


「ふん!」


 全力の〈魔気〉をこめて横薙ぎに払った。

 間髪入れずに飛び込んできた二人の暗殺者を扉と壁と窓ごと一文字に叩き切ったのだ。

 室内のすべての壁が切り裂け、ガラスことごとくが砕ける。

 シャツォン以外の部屋の中にいたものすべてを叩き切る凶悪な攻撃であった。


「……おまえを幸せにできるものが来るまで、私が聖一郎を守るよ」


 それが今の彼女のたった一つの願いであった。



        ◇◆◇


「グランズ、アルバイ、シャイズアル、まずは館の中に先行しろ。おそらく中は幻術による幻覚(めくらまし)の罠が張られている。だが貴様らなら、なんとか切り抜けられるはずだ。ユニコーンが大きさ的に館の中に入れない以上、徒歩でなんとかするしかない。頼んだぞ」


 オオタネアの指名に従って、選ばれた三人が武器を抜く。

 アオは〈神の眼〉の持ち主で全てを見渡せる。

 ノンナは奇跡の耳を持つ、聴覚の魔人だ。

 そして、ナオミはどんな攻撃でも受けきることができる最硬の騎士。

 この三人が斥候にでればたいていの罠は噛み破れるというものだった。

 

「行きます」


 ノンナが顎をしゃくると、二人がそれぞれの武器を水平に掲げたまま館の中に侵入する。

 視界も聴覚も遮断される〈雷霧〉での戦いに特化した彼女たちにとって言葉は不要。

 簡単な目配せと合図だけで真意を感じ取れる。

 三人が館の中に消えると、オオタネアは残った者たちを編成しようとしタナとハーニェを呼ぶ。

 次の瞬間、館の中から入っていったはずのノンナたちが凄まじい勢いで飛び出してきた。

 慌てているというよりも、用心深く石橋を叩いて渡った結果のような慎重さで。


「どうした? 何かあったのか? 説明しろ」


 オオタネアが声をかけると、ナオミが答えた。


「―――内部に入ったと同時に、隣にいたノンとアオの姿が黒い(もや)をまとった人の姿に変わりました」

「自分もッス。思わず剣を振ってしまったッスが、相手がナオミ副長だったおかげで大事なくて助かりましたッスよ」

「仲間が黒い靄に変わっただと?」


 オオタネアが部下の説明に耳を疑う。


「―――はい、あのままいくと同士打ちのおそれがありました。突入直後でしたので、なんとか理性が仲間だと判断しましたが、もし個別に突入していたら同士相撃は免れなかったと思います」

「自分も副長の意見と同旨です」


 事実、アオは黒い人形の靄と化したナオミを攻撃している。

 怪我人が出なかったのは運が良かっただけだ。


「……味方の姿の識別を阻む幻術か。厄介だな。どうせ、幻法師どもは自分たちには効果がないとわかっているのだろうが、鎮圧する側からすると厄介極まりない結界ということか。―――シャイズアル、どうする?」

「幻術そのものを打ち消すことは難しいでしょう。幻獣王のお話では、魔導ではないということですから」

「閣下、私はこの敵のやり口に覚えがあります」

「自分もッス」

「どういうことだ、二人共」


 ノンナはアオを見て、


「これはルーユの村で〈墓の騎士〉などに襲われた時のものと重なります。おそらくは同源の攻撃だと思われます。あの村における幻覚は非常に高度で、たやすくは見破れないものばかりでした。下手に動けば、仲間での相撃は確実です」

「あと、ルーユの村の時とは違って、耳の方も誤魔化されている感じッス。いちいち、声かけをし合っても仲間と認識できる怪しいです……」


 二人の脳裏には、かつてルーユの村と名づけた滅びた廃村での戦いが蘇っていた。

 そこは初めて魔物〈墓の騎士〉と争った場所であり、〈妖帝国〉の魔導師による人体実験の結果生み出された地獄の底だった。

 あそこでの幻はユニコーンの〈魔導障壁〉で〈解呪〉される程度のものであったが、この館の中に張り巡らされた幻覚の力は桁違いだ。

 さすがの能天気なアオでさえ、仲間同士で殺し合いになるかもしれないという懸念を捨てきれない。


「なるほどな。なかなかに凝った罠だ」

「閣下、感心されている場合ではありません」

「わかっている。ここで手をこまねいているわけにもいかんのもな。だが、どうするか……」


 時間がないのをわかっていたとしても、みすみす罠に突撃するわけにも行かず、オオタネアは腕を組んだ。

 その時、ガシャァァンと大きな破裂音がして、館の最上階の一部の窓が吹き飛んだ。

 そのまま地面にガラスの破片が降り注ぐ。

 きらめく輝きはまるで雨のようであった。

 全員の視線がそちらに注がれた。

 何事が起きたのかと。


「〈魔気〉だね」

「ああ、タナの言うとおりだ」


 タナの言葉をマイアンが引き継いだ。

 二人共、〈魔気〉という魔導騎士の使う気功戦術をよく理解していた。

 するとわかることがある。

 この館にいる人物で、〈魔気〉を使えるのは、天才タナと客人の魔導騎士一人のはずである。

 ここにタナがいる以上、あの〈魔気〉の使用者は誰なのかは明白だ。


「シャッちんが戦っているんだね。すると、セシィもあそこにいるはず」


 タナが言う。

 彼女は信じていた。

 ともにオコソ平原の〈雷霧〉と戦った相手だからこその信頼がある。

 あの超戦士ともいえる女魔導騎士が、みすみすセスシスを敵の毒牙にかけさせるはずがないと。

 そして、彼女が隠れるのをやめて戦っている以上、あそこにセスシスもいる。


「すると、あそこに行けばいいわけか」

「うん、そうだね。一刻も早く」

「だが、わたしたちはあの幻のせいで同士討ちしかねない。中は完全に敵の結界と化しているんだぞ。危険すぎる」

「大丈夫だよ。―――ナオミ、みんなが黒い靄みたいになったって言うけど、武器の方はどうだった?」

「武器? 普通に見えたぞ」

「そうだよね。でないと、いくらあんたでも受けきれないし」

「だが、それがどうかしたのか。武器の有無で味方を確認しながらいくということか?」

「それが一番手っ取り早いでしょ。―――姫様、それでいきましょう」


 二人の会話を聞いていたオオタネアだったが、さすがに意味が分からず眉をしかめた。

 武器の有無が、なんだって?


「どういうことだ? もっとわかりやすく説明しろ」

「私たちは突入するときに一切の武器を置いていきます。素手のままで」

「だが、それだと武器による敵味方の識別もできないぞ」

「別に構わないよ。全員、ある程度時間をおいて中に入ったあとは、館の中にいるものを片っ端から仕留めて回ればいいだけ。みんな、なんだかんだいって、腕っ節には自信があるでしょ? 無手だからといって戦えないなんて、そんなヤワな鍛え方はしていないはずだから」


 全員が顔を見回した。

 本当に子供であるレレ以外、誰も彼も素手での体術は鍛え上げてある。

 達人であるマイアンにこそ及ばないが、その気になれば勝てないまでも魔物とだって対峙できる自信もあった。


「中にいる暗殺者も、これから共に入る仲間もすべて無差別に打倒してセスシスのところに辿りつけばいいということか?」

「そうそう。わかりやすいでしょ。立ち塞がるものはみんな倒すの」

「―――まあ、素手なら相撃しても死ぬまではいかないだろうが……。肝心のセスシスはどうする? あと、シャツォンとか館の中の先輩たちは?」

「記憶がガラスに映し出されている人たちは全員寝ているみたいだから、一番厄介なエーミー先輩やヤンキ先輩が目を覚まさない限りなんとかなるでしょ。シャッちんも構わないからやっちまおう」

「チンピラか……」

「だって、他に手もないじゃん。時間もないし。ね、姫様」


 常軌を逸した天才の提案に対して、オオタネアの出した答えは、


「いいだろう、それで行こう。何より優先するのはセシィの命だ。まずは速度優先であいつの命を確保すること。あとは誰だろうと構わんから、館の中で動くものすべてを行動停止にしろ」

「了解」


 ―――さすがの人類守護聖士女騎士団の猛者たちも少しだけ躊躇ったあと、力強く頷いた。

 よく考えれば、こういう問答無用の生き残りゲームはよく演習でやったものだ。

 多少シチュエーションが変わる程度で一々文句を言う筋合いもない。

 かつてその類の演習で痛い目にあった経験のある十四期の面々だけは苦笑いをするしかなかったのだが……。


「さっきの一対一の続きみたいなものッスね」


 アオが何気なく浮かべた感想が、全員の目に危ない光を漂わせた。

 居並ぶメンツすべてがろくでもないことを考えたとしか思えなかった。

 さっきまでとは違う余裕が生まれてしまったせいもあろう。

 それは、セスシスをシャツォンが守っているということがわかったことから生じた余裕であった。

 なんだかんだ言っても、騎士たちはあの魔導騎士を高く評価しているのだ。

 そのせいもあった。


「よし、十秒ごとに一人ずつ突入だ。いいか、まずは最上階にいるセスシスの確保。あとは寝ている騎士たちを保護し、暗殺者を排除しろ。同僚とやりあう可能性もあるから、殺すまでの技は使うなよ」

「―――ところで姫様もいくんでしょ?」


 挑発的なタナの視線に、オオタネアは嘲笑でもって応える。


「驕るなよ、この小娘。貴様も他の連中も私が片っ端から沈めてやるよ」

「じゃ、勝負ということで」


 その言葉と同時に、騎士たち全員が拳を掌に叩きつけて鳴らしあう。


 第二ラウンド、開始の合図だと言うかの如く。


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