祭りの後始末
半刻も経たないうちに、娼館の入口から、十人の騎士が顔を出した。
全員、入ったままの姿で、傷一つ負っておらず、晴れ晴れとした達成感に満ちた笑顔を浮かべている。
倍以上の数がいる男の兵士を、やや朝駆け気味とはいえ、そこまで完全に制圧しきれるとは、さすがに驚いた。
幾人かの手には、兵士の身分証明ともいえる銀鎖の腕輪が握られている。
トドメを差したものによる、要するに手柄首の代わりなのだろう。
「セシィ、終わったよー」
疲労のかけらもない元気満々なタナが手を振って、俺に報告をする。
隊長であるノンナが近寄り、簡単に首尾を確認した。
ちなみに、外で待っていた俺たちの足元にも二人の兵士が転がっている。
別に仲間の危機を察知したというわけでなく、たまたま遅れて仲間と合流しようとしたところを、クゥの短弓の連射で足止めされ、ミィナの槍に服の襟首を貫かれて持ち上げられ、ノンナの相方であるオーの前肢の一撃をくらって昏倒させられたのだ。
本来、ユニコーンの蹴りをまともに喰らえば、よほど頑丈な体躯の持ち主か、それとも「気功術」などの戦闘技術を持たない限り死ぬ。
それほどの打撃なのである。
なのに、意識を失っただけでまだ生きているということだけで、ノンナか一角聖獣のどちらかが手加減をしたのだろう。
この二人の銀鎖の腕輪は、ミィナが短剣で切り取って、ノンナに渡していた。
万事つつがなく終了したことを確認すると、騎士たちは再び馬上の人となった。
それから、隊長であるノンナが片手を上げると、すでに隊の中の盛り上げ役となっているハーニェが、勝どきの声を上げる。
全員がそれに続いて勝利の雄叫びを発した。
勝利にふさわしい迫力ある勝どきの声に、我知らず見物人たちの中からも同調者がでて、人でごった返した大通りは爆発的な喧騒に包まれた。
タナたちが斬り込んでいる間に、今回の騒ぎの発端となった昨夜の事件の詳細が見物人たちの間に流布していたのも、それを後押しした原因だろう。
俺は、詳細を流したのはさっき出会った間者の女だろうと推測していた。
要するに、西方鎮守聖士女騎士団の側の正当性を認識させ、味方につけるための策略なのだろう。
確かに、その通りに、群衆は見目麗しい少女騎士たちの勇ましい姿に完全に釘づけになっていた。
虜になっていたといってもいい。
人は偶像に弱いものなのだから。
そしてこれ以降、ビブロンの住民は俺たちの味方を通り越して、騎士たちの積極的な信奉者となり、今まで以上になにくれと世話を焼いてくれるようになるのである……。
◇
これだけの大騒ぎを起こした結果、どうなったかというと、実のところ、俺としては非常に恐ろしいものがあった。
本来、これだけの大騒ぎが軍に所属する二つの集団で起こったとすると、どちらにも厳しい処罰がなされるのが原則である。
従士達ならば兵士としては失職、騎士ならば騎士としての名誉を傷つけたものとして廃業、そのぐらいの結果は甘受しなければならないものであった。
だが、この件についてのオオタネア・ザンの暗躍は凄まじいものがあった。
騎士たちがビブロンの街を出ると、即座に街の代官宛に住人からの刑事処罰の訴えが殺到したのである。
訴えの相手は王都駐留十七番付従士団の面々、罪状は暴行、恐喝、無銭飲食、無銭宿泊、器物損壊、その他もろもろである。
訴人となったのは街の住人ばかりであるが、無銭宿泊については「沼椿」が訴人となっていた。
なんでも三日以上、長逗留していたにもかかわらず、兵士たちがほとんど金を持っておらず、最初からただで娼婦たちを抱こうとしていたというのが理由である。
従士たちの主たる宿であった宿屋において、騎士警察が捜索したところ、全員の荷物の中には端金しか残っておらず、「沼椿」の広間において事情を調べられていた従士たちの手持ちもの額もわずかしかなかった。
そのため、王都駐留十七番付従士団の面々はすべて騎士警察の拘留施設に連行されることになる。
どれほど破天荒な連中であっても、まとまった金も持たずに王都から慰安にくるはずがない。十分な資金はもってきているに違いない。
それなのに、わずかな手持ちしかないというのはありえない話だ。
となれば、勿論、これはオオタネアの策略であるはずである。
騎士たちの斬り込みが始まった直後に、間者のモミが従士たちの部屋に忍び込み、不自然ではない程度に有り金を盗み出したのだろう。
後払いするつもりが、金を盗まれてしまったら最初から踏み倒すつもりだったと言われてもしかたがない。
他の住人からの訴えも、一つ一つは罪状が軽くても数が揃えば、従士たちの素行の悪さを示す間接証拠となる。
おそらくは、それもオオタネアからの指示によるものだろう。
つまりは、従士たちはハメられたのだ。
そして、騎士たちの斬り込みは、従士たちの悪行三昧に業を煮やした住人たちの涙の叫びを聞いたものであり、彼女たちの行動は義によってたったものであるという筋書きがなされたのである。
警護役たちへの侮辱は多くの悪業の中に埋め尽くされ、目立たなくなってしまった。
結果として、正義の騎士と不埒千万な従士という対立の構図が描かれ、従士側にのみ、重い処罰が課されることになったのである。
また、騎士団側から代官側に、斬り込みに参加した騎士たちには、三ヶ月の蟄居を命じたということが伝えられることで、先回りした処分がなされたということも関係している。
よって、従士たちだけが、王都に送還後、兵士として失職または降格という処分を受けることになったのである。
もともと「騎士の森」の外にでることがない西方鎮守聖士女騎士団の騎士にとって、三ヶ月の蟄居というのはまったく重い罰ではなく、後始末においても騎士団の完全勝利という形になったのだ。
……オオタネアとは争いたくないな、と心の底から俺が思った理由も察してもらえることだろう。
こうして、後に「少女愚連隊」と異名された十三期の騎士たちの大喧嘩は幕を下ろした。
もっとも、これを契機にして、ビブロンの街におけるタナたちの人気はうなぎ登りとなり、一部の露天では騎士たちの絵姿を描いた壁掛けや写真が密かに取り引きされるようになったという。
それらの販売の元締めは、というと……
―――後が恐ろしいので俺の口からは言えない。