可愛い女騎士
静まり返った夜を踏み荒らすかのように、勢いよく扉が蹴り破られた。
自分たちが闇に潜む暗殺者であるこということを忘れたかの如き振る舞いである。
だが、それもそのはず。
侵入者たちは、現在この巨大な館でまともに動くことができるものが皆無に等しいことをよくわかっていたからだ。
この館そのものを媒介として強大な幻術を掛けた自分たち以外は、たとえ動けたとしても夥しい幻に翻弄されまともな行動などおぼつかなくなる。
幻覚避けの外套と剣を装備した仲間さえ区別できれば、あとは軒並み始末すればいい。
幻術に侵されたものたちなど、どれほどの戦士であろうとものの数ではない。
それが遠い異邦からやってきたユニコーンの騎士であろうともだ。
「なに!」
暗殺目標の部屋に飛び込んだ三人は、そのベッドに誰もいないことに気がついた。
毛布などの乱れ方から誰かが寝ていた跡はあるが、そこで就寝しているはずの目標の姿はない。
慌てて一人が布団に手を突っ込むと、まだ温かい。
少なくともついさっきまで誰かが寝ていたのは間違いない。
「ん?」
妙な匂いを嗅ぎとる。
甘い、男ならば誰にでもすぐにわかる匂いだ。
「女の香りだ」
「なんだと?」
「ついさっきまでここには女がいた」
「そんなはずはない。〈聖獣の騎士〉はユニコーンにただ一人乗れる男だが、その代わりに清らかな童貞のはずだ。女と寝るのは許されないと聞いている」
「だが、この匂いは……女のものだ」
暗殺者たちは毛布をそれぞれ自分の鼻に持っていった。
確かに女の香りがした。
しかもかなり極上の。
ここが〈聖獣の騎士〉の部屋であるという情報に間違いはないのだから、つまり他のユニコーンの騎士のものと勘違いしたとはいえない。
ならば、結論としては、
「女を連れ込んでいたということか。くそ、俗物め。聖人ぶっておきながら実は生臭だったということだな」
「ふん、調査した連中の調べが甘かったということか」
「女だらけの館でなんとまあ助平な野郎だ。さっさと八つ裂きにしたくなったぞ。きっと他の女たちもとっかえひっかえに違いない」
「どうしようもない女好きということか。……だが、そいつの色狂いな所業についてはどうでもいい。問題はどこに行ったかだ」
暗殺者たちは室内を見渡した。
特に変わった様子はない。
つまり、彼らの襲撃を知って逃げ出したということだ。
「まずいな、何故か俺たちの襲撃が悟られていたということなのか。罠か?」
「いや、寝床の温かさからするとついさっき気がついたという感じだ。おそらくはたまたまだろう。それで逃げた」
「仕方ない、急いで探し出そう。そして始末する」
「だが、他のユニコーンの騎士どもはどうする? さっき眠っていたのに近づいたリヌダスが一撃で斬り殺されそうになっていたぞ。ほとんど眠っている状態であんな真似をできる連中揃いのようだ。下手に刺激するとやばい」
頭領格の暗殺者が断を下す。
「どうやって、目標がここから逃げたかはわからない。ただ、まだこの館の中にいるはずだ。我らの〈幻法八甲陣〉は陣の中にいるものの五感を惑わし、一箇所に止め置くための儀式幻術であるからだ。よって、よそからの援軍がここに参上するまでの間までに、目標は決して外には逃げられない」
「うむ」
「我々以外は、仲間の区別もできない状態であるのだ。なんとしてでも見つけ出して抹殺しろ。これは我ら幻法師にとって、一族の消滅をかけた大仕事なのだ。みな、絶対にしくじるなよ」
男たちは頷いた。
すでにこの館は彼らの幻覚に支配された自分たちのホームといっていい場所だ。
ここでの戦いでは絶対に負けることはない。
しかし、時間がない。
一刻も早く、ユニコーンに乗る〈聖獣の騎士〉を始末しなければならない。
暗殺者たちは無言で部屋から立ち去っていく。
時間がないのだ。
だから、しばらくして男たちがいなくなり静かになった室内の片隅に、突如として姿を現したひと組の男女の存在になど気がつくことはなかった。
「ふん、すぐれた幻術の使い手であるというのに溺れて、魔導が使用されていることに思いもよらんとは……。あいつら、本当に〈白珠の帝国〉の臣民あがりなのか」
シャツォンは自分とセスシスの姿を隠していた〈幻覚〉魔導を解いた。
効果としては暗殺者たちが使っていたものと同様の効果があるのだが、こちらの方は魔導を元にしているため、〈気〉を利用する幻法師たちには気がつかれなかったのだ。
〈気〉を使えるということは、〈気当て〉による探索もできるはずなのにそれを怠ったという点が、幻法師たちが結局は暗殺者であり戦士ではないことの裏付けとも言える。
少なくとも、聖士女騎士団の少女たちは常に〈気当て〉を怠らないのだから。
所詮は暗殺者、と蔑みを覚えながらも、シャツォンは愛しい男を小脇に抱えて、窓へと向かう。
「四階か……。飛び降りることは難しいな。しかも、聖一郎は眠ったままだし。縄でくくりつけて降ろす手段もあるが、その間に気がつかれる可能性が高いか」
窓の外を見て思いついた脱出法を即座に却下した。
それから、壁の一画を見る。
「……確か隣には、十三期の隊長と拳法家で寝ていたはずだよな」
基本的にセスシスのことしか頭になかったシャツォンには、他の少女たちの部屋割りの記憶などない。
だが、そんなことは言っていられない。
「さっきの奴らの話では、この館全体に幻覚がかかって、みな眠りに落ちているということだが……。なんとか目を覚まさせて味方を増やすのが得策か。まったく、私が〈気〉を常に放出している魔導騎士であって助かったぞ。私がいなければどうなっていたことやら……」
そう言って、シャツォンは聖一郎を見下ろした。
まだ幸せそうに寝息を立てている。
その頬に思わずキスをしてしまい、顔を赤らめる。
自分が限りなく牝になったような気がしてしまい、照れてしまったからだ。
衝動的に男に接吻をするなど……。
「だが、仕方あるまい。私とて女だ。このぐらいは普通だな、普通」
言い訳でしかない内容であったにも関わらず、シャツォンにはわずかな罪悪感もない。
当然の理屈であると完全に思い込んでいた。
「さて、他の女の手を借りるのは心外だが、他でもない聖一郎のためだ。我慢して、おくか」
シャツォンは剣を抜いて、剣先を壁に添えた。
そのまま全身の練気した〈魔気〉を用いて、一気に貫く。
椅子が倒れた程度の音だけを立てて、セスシスの部屋と隣の部屋を塞ぐ壁の一部が崩れた。
すべてを貫く〈魔気〉の加減を調節しておいたおかげで、人一人がくぐれる程度の穴が開く。
暗殺者たちに音が聞かれたおそれがあるので、急いでセスシスを抱えて隣の部屋に移る。
二つ並んだベッドの元へ援軍を起こすために駆け寄るが―――
そこには誰もいなかった。
それどころか寝具に乱れは一切なく、誰かが床についた痕跡すらない。
室内の様子を見ると、当然存在するはずの武具がいくつも見当たらない。
十三期の隊長であれば、国王陛下から〈瑪瑙砕き〉という魔剣を下賜されているはずだが、それすらもない。
まったく人の気配がないのだ。
シャツォンは呆れると同時に腹が立った。
「いったい、なにをしていやがるんだ、聖士女騎士団の連中はあああっ!!」
暗殺者がきているというのっぴきならない事態において、どこかへ出かけているという呑気さについ怒鳴ってしまう、シャツォンであった……。
◇◆◇
さて、いったい何をしているんだと苦言を呈されていた側が何をしていたかというと……。
「自分はセスシスさんのもとに嫁ぎたいんです!」
「知るか!」
「姫様は邪魔をしないでください!」
「勝手にしろ!」
「聞き分けがないですよ!」
「小娘がこのオオタネアに説教をするな!」
と、身も蓋もない醜い争いを展開していた。
単純な力の差でいえば、オオタネアとノンナの実力はまだまだ開いている。
両者ともに正式な剣の使い手であるだけ、がっぷりよつに組み合うと、その差が顕著なまでに現れてしまうのだ。
だが、オオタネア自身はいささかどころかかなりのやり難さを感じていた。
打ち合えば打ち合うほどにはっきりとしてくる泥のような身体の重さ。
おそらくはノンナが意図的に行っている剣技だろう。
オオタネアは敵の術中にハメられてしまったのだ。
その重さの正体は―――リズムの奪取という。
(く、自分の律動と間隔で剣を振れなくなるというのは、ここまで身体を重く鈍らせて感じさせるということか)
最初に、ノンナが言い出した口撃にまんまと応じてしまったことが失敗であった。
できることならば、他の騎士たちと同様に最初のうちから全速で応じておくべきだったのに、「セスシスさんのことをどう思っているんです!」とか「恋愛は行動したほうが勝つと思いませんか!」のような発言に思わず答えてしまったのだ。
正直な話、オオタネアは恋愛沙汰について疎い。
大貴族の娘として当然の社交界お披露目も済ませているが、そこでの虚々実々の謀略にばかり気を取られ、年頃の娘としての華やかさを学んでこなかったからだ。
しかも、騎士養成所を出た直後に、セスシスと出会い、〈雷霧〉との戦いに身を捧げてしまったことから、通常の女としての振る舞いを覚える暇もなかった。
さらに、彼女自身、セスシスのことを心の中で決して結ばれぬ最愛の夫という位置付けにしてしまったせいで、他の男に目を向けることさえなかった。
よって、セスシス以外で唯一好意をもった男は、元許嫁のみという、非の打ち所が無い堅物に育ってしまっていたのだ。
そのため、ノンナから発せられた恋愛じみた問いかけに対して、生真面目なのか、焦りなのか、つい一々答えてしまったのである。
それが、ノンナの策であることに気づかずに。
ノンナの剣技は時間をかけて打ち合うことで、相手のペースを乱し、自分のリズムを押し付け、戦いの方法を根本的に狂わすものであった。
天性のリズム勘と耳の良さが産みだした奇跡の戦技だ。
長く打ち合えば打ち合うほど、彼女の剣は冴え、逆に相手の剣は曇る。
「泥沼に落ち込んだような剣技」とかつてタナが評したのもむべなるかな。
長期戦に陥れば陥るほど、彼女の勝率は跳ね上がっていくのだ。
だが、欠点もある。
初手から本気で掛かられると、自分の剣技を発揮する前にやられてしまうという欠点が。
だから最初のうちは戦いの形を作るために、色々と策を巡らさなくてはならない。
そのため、今回の相手である最強の女将軍オオタネア・ザンを倒すために彼女がとった作戦は、
「自分の夫にはセスシスさんしかいないんです! 姫様はどうなんですか、教えてください!」
という、同じ男に恋したものならば絶対に無視できない愛の問いかけを放つというものだった。
そして、ノンナの目論見は当たる。
オオタネアは剣撃の応酬という通常の試合以外にも、恋するものの正当性の勝敗という戦いに臨まざるを得なくなったのである。
言葉と一緒に何十合と打ち合うと、さすがのオオタネアもノンナの思惑にはまり、ほとんど自分の戦いというものを維持できなくなっていた。
同時にそれは迫力と破壊力の喪失であり、一方でノンナの剣が猛威を振るいだすということである。
今までの力関係が逆転する。
ここにきて初めて、オオタネア・ザンという最強の女が真正面から受けにまわらざるを得なくなっていった。
見守るすべての騎士たちが瞠目した。
ありえない光景でもあったからだ。
自分たちの隊長の抜け目なさに騎士たちは尊敬の念さえ抱いた。
だが、そのノンナの作戦は一方で一部の反感を買ってもいた。
「へいへい、そこの陰険おんなぁ! いい加減に負けろぉ!」
「閣下、頑張ってえ! 隊長、天罰をうけろお!」
「自分だけが美人だと思うな! ボクだって可愛いぞ!」
「―――仲間にヤジ飛ばしてどうするのよ、あんたら……」
普段、ノンナに頭を押さえられているタナとアオとミィナが、ナオミに突っ込まれる。
もっとも、隊長愛の強い、キルコ、マイアン、クゥなどは逆に必死になって応援したりしていて、庭園の状況はさらに混沌になっていた。
「ところで、ナオちゃん」
「なんだ、ハーニェ」
「そろそろ五分は過ぎていると思うんだけど……」
「あ、そういえば」
友の指摘にはっとなったナオミはさらに苦虫を潰したような顔をした。
「どうしたんだ?」
「―――時計、ノンナが持っている」
「え?」
「あいつ、自分だけは時間を超過して戦うつもりだ……。あいつの戦術だと長期戦が最良だとわかっているから、わざと時計をわたしらに渡さずに行ったな……」
ナオミが嘆息する。
すべて計算づくということか。
「さすがはオレたちの隊長ってことだね。本気であの閣下を一対一で倒すつもりなんだ……」
「まったく、綺麗な顔をして本当にえげつないわ、あの娘は。まあ、あれぐらいでないとわたしらの頭は張れないということかしらね」
「ハハハ、あの激しさと一番の優しさが同居しているのが、隊長ちゃんのいいところだから」
二人の戦いが今までの試合とは一線を画した盛り上がりを見せていたとき、全員の頭蓋骨を貫くような怒涛の声が響き渡った。
《それまでだ!!》
突然、剣を火花散らす二人の間に割り込んできたのは、白い稲妻―――どの同胞よりも美しく雄々しい、気品に満ちた容姿を誇る一角聖獣―――と思しき影であった。
庭園に揃った騎士たちすべてが自分たちの愛する相方よりも美しいと見蕩れてしまうほどの美影身。
―――〈幻獣王〉ロジャナオルトゥシレリアであった。
戦いに水を刺された形のオオタネアが抗議の声を漏らす。
「邪魔をしないでいただこう、〈幻獣王〉。これは私と部下たちの問題だ」
オオタネアとしては、自分たちの私闘について争いを好まぬ一角聖獣たちが止めようとして割って入ったものだと認識していた。
越権であるとも。
だが、大陸すべての聖獣・魔獣を統べる〈幻獣王〉はその程度のことで動くほどお人好しではなかった。
《汝らの戦いはとても興味深く、余にとっても素晴らしい娯楽であった。ゆえに、其を止めるべき所以はない》
「……では、なぜ、邪魔をなされる?」
つまり、〈幻獣王〉はこの戦いを陰ながら見物していたということである。
それに対して、
《ついさっき、余と友を接続する脳内念波が途絶えた。眠りに落ちても、気絶をしても決して途絶えることのない、余と友の絆が断ち切られたのだ》
「―――なんですと?」
《友の身に危機が迫っている。故に、汝らの力がいる。余らは戦いの道を持たぬユニコーンであるがゆえに、戦う術を持つ人の仔らの助けがいるのだ。汝ら、余のために力を貸すがいい》
人に頭など下げない生粋の幻獣らしく、〈幻獣王〉は騎士たちに命じた。
だが、命令など受けなくても、「友の身に危機が迫っている」と聞いてなにもしないものたちはここにはいなかった。
ロジャナオルトゥシレリアの〈念話〉を聞きつけたすべての聖士女騎士団員たちは闘志を切り替える。
私闘は終わりだ。
これから私たちは敵との戦いに入る。
私たちの教導騎士に危害を加えるものがあるというのならば、すべて殲滅する。断固として、完膚なきまで、情け容赦なく。
「閣下、ご命令を」
「うむ」
ついさっきまで戦いあっていたノンナが部下としての顔に戻る。
さっきまでの挑戦的な顔つきは消えていた。
そこにいたのは主に忠実な騎士の鏡であった。
「〈幻獣王〉、私たちの相方は?」
《そこにおる》
見ると、広い庭園の片隅にいつのまにかすべてのユニコーンが揃っていた。
全員が低い嘶きを発しながら、王の命令を待っている。
「全員、自分の相方に騎乗せよ。そのまま、〈白の館〉に戻る。何が起きたかはわからんが、最悪の戦闘に備えよ。そして、その際に何よりも守るべきは我らの教導騎士―――いや、今となってはもう違うか―――我らの〈勇者〉の命である! いいな、絶対に守りぬくぞ!」
「おおおおっ!」
その場にいたものは、数名を除けばすべてセスシスに気があるものばかりだ。
当のセスシスに危害が加えられる状況になったというのならば、その本気度は桁外れに跳ね上がる。
しかも、ついさっきまで血沸き肉踊る決闘を体験し、または目撃していたばかりなのだ。
盛り上がりは尋常ではない。
今、少女たちのテンションは限りなく上がっていた。
……我先にと自分たちの相方に乗ろうとする騎士たちの中で、一人だけオオタネアのそばに寄るものがいた。
「どうした、ユーカー」
「ノンナとの戦いは横槍が入りましたけれど、私とも試合ってもらえますよね?」
「ほお、強気だな。貴様も小ワザをたんまりと仕組んできた口か?」
「ふふふ、そんなことはありませんわ」
タナの口調は昔の貴族の令嬢だった頃のものに戻っていた。
そう、それは、彼女が物語の中の騎士に憧れていた頃のものだった。
「私がこの騎士団に来た理由をご存知でしょうか?」
「―――そういえば貴様は志願だったな」
オオタネアは首をひねった。
タナのセスシスに対する懐きようを見ていたことから、あまり不思議に思ったことはなかったが、確かにそれは妙な話だった。
近衛騎士を輩出するための騎士養成所出身であり、タナ・ユーカーといえばその養成所の産みだした最高傑作とまで謳われた天才なのである。
事実、順調に成長したせいか、現時点ではすでに先輩である筆頭騎士を実力では上回っているといえた。
それが他所の騎士団の誘いや近衛への出世街道を蹴ってまで、当時まだ〈自殺部隊〉と呼ばれていた聖士女騎士団へ志願したのだから。
〈妖帝国〉の魔導師たちによる陰湿な妨害もあったはずなのに、なぜ、タナ・ユーカーほどのものがすべてを捨ててユニコーンの騎士を目指したのか。
「セシィの―――ではないな。貴様はあまりあいつのことを知らなかったのはわかる。聖騎士徴用の適用に関する法令による強制ではないし、ミィナのようにユニコーンに憧れていた訳でもなさそうだ。確かに、なぜだ?」
スカウト役もこなしていたユギンなら知っていたであろうが、あの戦死した友であり間者からは聞いたこともなかった。
「私もみんなのように小さい頃に『少年騎士の大冒険』を読んで育ちました」
「ああ、あれか」
例の物語は、ザン家が出版したものだ。
ユニコーンの騎士団を設立した時の一種のプロパガンダのためであり、その作成にはオオタネアも関わっている。
特に彼女が関わったのは、物語の主人公である〈少年騎士〉が王宮で魔物と戦ったところの監修であるが、ある意味では彼女が原作者といっていい。
なんといってもほとんど彼女の実体験ばかりなのだから。
もちろん、彼女は自分の本名を使ってはいないが、読む者が読めばわかるようには書かれていた。
その意味で、彼女としてはなんとも扱いに困る本であったのだ。
騎士団の騎士も最初期はともかく、代を経るに従って、もともとの読者だった層が増えていっているのは知っていた。
最近では、クゥデリアやカイ・セウといった物語のファンだったので志願したという連中がいるのもわかっていた。
「貴様も、それでセシィに憧れた口だったのか?」
「いいえ、私はセシィのことについてはあまり覚えていません。結構、冷めていた子なので、御伽噺みたいな〈少年騎士〉様の部分は読み飛ばしていた気がします」
「……?」
「私が特に好きだったのは『少年騎士の大冒険』の最初の部分で、道端で倒れていた少年を可哀想だと助けあげて、あとで彼と一緒に王宮で戦うことになった可愛い女騎士なのです」
呆気にとられた。
あの物語に登場する可愛い女騎士といえば……ただ一人しかいない。
「白状しますと、私は彼女に憧れて騎士を目指しました。彼女が戦っているからこそ、この騎士団に志願しました。そして、彼女とともに戦うことが何よりも目標でした」
「そうか……」
「だから、私は『彼女』に挑みます。―――憧れを超越してこそ―――騎士の頂点に私は立てる」
挑まれた彼女は微笑む。
優しく、獰猛に、女神のように。
「よかろう、タナ・ユーカー。貴様は私からセシィを奪うだけではなく、最強の二文字まで根こそぎかっ攫っていくつもりなのだな。そうはさせんぞ」
「へへへ」
「そこでヘラヘラするな。気が削がれる」
「はーい」
互いに決戦を誓った二人の騎士は、そのまま自分たちの相方に飛び乗った。
とりあえず、まず彼らの大切な男を救い出そう。
それが大切だった。
なんといっても、賞品のかかっている戦いの方が盛り上がりという意味では何倍も楽しいに決まっているのだから!




