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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第二十三話 ありがとう、さようなら
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夜が更ける……

 人類守護聖士女騎士団の宿として用意されたのは、広大な帝居の外れにある館だった。

 皇帝の他国からの客人が案内される、歓待用の館であった。

 ただ、攻め込まれたときの要塞としての用途もあるらしく、いたるところに戦闘用の意匠が施してある。

 ユニコーンたちは、その外庭にある手入れされた林の中に放され、きたる戦いに備えている。

 帝国のものたちはほとんど近寄らないので、騎士団自身が自分たちの警護をしなければならないという不便はあったが、〈騎士の森〉や〈丸岩城〉の生活を経験しているものたちにとっては特に不都合はなかった。

 便宜上、騎士たちは館のことを、〈白の館〉と呼んでいる。

 その一室、最も豪華な作りのオオタネアの部屋に、騎士団の主幹が集まっていた。

 次の戦いに備えての軍議のために。

 参加しているのは、団長であるオオタネア、筆頭騎士エーミー、総隊長アラナ、近衛騎士ヤンキ、十三期からはノンナとナオミとタナ、十四期隊長のシノ、そして十五期隊長レリェッサである。

 レリェッサは正直な話お飾り的な地位の隊長ではあったが、それでも構わないともくされている。

 この騎士団においては大切なのは信頼に足る人間かどうかだけなのだから。


「―――以上が、帝国軍の示した作戦内容だ。わかったか」

「おおまかなところは。……私たちが予想していたよりも、帝国軍というのは惰弱な連中なのですね」

「軍としてはかなり劣るようですね。もっと強いものかと思っていました。ホントに拍子抜けです」

「そういうな。自分たちの都の警備を魔物にやらしているような連中だ。お里はしれるというものだ」

「まあ、我々の認識も〈雷馬兵団〉が基準でしたからね。あいつらが、帝国軍の中でも例外的存在だというのならば大部分が惰弱でもわかるというものです」

「自分たちだけでも滅ぼせそうな国ですな」


 騎士たちは口々に帝国軍を蔑む。

 実際に目にした帝国の様子は、明らかに彼女たちにとっては軽蔑に値する程度でしかなかったことから当然ではあった。

 練度の足りない兵士、騎士のなんたるかもわかっていない騎馬隊、威張り散らすだけの魔導騎士、オオタネアとは比べ物にならない威厳しかない将軍……

 大国と呼ばれ、神秘の国と考えられ、〈妖帝国〉と畏れられていた国とは思えぬ有様であった。

 なるほど、〈王獄〉などという危機に立ち向かうことができそうもないというのは頷ける。


「……しかし、情報量はさすがですね。〈王獄〉の内部についてはかなり詳細に研究されている。正しいということが前提になりますが、これがなければ作戦案すら立てられそうになかったです」


 アラナが印刷された紙束をぱしぱしと叩く。

 帝室魔導院作成の書類だ。

 ついさっき届けられたばかりのものである。


「作戦内容のほとんどが我々頼みというのは情けなさすぎるが」

「仕方ないよ。結局、〈王獄〉内に入れるのはユニコーンの絶対魔導防御のある自分たちだけなんだから。帝国軍はお膳立て程度しか役に立たない。―――それに、ついてこられたって邪魔だろ?」


 全員がエーミーの意見に失笑した。

 笑わずにはいられない。

 結局、いつものように自分たちだけで―――聖士女騎士団だけで戦わなければならないのだ。

〈雷霧〉を潰してきた時のように。


「それで、編成はどうしますか? エーミーとヤンキを先頭にして、いつものように魚鱗を敷きますか?」


 アラナが言うと、オオタネアが首を振る。

 その二人を先頭に据えるのは、オコソ平原でも行った騎士団の定番ともいえる作戦だった。

 まさか採用されないとは誰も思っていなかった。


「エーミーとアラナは残れ。正確に言うと、十二期以前の騎士は留守番だ」

「えっ」


 室内に驚きの声が広がった。


「どういうことですか?」

「〈王獄〉攻略については、私が十三期と十四期、そして十五期の一部を率いて行う。これは私の中で決定している。異論は許さん」

「……理由はお聞かせ願えるんでしょうね。自分たちだけ仲間はずれにされる謂われはありませんよ」


 エーミーが低い声を出した。

 納得していないことを声質で表している。


「簡単だ。今回の〈王獄〉は〈雷霧〉とは違い、〈核〉を倒せばいいというものではない。だから、全兵力を投入するわけにはいかない」

「理由になっていませんね。先程までのお話だと、〈剣の王〉とやらを倒すのには教導騎士でなければならないはずです。そして、教導騎士は一人しかいない。最初の突撃が失敗したら、どのみち次はないはずです。違いますか?」

「違わんな。だが、私の真意を貴様らは誤解している」

「誤解……ですか?」

「ああ、誤解だ。私は失敗を前提としていない。突入部隊は確実に〈王獄〉を消滅させることを前提に語っている」

「意味がわかりません」


 オオタネアは部下たちを見渡す。


「突入部隊は目的を確実に果たす。だが、帰還できるかはわからない。だから、いざというときに備えてある程度の戦力を残すのだ」

「……なんのためにですか」

「帝国がこしらえてくれた〈雷霧〉の残りを潰すためだ。とりあえず、バイロンにおいても〈雷霧〉対策は進んでいるが、やはりしばらくはユニコーンの騎士がやらねばならん仕事だ。そのための布石だな」


 主幹たちは歴戦の戦士であり、レレを除く全員が騎士養成所を卒業したエリートでもある。

 自分たちの長の言いたいことは理解した。


「つまり、教導騎士とともに行くものたちは生きて帰れる保証がない、と」

「ああ」

「しかし、我々は死ぬなと言われてきましたが……」

「〈雷霧〉相手にはな。増殖を続ける〈雷霧〉にはそれでいい。だが、〈王獄〉は別物だ。あれは一つしか産まれない脅威だ。だから、あれさえ潰してしまえばあとはどうなってもかまわない。それだけ最初の条件が違うのさ」


 これまでと同じようで、これまでとは違う。

〈雷霧〉の増殖は帝国がやらなければこれ以上はない。

 しかし、〈王獄〉は一つ。

 そして、すべての元凶がそこにいる。

〈王獄〉を潰しさえすれば、すべての戦乱は終止符を打てるのだ。

 その後に戦後処理の問題が始まり、大陸全土で国家の戦争が始まるかもしれないが、それで世界が滅び、人間が死に絶える訳ではない。

 すべてを巻き込む神話的戦いが終わりさえすればそれでいいのだ。


「承知しました。姫様御自ら、すべてのケリをつけたいとお考えなのですね」


 アラナが問う。

 彼女たちの長は頷いた。


「ああ、すべての決着をつけるのは私の仕事だ。かつてなくした者たちのためにもな。死んだ部下の魂を鎮魂せねばなるまい。―――それが私の命でできるというのならば安いものだろう」


 沈痛な死の覚悟を聞き、部下たちは俯く。

 すべてを彼女に背負わせることになる自分たちの無力さを嘆きながら。

 普段は陽気なヤンキでさえも暗い顔つきをしていた。

 だが、その中で複雑そのものな顔つきをしているものがいた。

 三名も。

 気に入らないものを目撃してしまった幼児のように。


「……わかりました」

「よし。騎士団長代理はアラナに、副団長にはヤンキをつける。筆頭騎士はそのままエーミーがやれ。おまえたちには十人ぐらいしか残せないが、あとのことはよろしく頼む」

「承知しました」

「突入部隊の選別については、明日にしよう。アルバイ、シャイズアルの二人は叩き台となる名前を用意しておけ」

「……はい」

「ジャスカイとシーサーは同期の者たちに以上のことを通達。以上だ」


 軍議が終わると参加者たちは、自分たちのなすべきことのために次々と部屋を出て行った。

 だが、最後まで残っているものたちがいた。

 十三期の三名だ。

 不審に思ったオオタネアが声をかけるまで身じろぎもしない。


「なんだ、貴様ら。さっさと自分たちの部屋に戻れ」


 やや苛立ち混じりの団長の声に対して、三人は白々しく視線を逸らした。

 明白な反抗的態度といえた。

 思わず、オオタネアが鼻白むほどに。

 彼女は部下にそんな反抗的な態度をとられた記憶がない。

 しかも陪臣ならばともかく、自分の直臣と言っていい者たちに。


「―――なんのつもりだ」


 疑問文ですらない、恫喝に近い訊き方だった。

 普通の人間ならば震えて動けなくなるぐらいの形相で。地上のどんな恐ろしい悪魔でさえも逃げ出しかねない。

 だが、しらっとしたすっとぼけた顔で三人は座っていた。

 まるで部下に嘲弄されているような気分になり、怒りがこみ上げてきた。

 やんごとなき身分出身であり、ザン公爵家の姫様であるところのオオタネアにとって堪忍袋のきれそうな態度である。


「……閣下、お願いがございます」

「願いだと……」

「はい」


 三人は目を合わせようともせずに、オオタネアに問いかける。


「何だ、言ってみろ」


 逆にオオタネアには余裕が欠けていた。

 どういう訳か胸騒ぎがしたのだ。

 内容は分からないが、この部下どもの態度に嫌な予感がしたのだ。

 彼女の持つ大切な何かを無くしてしまうような。


「夜に、中央の庭園においで下さりませんか」

「なんのために?」

「この度の戦いを必勝ならしめるための策を献上したいと存じ上げまする」

「策……だと」

「はい。我ら、十三期ならば、その策を提示できましょう」


 少し考えて、


「よくわかった。貴様らのその振る舞いの奥に何があるかはしらんが、確かに夜になったら庭園に向かおう。時間になったら、迎えを寄越せ」

「承知しました」


 それだけを言うと、十三期の三人は出て行った。

 大陸最強の女騎士を怒らせたにもかかわらず、足取りに遅滞はない。

 恐れさえも感じていない証拠だった。


「なんのつもりだ、あいつら……」


 豪奢な室内にオオタネアの疑問だけが渦巻き、そして消えていった。


      ◇◆◇


「どうぞー」


 夜も更けてきて、そろそろ寝ようかなと思っていた矢先、部屋の扉がノックされた。

 誰かがきたようだ。

 俺は〈剣の王〉ではない、普通の剣を手にした。

 さすがに化身とはいえ神器を枕元には置きたくないので、皇帝に預けてある。

 普通の武器は重すぎて使いづらいが、俺もとりあえずは騎士だ。

 これでなんとかしなければならない。

 すると、


「聖一郎、私だ。入っていいか?」


 シャッちんの声がした。

 俺は警戒を緩め、入っていいと応える。


「では、失礼する。夜分遅くにすまない」


 シャッちんが入ってきた。

 手に大きな白い枕を抱えている。

 だが、俺が目を見張ったのはその枕ではない。

 枕を抱えていること自体、確かに変といえば変なのだが、そんなことは二の次だ。

 一番問題だったのは、彼女が着ている夜着だった。

 なんだ、その薄く織られた絹とレースは。

 なんだ、その胸やら尻やらのでっぱりがはっきりと認知できる仕立ては。

 なんだ、その赤というよりも桃色は。

 そして、太ももの上で切断されたせいでほとんど太ももがバッチリ見える色っぽさは。

 どう見たって、ネグリジェかベビードールじゃないか。

 俺は今までそんな扇情的な下着をこの世界で見たことがなかったぞ。

 しかも、なんでそんなものをシャッちんが着ているんだよ。

 ビックリ仰天にも程があるわ!


「どうした、聖一郎。もしかして似合ってないのか?」

「―――似合う似合わないというのなら、サイコーに似合っている。色っぽすぎるぐらいだ」

「良かった。わたしの取って置きだからな。わざわざバーヲー家の本家まで取りに行った甲斐がある」


 シャッちんがぺらりと裾をめくる。

 太ももがさらに顕になる。

 というか、腰のクビレまでが見えて、さらに彼女の履いている下着までが見えた。

 あまりに色っぽくてドキドキする。


「違う。俺が言いたいのはそういうことではない」

「じゃあ、なんだ。はっきりしてくれ」

「ええっと、アレだ、ホレ、なんというか……」

「焦れったいやつだな。はっきりしろ」

「―――すいません、あなた、その格好で何しに来たんスか?」


 俺がようやくまっとうな疑問を口にすると、シャッちんは頬を赤く染めて、


「わからないのか?」


 と、言うので、首を横に振った。

 さっぱりだ。

 シャッちんは白い枕を胸元でぎゅっと抱きしめ顔を埋めると、そして言った。


「聖一郎、わたしと、い、一緒に寝てくれないか」




 ―――どこかで変な鐘が鳴っていた。


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