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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第二十二話 皇帝は語る。すべての真相を。
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ああ、懐かしきものたちよ

「セシィ!」


 聞き慣れた声がしたと同時に、俺の首筋になにかが巻きついてきた。

 いや、わからなかった訳ではない。

 懐かしい女の子の匂いがしたからだ。

 至近距離で俺を見つめる宝石のような瞳と白い肌、そして艶のある黒髪。

 タナ・ユーカー。

 俺の教え子が、こちらが準備を終える前に弾丸のごとく飛びついてきたのだ。


「セシィセシィセシィセシィセシィセシィセシィセシィセシィセシィ!」


 何かの呪文のように名前が連呼された。

 ぎゅっと俺の首を抱きしめる力はまったく緩められない。

 絶対に離さないとばかりに。


「よ、よお」


 俺はちょっとだけ驚いた。

 タナにしては珍しい感情表現だと思ったこともあるのだが。

 真っ先に飛びついてきたタナのすぐ後ろには、一ヶ月半ぶりぐらいになるか、十三期の面々を中心にした聖士女騎士団の連中がいた。

 やけに数が多く、俺の知らない顔もいる。だいたい三十人ぐらいか。

 おそらく、彼女たちは十五期の騎士団員なのだろう。

〈王獄〉という新しい脅威から現れた魔物の群れを殲滅して帰ってきたこいつらの出迎えのために出てきた俺は、実のところ覚悟をしていた。


 折檻されることの覚悟を。


 オオタネアとシャッちんに再会した時のように、聖士女騎士団の連中にも色々とやられるんだろうなあと思っていた。

 それはそうだろう。

 教導騎士としての職務を放棄し、勝手に〈妖帝国〉にまで来てしまった俺のことをこいつらが怒っていないはずがない。

 挨拶さえもしないで出て来たのだ。

 あの時はあれが正解だと思っていたが、よく考えれば、俺はこいつらを途中で見捨てたような形になっている。

 それは大人として、男として、年上として、絶対にまずい行動だったろう。

 だから、怒られても仕方ない。場合によっては蔑まれ、憎まれていることだってありうる。

 そうならば、自分のしたことについて何をされても仕方がない。

 まあ、十四期はそれほどでもないだろうが、十三期の連中にはそれぞれパンチの一つ二つはされる覚悟はできていた。

 それですめば御の字だとも。

 なのに、俺が捨てたこいつらは……


「セスシスくん! ボクだよ、ミィナだよ!」


 ミィナ・ユーカーが俺の腰目掛けてタックルをカマしてきた。

 腰の入った見事な技に、思わず身体がくの字に折れ曲がる。


「セスシスさん! 会いたかったです!」


 前のめりになった俺の頭をノンナ・アルバイがかき抱く。

 こいつにこういうことをされると、十三期で一二を争う爆乳が顔を覆うので非常に困ることになる。


「お久しぶりです、セスシス」


 右腕に抱きついてきたのはナオミ・シャイズアル。

 普段クールなこいつにしては珍しいスキンシップの取り方だった。

 それはいいんだが、おまえもどうして胸を押し付ける。


「教導騎士……拙僧ですよ」


 今度は左腕を取られた。

 取られたというよりも極められた。

 がっしりと二度と解けないだろう勢いでホールドされた。

 こんな真似をできるのは体術の達人であるマイアン・バレイだけだ。


「先生」


 背中にぴたりと何かが張り付いた。

 俺を先生と呼ぶものは、騎士団員多しといえどもキルコ・プールしかいない。


「セスシス様ぁ……」


 足が重さで動かなくなった。

 無理矢理に視線を下げるとクゥデリア・サーマウが絡みついていた。

 出遅れたせいだろう、そんなどうでもいいポジションにやってくるな。


「えーと、オレもハーレイシー殿に抱きつきたいんだけど……」

「ちょっと混雑が酷すぎるッスね。ハーニェ姐さんの居場所はもうなさそうですよ」

「それは困る……」

「じゃあ、邪魔な恋敵を力尽くで排除したらいいんじゃないスかね。自分も手伝いますよ」

「―――いい案だな。執行を開始しよう」

「了解」


 などと少し離れた場所でハーニェ・グウェルトンとアオ・グランズがバカ話をしていた。

 内容はなんとなく物騒だ。

 だが、なんというか熱烈な再会風景だな。

 俺は……もっと……罵倒されたり殴られたりするものだと思っていたのだが……。

 ちょっと泣きたくなった。

 こいつらはこんな俺との再会を喜んでいてくれているのだ。

 ただ、こう大勢の女の子に抱きつかれていると、あの、その……。


「ふぎゃ!」


 いきなりミィナが俺から飛び離れた。

 なんか涙目だ。


「あ、下半身が空いたッスよ、姐さん」

「じゃあ、オレがそこに……」


 ハーニェがタックルを放とうとにじり寄ったとき、ミィナがその服の裾を握りしめて止めた。


「や、やめたほうがいい、ハーニェちゃん」

「どうしてだ?」

「そ、それは……」


 二人というか、俺に絡みついている連中以外の視線がミィナのものと同化する。

 俺の下半身に。

 つまり腰の位置に。

 股ぐらに。


「セスシスくん、ちょっと興奮しているから……」


 周囲が完全に無音になった。

 滅多にない沈黙の落ちようだった。

 ああ、どうして今の段になってこんな目に合わされるのか。

 いや、考えても見ろよ。

 俺にしがみついている連中って、絶世の美少女揃いの上、スタイルだって抜群にいいんだぜ。

 しかも、出会った頃と違ってもう女っぽい体つきになっている奴らばかりだし(除くキルコ)、わりと子供っぽかったタナでさえもう美女の部類になりかけているぐらいだ。

 だから、俺にだってそういう効果が出てしまっても仕方ないところだろ!


「セシィ、もしかして私たちで興奮しているの?」

「えっと、あの枯れきった大木と言われていたセスシスが?」

「性欲あったんですね……」

「びっくり」

「年増以外ダメなのだとばかり……」


 絡みついていた連中がなんか酷いことを言っている。

 おまえら、俺のことをそんな風に思っていたのか。

 つーか、嫁入り前の年頃の処女が男に対して馴れ馴れしくすんな!


「わーい!」


 何がわーいだか知らんが、さっき以上に肉体をこすりつけるな。触るな。指を舐めるな。

 ますます調子に乗っている教え子たちを引き剥がそうと力を込めたとき、ボンと俺は前方に弾き飛ばされた。

 しがみついてんだか、絡みついてんだかわからん六人ごと。

 直前に光った輝きは、ユニコーンの〈物理障壁〉に間違いはなかった。

 どうやら、ユニコーンたちが俺を助けてくれたようだ。

 そういえば、騎士たち以外にもこの場にはユニコーンも揃っていたことを忘れていた。


「ありがたい、持つべきものは友達だな……」


 と、俺が振り向くと、そこには三十頭近いユニコーンどもがずらりと並んでいた。

 なんだか知らんが青い瞳が、赤くなっている。

 微妙に歯を食いしばっているのはどういうことだ。

 どう見ても興奮しているようにしか見えないのだが。


「どうした、おまえら?」


 すると、先頭に立っていた“イェル”を始めとして、


《―――見たかね、各々方、たった今の狼藉を》

《ああ、確かに見た。なんという尋常ならざる破廉恥行為だ》

《虫唾が走るわい。……わ、我のノンナのち、乳房に顔を埋めてニタニタとしおってこの変質者め》

《どさくさに紛れてのあの悪行三昧。これは切り捨てねばなるまい。悪の最たるものだよ、あれこそは》

処女(おとめ)とユニコーンの敵だよ、蛇蝎の如き、屑野郎だ》

《今までその本性を隠して善人ぶってきたということがなによりも許せない。即刻成敗するべきだね》

《同意。ぜったいに許さない》

《我らの一本角の錆にしてくれる》


 恐ろしい呪詛のような罵倒をされた。

 なんだろう、俺、こういう経験したことがないんだけど、自分に置き換えてみるとなんとなく飲み込めた。

 ああ、これはモテない男子の嫉妬の渦だわ。

 なんかこじらせた感じの。

 しかも嫉妬が度を越しすぎて呪いに近くなってやがる。

 今すぐにでも殺されそうなぐらいに殺気立っているし。


「……ま、待て。話せばわかる」

《問答は無用だ、人の仔。人面獣心とは君のことだよ》

「獣はおまえらだろ!」

《く、けだものめ。我らの処女を汚す悪魔め。そこになおれ、天誅を下してくれる》


 俺は脱兎のごとく逃げ出した。

 このシチュエーションは覚えている。

 特訓と称してユニコーンの大群に追い回されたあの日と同じだ。

 逃げ切らなければ…………殺される!


《追うぞ、各々方! あの処女の敵を駆逐するのだ!》

《応!》


 俺は少し離れた位置でこちらを見ていた”ロジー”に叫ぶ。


「た、助けろ、“ロジー”!」


 だが、俺の相方はかったるそうに、


《余はそのようなことを聞きとうない。よきにはからえ》

「バカ殿か、てめえは!」


 ダメだ、あいつ。役に立たない。

 仕方ないので俺は全力を持って逃げることにした。


 

 俺だって馬に蹴られて死にたくないんだあああああああああ!!!!




        ◇◆◇


「しかし、凄まじいばかりの戦闘力ですね」

「お褒めに預かり光栄ですな」


 皇帝派に所属する将軍の賞賛を、オオタネア・ザンは軽く流した。

 そんなことは彼女が一番よく知っている。

 今更、確認するまでもない。

 彼女の自慢の部下たちのことなのだから。


「あの力が我らに向けられない保証がないのが恐ろしいですが……」

「大丈夫だ。我らは仮に貴方方との戦いがあったとしても、戦場には顔を出すことはない。我らは魔物かそれに匹敵するものとしか戦わないからだ。通常の戦にはでるつもりはないんだよ」

「……何故ですか?」

「ユニコーンは争いを好まない。だからさ」

「そのようなことを敵である私たちに教えてよろしいのですか、ザン将軍。利敵行為ですぞ」

「別に構わんさ。こんなのは秘密でもなんでもないからな。それにこんなことを隠して、貴方がたの不信を買っても我らにはなんの得もない。だから、事実を伝えたまでだ」


〈白珠の帝国〉側は、バイロンのこの女将軍を交えた軍議において、終始ペースを握られ続けていた。

 彼らとて無能で無力なわけではないが、このザンという女はものが違いすぎた。

 少なくとも、最初の格付けの段階で負けが決まっていたのだ。

 真正面から彼女と対等に話し合えるのは、上座についている帝弟だけであったが、彼は軍事については若いせいかやや知識が足りない部分がありすぎた。

 おかげで軍議はバイロン側が優位であり続けていた。


「みんな、諦めることだね。〈王獄〉内での戦闘はほとんど彼女たちにお任せするしかないんだ。僕らは手助け程度しかできない。彼女たちの好きにやってもらおう」

「ありがとうございます、帝弟殿下」

「それにしたって、君の部下たちは強いねえ。七千近い魔物の群れを、たった三十騎ほどで殲滅だからね。どうやったら、そこまでになるんだい?」


 帝弟の疑問に対して、オオタネア・ザンは微笑んだ。


「殿下は、セスシスの戦いをご覧になったそうですね」

「ああ、〈剣の王〉の化身を退けて、あのウクラスタをものともしない見事な戦いだった」

「それが我らの〈ユニコーンの少年騎士〉ですが、今の私の部下たちには彼に匹敵するものが十人前後おります。しかも、単純な戦技だけなら、彼を容易に凌ぐことでしょう。―――世界を〈愛〉し〈愛〉された女たちが揃っているのです」


 将軍たちは息を飲んだ。

 全員が〈ユニコーンの少年騎士〉―――セスシスの力を知っていた。

 それよりも強いだと?


「私の部下たちは、セスシスと幻獣王の高次元の戦いを見ることによって、ついに真の乗り手として覚醒しました。そこに至っていない新人の十五期ですら、ここにくるまでに二つの〈雷霧〉を潰しています。単純に考えるのならば、彼女たちはこの大陸で最大にして最強の部隊です。―――あの火竜ウクラスタでさえ、今の我々ならば容易く滅ぼせるでしょうね」


 脅しと呼ぶには淡々としすぎた。

 単なる事実の確認としか思っていないのは疑いようがない。


「だからこそ、我らを〈王獄〉の攻略のために呼んだのでしょう」

「そうだよ。陛下(あに)はそのつもりだし、僕たちも同意見だ。―――君たちでなければ、あの大脅威には抗えない」

「わかりました。では、話を続けましょう。―――ところで、船でしたか?」

「ああ、船だ」


 帝弟の脇に控えたギドゥという女騎士が、羊皮紙に描かれた絵を見せてきた。


「〈王獄〉内に突入した空騎兵の一人が、『ふねが』とだけ言い残して死んだ。そのあと、別の空騎兵も同じ遺言を残している。そして、帝室魔導院はその船という言葉に一つの仮説をだした」

「それが……それですか?」

「ああ。〈(とき)を刻む方舟〉。この世界の果てにあるという〈時〉と〈混沌〉が混ざり合った〈泥の海〉を渡るための神の船さ。―――それが〈王獄〉の中にはある」

「魔物たちはその〈刻を刻む方舟〉に乗ってこちらに来ていると?」

「おそらくね。そして、その船に乗った先に……」


 帝弟がわざとらしく切った発言を、オオタネアが受ける。


「本物の〈剣の王〉をもった黒幕がいる」

「そうさ。そして、君たちにはそいつのところにまでたどり着いてもらいたい」


 オオタネアは静かに宣言した。


「いいでしょう。我ら人類守護聖士女騎士団の悲願を達成するため、全ての元凶たるものを必ずや討ち滅ぼしてご覧にみせましょう。我らの友であるユニコーンと共に」

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