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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第二十二話 皇帝は語る。すべての真相を。
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魔物どもの正体は?

 魔導騎士ナウフェは、東の空をじっと見上げていた。

 晴れ渡った空には雲ひとつない。

 彼の同僚の騎乗した飛龍の姿はどこにもまだどこにも見当たらない。


「遅いですね」


 彼の隣に立つ魔導師がぼそりとつぶやいた。

 帝国魔導ギルドから派遣された壮年の男は、ちらちらと懐中時計を眺めながら言う。

 それもそのはず。

 予定ではすでに一刻前に帰還していなければならないのだから。

 帰還が遅れているという事実が指し示すものは一つしかない。 

 つまりはメニアスたちの探索は失敗し、飛び立った空騎兵たちは生還できなかったということだ。

 ナウフェの内心には忸怩たるものがある。

 いかに帝弟殿下のご命令であったとしても、引き止めるべきであったのだ。

 謎の巨大怪奇現象の正体を突き止めるためであったとしても、あたら帝国で最高の実力を持つ魔導騎士を投入するべきではなかったのだ。

 少なくとも、価値の低い下級兵を投入しつつ、様子を見るのが正解であったはずだ。

 魔導騎士とは、それだけの価値を有するものたちなのだ。


「だから俺は反対したのだ。まだ早いと」

「しかし、ナウフェ殿。件の〈王獄〉の拡大速度は〈黒い雲〉をはるかに凌ぎます。悠長なことを言っていたら帝国の国土を瞬く間に侵されますぞ。それでよろしいのですかな」

「そんなことはわかっている。俺とて暗愚ではない。だがな、俺たち魔導騎士は……」

「メニアス殿は轟龍に乗れる数少ない騎士。あの方にお頼みするしかないのです。そこのところをあなたにもわかって欲しいところですぞ」


〈王獄〉調査のためには、飛龍の中でも体格に比して対魔導防御能力の高い轟龍を用いるのは既定事項であった。

 そして轟龍に乗れるものは限られ、自分に魔導をかけられる力を有する魔導騎士はただ一人。

 メニアスは選ばれるべくして選ばれたといえる。

 だからこそ、その命を受けたときメニアスは粛々と受けた。

 友人であるナウフェにとってはそこが許せない部分である。

 拒否権のないものを選び、死に至る任務につかせるというのはどういうことかと。

 この点、ナウフェには騎士としての資格に欠けているともいえた。

 常に戦争の危険があることから尚武の気風に満ちあふれたバイロンの騎士たちとは違い、帝国の騎士は退廃的な文化の影響を受けて比較的自己の欲望に忠実である。

 帝国―――というよりも国体さえ護持できればそれでいいというものたちが多いのだ。

 あとは自分の思うがままに生きる。

 民を守るという騎士の古臭い規律に縛られている者たちは数少ない。

 例え帝国であったとしてもその規律は生きているのだが、国そのものが古すぎてかつての習慣を軽んじる風潮があることは否定できなかった。

 かつて、シャツォン・バーヲーが中原に赴いた際に受けた衝撃はここに端を発している。

 通常の騎士でさえそうなのだから、魔導騎士または貴族と呼ばれるものたちの勝手気ままな振る舞いは手の付けられないものがあった。

 もっとも、そんな彼らであったとしても帝室からの命令は拒めない。

 彼らの守るべき最大の国体の象徴が帝室だからだ。

 したがって、メニアスは帝弟からの命令を受けて〈王獄〉に突撃し、ナウフェは友への無謀な命令を止めることはできなかった。


「わかっている!」

「……それは重畳。では、ここで大人しく私と、かの騎士殿の帰りを待つとしましょうぞ」


 身分的に言えば、魔導師は騎士よりも身分が上であるが、魔導騎士よりは下にあたる。

 この魔導師の言い分は咎められてしかるべき類いのものだったが、すでにナウフェはとやかくいう気にもなれなかった。

 癇癪を起こしてここで叩き切る訳にはいかないのだから。

 もしも運良くメニアスが戻ってきたときに、その報告を分析できるのはこの魔導師だけなのだから仕方がない。

 どことなくからかうような物言いが気に障るとしても。


「来ましたっ! 〈遠視〉に入りました! 轟龍とあと一騎の飛龍の影を確認しましたっ!」


 遠眼鏡と魔導を駆使して観測を続けていた魔導師の一人が叫んだ。

 指さされた方向を見やると、その先には確かに二匹の飛龍の影があった。

 速くはないが、確実に陣地めがけて飛んできている。


「二匹の飛龍が戻ったようですぞ」

「さすがはメニアスだ!」

「お仲間を信じてよかったですな。―――さて、出迎えをするとしましょうか」


 魔導師の指示に従い、陣地で待っていた騎士と兵士たちは、次々に飛龍を着陸させるために準備を整える。

 医療の魔導を使える者たちは、いざというときに備えて呪符を用意した。

 飛龍の世話をしている魔獣飼育班も、飛龍が暴れたときに容易く制圧できるように魔法の縄を誂える。

 どんなことが起きても対応できるように。

 そして、本来ならばそれで足りるはずであった。

 だが……


「なんだ、これは!」

「まさか……!」

「メニアス! いったい、どうしたのだ、メニアス! 貴様は本当にメニアスなのか!」


 真っ先に駆け寄った医療魔導師が、突然、飛龍の上から吹き飛ばされたのをみて、すべての騎士たちが身構えた。

 何が起きたかわからず、おそるおそる近づいた兵士たちがメニアスたちを呼んだ。

 そして、駆け寄った彼が目撃したものは信じられないものだった。

 飛龍は傷だらけであるが、まだ見たところは何の変化もない。

 しかし、その上に騎乗していたはずの二人の騎士は―――。

 四肢こそ満足に揃っていたが、それだけだった。

 完全に事切れた友の姿を見て、ナウフェは慟哭した。

 そこにいたものは、彼の友とは似ても似つかぬものであったからだ……。


     ◇◆◇


〈雷霧〉が魔物たちを集めて、隔離するためのものだったということはわかった。

 西から東に向けて進行していたのも、巷で言われていたような〈妖帝国〉による世界侵略のためでなく、〈雷霧〉に隔離した魔物たちを少しでも帝国の国土から切り離すためだった。

 つまりは、〈白珠の帝国〉にとって〈手長〉どもはそれだけの驚異であったということだ。

 だが、どれだけ数がいたからといって、あの魔物がそれだけの驚異となるとはにわかには信じがたい。

 皇帝の言によれば、〈手長〉どもを引き離すことは世界を救うことにつながるそうだ。

 まあ、嘘ではないが、真実というわけではないだろう。

 高貴な方々のいうことをいちいち信じていたら身体が持たない。


「―――〈手長(あいつら)〉の実力はよく知っている。確かに数が揃えば強いが、帝国(あんたら)がそこまで危険視する相手ではないと思うが」

「聖一郎。それは違う」

「どういう意味だよ、シャッちん」

「中原の戦士たちは気功術が使えるのでわかっていないようだが、あの魔物たちはかなり強力な魔導防御を備えているから、〈火炎〉のような攻撃魔導の効果が半減するんだ。帝国の兵士からするとかなり手強い相手だった」

「まあ、我々からすれば魔導が使えなくても〈強気功〉でぶった切ればいいだけだからな。簡単だ」

「〈魔気〉も通じるといえば通じた。遠目から首をはねればいい」


 さすがは大陸でも最強の女戦士どもだ。

 力押しだけで争いを解決できる連中は言うことが物騒だ。

 しかし、あいつらに魔導が効果半減ということは知らなかった。

 魔物なのだから、そのぐらいの能力があってしかるべきなんだが……。

 そうなると、魔導師が攻撃魔導をぶっぱなして相手に致命的な損害を与える帝国の基本戦術は使いづらくなることはわかる。

 シャッちんの言う通りに〈魔気〉が通じるといっても、〈魔気〉を使える魔導騎士の絶対数は少ない。

 逆に気功術がない以上、帝国の普通の騎士では〈手長〉に対抗するのは難しい。

 バイロンでは〈騎士〉というと気功術を使うもののことを指すのだが、帝国ではそういうわけではないからな。

 なるほど、俺の召喚された帝国の街ザイムがあそこまで追い詰められた理由がよくわかった。

 ただ単に兵士の数が足りなかっただけではなくて、敵として相性が悪かったということか。

 あそこはそれなりに優秀な魔導師がいたが、その頼みの魔導が効かないとなれば劣勢に回らざるを得ない。

 そこで俺を召喚して囮に使おうなんてまで追い詰められたというわけだ。


「恥を晒すようだが、確かに余の帝国の軍隊はあの魔物たちには手こずった。だが、完全に歯が立たなかったというわけではないよ。別の理由があったのだ」


 皇帝が自分の臣下たちのフォローに走った。

 絶対君主が情けない部下に助け舟を出すというのは余りある光景ではない。

 この今生の皇帝陛下は存外人がいいようだ。


「……あの魔物が余の領土で初めて発見されたのが、十三年前のことだ」


 それから約半年後に俺が召喚されることになる。

 西方鎮守聖士女騎士団が設立されるのが、さらに一年後。

 で、現在に続くというわけさ。


「当初はただの新種の魔物の襲来だと考えられていた。……ほとんどのものにとってはね」

「陛下のおっしゃられている通り、私がザイムに派遣されたときにちょっとした話題にはなっていたが、特に重要だとは考えられていなかった。あの頃は奴らはまだ群れていなかったからな」

「ただ、余の父である前皇帝のもとに報告があがったのはあやつらが爆発的に群れをなしてからだった」


 ……爆発的に発生したと聞くと、まるでパンデミックだな。

 伝染病じゃあるまいし。

 だが、なんだ、この違和感は。

 皇帝の口ぶりでは、〈手長〉と〈脚長〉は無制限に数を増やす怪物のように聞こえる。

〈雷霧〉の中でもやりあったことはあるが、そんなおかしな化物ではなかったはずだ。

 だが、俺の脳裏にはやはりさっき立てた仮説が存在感を増していく。

 これまでの会談の内容だけではなく、ギドゥと出会ったときのあの謎の施設。そこで戦った〈手長〉もどき。

 ずっと引っかかっていたことがようやく形になっていく。

 しかし、これを口にしていいものか。

 皇帝と帝弟はわかっているようだが、ここにいる他のメンバーはどうなんだ。

 公にしてしまっていいのかどうかがわからない。


「そこまであんたたちが警戒するというのは、やはり〈手長〉というあの魔物の種の正体が問題になるからか?」

「その通りさ。少なくともそれについて詳細を知っているのは、帝室と余らの一部の側近だけだ」

「なぜ、隠す?」

「臣民に知られれば混乱しか引き起こさない。それに、あやつらの黒幕を刺激したくなかったからだ」


 黒幕? この後に及んでまだそんなのがいるのか。

 その時、今まで黙っていた”ロジー”が口を開いた。


《時に、人のみかどよ。そなたに聞きたいことがある》


前の幻獣王に対して、皇帝は引くこともなく応えた。


「なんなりと。幻獣王」

《ほんの数日前から、奇妙な予感が余の心中にざわめいている。そのことについて知っておるかね?》

「おそらくは」

《そうか。ならばいい。余の友との話を続けたまえ》


 いきなり何を言い出すのかと思えば、”ロジー”の話はそれだけで終わった。

 あとは俺、というか人間同士で進めろということらしい。

 ほとんど嘴を挟むつもりはないようだ。

 立場は違うが、帝弟以外の皇帝の側近たちもその態度は堅持するつもりらしく、たまに吐息が聞こえるぐらいだった。

 本人たちは気を使っているつもりなのだろうが、こちらとしては逆にまるで子供の頃の授業参観のようで緊張するだけなのだが。


「話を戻そう。〈手長〉どもの正体をひた隠しにすることが〈白珠の帝国〉にとっては大切なことだったと、こういうんだな」

「そうだ。ただ、もうそなたには見当がついているのだろ? 確信を持てていないだけで」

「まあね」


 俺はどういう訳か、腰に佩いている〈剣の王〉の化身に触れた。

 ひんやりと冷たい。

 鉛そのものに触れている感じだった。

 その冷えが背筋を凍らせ気分を覚醒させる。


「ここまで出揃えば、簡単な推測ぐらいはできる。あんたらが隠そうとしている理由も自ずと見当がつく」

「察してもらえてありがたいよ」

「だが、〈手長〉どもの増加をそれほどまで避ける理由が皆目見当がつかない。わからないんだ」


 皇帝は手で顎をさすった。

 少しだけ嬉しそうに。


「理由は簡単ですよ。〈現在〉と〈未来〉の融合を防ぎたいからです」


 俺はため息をついた。

 ああ、やはりそういうことか。

 両隣の美女二人もだった。

 二人は決して馬鹿ではない。俺たちの会話の流れの中から必要な意味を選び出し、自分の中で再構築した結果、何が導き出されたのか理解したのだ。

 反対に帝国側の連中には驚きはない。

 どうやら全員が把握しているらしい。

 つまりは口にしても問題はないということだ。

 そして、俺は覚悟を決めた。


「やはり、ということか」

「そういうことだね」

「―――〈手長〉もどきの頭についていた薄い産毛のような金髪をみたときから、うすうすとは感づいていたんだ」


 俺は皇帝を真正面から見つめ、言った。


「〈手長〉と〈脚長〉―――そしておそらくは〈肩眼〉。あいつらは、未来の世界の〈白珠の帝国〉の国民だったんだな。それが〈剣の王〉の持つ時間を断ち切る力でこの時代に流れ着いたということか。どうだ?」


 皇帝の頷きがその答えであった。

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