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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第二十一話 〈聖獣の騎士〉、帝都で神のごとき化身と戦う
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永劫の友誼を誓おう

 少し離れたところで、自分たちの乗り手が整列し、訓示を受けていた。

 訓示をしているのはこの国の王だ。

 淡々としているが勇ましい王の言葉に騎士たちは奮い立っていた。

 今すぐにでも戦場に旅立てるような興奮が、少女たちを包んでいた。

 彼女たちはこの直後に戦地に赴くことになっている。

 例え、そこに待つのが死の危険であったとしても。

 その様子を眺めながら、ユニコーンの一頭である”イェル”がぽつりと〈念話〉を発する。


《―――幻獣王(アー)様から、伝言があったそうだな》

《ああ、”ウー”が先程〈遠話〉を受信した》

《内容は?》

《先行している(さき)の幻獣王様―――大御所にすべてを任せろ、だそうだ》

《それだけか? ほかには?》

《ある。だが、それは皆がよくわかっているはずだ。預言を忘れるな、だ。》


 ユニコーンの中でも最も長老格である”ゲー”がいう。


《―――『十本の角が折れるときが来如る』か。不吉な預言だな。その文言通りに十本の角―――つまり、我らのうち十頭が死亡するということか、それとも十というのが概念的にユニコーンの群を指し、我ら全てが死に絶えるということか》

《どちらでも変わらぬよ。不死身にして無敵の我らが死なねばならぬほどの何かが、西方の帝国には待っているというだけのことさ》

《死……ですか。ピンと来ませんね》

《確かに、我らユニコーンにとっては、死などというものはほとんど無縁の概念だったからな。少なくとも、直近で我らの同胞が死んだのは五百年は前に遡らなければならん。それほど、記憶がかすれるぐらいに過去の出来事だ》

《とはいえ、幻獣王が受けたものであるのならば、預言はほぼ当たるものであろう。―――我らとて永劫不滅の存在ではない。此度のいくさが尋常ならざるものである以上、犠牲がでたとしても止むを得ぬよ》

《そうだな。……一度、始めた戦いである以上、最後まで成し遂げねばならん。我らにとっては守るべきものがあるのだから》


 ユニコーンたちはそれぞれ、自分の乗り手を見やった。

 そこにいるのは彼らの愛する処女(おとめ)たちであった。


《それに、人の仔の連れ添いも見つけねばならん。あの人間の牡をいつまでも独りにして置くわけには行かん。良い連れ添いを見つけ、つがいとなってもらわねばな》

《うーむ、あまり気が乗らないな。つまりは、我らの乗り手の誰かと人の仔をくっつけようというのだろ? 少なくとも、我の処女(ノンナ)をくれてやる気にはならない。なぜなら、ノンナのでかいおっぱいは我の宝物だからだ》

《ナオミを嫁がせるのも心外だな》

《みんな、自分の乗り手のことが大切であるからな》


 聖馬たちは角を何度も揺らした。

 笑いの形に。


《―――それに忘れるなよ。我らは、処女(おとめ)の守護者、少女の守り手、綺麗事(リソウ)を繰るものだ》


“イェル”の一言を受けて空気が重くなった。

 すべてのユニコーンが、かつての記憶を思い起こしたのだ。


     ◇◆◇


 ―――満身創痍の姿のまま、額を泥に埋めて、ユニコーンの助けを求める少年がいた。

 彼は自分の素性を明かし、〈雷霧〉という超自然の災厄に対処するための援助を求めてきたのだ。

 だが、幻獣王は無碍に断る。

 人の王国に助成するなど、神話の時代から生きるユニコーンにはすでにできぬ相談だった。

 たとえ、世界がそのまま滅びたとしても。

 幻獣たちは倦んでいたのだ。

 自分たちの存在に。

 生きることよりも、存在することに、飽きていたのだ。

 だから、拒絶した。

 ただ理由がそれだけでは少年に納得してもらえそうもないと考え、ユニコーンたちは無理難題を押し付けることにした。

 (しゅ)を掛けることにしたのだ。

 異世界から来たという彼に対して、何よりも酷な呪いを。


《―――汝が、我らの助力を得んと欲するのならば、汝は我らと契約をせねばならん。この世界の深淵と結びついたユニコーンである我らとな》


 ユニコーンとの契約。それはつまり……


《例え死しても、汝の魂はこの世界から離れることはできなくなる。異世界から魂が召喚されたものであったとしても、それは絶対だ。永劫不滅の結びつきが、汝の魂をこの世界につなぎとめる。―――よって、汝はこの世界のために死ぬ》


 これは脅しだ。

 そして呪いだ。

 少年が二度と故郷に帰れなくなるという。

 これで少年の心が挫ければそれで良いというだけの。

 だが、ユニコーンの意図は外れた。

 少年は言った。


「よかった! 僕がこの世界で死ねば、ネアやバイロンの人たちを助けてもらえるんだね! ならいいよ、僕と契約してよ!」

《……汝は……自分の故郷に帰れなくなるぞ。魂でさえ》

「それはしょうがないね。もう、僕には家族の記憶もなにもほとんどないし、そんなの今更だよ」

《……あ、あのだな》


 神話を体験した幻獣王が二の句が告げずに吃った。

 単純すぎるほどの反応が、彼の鉄壁の調子を崩したことを、子供であるすべてのユニコーンが悟った。

 そんな彼らの動揺に気づくことなく、少年は言い放つ。


「君たちと契約する! 僕と一緒に、この世界を守ろうよ!」


 ―――こうして、頑固で御し難いはずのユニコーンたちは、たった一人の少年の説得に屈服したのだった……。


     ◇◆◇


《……今更だな。死や消滅を恐れる我らではない。死ぬことで我らの乗り手が守れるのならば、望むところだ》

《あの、愚かな人の仔のためにも》

《確かに、あやつと世界を守るのも悪くはないな》


 だが、長老格の”ゲー”は、そんな感慨を鼻でせせら笑った。。


《馬鹿どもめ。何を似合わぬことを口走っておる。貴様らが戦うのは、そのような立派な大義のためではない。悲壮なる決意など誰のためにもならぬわ。―――もし、あの綺麗事に呪われた愚鈍な人の仔に聞かれたらどうするつもりだ? 二度と口にするな。この馬鹿ども》

《しかし、”ゲー”よ……》

《貴様らはいつものように、処女の乳と尻と太もものために戦えばいいのだ。それこそが本心からの望みであり、それこそが揺るがぬ真実としてな》


 沈黙が場を支配した。

 ユニコーンの一頭がそのまま自らの角を天に向けて掲げる。

 すべての聖獣たちがそれに倣う。

 四十頭以上のユニコーンの剣のごとき一本角が剣山のごとく輝く姿はまさしく壮観そのものであった。

 まず、叫んだのはタナの相方である”イェル”だった。


《我らの姫の太もものために!》


《ナオミのお尻のために!》


《爆乳のために!》


《かぐわしき処女の香りのため!》


《褐色の肌の感触のため!》


《素晴らしい腰の曲線のため!》


《操られる喜びのため!》


《神速の速さのため!》


《鬣を掬う腕のため!》


《美しい美貌のため!》


《黒い髪のため!》


《素敵な鎖骨のため!》


《ぷにぷにした二の腕のため!》


 ……。


ユニコーンたちは次々に嘶く。

 自分の嗜好を全開に垂れ流しても、一切恥じることなく。

 隠しても仕方の無い、自分の趣味なのだから。

 全頭がその誓いを露わにした直後、彼らは一斉に鳴いた。

 遠く離れたある人物に届かんとばかりに。




《―――そして、永遠の友誼を誓った友達(あいつ)のために!!》

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