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ビブロン大喧嘩

 その日、バイロン王国に属する一都市ビブロンは、かつてない衝撃に包まれた。

 バイロンでは、商売を主に生業とするものたちが昼に食事をとるために、二日ほど長持ちする食い物が道端の露店で売られるため、大通りは多くの人々で賑わうのだが、今日に限っては静かなものだった。

 なぜなら、太陽が完全に登りきる直前、城壁に囲まれたビブロンの正門をくぐり抜けてきた騎馬の群れに度肝を抜かれたからだ。

 まず、なによりも『騎士の森』にほど近いところにある街とはいえ、実際に一角聖獣(ユニコーン)をその目にしたことがある人間など数える程しかいないことがある。

 その滅多に見られない聖獣が、総勢十三騎、ずらりと隊列を作って進む様子は、噂のみが先行していた西方鎮守聖士女騎士団が持つ圧倒的な戦力と強大な威風を瞬く間に街中に知らしめた。

 なにしろ、ただの馬よりも一回りは大きく、しかも人を刺し殺すことも容易な一本の剣のような角を持ち、聖獣ならではの放出される厳かな魔力などどれもがただの騎馬兵のものとは違う、恐ろしさのようなものを醸し出しているのだから。

 この十三騎が本気になって殺戮のために疾走したら、この街の住人は間違いなく皆殺しにされてしまうことだろう。

 だが、反対にこのユニコーンの騎馬隊が常に自分たちの守護をしてくれていると考えると、世に跋扈する魔物への恐怖が霧散していくのが感じられたに違いない。

 街の住人たちは初めて西方鎮守聖士女騎士団の威風地をはらうばかりの存在感をその目で実感したといっても過言ではなかった。

 だが、実のところ、彼らが受けた衝撃はそれだけではない。

 むしろ、最も衝撃を受けたのは、ユニコーンそのものではなく、その上に騎乗し、彼らを操る少女たちの異装にあった。

 例えば、タナとミイナのユーカー家の二人は、ふわりとした華やかな絹のドレスを纏っていた。しかも、その色は目に鮮やかな真紅。そして、綺麗に結った黒髪には真っ赤な花飾りをつけ、胸元に輝く赤い首飾り。

 さすがに乗馬用のズボンは履いているが、それも紅色で艶やかだった。

 二人ともいつもとは違い時間をかけて、口紅、眉染、頬紅などで化粧をしていた。

 特にタナに至っては、年頃の貴族の令嬢であるに相応しい、気品溢れた美しさを周囲に見せつけていた。

「ユーカー家の赤揃え」という伝統的な社交ドレスを自分なりに考えて整えたものらしい。

 ちなみに指定された派手な衣装をもっていないハーニェは、タナの赤い外套を着てごまかしている。

 馬の育てることを産業としているサーマウの領主の娘であるクゥは、地元の祭りで着用する百種類の鳥からとった羽根を一本一本丁寧に埋め込んだ帽子と、色鮮やかな民族衣装ともいえる外套を身にまとい、その下には騎士用の軽鎧を着込んでいた。

 ナオミは、ユギンがわざわざ用意した夜会の男性用の青を基調にした衣装を、まるで少年貴族のように着こなして、その花のような可憐さを凛々しく染め上げている。

 ノンナだけはとりあえず隊長として、派手な格好はしていないが、それでも西方鎮守聖士女騎士団の戦場での正装である完全突撃騎行鎧を着込み、実戦部隊の長である事を如実に示していた。

 他の団員の心憎いまでの伊達姿とはいかないが、十七歳の少女が持つ清楚な美貌と相まって住人たちの抱く心象は「心強い」というものばかりだったという。

 タナたち以外にも、全員がそれなりに化粧をしていて、普段とはまるで違う花の咲くような美少女の群れとなっていた。

 それが思い思いの派手な衣装を身にまとい、周囲を睥睨して進む姿は、まるで一枚の絵のようであった。

 これからするのは、戦争ではない。

 戦争にこんなおかしな統一性のないふざけた格好をするはずがない。

 だから、これは喧嘩なのだ。

 戦いじゃないから、皆で見物してくれていいよ。

 逃げる必要はないからね。

 この格好だけで、それだけの意図が伝えられるはずである。

 道行く騎士団を見て、住人たちが噂する。


「いったい、騎士様たちはどこに行く気なんだ?」

「戦いがあるのか?」

「だけどよ、だったら街の中なんていかねえだろ?」

「そりゃあ、そうだ」

「……あのさあ、昨日の話、聞いたか?」

「騎士団の兵士たちが、娼館に泊まっている王都の兵士どもにぼこられたってやつか?」

「ありゃあ、酷かったよ。酒飲んで絡まれた爺さんを助けようとしたら、無理やり因縁つけられて。騎士団の兵士たちが騒ぎを起こさないように我慢してんのに、よってたかっていたぶってさ。反吐が出そうだった」

「もしかしたら、その関係かよ?」

「……この道をまっすぐ行けば、南の色町に行くよな……」

「まさか……おい」

「……やばいんじゃねえのか」


 昨日の今日で、かなり噂が広まっているようだった。

 しかし、口さがない連中でも、真剣に俺たちが仲間の「仕返し」にきたとは考えられないようだった。

 それはそうだろう。

 騎士というのは、そういう俗な真似はしないものだ。

 男の騎士はな……。

 少し離れた位置からあとを追っていた俺に、併走して一人の女が寄ってきた。

 知らない顔だが、襟元につけている徽章から西方鎮守聖士女騎士団の団員だろうと理解する。

 

「教導騎士、これを」


 手渡されたものは数枚の紙切れだった。

 目を通すと、バイロン王国の公用語が書き連ねられていた。


「……これをどうすればいいんだ」

「騎士ノンナか、騎士ナオミにお渡して頂ければ」

「おまえが直に渡せばいいんじゃないか?」

「私は間者ですので、表立って騎士様たちと接触する訳にはいかないのです」


 間者というのは、要するに諜報と索敵を基本任務とする兵士のことだ。

 西方鎮守聖士女騎士団においては、戦場での索敵の必要はないので、たいていの場合、ビブロンでの情報収集と操作を任されているはずだ。

 この間者の女もきっと処女なのだろうが、見た感じどこにでもいそうな平凡極まりない顔をしていた。

 もっとも、オオタネアの間者である以上、韜晦(とうかい)(すべ)に長けていることは明らかだ。

 見た目では判断はできないが。


「……俺も騎士扱いのはずだが」

「残念なことに、教導騎士は今のところ誰にも注目されていないので、接触しやすかったのです」


 ……さいですか。

 まあ、確かに俺も普通の馬に乗って着いていってはいるが、誰も俺のことなんぞ見向きもしないよな。

 ただの警護役か案内役だと思われているのだろう。

 

「……落ち込まれても困ります。むしろ、騎士団(うち)としては貴方の正体が簡単に露見してもらっては困るぐらいなのですから」

「正体とは?」

「〈ユニコーンの少年騎士〉のことです。貴方は我らの最大の急所でもあるのですよ」


 間者に慰めてもらう騎士というのは、いったいどういうものであろうか。

 

「……おまえ、名前は?」

「モミです。氏はありません。オオタネア閣下の直属です」

「わかった。また、いつか手を貸してもらうことがあるかもしれん。そのときはよろしく頼む」


 モミと名乗った女は何故か不思議そうな顔をしたが、すぐに俺の傍から去っていった。

 その時は別になんとも思わず、俺はそのまま前に馬を走らせて、ノンナの元に追いつく。

 そして、事情を説明して紙切れを渡す。


「……例の兵士たちの所在が記されていますね、これ」

「どういうことだ?」

「私たちの目的地である一番大きな娼館に二十五名の兵士がいて、別の六名は他の娼館に泊まっているそうです。もう昼だというのに、明け方まで騒いでいた連中はまだ寝ているそうです。朝駆けという形になってしまいますが、仕方ないですよね。ちなみに、この紙には、それぞれの名前と宿泊している部屋番号もあります。……間者というのはすごいものですね。驚きました」


 なるほど、早朝に街で情報の裏を取ったのも、さっきのモミということか。


「で、どうする?」

「道中で騎士ナオミと打ち合わせ済みです。お任せ下さい。それにこれだけの情報が手に入れば、仕事はかなりやりやすくなりました」

「俺はどうする?」

「これは、女のお出掛けです。男であるセスシス様は今回に限ってはお邪魔以外の何者でもありません。下がっていてくださいね」


 ノンナにしては珍しく、お茶目なものいいだった。

 この仕返しに反対の立場かと思いきや、意外と乗り気だったんだな。

 そういえばこいつはタツガンとの会話をいつも楽しんでいたような覚えがある。

 いつも、隊長として気を張って振舞わなくてはならない立場からすると、父親のようなタツガンとの砕けた会話はいい気晴らしになっていたのだろうか。


「了解、あとは任せた」

「任されました」


 しばらく進むと、ついに一軒の大きめの娼館にたどり着いた。

 見物人たちが、ずっと騎士達の後をついてきているので、大通りは人で混雑していて芋洗い状態だった。

 それでも、ユニコーンたちの周囲には誰近寄らないので、大きな空間ができていた。

 そこで、ノンナが騎乗したまま全員に指示を出していく。


「騎士クゥとミィナは私とともにここで待機。外にいるだろう六名が戻ってきたら、ここで討ち取る。タナとナオミ、そしてマイアンはそれぞれ二名ずつを率いて各部屋を襲撃。相方はセシィに預けること。例の兵士どもについては抵抗しようがしまいが戦闘不能にしてしまえ。他に歯向かうものがいたら、娼婦以外は同様に処置。殺すのと四肢の切断、眼を潰したりするのは禁止。あくまで、我らにとっては警護役たちが受けた屈辱への仕返しだということを忘れずに、品位と節度をもってことにあたれ!」

「「おおっ!」」

「では、西方鎮守聖士女騎士団の騎士たちよ、全員、斬りこめぇぇぇぇっ!」

 

 なにごとかと外に顔を出してきた従業員がことを把握する間もなく、殺さないように刃を零した剣と室内用の短槍を携えた十人の騎士が次々と娼館に突入していく。

 さっきの紙の二枚目には地図が書かれていたが、兵士たちは、ほとんど西側の別棟に部屋をとっていた。

 おそらくは娼館側が面倒を避けるために隔離したのだと思われるが、その配慮がうまくいった事例とでもいうのだろうか。

 すべてが片付いたとき、娼館側の調度品等への物的被害といえるものはその別棟にあるものに限られるという程度で済んだのだから。


 さて、これからの話は、あとで報告書や各自が食堂で話していた武勇談をもとに、俺が再構成したものである。

 騎士団の各自がどのように奮闘したかを、この眼で見ることができなかったことから、あとで警護役たちに説明したりするためにまとめたものだ。

 では、それでよかったら、話をすることにしよう……。

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