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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第二十一話 〈聖獣の騎士〉、帝都で神のごとき化身と戦う
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脅威はどうして移動したのか?

「まずは、名前を聞かせてもらっていいですか……えっと、神官長様……」


 俺はまずとりあえずはっきりと下手に出た。

 こういうタイプと真正面からやりあってはいけない。

 ご無理ごもっともで接して、いい気持ちにさせてから心の隙間を突くのが一番だ。

 

「ムムロ・レガロです、ブタの貴方。ムムロ様とお呼びなさい」

「―――あれ、ヴォテスじゃあ……ないのでしょうか?」

「姉さんと私は別々の里親のところに引き取られましたので、家名が異なるのです。わかりましたか」


 質問には意外ときちんと答えてくれるんだよな。

 ただし、高慢ちきなものいいは一切変わらないが。


「そう―――なんですか。へえ」

「姉は幼い時から優れた魔導特性を有していたので、魔道士としての素質が開花する適齢期に魔導騎士の名門ヴォテス家に養女に入ったのです。一方の私は、神に仕える麗しい姿を民どもに褒め祟られて、レガロ家に神官見習いとして入家(にゅうけ)致しました」


 自分を褒め称えることに関しては躊躇しない女だな。

 なんだろう、無性に殴りたくなってくるが、きっとその前に散々嫌な目に遭わされそうなので俺は我慢することにした。

 言動がおそらく一致するだろうことがなんとなくわかる。

 顔色ひとつ変えずに自分を自画自賛するムムロは、俺の座る椅子の正面に立ったまま、意外と激しく手を動かす。

 舞台の役者のようでさえあった。

 この国の神官は神についての説法をするときに、こんなに躍動感に溢れた動きをするものなのだろうか。


「さて、貴方がここに訪れた理由については姉さんの方からうかがっています。なんでも、自分自身にかけられた抹殺指令について知りたいのだそうですね。どうして自分が殺されるべき家畜であり、屠畜されなければならないかを把握したいだなんて、なんてブタよりも哀れな〈妖魔〉なのでしょう。惨めすぎて、床を蹴りつけたくなります」

「……申し訳ない」

「結構です。自分がなぜこの世界に喚ばれ、なぜ死ななければならないかを知りたいということは、世界の理を知り、神の愛と勇気と勲を学ぶことにもつながりましょう。従って、私は神の敬虔なる使徒としてブタの貴方に説法することを厭うものではありません」

「さよですか」


 俺はとりあえず、聞き流すことにした。

 これは駄目だ。

 まともに話を聞いてはならない系の、ヤバい女だ。

 レレロ・ムガロは確実にギドゥよりも俺にとっては面倒くさい相手だった。

 清楚な美貌であるがゆえに、受ける打撃が半端なものではない。ひと呼吸ごとに精神が削られていくような気がする。

 これで眼鏡をかけて三つ編みのクゥみたいな見た目だったら、エール酒なしではいられないな。


「貴方の抹殺指令は10年ほど前に遡ります」


 ようやく本題か。


「それが出されたのは、貴方の存在が知れ渡り、バイロンのユニコーン部隊が〈黒い雲〉を消滅させた直後でした。……当時から、我が国が他の蛮族諸国に〈雷霧〉と呼ばれている、ある魔導を大陸に発生させていたのはごくわずかな身分のものしか知らない事実でした。なぜなら、〈黒い雲〉―――〈雷霧〉と呼んだほうが貴方にはわかりやすいですね―――は我が国の帝都から西へかけての国境付近さえも侵食していたからです。さすがに自らの国土さえ犠牲にしていたとは発表できなかったのでしょう」

「今でも、国民は知らないみたいだが……」

「それはそうです。あれほど巨大な儀式魔導について、魔道に無知な民草が知る必要はありません。それでも薄々勘づいてはいるでしょうが、国体に向かってはっきりと異議を唱えるようなものは我が国にはおりません」


 やはり、〈雷霧〉というのはなんらかの意図があって起こされているのか。

 それが他国の領土への侵略という簡単なものではないのは明らかだが……。


「では、どうして、〈白珠の帝国〉の国境付近の〈雷霧〉は消滅しているんだ」

「役目を終えたのでしょう。だから、不要なものとして消去した。ただ、一度発生させてしまった以上、おいそれと消すわけにはいかないので何年も時間をかけてしまったということです」

「……役目ってのは、なんだい?」

「それは私の立場でも知りえないことです。〈白珠の帝国〉上層部、それこそ皇帝陛下と法王猊下の周辺、それに軍団長あたりでないとわからないところです。自らの国土を犠牲にして行った儀式魔導なのですから」


 俺は首をひねった。

 この〈第六神殿〉は神官長の左遷先らしいとはいえ、この国の中心部を司る神殿の一画だ。

 そこのトップが知らされていないということは、〈雷霧〉というのは本当に〈妖帝国〉にとっての機密そのものなのだろう。

 もし、その正体を知りたいとなったら、本当に皇帝に直接訊ねるしかないということか。

 あのイド城の前で俺を誘いに来た帝弟と呼ばれる少年の言う通りに。


「それで、どうして俺の抹殺指令なんてでているんだ?」

「貴方の存在が、こちらに知れ、その正体がザイムから行方不明になった〈妖魔〉だったとわかった時に、法王猊下の野ブタ野郎が言い出したのです」

「……野ブタ野郎って……」

「かの方が仰るには、ザイムにおいて召喚された〈妖魔〉こそが、この平和な国に魔物を喚びだした悪鬼であると」

「ちょっと待て。俺がここに召喚された時には、もう〈手長〉も〈脚長〉も存在していたぞ。どうやって俺が呼び出すんだよ」

「そんなことを私が知っているはずがないではありませんか。まあ、あの魔物どもがこの地に現れたのは、今からおよそ十五年前ですから、時系列的にはまったく被っていないのは確かですね」

「……あのさあ」


 俺は頭を抱えた。

 この国の連中ははっきりとした矛盾をわかりきっていながら、俺を直接の下手人だということにして罪をなすりつけているのだ。

 俺が召喚されたのは、今から十二年前。

 それよりも、三年以上も前に〈手長〉どもはこの国で暴れていたのだ。

 しかし、少しおかしい。

 ムムロの姉のギドゥやシャッちんのようにとてつもなく強い魔導騎士がいる、この国の軍隊が弱いはずがないのに三年も戦いが続くというのは妙だ。


「なんで、〈白珠の帝国〉は〈手長〉どもを殲滅できなかったんだ。おまえのところの国はかなり強いだろう?」

「姉さんに聞かなかったのですか」

「ほとんどはぐらかされた。言えないことがあるようだ」

「姉さんは直接戦っていないらしいですからね。それも当然でしょう。姉さんが魔導騎士になったころは、もう〈手長〉は〈雷霧〉とともにこの国から出て行ってしまったあとですから」


 妙なことを言う。

「〈雷霧〉とともに出て行った」だと。

 それはどういう意味だ?


「……十数年前に〈白珠の帝国〉を襲っていた魔物の群れは、あるとき突然消え去ったのです。向かった場所はわかっています。それは〈雷霧〉の中にです。その意味で、〈雷霧〉とともに出て行ったといったのです」


〈手長〉は〈雷霧〉とともに移動したということか。

 しかし、どうして?

 あの生きとし生ける物すべてを憎んでいるような怪物が、この国の人間たちを放っておいて別の場所に移動するなんておかしなことがあるのか。

 この国の生物よりも、隣にある〈赤鐘の王国〉や〈紫水晶の公国〉の人間の方に餌としての魅力があったというのか。


「さっぱりだな」

「貴方を追っていったということになっています。法王猊下の話では」

「ああ、そういうことか。ならわかる」


 俺と〈手長〉と〈雷霧〉。

 この三種類の移動ルートは確かに東へ向かうものだ。

 そうならば、それをもって先に東に向かって進んだ俺を追っていったと見ることはできる。

 ただし、それは〈雷霧〉が自然発生的にできたものであるという前提のもとでだ。

 こいつは言っていたじゃないか。

〈雷霧〉を発生させたのは、この国の機密によるものだと。

 であるのならば、俺を追っていたのは〈雷霧〉ではなく〈妖帝国〉ということになるが、少なくとも俺を抹殺するという小さな命令をだしている連中がそんな大掛かりなことまでをするとはとても思えない。

 要するに、俺の移動自体はやはりなんの関係もなく、法王が後付けした理由にすぎないのだ。

 やはり、俺と〈手長〉と〈雷霧〉には直接の関係はなさそうに思える。


「理解できないな」

「できるほどの知能があったのですか、ブタの貴方に」

「もうそういう毒舌はいらない。俺にはもっと別のことで頭を悩ます必要性ができた」

「そうですか。頭脳明晰なようで羨ましい」


 やかましい。

 と、俺が言おうとしたとき、


「いもうとー、セスシスー。周囲が囲まれちゃったよー」


 と、呑気な声を出して奥から顔を出してきたギドゥがいた。

 手にはいつもの長剣を握っている。


「なんですか、姉さん」

「多分、猊下のとこの僧兵。つけられてはいないはずだから、きっとあんたが見張られてたんだねー」

「……私が、なんで?」

「だって、あたし、最近はセスシスとくっついていたから、陛下派として認知されちゃっているみたいだしー」

「そういうことは先に言ってください! 妹の私を巻き込みましたね!」


 ギドゥはすっとぼけた顔で、


「だって、あんた、猊下に妾にならないかと迫られて一発噛ましてから恨まれてんじゃん。いまさらだよ、今更ー」

「そういう問題では!」


 ムムロの衝撃的な過去をギドゥがばらした直後、神殿の扉が押し開かれて、銀色の甲冑をまとった兵士たちがわらわらと侵入してきた。

 手頃な鈍器のような武器を持ち、丸い盾をもっているだけでなく、神に仕える者の証である白い襟巻きをしている。

 俺でもわかる。

 この世界の僧兵だった。

 約十五人から二十人。

 それが一言も発することなく、俺たちめがけて襲いかかってきた。

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