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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第二十話 西方鎮守聖士女騎士団、王都で戦う
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警護役タツガンの怒り

 マセイテンが次々と飛ばす〈魔気〉を、眼前の少女は苦もなく同じ〈魔気〉でかき消していく。

 その度に、彼の心に焦りが生じる。

 なぜ、どうして、どうやって?

 彼は幼い時から魔導騎士としての才能を認められ、同時に魔道士としての英才教育を受けてきた〈妖帝国〉でも屈指の逸材であった。

 彼に匹敵する魔導騎士あるいは魔道士はほんの一握りにすぎず、帝国における特権階級にあたる〈魔導貴族〉として多くのものの上に君臨してきた。

 バイロン攻略については同輩にあたるバレイムの指揮下に入ることになっていたが、実力でバレイムの下風に立ったつもりはない。

 むしろ、彼に自由を与えざる得ないバレイムを見て、優越感に浸っていたほどだ。

 だから、マセイテンは自らのことを最強の魔導騎士だと傲慢にも認識していた。

 それはたった数瞬前までは事実だった。

 たった一人の少女騎士が現れるまでは。


「なぜだ!」


 彼が必死の思いで体内の魔導を練り、懸命に放つ〈魔気〉がことごとくかき消される。

 自分の半分程度しか生きていない小娘の手によって。

 ありえない現実だった。

 認められない事実だった。

 しかも、はっきりと感じ取れることに、少女の〈魔気〉は彼のものを完全に威力で上回っているのだ。

 実力差というべきものが、そこに顕在化していた。

 数十年の研鑽が、たったの数ヶ月の努力によって覆されていく。

 

「なぜ、私の〈魔気〉が貴女程度の小娘に負けるのですか! なぜ!」


 マセイテンの叫びにタナはそっけなく応える。


「そんなの簡単だよ」

「どういうことです、〈太陽の騎馬姫〉!」

「―――あんたの背負っているものと私たちの背負っているものの重さの違い」


〈妖帝国〉の魔導騎士は首を振る。

 彼は〈白珠の帝国〉政府からの重大な使命を受け、帝国の〈魔導貴族〉としての誇りをかけている。

 その彼の使命と誇りが軽いはずがない。

 魔導士らしい歪んだ価値観を持ってはいたが、マセイテンはその二つに関してだけは嘘をつかずに誠実に生きてきた。

 なのに、眼前の少女はそれを呆気なく否定する。

 蔑みの視線とともに。


「この私の―――〈魔導貴族〉の背負ったものが貴女たちに劣るなどということはない!」

「いいや、はっきりと劣るね」


 タナは双剣の切っ先をマセイテンに突きつける。


「あんたが背負っているのはどんなに頑張っても、〈妖帝国〉のことだけ。でも、私たちは違う。私たちが一度でも敗れれば、人も国も世界も終わる。だから、私たちは常勝しなければならないし、不敗でいなければならない。私たちは常に世界を背負っている」

「……なにぃ?」

「あんたはわかっていない。大きな喧嘩において、拳を強くするのは、剣擊を重くするのは、響く足音を轟かせるのは、どれだけのものを背負っているか、だ。―――決して負けない大義を背負う者は、やかましいほどに騒がしくこの世界を駆け抜け、どんな困難にも絶対に退かず、倒れても最後には立ち上がる」


 そして、タナは言う。


「私の剣が重いのは、大義そのものが乗っているためだ。その私が振るう〈魔気〉が、あんたのものなんかに劣るはずがない。―――あんたたちみたいに不義を撒き散らす連中に、聖士女騎士団の騎士が負けることこそありえない」


 言いも言ったりタナ・ユーカー。

 大義が、正義が、我が身にあると言い放ち、完全無欠の勝利を謳う。

 王都で行われる歌舞台の女主人公もかくやというほどの大宣言。

 マセイテンは驚きに唾を飲み込んだ。


「じゃあ、いくよ、〈妖帝国〉の魔導騎士。あんたに殺された多くの人の恨み、ここで晴らさずおくべきか」


 右手の〈月水〉が煌き、マセイテンの喉元を襲う。

 間一髪で躱した魔導騎士だったが、次に下方から襲いかかる〈陽火〉に服の襟を叩き切られた。

 見切ったワケではない。

 偶然、運良くのけぞれただけだ。

 彼が〈影法師〉を操ろうとしても、魔導を集中する時間さえもタナは与えてくれない。

 怒涛のごとく繰り出される連続攻撃を、なんとか剣と〈魔気〉を利用してこらえても、そのあとに続かない。

 人質に対して使ってしまっていた〈影〉を回収しないことには、いかんともしがたい。

〈影〉を防御に用いていた反動で、彼の攻撃に対する回避技術はかなり退化していた。

 だから、タナに対して決定的な反撃を繰り出せない。

 だが、少女騎士は確実に彼を追い詰めていく。


「くそがぁ!」


 ついに彼が隠していた本性を脱ぎ捨てようとした時、背中が硬い何かにぶつかった。

 壁に追い詰められたのか、と彼が思ったとき、すぐ後ろから野太い声がした。

 男らしい胴間声だった。


「……シャウ様の痛みを味わえ」


 口のあたりを気功術によって強化された拳がぶち抜く。

 鼻が潰れ、前歯がすべて叩き折られた。

 夥しい流血とともに吹き飛ぶマセイテンの右手が、横合いから切り落とされた。


「オラの右手と引換えってことでよろしくな」


 腕を失いバランスを崩すと、また背中に熱いものがぶつかった。

 それが槍の穂先だとマセイテンが気づく前に、彼の全身は鉄の投網に覆いつくされた。

 どういう技術なのか、網のせいで立ったまま身動き一つ取れなくなった彼の周囲を、十人の男たちが取り囲む。

 全員が殺意を迸らせながら、〈妖帝国〉の最強の魔導騎士を睨みつける。


「大勢でよってたかって私刑というのは、本当は好きじゃねえ。男のすることでもねえ。だがな、下衆野郎、タナ様の刃をてめえごときの血で汚させやしねえ。俺たちは騎士様とは違う。誇りも名誉もドブに捨てることができる。そして、たった一つ貰った命だってな」


 タツガンは自分の左胸に空いた致命傷としかいえない穴を一瞥し、そのまま、マセイテンの鳩尾を蹴り上げる。

 他の九人の警護役も半数は、大量の失血や致命的な身体の欠損を抱えていたが、まったく意に介することなく、マセイテンを殴りつける。

 タツガンは泣いていた。

 ワァンは青ざめた顔で虚ろになったまま。

 カボは胸を引き裂くような悲しみの声とともに。

 マセイテンがぴくりとも動かなくなったあと、警護役たちは皆が倒れ伏した。

 その無残ともいえる私刑を目撃していたタナたちが、タツガンたちのもとに駆け寄る。


「タツさん、しっかり!」

「すぐ魔道士を呼ぶから、待ってて!」


 だが、タツガンの耳にはもう何も聞こえていなかった。

 彼の閉じた両目の瞼の裏に見えたのは、懐かしいカマンの街の景色だった。

 生まれた頃から大切にしていた妹のような幼馴染と、彼がもたもたしていた間に彼女と結婚してしまった友人……そして二人の間に産まれた子供。

〈雷霧〉に飲み込まれていく街に、はぐれてしまった子供を助けるために戻っていった夫婦を救えずに、故郷を捨てることになった断腸の記憶。

 すべてが走馬灯のように過ぎ去っていく。

 相棒のトゥトと野盗のように生きていた時代のこと、オオタネアに拾われてからの甲斐のある人生、そんな彼が見守ってきた娘のような美しい少女たちの姿。

 そして……

 タツガンは口をわずかに動かし、そのまま二度と動くことはなかった。


「……ハーさん、あとは頼むって」


 タナが言い、マイアンが引き継ぐ。


「あと、多分、女性の名前だったな。よく聞き取れなかったけれど、間違いない」

「タツおじさんの彼女なのかな?」

「好きだった人の名前だと思う。―――だから、みんな、忘れろ。戦って死んだ人のことを無闇に詮索するな」


 少女たちは思い思いに頷く。

 それから、兵士たちに命じてまだ息のある警護役たちの治療を命じる。

 タツガンはもう助からないが、他の面々はまだ救うことができる。

 手をこまねいて仲間を失うのはもうゴメンだ。

 タナたちは懸命に生き残った警護役たちのために動き続けた。


 ―――その様子を遠くから見つめていたオオタネアは、報告に戻ったナオミに、


「生き残った連中の手当てを優先して、そのあとはおまえが再度指揮を執って事態の収拾をはかれ」

「はい、オオタネア様」

「それと、タツガンの遺体は保存してカマンの街に送れ。その手配も頼む」

「……わかりました」

「あとな。ある程度、落ち着いたらすぐにでも我々は〈妖帝国〉の帝都へと遠征する。十三期は全員連れて行くから、覚悟するように伝えておけ」


 指揮官の言葉に驚いたナオミが顔色を変える。

〈妖帝国〉への遠征は既定路線であるが、すぐというのは考えていなかった。

 唯一の通り道である〈魔導大街道〉の使用方法を入手して、必要な情報を確保してからの出撃のはずだったからだ。

 それがいきなり、「すぐにでも」ときた。

 兵は拙速を大切にするというが、それにしても急すぎる決定だった。

 そのことについて異議を唱えようとしたナオミの肩を指揮官が叩く。


「貴様の言いたいことはわかる。だが、事情が変わった。すぐにでも出撃する必要性ができたのだ」

「それはいったい?」


 オオタネアが突然王宮からの呼び出しを受けたことと関係しているのだろうか。

 そうナオミは推理する。


「〈妖帝国〉の帝都にいるというあっちの皇帝陛下様直々の書状が、私たちのもとへと届けられたのだ」

「……書状ですか?」

「ああ、シャイズアル。聞いて、驚け。―――なんと、皇帝陛下自らの手で書かれた招待状だ」

「招……待……状……?」


 困惑するナオミに対して、オオタネアは口角を吊り上げて笑った。

 それは悪鬼の浮かべるものによく似ていた。


「現在、帝都で起きている重大な問題の解決について、聖士女騎士団の力を貸してほしいのだとさ。……まったく、我々を舐めるのにもほどがあるというものだ」


 


 ―――こうして、物語の舞台は再び〈白珠の帝国〉ツエフへと戻っていくことになる。

 そこで待つ、お人好しと無敵の聖獣の人馬一組の動向を軸として……。















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