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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第二十話 西方鎮守聖士女騎士団、王都で戦う
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人質と挑発

 クゥデリアとマイアンが、もう一人の魔導騎士マセイテン・ヌヴッドの隠れ家と見做されていた繁華街の一画に辿りついたとき、戦闘はもう始まっていた。

 いや、正確に言えば、膠着状態に陥っていた。

 

「あいつ、やはり」


 二階建ての建物がいくつも連なる商業地区で、黒く群れる人影とその中央に立つ身長六尺(約180センチ)ほどの、都会風の洒落たシャツとベストを着て、山高帽を被った男を遠目に睨みつける。

 凹凸のない造りをした魚のように見える顔をしたその壮年は、かつて彼女と死闘を演じた〈妖帝国〉の魔導騎士―――マセイテン・ヌヴッドだった。


「だが、なんだ、あれは?」


 彼女の疑問は、魔導騎士とそれをとりまく状況にあった。

 大通りの中央で仁王立ちし、逃亡者とは思えぬほどに堂々としているマセイテン、そしてその周囲の無数の黒い影は〈墓の騎士〉、さらにそれを取り囲むバイロンの兵士たちが目に入る。

 彼女の知っている限り、かの魔物は無差別に人を襲う性質をもっているのだが、どういう訳か魔導騎士の四方を塞ぐだけで、兵士たちとは争っておらずまるで護衛のようだと感じた。

 数はおよそ三百。

 押し包めば殲滅できない数ではないが、おそらく問題となっているのは別のことだった。

 マセイテンの前後左右に立つ女と子供の存在だった。

 自らの意思で立っている訳ではないことは表情でわかる。

 恐怖と疲労で曇りきった顔つき。

 それは人質の特有のものだった。


「性懲りもなく、また人質策か。やつは本当に騎士なのかと疑いたくなる」


 マイアンは敵の唾棄したくなる醜さを小声で罵った。

 クゥの操る騎馬から飛び降りると、彼女の傍に見知った顔がやってきた。

 十三期の警護のために〈丸岩城〉からやってきていたタツガンとワァンだった。

〈丸岩城〉に半数を残してきたが、それでも十人の警護役が常に彼女たちと行動を共にしている。

 王都の中心部ということで人数が必要なことから、今回はこちらの現場に配置されていたが、普段ならマイアンたちも警護対象である。


「マイアン様、待っていやしたぜ」

「んだ」

「タツさん、状況は?」

「野郎が大通りの真ん中を占拠してから半刻あまり、騎士警察と騎士警察に組み込まれている戦楯士騎士団の連中でやつと魔物の群れの前後を塞いでいやすから、逃げられはしないはずでさ」

「ナオミ様が指揮をとっておりやすから案内しやす」

「お願い」


 タツガンたちに連れられて、マイアンはナオミのところへ行った。

 隣には、戦楯士騎士団から相談役として派遣されている元隊長のキィラン卿がいた。

 盲目なれど老騎士の知恵と経験はまだ錆び付いてはいない。


「ナオミ」

「マイ、そっちは終わったのか?」

「ああ。後始末はノンナ隊長がやっている。拙僧とクゥだけがこっちに応援に来た。状況は悪いのか?」

「……失敗した。まさか逃げの一手もとらずに、篭城戦に入るとは思わなかった。しかも、路上でだ」

「イカれているな、あの魔導騎士」

「たぶん、そうじゃない。おそらく、何らかの逃げるための策があるんだ。今やっているのは時間稼ぎだろう」


 隣にいたキィランが頷く。

 両目のあたりに布が巻きつけてあるためか、凄まじい威圧感を発している。


「……ですからな、ナオミ殿。儂らが人質ごとやつを始末する。それでいいではないですかな」

「キィラン卿。だから、それは困ると言っています。貴方がたに汚名を着せるような真似はさせたくないし、なにより民を犠牲にする作戦はとれない」

「しかしですな。あの凶悪な男を野放しにするわけにはいかんのですぞ。やつは絶対にここで殺すなり、捕まえるなりしておかないとならん、邪悪そのもの。……それに儂らの武名はすでにイド城に至るまでの経緯で地に堕ちておる。今更、人質ごと敵を殺したとしても大して代わりはありませんぞ」

「……困らせないでください。わたしたちは貴方たち、戦楯士騎士団を盟友と考えています。盟友たるものに泥を被らせて無視できるはずがないではありませんか」

「だが、なあ」


 二人の会話から、状況はさらに把握できた。

 どちらの言い分も理解できる。

 ナオミは人質の命と騎士たちの誇りを大切にし、一方のキィランは世界と国のためになんとしてでも魔導騎士の抹殺を考えている。

 キィランにとっては、聖士女騎士団の騎士たちに人質を殺させるようなことをしたくないというのもあるのだろう。

 やや彼女たちに対して過保護な面のある老騎士でもあるから。

 ただし、作戦としてはさほど間違っていない。

 五人の人質の命よりも〈妖帝国〉の危険極まる敵を倒す方が優先度も重要性もまるで違うからだ。

 ―――この世界の常識では。

 だが、異世界では違う。

 そんな真似をすれば絶対に烈火のごとく怒るであろう男のことを思い出し、マイアンは眉をしかめた。


(きっと、俺が行くとかいって無茶をするのだろうな)


 彼の不死身ぶりを考えると、絶対にそうなっていただろう。


「あの人質は影に操られているのか?」

「ええ、あいつと直接戦った貴方ならわかるでしょう。口の中から動く影を突っ込まれて、身体を操られているみたい」

「マイアン様、あの影が意外と曲者でしてね。触られると切れるんですよ。伸び縮みする鋭利な刃物だと思ってくれればいいんでやすが……」


 ナオミとタツガンが説明をする。

 以前の戦いについては、マイアンが報告していたので、マセイテンの手口については十分な対策が練られていた。

 再戦する場合に備えての用心だったが、どうやら敵にはまだ隠し技があったらしい。

 敵ながらあっぱれと言わざるを得ない。

 完全に膠着したなと彼女が思ったとき、いきなりマセンテンが声を張り上げた。


「おや、〈拳の聖女〉ではありませんか? 久しいですねぇ」


 自分の包囲網に加わったマイアンを目ざとく見つけたらしい。

 まるで親しい知己のように話しかけてきた。


「無視しろ。ああやって、さっきからこちらを挑発してくるんだ」

「やつならやるだろうな」


 ナオミに言われなくともマイアンには応える気はなかった。

 以前戦った時からわかっている。

 こちらをおちょくるような物言いで、精神的優位に立とうとするのはやつの得意とする作戦であると。

 だが、無視を続ける彼女に対してマセイテンはさらに話しかける。


「再会を祝って、こちらに来てお話でもしませんか」

「……ち、レレのような幼女をいたぶろうとした下衆と話などしてたまるか」


 レレことレリェッサは彼女の直弟子でもある。

 そのレレを戯れにいたぶろうとしたときのことを忘れたりはしない。


「まったく、貴女たちユニコーンの騎士は皆、お堅い女性(ひと)ばかりだ。こちらに来て話をするぐらいいいじゃないですか。別にユニコーンに乗れなくなるような行為をしようなんていっていませんよ。でも、私はしても構いませんけどね」


 赤裸々な物言いに、何人かの少女騎士が顔を赤らめる。

 彼女たちは全員、ユニコーンの騎士としての資格をもつのだから、当然男を知らない。

 生々しい話は耳にしたくもないぐらいだ。


「別にユニコーンに乗れなくなったっていいじゃありませんか。以前、私が抱いた騎士様にはもの凄く嫌がられて困りましたけど、皆が皆、嫌いなわけではないのでしょう? どうなんですか? 気持ちいいことをしたいんじゃありませんか」

「ふざけるな! 貴様なんぞに肉体(からだ)を開くユニコーンの騎士などいない!」


 思わず、マイアンは怒鳴ってしまった。

 侮辱にしても程がある。

 少女の潔癖さが思わず露呈してしまった格好だ。

 それを聞いて調子に乗ったのか、魔導騎士はまだ挑発を続ける。


「いいえ、いましたよ。確か、シャウ・ソタイオとかいったかな。いい肉体(カラダ)の女でしたね。私が犯すと、それはそれは叫びまくって参りました。エス、エスってね。……そういえば、あれは愛馬の名前だったそうですが、まったく、ユニコーンに乗れなくなった程度であんなに取り乱されるとは思いませんでしたよ。うるさくて仕方がなかった。たかだか、馬じゃないですか、ねえ」


 風景が凍りついた。

 魔導騎士の吐き気を催す告白を聞いて。

 マイアンがナオミに聞く。

 シャウ・ソタイオという名前の騎士はいたか、と。


「……十期の生き残った先輩の中にいた。ただ、わたしたちが騎士になった直後ぐらいに事故で亡くなられている」

「じゃあ、ただのフカシなのか? くそ、亡くなった方を嘘で辱めるとは許せん!」


 だが、同期の怒りに対してナオミは目を伏せるだけだった。


「どうした? なにか言いたいことがあるのか?」

「そうじゃない。そうじゃないけど……」

「……おかしいぞ。おまえがそんな反応をすると、まるでやつの言ったことが本当みたいじゃないか?」

「……」

「おい、黙るな。……おい。―――まさか、本当だとでも言うのか」


 ナオミは一度だけ呼吸をして、


「事実だ。このことはうちでは隊長格しか知らない。十三期(どうき)ではわたしとノンだけしか教えてもらっていない話だ」

「……本当なのか。シャウという先輩は本当にあいつに犯されて死んだというのか」

「事故死に偽装されていたそうだが、ユギンさんの調査では間違いなく〈妖帝国〉の魔道士に殺害されている」

「なんてことだ……」


 マイアンは絶句した。

 あの地獄のような〈雷霧〉を消滅させて、せっかく生き残って帰ってきた先輩の騎士が、そんな無残な最期を遂げていたというのか。

 それは衝撃的な事実だった。

 マイアンたちが騎士になった直後といえば、〈自殺部隊〉の汚名がまかり通り、生き残っていた騎士たちが色眼鏡で見られていた時期のことだ。

 今のように彼女たちの戦いが真に意味あるものと認められておらず、本当に感謝されることなどほとんどなかったはずだ。

 そんな時に、あんな下衆な男に犯されて殺されたというのか。

 あまりにも酷い話じゃないか。

 泣きたくなるぐらいに哀しい話じゃないか。


「下衆め……!」


 怒りに満ちたマイアンが拳を握ったとき、背中に今まで感じたことのない鬼気を感じ、思わず構えを取ったまま振り向く。

 それはナオミとキィランも同様だった。

 連絡係を勤めていた従士や、騎士警察の兵士たちにも例外はなかった。

 戦士たちを尽く振り向かせた鬼気を放出したものたちは、正確に十人いた。


「ナオミ様……。それは本当に事実なんですな」

「嘘偽りは聞きたくありませんぜ」

「タツさん……。みんな……」


 そこには鬼の形相をした、警護役の面々がいた。

 どれもこれも血走ったすぐにでも誰かを殺してしまいそうなほどの目つきで、マイアンたちの後ろ、〈墓の騎士〉と人質に囲まれた男を睨みつけている。

 子供ならばひきつけを起こしそうな鬼気をまとって。


「え、ええ」


 さすがのナオミが狼狽えた。

 これほど強い気の放射は初めてであったからだ。

 まさに、殺意。

 これが、殺気。


「野郎が、シャウ様を殺したクズか……」

「―――あの優しかったシャウ様を辱めて殺した、だと」

「俺たちは運がいいぜ。こんな場所であの方の仇がとれる機会に巡り会えるとはよ―――」


 そして、餓狼のように呻く。


「俺たちの宝、俺たちの娘、俺たちの希望を汚したやつは―――俺たちが絶対にブチ殺す」


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