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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第二十話 西方鎮守聖士女騎士団、王都で戦う
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黄金世代の長として

「ほお、君がかの有名なノンナ・アルバイか」

「ええ、それが私の名前です。よくご存知ですね」

「―――聖士女騎士団第十三期、黄金世代と呼ばれた勇者たちの長として、君は不敗の名将として称えられているぞ。その美しい容姿もあって」


 それは半分間違いである。

 確かにノンナは十三期の隊長ではあるが、実際に隊を率いて戦ったのはボルスアの戦いだけであり、カマナでもオコソでも、分隊長としての役割しか果たしていない。

 ただし、黄金世代と呼ばれる最高の生存率を誇る十三期の長であるというだけで、彼女の評価はうなぎのぼりだった。

 凱旋式やその他の式典における楚々として見た目や仕草も相まって、可憐な女隊長として王都ではタナやナオミに匹敵する人気者となっていた。


「それは嬉しいですね。ただ、騎士としては戦技の冴えでのみ褒め称えられたいところです」


 ノンナの十三期での序列は四位。

 最強の双璧と無敵の盾にかなりの実力差をつけられているが、絶対に勝てないと感じたことはない。

 心技体すべてにおいてバケモノのオオタネア、怪力乱神エーミーなどを相手にするならばともかく、ただの相手にむざむざ負けるつもりはない。

 たとえ、それが〈妖帝国〉の魔導騎士であったとしても。


「では、実力で君を排除するとしよう。いざ」

「いざ」


 初っ端からバレイムは〈魔気〉を剣の先端に溜めて、それをノンナめがけてぶちかました。

 気功術が使えるとはいえ、本来ならば無色の〈魔気〉は見ることができない。

 マイアンほどの鍛錬を重ねてようやくぼんやりと把握できる程度だ。

 だから、ノンナとしては回避のためにやや大きく身体を動かさなければならなかった。

 その隙を見逃す魔導騎士ではない。

 一気に間合いを詰めて袈裟懸けに剣を切り下ろす。

 金属音が鳴った。

 ノンナの剣が弾いたのだ。

 続いて、二度、三度と、剣による追撃が行われる。

 大陸に伝わる正当な剣技による連続攻撃だった。

 勢いと衝撃こそあったが、振るうリズムが単調であったことからノンナはなんなくさばいた。

 戦闘におけるリズムの奪い合いならば、彼女の右に出るものはいない。

 数合斬り合うとバレイムも敵の特異性に気がついた。

 無理矢理に泥の中に引き摺り込まれるようなねっとりとした剣技だと。

 ノンナと戦うものは、本来ならば一気に勝敗を決するのが正しい。

 長引けば長引くほど、ノンナにリズムという自分にとって有利になる条件を奪われ、慣れないテンポによって身体が重くなっていくだけだからだ。

 清楚であり、大人しく従順そうな見た目とは裏腹に、ねちっこく相手の体力を削っていく独特の剣技。

 聖士女騎士団の、どんな相手と戦っても必要な時間を稼ぎ出し、わずか時間さえあれば修正し、そして致命的な一打によって逆転勝利をもぎ取ろうとする執念そのものが結実したものともいえた。

 彼女が率いる部隊のしぶとさとしつこさと恐ろしさが、まさにこの剣技に現れていた。

 それだけではない。


(ちっ、邪魔だ)


 彼の斜め後方を、かすかに視界に入るようにうろちょろする馬影も厄介だった。

 手にした短弓をもってチラチラ示威行為を続けて、彼の集中を切ろうとしているのだから。

 仲間が接近戦をしている以上、弓を射る可能性は少ないが、「射つぞ、射つぞ」と威嚇されるのは神経をいらだたせる。

 しかも、乗っているのは馬だ。

 徒歩の彼にとっては危険極まる敵であった。


(仕方ない。たった二人ということを無視して、〈闇黒(あんこく)〉を張ろう。無駄に魔導を消費したくはないが、ここはなんとしてでも凌ぐところだ。……それに、この娘、一筋縄では行かぬ手練れだ)


 この二人の騎士以外にも、多くの兵士がこのあたりを囲っているであろうことを考慮して、魔導の消費を避けてきたバレイムであったが、なりふり構える余裕はなくなっていた。

 表面上は取り繕っていたが、魔導騎士の技量をもってしても、ノンナを退けることが困難になってきていたのだ。

 十年もの間、まともな戦いをしてこなかったブランクが彼の体を重くしていたこともあった。

 まず、バレイムは拳に〈魔気〉を移して放つ〈烈風打剣〉を目くらまし程度に撃つ。

 ノンナは万物を切り裂く〈魔気〉を不自由な体勢で躱した事で、バレイムに間合いをとられてしまう。

 一瞬の隙さえあれば、魔導を展開することが可能なのが魔導騎士。


「〈闇黒(あんこく)〉!」


 世界は黒で塗りつぶされた。

 光が消え、ノンナは自分の手さえも見えなくなる。

 離れた場所にいたクゥデリアは、魔導騎士を中心として黒い球体が広がっていき、まるで〈雷霧〉のようなドームを形成していくのを目撃した。


「〈雷霧〉みたいなものでしょうか―――? もうっ、〈妖帝国〉はあんなのばかりですね」


 人目がないので吃り癖がぬけたクゥはごちた。

 あの中に取り込まれた隊長が心配だったが、あそこから隠れて〈魔気〉を放たれたら今度は自分が危険だ。

 後ろ髪を引かれる想いで距離を取るクゥ。

 視力がまったく利きそうにないあの中に突撃することは〈雷霧〉に突貫するよりも無茶だ。

 だから、クゥは祈る。


「ノンナ隊長。ご無事で」


 ……一方、〈闇黒(あんこく)〉に取り残されたノンナは即座に自分の置かれた逆境を理解した。

 視界が塞がれた。

 敵は〈魔気〉という飛び道具を使える。

 しかも、手練れ。

 悪条件すぎる悪条件だった。

 普通の騎士ならばほんのわずかな勝機すらない逆境。


「……相手をしたのが私で良かったということですか」


 ノンナはほっとした。

 これが他の仲間たちだったら、きっと犠牲者が出ていた。

 最強のタナやマイアンでさえ、視界を塞がれたら戦うことはできなくなっていたはずだ。

 良くて相討ち。

 下手をすれば、討伐に向かった仲間が全滅していてもおかしくない相手だった。

 ナオミが仲間の死を厭うように、彼女も部下の死を嫌う。

 できたら、すべての〈雷霧〉が消滅するまで一兵たりとも死んで欲しくなかった。

 せめて死ぬのなら、私だけですめば……。

 ノンナはすっと目を伏せた。

 まるで死を覚悟したかのように。


「ほう、覚悟を決めたか。潔いことだ」


 バレイムが剣を構える、スチャという音が闇の中に響き渡る。


「まさか」


 と、生命の灯が風前となったはずのノンナ・アルバイは微笑を浮かべる。

 バレイムが眉をひそめるほどに可憐な笑みだった。 

 とても死の寸前に浮かべるものではない。


「私、旦那様(あのひと)に嫁ぐ前に殺されるつもりなど微塵もありません。むしろ、貴方の方が覚悟を決めるべきだと愚考いたします」

「なんだと?」

「貴方は運がお悪いようですね。きっと、貴方が指揮をとっていたからこそ、〈妖帝国〉側は私たちに負けたのでしょうね」


 聞き捨てならない言葉だった。

 それは先程彼がオオタネア・ザンに抱いていたものと逆の意味だったからだ。


「愚弄することは許さんぞ、女め」

「油断をしてその女に敗れさることになるのは貴方なのですよ、魔導騎士さん。例えば、このけったいな魔導を放つ前になにやら余裕を見せていたのははっきりいえば悪手ですね。私たちが顔を見せたと同時にこれは使うべきでした。そして、〈魔気〉を見せ技や囮にしか使わない戦い方も問題ですね。せっかくの武器を無駄にしています」

「ご高説、助かる。だが、君が私に勝てることなどないのだから、それはただの負け惜しみでしかないことに気づいているのかい?」

「ふふふ、貴方はまず女を見くびらない姿勢を持つべきですね。そうやって女を舐めるから惨めな敗北者となるのです」


 負け惜しみの挑発ではない、確信に満ちた台詞をノンナは発する。


「私の旦那様のように、女の怖さを骨身にしみて理解していれば、貴方程度でもそこそこ戦えたのでしょうけれど、残念です」


 今までに聞いたことのない挑発にバレイムが、こめかみに青筋を浮かべた時、ノンナの持つ剣の切っ先が正確に彼目掛けて突き出された。

 まるで彼がそこにいることが見えているかのように。

闇黒(あんこく)〉に閉ざされた世界の中ではありえない動きであった。

 どうして、と問う訳にもいかず、バレイムは後ろずさり、ノンナの剣を弾き飛ばす。

 だが、ノンナはそのまま一歩踏み出して、もう一度彼目掛けて突きを放った。

 刃はバレイムの頬を深く切り裂く。

 魔導騎士は噴出する血を押さえることも叶わず、ただノンナの剣さばきを防御するだけだった。


「なぜだ!」


 目が見えないはずの剣士に、なぜ、自分の位置が掴めるのか。

 仕方ない。

 距離を取り、〈魔気〉で仕留める。


「距離はとらせません。貴方はそのまま私の間合いの中に居続けてください」


 その宣言通りにバレイムはノンナの射程距離から逃れられない。


「〈烈風打剣〉!」


 苦し紛れの〈魔気〉がたまたまノンナを大袈裟に仰け反らせた。

 ノンナの空いていた左手が、バレイムの肩を一瞬だけ叩いたが、なんの痛みも感じなかったので無視する。

 その隙に脚に魔導をこめて、一気に離脱する。

 遠目から攻撃を繰り返すことで確実に倒すことにしたのだ。

 だが、ノンナは立ち尽くしたまま言う。


「……なぜ、私が貴方の位置を捉えられるかわかりましたか?」


 バレイムは無視する。そんな疑問の解決よりも、まずこの女を仕留める方が先だ。


「私は耳がいいのです。こんな暗闇の中にあっても、貴方の発する衣擦れの音だけでどこにいてどんな姿勢でどんなことをしようとしているか判別できるぐらいに」

「……」


 それは、地下の抜け道を走る彼の足音を聞き取って追跡をすることができるほどに強力な、ユニコーンの騎士ノンナ・アルバイの特技であった。


「そして、貴方はまだ気づいていないようですが、私のさっきの動きに不自然さを覚えなかったのですか?」

「何?」


 バレイムは自分の肩を見た。

 そこには小さな鈴がついていた。

 さっき、ノンナの左手が針とともに差し込んだものだった。

 小さいが確かに音がする。


「それだけの音がすれば、聴力を〈気〉で強化するだけで居場所を特定できるのです。私たちは〈雷霧〉という視覚をとことん邪魔する場所で戦うことの専門家なのですから、皆がその程度の芸当を簡単にこなせるのですよ」


 そう、ノンナが言うが早いか、バレイムの肩に矢が突き刺さった。

 激痛が彼の集中を破り、〈闇黒(あんこく)〉魔導が消滅する。

 闇が晴れ、剥き出しとなった彼の前に、一瞬でノンナが接近し、


「ごめんなさい」


 と、後ろ回し右蹴りによって顎を打ち抜かれ、〈妖帝国〉の魔導騎士の意識は情け容赦なく刈り取られた。

 バレイムが倒れるのを見届けると、クゥに手を挙げる。


「グッジョブ、クゥデリア」

「ナ、ナイス・ファイト、隊長」


 何も見えない闇にいる敵の肩を、ノンナがつけた鈴の音を頼り射抜くという離れ業を演じておきながらクゥは謙虚だった。

 あの〈闇黒(あんこく)〉が〈雷霧〉に似ていると感じた時、もしもノンナならばどうするかと考えた結論がそれだった。

〈雷霧〉で戦うために選ばれた戦士たちにとって辿りやすい思考であったともいえる。

 それだけでなく、同じ修羅場をくぐり抜けた仲間の信頼があったのだろうが。


「隊長、やったッスか!」

「ノンナ、無事?」


 ようやく抜け道から顔を出したアオたちが、ノンナのもとに集まってくる。

 王都に残った十人の十三期の騎士のうちの半数までを投入した、〈妖帝国〉勢力の首魁の討伐劇もやっと半分が終わったところだった。

 ノンナは全員をまだ終わっていないとたしなめてから、クゥとマイアンの二人を急いでもう一方の現場の応援に向かわせることにした。

 騎乗技術の高いクゥとミィナを分けたのは、そのためであったからだ。

〈妖帝国〉の魔導騎士バレイム・キュームハーン・ラは捕まえた。

 だが、その相棒であるもう一人の魔導騎士マセイテン・ヌヴッドは、王都の中心部において、ノンナの心配の通りに、タナたちを相手に異常極まる戦いを始めているのであった……。



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