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『お出掛け』の支度

「ついさっき、ビブロンの街の代官から〈遠話〉で連絡が入った」


 俺はオオタネアの執務室に呼び出され、多少酒の残った頭を抱えながら、来客用のソファーに座っていた。

 普段なら、直立不動の姿勢をさせられるところなのに、とりあえず座っていいというのは非常に珍しい。

 彼女の補佐の出してくれた香気のついた草を煎って濾した湯を飲んでいたのだが、微妙に居心地が悪い。

 理由は断定できないが、おそらくは将軍閣下がいつもよりもイライラしているからだろうと思われる。

 何か、まずい事態でも起きたか。

 こんな朝っぱらから呼び出されることなど、普通はないのだから。

 だが、彼女の口から出てきたのは、さっきの一言だった。


「……へえ、どんな内容ですか?」

「しらばっくれたな。内容に想像がついているということが、それだけでわかるぞ」

「いやあ、言ってもらわないとさすがにわかりかねます。昨日、ビブロンまで行きましたが、特に何もありませんでしたし」

「代官を通じて、とある酒場の主人から謝罪を受けた。そう、あることではない。ただの商人が、小さいとは言え騎士団の頭領のもとに直接謝罪をするというのはな。私も驚いたよ。だが、内容を聞いてさらに驚いた」

「……それで」

「貴様、なぜ、ここにいる?」


 オオタネアの言いたいことがわからなかった。

 正式な騎士に任命されたという訳ではないが、間違いなく教導騎士としての仕事を命じられ、騎士団に所属している以上、俺が団の敷地内にいるのは当たり前だ。

 指揮系統的には、将軍の直属でもあるのだから、閣下の執務室にいるのも問題はない。

 では、彼女は何を言いたいのだ。


「……おおまかな事情は酒場の主人に直接聞いている。ビブロンで連絡係を務めている文官騎士にも簡単にだが裏を取らせた。したがって、昨夜のおまえたちのことについて、私は全て把握しているといえるだろう」


 早いな、と思った。

 まだ、朝も早い時間だ。

 騎士達の早朝訓練だって終わっていないぐらいなのに、どうやってその文官騎士は事件を調べ上げたというのだ。

 俺は顔も知らない相手の手際の良さに舌を巻いた。

 だが、それはどうでもいいことでもある。

 問題は俺たちの昨日の話から、どのような意見をこの将軍が抱いているかということだ。

 規律を乱したことへの怒りか、何もしなかったことへの賞賛か、それとも別の感情か。

 

「結論から言えば、おまえたちの振る舞いは、騎士として兵士として、そして男として最上のものだといえる。逆に、王都駐留十七番付従士団の行為は目に余る最低のものだ。兵士としては塵芥にも劣る」


 王都駐留十七番付従士団。

 ふーん、そういう部隊の連中だったのか。

 王都から休暇を貰って、こんな田舎にまで遠征とは優雅なことだ。

 しかも従士といえば、騎士に随伴し、その替えの武装や鎧、糧食を運び、支えるための兵卒ではないか。

 昨日、曲がりなりにも騎士である西方鎮守聖士女騎士団(うち)騎士(れんちゅう)をああまで悪し様に罵ることは身分を弁えていない行為だ。

 軍目付とも呼ばれる騎士警察に発覚すれば、処分されてもおかしくないはずだ。

 酔っていたとはいえ、思い上がりも甚だしいな。

 普段から、ああいう思想を持って軍務についているということだろう。

 直接、魔物も自然災害も発生しない王都に駐留しているだけあって、根性がひん曲がっているのだな。


「ならば、別にいいだろう。西方鎮守聖士女騎士団(きしだん)に迷惑をかけてはいない」

「……おまえ、本当にそう思っているのか?」

「いや、違うのかよ」


 深刻な面持ちで言われると、途端に自信がなくなってしまう。

 俺たちの対応に落ち度はないはずだ。

 あるとしたら、従士どもが入ってきた時に、危険を感じてすぐに出て行かなかったということか、はじめからビブロンに行くべきではなかったということだけだろう。

 他には何も思いつかないが……。


「それは男の理屈だ」

「……ん?」

「男の自己満足の格好つけだ。おまえたちはそれで私たちを守ったと喜んでいられるのだろうが、守られたとされる私たちは身内を侮辱されたままで我慢しなければならないのだぞ。許せることではあるまい?」


 俺は手を伸ばして、彼女の物言いを制した。

 

「待て、立場が違うだろう。何かまずい問題が起きたら、騎士団にも迷惑がかかる。だから、あえて屈辱を飲み込んだ当事者がいるのに、第三者があとから怒りを露わにしてどうするんだよ!」

「第三者ではないっっ!」


 雷鳴の破壊力だった。

 歴戦の将軍の怒号に執務室が揺れた。

〈手長〉一匹ものともしない怪物めいた戦士が発する激昂に、さすがの俺もかなりびびることになった。

 窓際で様子を見ていた補佐の文官騎士は、恐ろしさのあまり腰を抜かしてしまったぐらいだ。


「詰所の兵士たちは、一朝事あるとき、我らの盾となって死なねばならん命令をその身に帯びている。この森が敵に強襲されたとき、〈雷霧〉に向かう陣地に罠が仕掛けられたとき、我らが騎士としての戒律に反することが起きたとき、ただの一言の不平も言わせず、ただ死ねという命令に従わねばならぬ連中だ。武力で言えば、我らには遥かに劣る。だが、我らが戦いに備えるほんの三分のために死んでもらわねばならぬのだ」


 オオタネアは手にしていた湯呑を握力のみで砕いた。

 それほどの怒りなのだ。


「我らの誇りのために死なねばならぬものたちを、侮辱され足蹴にされ手篭めにされて、黙っていたら女がすたる。沽券にかかわる。よって、泣き寝入りは認めぬ。いいか、セスシス。西方鎮守聖士女騎士団(われら)の盾への恥辱、なんとしてでも晴らせっ!」


 俺はすっと立ち上がった。

 別になんということはない。

 言われたことに従うだけだ。


「……何もいわないのか?」

「私の意思は伝えたぞ」

「聞くだけ野暮だったよ」

「……相方(ユニコーン)も連れて行っていいぞ。街の住人に西方鎮守聖士女騎士団の本気を見せつけて度肝を抜いてこい」


 そのまま庭に出ると、十三期の新米たちが訓練をしていた。

 荒々しい組み打ち混じりのぶつかりあいが多い男性騎士と違い、女性の騎士は気功術と練気法、それを維持する体力作りが主な訓練内容となる。

 虎はもともと強いを実践するほどの猛者は女子にはほとんどいないのだから、仕方の無いところである。

 今、彼女たちは、整備された庭を走ることで体力を増強することを行っていた。

 俺は指導にあたっていた騎士エイミーの隣に並び、


「ちょっといいか?」

「……珍しいですね、体力訓練に教導騎士が来られるなんて。ユニコーンたちの面倒を見なくていいのですか」

「今日は将軍に朝から呼び出されていてな。……ところで、今日は一日、丸々潰れるかもしれないが許してくれよ」

「何をするんですか?」

「まあ、基本的には将軍の命令なんだが……、十三期(あいつら)がどう動くかによるんで、まだなんともいえん」

「……では、私に構わずにどうぞ」

「すまんな」


 俺は一歩前に進むと、あまり出したことのない大声で、「全員集合!」と叫んだ。

 何事かとすぐに全員が俺の前に集まる。

 騎士らしい見事な姿勢と、素早い集合だった。

 普段はちょっと軽口を挟む数人ですら、俺の表情の硬さを見てか、珍しく黙りきっていた。


「……昨夜、これから話す出来事が起こった」


 俺はできる限り客観的にかいつまんで状況の説明を行った。

 その場にいたものとしての主観的な見解は挟まず、また、俺が一緒にいたということについても伏せてだ。

 なぜなら、俺は警護役たちと違って、こいつらのために盾になる立場ではない。

 むしろ、こいつらとは一緒に死ぬ立場だから、同一視できないのだ。

 全員が仰天した。

 少女たちは、訓練所から騎士として純粋培養されているせいか、政治的・社会的に自分たちの立ち位置を理解するということが十分でなく、現実的な視線という部分では軍事的な立ち位置を知ることぐらいが精一杯な段階である。

 むしろ、物語やおとぎ話的な視線で自分たちを見ている節がある。

 自分たちを〈雷霧〉に立ち向かうことのできる空想の英雄だとみなし、まだ実感はないが将来はそうなるだろう、といった具合だ。

 だからまだ子供なのだ。

 今回のように、自分たちを取り巻く環境というものが、優しいだけではなく、むしろ残酷なまでに厳しいものばかりだということに気づかされることは滅多になかったのだろう。

 そう言う意味で庶民階級の出身で、比較的に現実的な考えを持つナオミが、まず最初に言った。


「そのことが、私たちにどう関係するのですか?」


 聞き用によっては辛辣だが、冷静な問題提起と言えた。

 そのくせ、顔にははっきりと怒りの色がある。

 真面目な彼女にとって、憤りを覚える事件以外の何ものでもないのだろう。


「それで、おまえたちは、この話を聞いて、どう思った?」

「おっちゃんたちが可哀想」

「セザーおじさん、大丈夫なの? 怪我の具合は?」

「……治るの?」

「タ、タツガンさんは平気な、のですか?」


 ミィナが同情し、タナが心配をした。

 無口なハーニェ、どもり気味のクゥも口々に声を上げる。

 他の団員たちも似たようなものだった。全員が、侮辱され、傷つけられた兵士たちを労ろうとしていた。

 しかし、それではまだ足りない。


「……おまえらの名誉は守られた。警護役(おっさん)たちの我慢のおかげでな。あの連中はおまえたちを陰に日向に守り、おまえたちが華々しい戦いの舞台にいくまでを支えていてくれる」

「セシィ……」

「俺が初めてここに来た時、タツガンのおっさんはこういった。『国の宝たちを絶対に守らなければならない』と。昨日、セザーはずっと耐えていたが、おまえらの先輩を『糞の役にも立たないメスガキ』と言われた途端、堪忍袋の緒を切った。そのことをどう思う?」


 わけがわからないという顔をしたのは二人ぐらい。

 残りは俺の言いたいところがわかってきたようだ。

 とりまく雰囲気が変わっていく。


「おまえらは騎士だ。飯の種は戦いと名誉だ。侮辱されたのはおまえたちじゃない。だから、関係はない。しかし……」


 俺は一度全員を見渡し、何かを言おうとしたエイミーを制し、


「あいつらの役割を知っているよな。おまえたちがいざという時の盾だ。自分たちのために戦ってくれたもののためには何もしないで、ことが起こったときだけ死んでくれといえるのか、おまえら。」

「……言えない、です」


 これはナオミだった。

 仲間思いで家族思いという話の彼女にとって、身内を手篭めにされるというのは何よりも耐え難いのだろう。

 冷静沈着な顔に怒りの朱が差していた。

 クールに見えるのは通常のときだけ。で、なければ騎士になどなれはしない。


「売られた喧嘩は買うしかねぇ。たかだか王都で戦うこともなく給料もらうだけの奴らに、前線で戦っているおまえらのことをコケにされて黙っている必要はねぇ。なぜ、強いおまえらが泣き寝入りしなければならない? 使命に殉じて死んだ先輩たちを辱められていなければならない?」


 この段階になると、俺の言いたいのがはっきりと「仕返し」だということが明白になってくる。

 エイミーだけが顔面蒼白で、十三期たちは顔つきが赤く変わっていく。

 なんともいえない、熱っぽくて眩しい表情に。

 ナオミがタナの手を握る。

 もう彼女も俺の煽動に乗ることを決めたのだ。

 

「日頃の覚悟と鍛錬を、王都で寝ている連中に見せつけてやれ。敵は、おそらく三十人前後。だが、おまえらは一騎当千の『聖獣の乗り手』なんだっ!」


 俺が叫ぶと、ナオミが拳を天に突き立てた。

 放たれた叫び声は荒野の戦場を思わせた。

 あまりの声量に一瞬、皆が戸惑ったが、すぐ後ろに控えていたハーニェがそれに続いた。

 以前のものとは違い、ナオミに合わせてはいるが、さすが「得意です」と言い切るだけあってその迫力は伊達ではない。

 釣られて、他のメンツも次々に叫びだす。

 中には「ぶっ殺せ!」だの「あたしらの力を見せてやる!」だの、かなり物騒なことを言い出している連中もいる。

 だが、総じて言えることは、喧嘩に向かうにはいい熱され方だ、ということだった。


「では、おまえたち。部屋に戻って、喧嘩をするに相応しい派手な格好に着替えて、殺さない程度の武器を用意しろ。それからここに集合だ。俺はおまえらの相方を連れてくる」

「ユニコーンを連れて行っていいのですか?」


 ノンナの質問に頷く。

 

「音に聞こえた西方鎮守聖士女騎士団、『聖獣の乗り手』十三期の初陣だ。派手に着飾れ、大袈裟に戦え、二度と歯向かう気を起こさせるなっ!」

「「はいっ!」」

「『お出掛け』の準備をしてこいっ!」

「「おうっ!」」


 ユニコーンを連れて行くということは、騎士団というよりも騎士団長の意思ということである。

 つまりは天下御免の大喧嘩というわけだ。

 皆がいきりたった。

 このぐらいでなければ死を覚悟して〈雷霧〉になど突っ込めはしない。

 全員が自室に衣装と武装を取りに戻るのを見送り、俺はユニコーンの馬房へと向かおうとする。

 騎士エイミーが俺に囁くように言った。


「……楽しそうでいいですね」

「なんだ、エイミー。おまえも行きたいのか?」

「できることなら。……でも、今回は遠慮しておきます」


 すでに諦めを通り越して、羨ましそうに後輩たちの背中を見つめるエイミーの頭をかいぐりして、俺は笑った。


「気にするな。……俺たちは街に『お出掛け』にいくだけだぜ」



 ―――そして、ビブロンの街は、西方鎮守聖士女騎士団の本気を見ることになる。

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