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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第二十話 西方鎮守聖士女騎士団、王都で戦う
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ゲームの達人と元死にたがり

 一晩の間に、二人もの魔道士を捕まえて、アオとキルコが王都内の出張所に戻ってきたのは、太陽が顔を出してすぐという時間帯であった。

 ほとんど朝帰りといってもいい帰還時間ではあったが、彼女たちを出迎えたものがいないわけではなかった。

 早朝から勤めていた多くの文官騎士や従士たち騎士団員が、玄関から入ってきた二人を温かく出迎えた。

 彼女たちが辛い捕物をしてきたことを皆がよくわかっていたからだ。

 夜を徹して書類作成をしていたノンナ・アルバイもその一人だ。


「お帰りなさい、二人共。お茶ぐらいは飲んでから寝なさい」

「あれ、ノンナ隊長、もう起きてたんスか?」

「隊長、寝てないの?」

「心配しないで、キルコ。朝までに片付けないといけない書類があったの。オオタネア様が王宮に詰めっきりだから、細かい雑事は私の仕事なのよ」

「大変。隊長も寝ないと倒れる」

「そうね。貴女たちとお茶したら、軽く仮眠ぐらいとるわ」


 ノンナは自分にあてがわれた執務室に二人を招き、手ずから煎れたお茶を振舞った。

 薬用の香草が煎じられているお茶は、快眠を保証してくれる。

 徹夜で疲れきっていた二人にとっては、ありがたい心遣いといえた。


「……貴女たちが捕まえた魔道士は、今、〈毒使い〉さんが尋問しているわ。あの人、性格がお悪いから一両日中には色々と聞き出してくれるでしょう」

「前から思っていたんですが、カライルって信用できるんスか? 元々、セスシスくんを狙っていた刺客なんスから」

「大丈夫よ。だって、バイロンのすべてがあの人の敵になっているんだから。今更、反抗しても無駄だと悟っているわ。むしろ、長いものに巻かれた方がいいと判断しているんだと思うしね」

「閣下に脅されればどうせ逆らえない」

「まあ、そうツスね」


 アオはこの建物の地下にある尋問部屋のことを思い出して身震いした。

 あんな部屋で拷問まがいの尋問をされることもいやだが、彼女たちの上司に睨まれるのも遠慮願いたいところだ。

 かつてセスシス・ハーレイシーを狙ったという暗殺者〈毒使い〉カライルが、騎士団の客分扱いでやってきたのは数日前のことだが、彼の拷問の腕は対したもので片っ端からひっとらえてこられた魔道士に必要なことを白状させる。

 あまりの腕の良さに大したものだと一目おかれていた。

 アオのような騎士にはやはり捕虜の尋問という真似は難しいものがあるので、かなり助かっているとはいえる。

 もっとも、暗殺者という出自を知っている団員には、かなりの反発を受けてもいるのだが。


「とにかく、あの人の腕ならすぐに必要な情報は採れるわ。―――〈魔導大街道〉の使い方についてのね」


 その名を聞いて、キルコはぴくぴくと耳を動かす。

〈魔導大街道〉。

 大陸を東西に抜ける、長大な街道であり、魔導の力を使っていることから通常ではない速度と大規模な貨物の移動ができる人類の宝といえるインフラである。

 ただし、もともと古い文明の遺物なため、完全に使いこなせているとはいえず、また、管理者が魔道士に限られるため〈妖帝国〉の実質的な所有物と化していた。

 そのため、〈妖帝国〉が〈雷霧〉によって滅びて以降は、バイロンから東への通路としての役割を細々と続けるだけのものとなっていた。

 しかし、〈妖帝国〉の滅亡が虚偽であると判明した現在においては、〈白珠の帝国〉への連絡手段として再び注目を浴びていた。

 もっとも、王都のすぐ近くにある〈駅〉については、〈妖帝国〉の魔道士によって完全に閉鎖されてしまっているため使うことができないのが現状だった。

 そのため、彼女を始めとする聖士女騎士団の面々は、その使用法を入手するためにまだ王都内に潜んでいる〈妖帝国〉の関係者を片っ端から捕らえて回っているのだ。

〈魔導大街道〉の使い方を知るために。

 そして、それは……


「セスシスくんは無事ッスかね……」

「大丈夫、先生は不死身」

「そうは言ってももうひと月以上経つッス。いくら、あの頑丈でしぶとくて生き汚いセスシスくんでも無理じゃないスか」

「余計な心配はしないことよ、アオ。単騎で敵国の真っ只中に入ったぐらいで死ぬ人ではないわ。私たちが迎えに行くまで普通に待っていてくれるから」

「そう。先生は無敵」


 キルコは根拠のない思い込みを、ぐっと両拳を握り込むことで示した。

 彼女にとって、彼女たちの教導騎士は、実の父親よりも尊敬している大切な存在だった。他の団員―――特にタナやナオミあたりのように惚れているという訳ではないが、おそらくこの世の誰より敬愛する相手と認めているぐらいだ。

 死にたがりだった彼女を変えてしまった存在として。

 その大切な相手と挨拶も交わさずに別れるなんて、キルコに我慢できることではなかった。

 せめて、最後に一言毒舌を浴びせかけて、「う、うるせえ、バーカ!」みたいな狼狽える彼の渋面を見なければ悔いが残るというものだ。

 もっともそんな彼女の尊敬の念をあっちは理解していないのだが。


「〈魔導大街道〉を使ってセスシスくんに会いにいくって案はいいんスけど、王都内の〈妖帝国〉の関係者を狩り立てるのはホントに大変スよ」

「……それに関してはオオタネア様が貴女達二人を褒めてらしたわよ。騎士警察を配下につけたとはいえ、貴女達の人狩りの能力には目を見張るものがあるって。珍しく絶賛だったわ」

「へへへ、そうでしょう、そうでしょう。自分はこういったゲームについての達人で―――」

「大したことはない。むしろ、私たちみたいな小娘のいうことに従ってくれる兵士たちに感謝してる」

「……むぅ、最近のキルコは自分に冷たくないッスか?」

「後で聞いてあげるから、今は黙ってて」

「へい」


 二人が、王都内に取り残されている〈妖帝国〉の魔道士を見つけ出して捕らえるという任務に就いたのは、志願してのことだった。

 元々王都の出身である上に小賢しい追いかけっこに長けたアオと、裏社会に詳しいキルコは他の騎士達と比べてこの手の任務に向いていた。

 そして、彼女たちの補佐として、騙されていたとはいえ反貴族に加担していたルノエ・ビルスタンをつけることで、その捜査力は格段に増した。

 ルノエは実家の力を最大限に用い、家名の汚名返上に乗り出したのだ。

 オコソ平原の〈雷霧〉まで消滅させたことで、今や国民からの絶大な支持と人気をはくすることになった聖士女騎士団であったことから、強権的に騎士警察から人員と捜査権を奪ったことも不問に付され、むしろ騎士警察所属の騎士たちからは女神のように崇められている。

 かつてのようにブロマイドや絵を売りさばいて人気を盛り立てる必要もないぐらいに、彼女たちはバイロンの救世主としてもてはやされた。

 もう自殺部隊と罵るものはいない。

 彼女たちは真の〈英雄〉となった。

 だが、そのような手のひら返しによる態度の変化も彼女たちにとってはどうでもいいことだった。

 この年のこの時期の騎士団にとって、最も大切なことは〈妖帝国〉に行った教導騎士セスシス・ハーレイシーの奪還のみであり、それ以外は些事に等しかったからだ。

 だから、新たに選別された十五期生とまだ力の足りない十四期生の訓練は、筆頭騎士となったエーミー・ドヴァと、全部隊の隊長になったアラナ・ボンに任せて、ほとんどの十三期は王都に滞在していた。

 一刻も早く、セスシスのもとにいくため、〈魔導大街道〉の使い方を探るために。


「そういえば、タナ姐さんたちはどこへ? さっき詰所では姿を見なかったッスけど……」


 ノンナは少し困ったような微笑みを浮かべ、


「休暇よ。家族の元へ帰したわ」

「ずるいッス! みんなだけご褒美ッスか!」

「別にいいじゃない」

「いやいやいやいや、それはないでしょう! 自分たちにだって、会いたい親兄弟ぐらいは……」


 アオはキルコを見た。

 ほとんど家族と絶縁している親友は興味もなさそうに話を聞いている。


「……いや、キルコにはいなくたって、自分にも……」


 少し考えてからアオは、


「そういえば自分は親も兄弟もいなかったッス。里帰り休暇もらっても困るッスわ」

「別に貴女たちに休暇を与えないというつもりはないわ。ただ、昨日、貴女達が出掛けた後でわかったことがあってね」

「それ、何?」

「例の魔導騎士―――マセイテン・ヌヴッドとバレイム・キュームハーン・ラの居場所が掴めそうなの」


 アオとキルコの眼が据わった。

 その名前をもつものは彼女たちにとって最大の獲物だったからだ。

 共に〈妖帝国〉の魔導騎士であり、魔導も行使できる貴族と呼ばれる敵の重鎮と見做されている、バイロンに潜む最悪の敵である。

 ひと月の間の搜索で足取りがまったく掴めなかったことから、すでに王都から逃げ出しているものだと予想されていたのに、居場所が突き止められたというのならば……。


「その二人と()りあうということは、王都での〈妖帝国〉探索において最大の戦いになるおそれがあります。そして、勝った直後から次の作戦が始まることは確定しています。その前に少しぐらいは英気を養う必要があると判断したの」

「……うん、わかった」


 かつてマイアンとモミの二人を相手にして退けるのがやっとだったという〈影使い〉と、王都における〈妖帝国〉の首魁であると目されている魔導騎士。

 それがどれほどの強敵なのか、わからないはずがない。

 そして、その後には、〈魔導大街道〉を用いた〈妖帝国〉への遠征が行われることは決定事項だ。

 だからこそ、王都にいることを利用して、わざわざ家族に会うように仕向けたのだろう。

 これが今生の別れとなるかもしれないのだから。

 

「―――貴女たちも少し休んでおきなさい。今日捕らえた魔道士の尋問が終了した頃に、〈妖帝国〉の貴族捕獲作戦を立案します」

「はい」


 三人は用意したお茶を雑談とともに飲み干し、それから私室に戻った。

 雌伏の時は終わろうとしていた。

 新しい戦い、いや戦争が始まろうとしている。

 舞台はおそらく〈妖帝国〉の国土となるだろう。

 そこは敵地。

〈雷霧〉と同等か、もしかしたらそれ以上の危険に満ちた未知の土地である。

 

 だが、恐れる必要はない。


 西方鎮守聖士女騎士団は、無敵のユニコーンと最強の少女騎士を擁し、牙なきものたちを守る最高の武装集団なのだから。

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