表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第三部 第十九話 〈妖帝国〉の少年騎士
165/250

渇望

 その青年は、皇帝陛下と尊称されている。

 古き血筋と歴史を誇る魔導帝国〈白珠の帝国〉ツエフのただ一人の主権者であった。

 ただ、たった今、彼の正面に座る人物と語らう時だけは、彼は「陛下」ではなく「兄」となる。

 ベルーティーヌ・キーラフ・ニンン。

 キエフの第二皇位継承者であり、彼の弟。家臣や国民には、「帝弟(ていてい)殿下」と呼ばれる尊き人物である。

 傾城の美女のごとき妖しい眼元とふっくらとした色気のある唇を持ち、笑みを口元に浮かべ続けているというのに、どうしても冷酷さを隠せない貴公子。

 実のところ、二十歳に達していない若さであり、少年というのが相応しい年頃であるのに、醸し出す雰囲気は異常なほどに老成している。

 もしかしたら、目の前に座る兄よりも。


「……ヴォテスからの連絡によると、どうやら一ヶ月ほど前に帝国領内に入ってはいるそうです」


 皇帝は不思議そうに首をかしげる。

 優雅な仕草を見れば、育ちの高貴さが誰にでもはっきりとわかるほどだ。


「おかしいな。彼はユニコーンの幻獣王とともに国境を越えたのであろう? バイロンから三日ほどで我が国にまで辿り着く俊馬に乗っているというのに、未だ帝都にたどり着かないというのは変ではないか?」

「確かにそうです」

「それに、ギィドゥウゥ。なぜ、彼女ほどの騎士が国境のハズレにいたのだ? それについても余は報告を受けておらぬぞ」

「ヴォテスは法王の命令で探索の旅に出ていたようです。その途中で、彼に遭遇したとのことです。連絡が遅れたのは、幻獣王に〈遠話〉を悟られないための処置だと書き物に添えられていました」

「ふむ、余の魔導騎士どもを勝手きままに酷使しおって。法王の振る舞いは僭上以外の何ものでもないな。そろそろ、余の我慢も限界に達しそうだ」

「兄上がお怒りにならずとも、そこは僕が代理を勤めて、かの生臭坊主にいつか正当なる報復を与えます。ですから、いましばらく兄上は心健やかにお過ごしください」


 ベルーティーヌは静かに兄である皇帝を制した。

 声には、いつもの彼らしからぬ思いやりがある。

 帝弟殿下といえば、すべての国民が知る狷介で激しやすい性格の持ち主であるが、このやんごとなき兄に対するときだけは従順で大人しい。

 それだけ、最も近い血縁を大切にしているのだろうともっぱらの噂だった。


「わかった、ベル。法王の振る舞いについての牽制はおまえに一任しよう。余の名前を使って好きなようにせよ」

「はい、兄上」

「―――だが、彼についての情報は何事も早めに余の元へとあげよ。一ヶ月前のことを今日報告するのは怠慢というよりも、むしろ余に対して含むものを持っていると思われても仕方ないぞ」

「そのようなことは……」

「ゆえに気を付けよ、ということだ。〈今生の剣の王の使い手〉が法王の手に落ちぬように細心の注意を払え。そして、それは法王のみではない。わかっているな」


 ベルーティーヌは椅子を離れると兄の前に膝まづき、深々と頭を下げた。

 兄弟であっても主従。

 その垣根をはっきりさせるための儀礼であった。


「お任せを、兄上。なんとしてでも帝国にとって最もなすべき秘儀―――〈阿迦奢(あかしゃ)の断絶〉を執り行うために、僕の生命すらも捨ててみせましょう」

「頼むぞ、我が帝弟よ」

「はい」


 そう言うと、弟は兄の前から姿を消した。

 皇帝の私室には大陸で最も古い血筋を誇る青年だけが残される。


〈妖帝国〉と蔑称される大陸最大の魔導帝国の長である皇帝―――パフィオ・アライト・ラーエック・ニンンはじっと高すぎる天井を見上げた。

 彼の私室の天井には、これまでの帝国の歴史についての絵が円を描くように執拗に描き込まれていた。

 その始点となる場所に刺さるように描かれた鈍色(にびいろ)の大剣。

 どれだけ見つめていたのだろう、するのを忘れていた息を吐き散らし、皇帝パフィオはぽつりとつぶやく。


「早く来てくれ、〈今生の剣の王の使い手〉よ。君が来てくれないと、もうすぐ世界が滅びる。ほかならぬ僕たちの手によって。―――僕はこの〈白珠の帝国〉にとっての最後の皇帝にはなりたくはないんだ」


 白皙の貴公子の顔に浮かんだもの―――それは罪悪感と怯えだった。

 一時期は世界を支配しかけた国民の末裔とは思えぬ弱々しさをただ己のみに晒し、皇帝陛下は虚ろな眼差しを宙に送り続けるのであった……。

 ものすごく時間をかけてしまいましたが、第十九話がここで終了して、今週末から第二十話を始めたいと思います。

「かくて聖獣は乙女と謳う」第一巻の発売が十日後に迫ったということもあり、作家としてのちょっとした見栄から、次の第二十話の九回分については発売日の二十五日まで怒涛の毎日更新を行いたいと思っています。

 時間帯までは仕事の関係上指定できませんが、なんとか発売日に合わせてみたいです。

 二十話だけは期間限定で後書きにちょっとした情報を公開するというせこい作戦もやってみたいのですが、そういう宣伝を嫌う方もいるので少し検討中です。

 まあ、ともかく、これからも応援よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ