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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第三部 第十九話 〈妖帝国〉の少年騎士
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〈手長〉もどき

土食竜(クトーニア)〉が掘った穴は、表面がじっとりと湿っていて耐え難い悪臭を漂わせていた。

 後で”ロジー”に聞いたところによると、〈土食竜(クトーニア)〉が穴を掘る際に口に含んだ泥を、胴体に空いた夥しい亀裂から噴出して固めるためらしい。

 つまり、魔物の体内の排出物を漆喰のようにして固定するという仕組みなのだ。

 ぶっちゃけ〈土食竜(クトーニア)〉の反吐か糞なのでこれほどの悪臭がするのだろう。

 この時の俺はあまり気にしていなかったが、知っていたとしたらきっと何度も触れたりはしなかった。

 真っ暗な穴の中をギドゥを追って慎重に進んでいると、かなり明るい光が見えた。

 外にでも出たのかと思ったが、どうやら人工的な灯りのように見える。

 短剣を構えつつ急いで行くと、〈土食竜(クトーニア)〉が無理矢理に開けたであろう場所に出た。

 天井から魔導による灯りが点いている。

 ギドゥがつけたわけではなさそうなので、この施設の元々の機能なのだろう。

 さすがは魔導の本場だ。

 バイロンでは王宮などにしか存在しない常時点灯を行っているのか。

 出口はあるものの、穴はもう一本どこかへ続いているので、さっきの〈土食竜〉はそちらに行ってしまったのだろう。

 別に仲良くなる気はないが、ちょっとだけ残念だった。

 ギドゥは衣服をつまみ、こびりついた臭いを嗅いでいた。

 それから嫌そうに顔をしかめる。

 そのくせ、また嗅ぎだす。

 何度か繰り返してようやく俺の存在に気がついたようだった。


「臭いよー」

「だろうな」

「くぅ、とれるかなー」


 しつこく自分の臭いを嗅ぎ続ける魔導騎士を無視して、俺は室内の様子を観察した。

 殺風景な飾りのない部屋だった。

 広さはかなりのものだが、それにしても机と箪笥みたいなものがいくつかあるだけで、窓の一つもない。

 扉は二つ、右と目の前にある。

 こんな部屋に永久に灯る光を用意している必要性は感じない。

 今はこんなだが、昔は別の用途に利用されていたのだろうか。

 何気なく箪笥を開けてみると、工具らしいものと紙が数枚落ちていた。


「どれ」


 拾い上げて見てみると、『搬出済み』と書かれたリストのようだ。

 色々な単語が並べられているが、ロイアン古語らしくさっぱりわからない。

 仕方ないのでギドゥに渡すと、


「ほお、やっぱりねー。引越し済みだったかー」

「引越し?」

「もともとここの施設を使っていた魔道士はもうどこかに行ってしまっていたってこと。埃の状態からすると、〈黒き雲〉の発生以前みたいだねー。やっぱりかー」

「何がやっぱりなのか、説明してもらえるか?」

「このあたり一般の〈為霖〉の魔導とか変だなーと思っていたんだけど、ここには魔道士は誰もいないってこと。施設としては完全に生きているけど、それは機械的に施設自身が行っているんであって人がやっている訳ではないみたいだね」

「……施設自身?」

「うん」


 つまり、ここの施設は魔導によって完全にオートメーション化されているということなのか。

 そういう機能を有する場所については、かつて俺が召喚されたザイムでも数カ所はあった。自分の世界の便利さに慣れた俺から見ても、かなり使い勝手のよさそうなものだった覚えがある。

 だが、ギドゥがいうところの引越し済みの場所を活かしておく理由はわからない。

 それにそんな場所を調べる理由も、だ。

 ギドゥが隠している以上、俺には伝えたくない内容なのだろう。

 魔導騎士に対して無理して聞き出すのは不可能だと俺は理解している。”ロジー”のいうように拷問したぐらいで口を割る連中ではない。

 俺はシャッちんの異常な克己心のことを思い出していた。

 見た目と言動はあれだが、ギドゥも彼女の同類なのだ。


「施設が生きているのは石像鳥のことでわかる。だが、さっきの〈手長〉もどきはなんだ? あんなものがどうしてここにいる?」

「それは……」


 言葉を濁した。

 どうやらそれについても見当はついているらしい。


「はっきりとは言えないけどー、多分、ここで研究していた儀式魔導が、魔道士不在のまま暴走したんじゃないのかなー」

「魔道士がいないのにか」

「この施設が魔導的に活きていればそういうことはあると思う」

「〈白珠の帝国〉ではそういうことってあるのか?」

「稀にね。ここの魔道士はかなり急いで逃げ出したみたいだから、完全に停止させなかったんじゃないかなー」


 俺はギドゥの言うことをほとんど信用していない。

 だから、この分析についても信じてはいない。

 とは言っても、推測自体は間違っていない気がする。


「おまえの目的はその儀式魔導なのか」

「うん、そうだよー。〈黒き雲〉が晴れた後で、また儀式を始めたのか、それともずっと停止しているのかが知りたかったんだー」

「で、おまえの見立ては」

「儀式は中途半端に続いているみたいだねー。しかも執り行っているのはこの施設自体。さっきの〈手長(アーマー)〉は召喚されたその産物ってところかな」


 ……その儀式であの〈手長〉もどきを召喚したということなら、もしかしてあいつらも異世界の〈妖魔〉ということなのか。

 確かに、やつらは俺に近い再生能力を有してはいるし、幻獣王である”ロジー”ですら存在を認知していない魔物ではある。

 そのことを踏まえて考えれば、かつて帝国内で暴れていた理由もわかる。

 どこからか大量に召喚された〈手長〉が、召喚した帝国相手に逆らったということになるか。

 しかし、それだと妙なことになる。

〈妖魔〉の定義に従えば、「異世界の生物は魔導のこもっていない普通の武器では傷つけることはできない」はずだが、〈手長〉は普通の剣でも倒すことができる。

 俺の場合は、この世界の少女の肉体を基本としているからか、傷つくし殺されることもあるが、それは例外だ。

 異世界の〈妖魔〉というものはこの世界の物理法則には従わない。

〈手長〉どもが、俺同様にこの世界の人間の肉体を元にして召喚されたというのならわかるが……。

 しかし、俺一人を召喚するのもかなりの時間と金が必要だったはずだ。

 それはシャッちんに聞いているから間違いない。

 だから、俺とは違うと言い切れる。

 この推測は完全に違う。

 普通の武器で傷つけられる〈手長〉どもはこの世界の魔物のはずなのだ。


「……あの〈手長〉がなんなのか、おまえは当然気づいているよな」

「まあねー」

「俺に説明する気は?」

「今んところなーい。あいつの出自と儀式の内容は帝国(うち)の機密だからねー」


 なるほど、〈手長〉についての情報を完全に統制しているのか。

 しかも、そこからわかることは、かなり〈妖帝国〉にとって都合の悪い内容なのだろう。

 国民に知られることを避けたくなるような。


「ならいい。俺も知りたいが、おまえから聞き出すのは止めておくよ」

「あんたって、物分りがいいねー」

「おまえから聞かなくても、この施設の中を探れば答えは引き出せるだろうしな」


 俺は短剣を構えたまま、部屋の右の扉を開けた。

 ギドゥに付き合わず、自分の足で真相を究明することにしたのだ。

 右側には廊下があった。

 地上の建物のものとは違う、洞窟そのものの通路だ。

 どうやら、ここも〈土食竜〉が作ったものらしい。

 俺はその廊下を進むがギドゥは付いてこない。中央の扉に向かったのだろう。

 廊下を進むと、地下に続く筒状の長い吹き抜けになっていて、上と下が螺旋階段でつながっている。

 だいたい建物で言えば七回ぐらいの高さだ。

 俺が出てきたのはその途中の踊り場のような場所だった。

 例の〈手長〉もどきの姿は見当たらない。

 俺は金属製のボロい階段を慎重に下まで降りていき、そして最下層に達するとこれまでのものよりも厳重な扉をこじ開ける。

 蝶番が錆びていたせいかでかい音を立てた。

 これで侵入したことが敵にバレただろう。

 いまさらだがな。

 そのまま、中に入ると今度はやたらと広いドーム状の広間に出た。

 足元に淡く光る丸い線と見たことのない文字が書かれていた。

 魔法円だ。

 しかもでかい。

 直径で二十丈(約六十メートル)はあり、ぎゅっと詰めれば人間が五十人は入れる大きさだ。

 なんのためのものかはわからないが、おそらくはこれこそがここで行なわれていた儀式の根幹に関わるものだろう。

 それがあるというだけでこの広間の大きさがわかろうというものだ。

 こんな地下に存在しているにしては驚異的な空間だった。

 天井にいろいろと魔導照明がついているせいではっきりと奥まで見渡せた。

 魔法円以外のものはなく、また扉がひとつ左手に見える。

 俺は魔法円に踏み込まないように壁際に沿って扉にたどり着き、開けた。

 中は薄暗く、灯りらしいものは天井にひとつだけしか見当たらなかった。

 しかし、次の瞬間俺は中央に滑り込んだ。

 鼻がさっきの刺激臭を嗅ぎつけたからだ。

 すなわち、火薬の臭いを。

 咄嗟に上半身から地面に文字通りに滑り込む。

 青銀の鎧が嫌な金切り音を立てたが、背に腹は代えられない。

 すると、ついさっきまで俺の頭があった位置の壁の一部が吹き飛ぶ。

 銃から発射された弾丸の仕業だった。

 寝っ転がった姿勢のまま俺は射手を探す。

 いた。わずかに離れた場所に巨大な木箱があり、その影に隠れている〈手長〉もどき。手にした銃の口からは紫煙が立ち上っている。

 銃口は二つ。

 おそらくは先込め式の原始的な銃のはずだが、弾数は二つなのだろう。

 俺の世界にはあまりない武器だ。

 いつまでも寝ているわけにはいかず、俺は腕の力で立ち上がり、反対側のこれも木箱の陰に身を隠す。

〈手長〉もどきからの攻撃を防ぐために。

 ほぼ同時に木箱の角が破裂した。

 第二弾が発射されたのだ。

 よし、これで相手は銃を使えなくなったはずだ。

 もう一丁用意しているという可能性もあったが、その懸念は杞憂に終わる。

 なぜなら、俺を不意打ちしようとしていた〈手長〉もどきが長剣を携えて、姿を現したからだ。

 足元には銃が転がっている。

 どうやら獣を撃つように俺を仕留めることは諦めたらしい。

 こうして、俺とやつとの戦いは白兵戦へと移行していった。

 もっとも、未だに俺の手元にある武器は貧弱な短剣一本のみ。


 さて、この窮地をどう切り抜けるべきか……。


「グオオオォォォォォ!」


〈手長〉もどきが咆哮し、正真正銘の第二ラウンドが始まった。

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