謎の施設
その屋敷は、見た目が石造りの豪勢なもので、ところどころに枯れた蔦が絡みついているせいで古さによる威厳を感じさせた。
表に向けて丸くカーブを描いて突き出していることから、おそらく玄関を抜けた先のエントランスホールは円形だろうと思われる。
屋敷というよりも、むしろ、歌舞台を開催するための劇場といった風情だった。
不格好な体つきをした、同じく石製の羽を持った石像鳥と呼ばれる魔導で動く怪物は、その二階に位置する窓枠にぶら下がっていた。
侵入者がこないうちは、そこで飾りとして振舞っているのだろう。
そして、俺たちは連中に迎え撃つべき侵入者と断定された訳だ。
上空に飛び上がった石像鳥は六体。
あんな鈍重そうな翼でどうやって飛んでいるのかはわからないが、上からの攻撃というアドバンテージをとられるのは間違いない。
人間というものは、眼の位置や姿勢の取り方から基本的に空を飛ぶものと戦うようにはできていない。
つまり、あの石像鳥は本来ならば疑い無く難敵ということだったが、
《―――〈解呪〉してしまえばいい。あの置物が飛んできたら、〈魔導障壁〉を強めに張ることで魔導の力を排除できる》
”ロジー”にとってはどうということのない敵のようだ。
しかし、俺はしっと唇の前に人差し指を立てた。
《何かね?》
「おまえの能力についてちょっと隠しておきたい。だから、〈念話〉も控えろ」
《……わかった》
できる限り声も潜めて聞き取れないようにする。
俺の指示の持つ意図は不明であったとしても、”ロジー”は言いつけを破ることはない。
ここで、「なぜ」や「どうして」などとしつこく聞いたりしないだけの信頼が俺たちにはあるからだ。
《では、どうするね? 汝の剣力では歯が立たないし、そもそも武器を持っていないではないか?》
「〈物理障壁〉は使っていい……。あいつらを弾き飛ばしつつ、あの建物に押し入ろう」
《それではあの動く置物どもを沈黙させられないぞ》
「武器はあるだろ」
《さて、とんとわからぬが……》
「おまえの額についている尖ったものは飾りか? それで貫け」
《やれやれ。その類いの短絡的な手段は使いたくなかったのだが、仕方ないか。汝はあの建物の中で何か武器を探しておけ。余の一本角をこんな雑事のために使うのは今回だけだぞ》
「前向きに検討しておく。―――行くぞ」
風を切って一体の石像鳥が俺めがけて飛びかかってきた。
ユニコーンである“ロジー”には目もくれず、乗り手の俺を狙うということは、人間だけを目標としていることなのだろう。
侵入者だけを優先的に狙うというのは、番犬としては当然の発想だ。
少し離れた場所では、ギドゥが剣から〈魔気〉を放って反撃にでていた。
魔導騎士の〈魔気〉は久しぶりに見るが、やはり使い勝手が良さそうだ。
特に中空を飛ぶ敵に対して広範囲で斬撃を送り込めるので、無闇に近づいてこられないというのが利点だった。
しかも、ギドゥは大して威力のなさそうな〈魔気〉を囮にして、石像鳥の滑空の軌道をコントロールした上で、十分に溜めを作った一撃によってダメージを与えるという戦術を実行していた。
そして、うまく石像鳥を自分の目の前に誘い出したら、すかさず〈火炎〉の魔導で焼き尽くす。
傍から見ていても「うまい」と思わせる戦いだった。
あの大雑把そうで適当すぎるモノグサな態度に不釣合いな、技巧的で無駄のない戦い方をしている。
いぶし銀とでもいうべきか。
少しだけあいつを見直した。
《来たな》
”ロジー”の報告に俺が前を見ると、一体の石像鳥がその石の爪をひっさげて襲いかかっくるところだった。
「〈物理障壁〉、その後で突貫!」
《承知》
白い光が”ロジー”の心臓を中心に球形に輝き、石像鳥をありえない方角に吹き飛ばす。
やはり石でできているせいか、絶叫のようなものは上げなかったが、腕を物理的に破壊されたからか石像鳥は地面に叩きつけられ、弾んだ。
そこに飛び込んだ“ロジー”の槍の穂先のような一本角が胴体を派手に貫き、石造りの生命は突如として瓦解する。
石塊となって散っていく石像鳥に見向きもせずに、俺は”ロジー”を駆って建物の玄関へと向かい、閉ざされた扉に体当たりをかました。
ほとんど抵抗もなく扉は開かれる。
鍵はかかっておらず、半開き状態だったようだ。
中は想像通りに円形の大きなエントランスとなっていて、左右に部屋があるほかは、中央に巨大な階段があり、二方向に螺旋となっていた。2階の奥にもどうやら広い部屋があるようだが、ここからでは見えない。
天井には高級そうなシャンデリアみたいな照明器具がついているが、多分、あれは魔導によるものだろう。
バイロンと違い、〈妖帝国〉では普通に灯りとしても魔導が使われているはずだからだ。
しつこく玄関を越えて中まで追ってきた石像鳥もいたが、今度は”ロジー”の後脚の蹄で顔面を破壊されて粉砕された。
何処の世界でも馬に蹴られると死んでしまうのだな。
俺たちから少し遅れて、ギドゥも建物内に入ってきた。
息は荒いが怪我一つしていないところが、こいつが腕利きの証拠だろう。
ただ妙にかったるそうな表情なので、どうしてもそうはみえないのが欠点ではあるが。
「石像鳥は?」
「全部倒したよー」
「そうか。よくやった」
「えっ、それだけ? もう少し、賞賛の言葉をひねり出す苦労をしてみない?」
「帝国の魔導騎士なら当たり前だろ。俺の親友はもっと強かったし、手際が良かったぞ」
俺は唯一の魔導騎士の友達のことを思い出しつつ、目の前の雑な女と比較してみた。
うん、やっぱりシャッちんの方が上だ。
「あんたに魔導騎士の何がわかるってのさー。ブーブー。……って、魔導騎士に友達がいるの?」
「ああ、いる」
「誰、あたしの知っている人?」
「おまえが知っているかどうかなんて俺に分かるか」
ここでまだ生きているシャッちんの名前をだすと迷惑がかかりそうなので、口を濁した。
あの征夷将軍に教えてしまったことでさえ、中原で平和に暮らしているであろう彼女の迷惑となったかもしれないのだから、これ以上はできない。
「ところで、これからどうするんだ? この建物が目的地なのだろう」
「あたしが用事があるのは、ここの地下だよー。この地下の結界の奥にあるものを見極めろってのが任務」
「結界? 奥?」
「うーん、あんたも付き合ってくれれば見せてあげれるとは思うよー。どうせ、ついてくるんでしょ」
「いつ、同行するといった。俺はおまえの任務には興味はないぞ」
「まーたまた、そんなこと言って強がっちゃって。わかってんだよー、あんたが好奇心旺盛なことは。〈白珠の帝国〉の最大戦力の魔導騎士が追い求める秘密に興味津々なのは、顔に出ているよー」
図星をさされたか。
確かに俺はこいつの追うものが何かを知りたいと少しだけ思っていた。
最初はただの取引のための手伝いぐらいの意識しかなかったが、実際にこの建物に近づいて侵入してみると完全に気が変わった。
魔導騎士が五人も投入される任務、〈為霖〉の魔導と不可視結界に守られた建物、そしてこの中に漂う空気。
そう、空気だ。
俺が引っかかっていたのはこの空気なのだ。
色がついているわけでも匂いがついているわけでもないただの空気に、俺は敏感に異常を感じていた。
外の世界のものとは明らかに異なる、肌に合わない空気。
この建物は何かがおかしい。
「地下があるのか」
「んー、かなり深いのがねー」
「わかった。俺も行こう。おまえたちの仲間を殺したやつもいるんだろう? ここで見捨てるのは寝覚めが悪いし」
「素直じゃないねー」
瞬間、俺の大して働きのよくない勘が奇跡的に働いた。
咄嗟に”ロジー”に声をかける。
「”ロジー”!」
パーンとかつて聞いたことのある轟音が鳴り響き、同時にユニコーンの〈物理障壁〉が何かをはじき飛ばした。
だが、矢や石像鳥というものではなかった。
床に落ちたは小指ぐらいの大きさの金属の塊。
最初はなんだかわからなかった。
ちょっとだけ見覚えがあるなと思っただけだ。
「あいつだ!」
ギドゥにしてははっきりとした声が上がったことで、俺は彼女が睨みつける方向を見やる。
二階の手すり越しにこちらを見下ろす巨大な影がいた。
記憶にあるものよりは身長が低く、十尺(約三メートル三十センチ)ほどしかないが、その見覚えのあるシルエットは明らかにある怪物のものに酷似していた。
自らの身長と同じぐらいの長さの腕と、尖り気味の頭蓋を持つ魁夷な巨人のものと。
〈手長〉
そいつは並のものよりは小柄ではあるが、まさに聖士女騎士団の宿敵である〈手長〉そのものだった。
もっとも、確実に違う点も存在していた。
まず、腰布程度しか衣類らしいものをつけていないはずの魔物が、薄汚れボロボロとはいえ体にあった服らしきものを身についているということ。
それだけではなく、はっきりとズボンとわかる下履きまでも履いて、〈手長〉たちに圧倒的に足りないはずの文化的な素養を感じさせている。
だが、何よりも俺が驚いたのは、〈手長〉と思しき巨人が手にしている長い筒状の道具だった。
棒のように縦にして持つのではなく、片方のやや折れ曲がった部位を右手で握り、左手は逆側に添えられている。
右肩を後ろにして、身体をやや斜めにする独特なその構え方。
いきなり室内に漂い始めた鼻腔をつくすえた臭い。
俺はこの世界にきて初めて見る、だが、記憶にある道具―――いや武具に瞠目した。
あれは……まさか……
そのまさかは的中した。
再びの轟音と共にこちらに向けられた道具の先端に空いた穴から、何かが飛び出してきた。
俺はギドゥの身体を抱え込んで、地面に伏せる。
”ロジー”が事態を認識するのを待っていたのでは間に合わないと判断したのだ。
案の定、俺が動かなければギドゥには大きな風穴が空いていたことだろう。
あの道具から撃ち出された弾丸によって。
間違いない。
地面が派手に抉られたことで俺は確信する。
あれは―――
「銃」―――だと。




