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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第三部 第十九話 〈妖帝国〉の少年騎士
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魔導騎士ギィドゥウゥ・ヴォテス

 女はギィドゥウゥ・ヴォテスと名乗った。

 そして、俺が帝国(このくに)のことを知りたいと言うと、「条件付きでいいよー」と軽く答え、その条件を満たすために俺たちは揃って荒屋を出ることになった。

 ギィドゥウゥが本物の魔導騎士であることは、着込んでいる鎖帷子でわかった。

 かなり強力な防護魔導がかけられていた上、帝国の紋章が胸に刻まれた高級そうな品であり、かつてシャッちんがつけていたものと同じだったからだ。

 他にも騎士専用の鎧もつけていたのだが、左手を怪我したときに外して無くしてしまったそうだ。


「もう傷は治ったのか? まだ動かない方がいいと思うんだが……」


 俺が白いウジ虫のたかったギィドゥウゥの左手を指差しても、彼女は平然と答える。


「もうほとんど治っているからー」

「いや、だってウジが……」

「ああ、そういえばそろそろ邪魔だなー。『おい、幼虫ども。我の手より離れよ』」


 ギィドゥウゥが奇妙なアクセントで、かざした自分の左手に話しかけた。

 おかしなことをしていると思ったが、次の瞬間、彼女の手にたかっていた気持ちの悪い丸々と太ったウジ虫どもが一斉に肘に目掛けて動き出し、そのままボトボトと地面に落ちていく。

 まるで崖から落ちて集団自殺でもするネズミのように。

 数秒後には彼女の手には一匹も残っておらず、すべて地面を這いずり回っていた。

 すっきりした顔でウジ虫のいなくなった左手を布で拭うギィドゥウゥ。

 その顔にはどんな嫌悪感も見当たらない。


「……今のなんだ?」

「ホントにウジ虫療法を知らないのー。これだから、東方の田舎もんは文化が遅れているって言われるんだよねー」

「さっきも言っていたな。ウジ虫療法ってなんだ?」


 すると、窓から顔を突き入れていた”ロジー”が解説してくれた。


《ウジ虫を傷口にたからせて傷口を綺麗にする療法だ。〈白珠の帝国〉では頻繁に使われている方法だな》

「……そんな気持ちの悪い療法があるのか?」

《うむ。ウジは死肉しか食べないので、健康な部分と死んだ部分を完全に除去できるのだ。それだけでなくウジ虫の分泌する成分が炎症を抑える効果がある。魔導を使った治療よりも時間がかかるのが難点だが、傷口の八割は治療できる》

「それでも魔導でやったほうがいいと思うが……」


 そんな療法があるのかと俺は驚き、それと幾つかの疑問が生じた。

〈妖帝国〉は魔導の本場だ。

 ケガぐらいは魔導で治した方が絶対にいいと思うのに、どうしてそれをしないのか。


「簡単だよー。うちでは魔導で治療することが許されているのは一部臣民以上だけで、二部以下に施術したら罰せられるからねー」


 俺たちの会話にギィドゥウゥが口を挟んできた。

 また、聞きなれない単語が出た。どうも、〈妖帝国〉はバイロンや他の諸国とは色々と異なる面があるようだ。


「一部臣民? おまえらの国の階級のことか?」


 バイロンにも身分はある。

 大まかに分けると王族・貴族・騎士・平民・奴隷といったところだ。ただ、下級貴族から平民にかけての垣根は相当緩い。

 俺のいた世界での身分制度よりは厳格みたいだが、抜け穴も多くあり、社会構造として強力なシステムとまでは位置づけられていない。

 例えば、ナオミのような平民出身が騎士になれるし、大貴族のオオタネアの部下となることもできるという風に。

 奴隷という制度もあることはあるが、ほとんど背負った借金―――金銭債務の肩代わりに自由を奪われるという程度の扱いで、俺の世界で言うと所有・移動・就職といった自由がない使用人のようなものだ。

 他の諸国ではもう少し厳しい運用をしているところもあるようだが、少なくとも俺が知っている〈赤鐘の王国〉などでも似たような感じだった。

 だが、〈妖帝国〉においては少し赴きが違うようだ。


「うん、そうだねー。うちの国では九種二段という身分の制度があってね、上から皇帝陛下・魔導貴族・制度貴族・騎士・一部臣民・二部臣民・三部臣民・奴隷臣民・物品臣民になっているんだー。んで、自分の階級から上下二段ずつ昇降することは許されるんだけど、生涯でそれ以上の変動はほとんど不可能なんだー」


 詳しく聞くともう少し説明をしてくれたが、どうにも面倒な身分制度を敷いているらしいことだけしかわからなかった。

 ただ、それだけの複雑さを運用するために、〈妖帝国〉内の戸籍を扱う役所は相当優秀らしい。

 かなり高度に発達した社会制度が備わっているようだ。

 ちなみに召喚された当時の俺の身分は最底辺の「物品臣民」よりも下層、つまり「物」扱いだったと思われる。

 確かに使い捨ての特攻兵器に権利はいらないよな。

 異世界から召喚された〈妖魔〉の扱いは慎重になさねばならないので、それなりに大事にされてはいたようだが、やはりシャッちんがなにくれとなく庇っていてくれたのだろう。

 やはりシャッちんには感謝してもし足りないことはないな。


「で、どうして二部臣民以下にはしてならないんだ?」

「うちの国の身分には魔導が深く関わっていてね。二部臣民はその魔導を使用する権利が制限されているんだよ。三部に至っては関わることも禁止されている。無断で関わっても告げ口されればその場で処刑されても文句が言えない」

「……それは凄いな」


 魔導重視のお国柄といっても限度というものがあるだろうに。


「だから、そういう下層階級のために色々と治療法はあったりして、その内の一つがこのウジ虫療法なんだ。あたしは〈治療〉系が使えないし、仲間は死んじゃったしというわけで、それに頼るしかなかったというわけさ」


 それにしたって原始的な療法じゃないのか。


《おそらく、汝の産まれ育った世界にもあったはずだ。汝の世界は高度に発達した〈科学〉なる魔導が存在したという話であるから、それが社会に広がる際に淘汰されたのであろう。バイロンでも地方によって使われていたと思う》

「そうなのか?」

《ただ、その非処女(おんな)の使うように魔導でウジ虫を操るというものではないと思うがな》

「魔導で、ウジ虫を操る?」


 意味がわからず問い返すと、ギィドゥウゥ・ヴォテスはにやりと笑った。


「へー、そのユニコーン、あたしの魔導を見抜いたんだ。ほとんど魔導力を使っていないのに、さすがは聖獣だねー」

「どういう意味だ?」

「そのユニコーンはあたしの切り札のネタをもう掴んでいるってこと。見ててー」


 そう言うと、ギィドゥウゥは自分の足元に目をやり、そして手を動かした。

 すると、足元で蠢いていた無数のウジ虫たちがその動きに従うように向きを変える。

 指がくるりと回ると、手も足もない虫けらがまるで知能であるかのようにリズミカルに踊りだす。

 明らかにギィドゥウゥがウジ虫を操っていた。

 どういう仕組みかわからないが、おそらく魔導の仕業だろう。

 

《この非処女の力に従わざるをえないウジどもは、命じられたままに傷口の腐肉にたかって治療をしていたのだ。もっとも、成虫になって以降はその支配力はなくなるようだな》

「凄いなー、ユニコーンってそんなに博識なのかー」


 ギィドゥウゥについての”ロジー”の意見はすべて正しそうだ。

 まあ、隠し事がないはずはないので、すべてを鵜呑みにはできないが。


「ま、とにかくよろしくさー、〈聖獣の騎士〉」

「ああ、改めて頼むよ。ところでさ、ギィドゥウゥ呼びづらいんだが、別の呼び名はないか?」


 魔導騎士は何も考えていないようにあっけらかんと、


「じゃあ、ギドゥでいいよ。〈幼生使い〉のギドゥ。よろしくさー」


こうして、〈幼生使い〉という気色悪い二つ名をもつ女魔導騎士と俺はともに行くことになった……。


        ◇◆◇


《とりあえず、その非処女を余の傍に近づけないように注意してくれ》


 いかにもユニコーンらしい要求を”ロジー”がする。

〈念話〉を聞き取ることのできるギドゥにあてつけるかのように。

 俺たちよりも少し先を歩いている魔導騎士が、凄く嫌そうな目つきで振り返る。

「うわー、これだからロリコンは……」みたいな顔もしていた。

 ユニコーンに乗って移動している俺と、歩いて先導してくれているギドゥの立場を考えるとかなりいたたまれなくなる。

 そうは言っても、ユニコーンの聖性というのは種族的特質のようなものなので、あえて触れろとは口に出せないしするつもりもない。

 痛々しいのは確かだが。


「近づかなければいいだろ。我慢しろ」

「そうだ、そうだー。潔癖症は黙れー。バーカバーカ」

《……腹の立つ非処女であるな。思わず、余の角で突き殺したくなる》

「同意したいのは山々だが、しばらく耐えろ。まだ、あいつには利用価値がある」

「聞こえてるぞー、この人非人どもー」

「にんぴにんかよ……」


 俺たちはギドゥに先導されて、帝国の領域の山中を進んでいた。

 さっきまでは小ぶりだったが、もうそろそろ篠突く雨になりそうな黒い雨雲のもとを進むと足元が気になって仕方がない。

 道なき道というわけではないが、かつて〈雷霧〉に侵食されていた影響からか足場がぐずぐずになって崩れやすいせいでやや慎重に行かざるを得ないのだ。

 それでもユニコーンの力を使いさえすれば、宙を駆けて気にせずにいけるはずなのだが、どういう訳か”ロジー”は魔導をケチって普通の馬の真似ごとをしていた。

 こっそり聞いてみても、《用心しているだけだ》とそっけない。

 用心しているとなると、その相手は先導のギドゥということになるのだが、現時点では俺はあいつに関する警戒心がかなり薄くなっていた。

”ロジー”の考えすぎではないだろうか……。

 途中、何度かギドゥが自分の魔導を使ってみせたが、それを見る限りでもあまり脅威となるような相手でもなさそうなのだ。

 ギドゥは自分のことを〈幼生使い〉と名乗った。

〈~使い〉という名称は、特に支配系の能力を奮うものに与えられるものだが、彼女の支配対象はその名のとおり「幼生」、つまり生物の子供だった。

 こんな生命の息吹もなさそうな元死んだ森においても、わずかだが生物はいる。

 ギドゥが何やら叫ぶといきなり茂みの中から、狼や猪の子供が顔を出し、なにやら不思議な踊りをすると森の中に再び消えていく。

 それが頻繁に繰り広げられると、俺にもギドゥが動物の子供を使って情報を収集しているのだということがわかった。

 動物とはいっても子供がどれだけ使えるのかは俺には未知数なのだが、ギドゥ自身はそれなりに有意義なものだと信じているらしく、案内にも遅滞はない。

 もっとも、俺たちがどこに連れて行かれるかはまだわからないのだが。

 情報を提供する代わりに俺たちに突きつけられた条件は、「ある施設の様子を探るのに力を貸すこと」だった。

 どういう施設であるかについてギドゥは口を割らないが、どうやら数人の仲間と共にそこを調べるのが本来の彼女の任務であったようだ。

 その途中で仲間たちが何者かに襲われて、彼女以外は全滅し、自身も左手に重傷を負ってしばらく治療をしていたらしい。

〈妖帝国〉の魔導騎士が数名いるのにそれを撃退し、全滅させる相手とはいったい……。

 ただいえることは、帝国の〈神敵〉とまで言われているらしい俺を仲間に組み込んでまでも達成しなければならない任務だということだ。

 内容そのものについてははぐらかされたが、少なくともギドゥには任務完遂のための強い意志は感じられた。

 大雑把で適当そうな女である彼女をそこまで駆り立てる任務について、興味がないわけではない。


「しかし、この小雨、ちょっとやまないな。さっきからずっと降りっぱなしだ」

「えっと、ハーレイシー。もうすぐあたしらが全滅したところにつくからよろしくー。まあ、あたしもよく逃げたもんだねー。半刻も走りっぱなしだったからね」

「……さっきの荒屋は偶然みつけただけなのか」

「うん、そうだよー。小雨の中を逃げ回っていた時になんとか見つけて、一週間は何もできなかったなー」


 まさに命からがら逃げ出したってことか。


「おい、おまえの仲間は何人いたんだ。そろそろ、きちんと話せ」

「言わなかったっけ?」

「聞いた覚えはない」

「うんと、騎士が五人に従士が十五人。ちょっとした軍勢だねー」


 かなり驚いた。

 シャッちんを引き合いに出すまでもなく、〈妖帝国〉の魔導騎士は一騎当千の猛者のはずだ。

 それが五人もいて全滅しているのか。

 どんな魔物の仕業だよ。


「で、相手は?」

「たぶん、これから向かう施設の中にいると思う」

「……たどり着く前に迎撃されたということか。で、どんな魔物だ」

「それはついてからのお楽しみー」

「じゃねぇ、すぐに教えろ」


 またも話をはぐらかそうとするギドゥ。

 とことんまでイライラさせてくれるやつだ。

 文句を言い立てようとしたとき、”ロジー”が、


《友よ、やはりこの雨は〈為霖(いりん)〉の魔導によるものだ。雨勢が強くなってきたことではっきりとわかるようになった》

「なんだ、その〈為霖(いりん)〉の魔導って?」

《為霖とは何日も続く長雨のことだが、それを人為的に発生させるものが〈為霖〉と呼ばれる魔導だ。雷や雨を連れて天を舞う幻獣ならばともかく、人間がこのような高度な魔導を使えるとは思わなんだ》

「そんなに難しいのか?」

《技術よりも魔導力の根本的な貯蓄量の差であるな。三日三晩、雨を降らせるほどの魔導力は人にはないものだ》

「じゃあ、これも幻獣の仕業か?」

《いや、間違いなく人の手によるものだ。そこな非処女が向かう先には、このような魔導を用いるものがいるという証拠であろう。努努(ゆめゆめ)気をつけよ。これほど強力な魔道士が相手では、いかに汝でも無事にはすまんぞ》

「……おまえが一緒でもか?」

《多元世界のすべての場所において、絶対的に無敵で最強のものなど存在しない。無敵も最強も、それらは所詮言葉遊びに過ぎぬ。油断をすれば、弱点をつかれれば、死地で騙されれば、どのような存在も確実に死ぬのだ。余がそばにいたとしても、決して安全だと胡座をかいていてはならぬ》

「わかった。肝に銘じる」


 少し先まで離れていたギドゥが俺たちを手招きした。

 どうやら目的地についたらしい。

 駆け足気味に俺たちはその場所まで向かった。

 そして、やや拓けた山林の中の広場において、信じられないぐらいの大きさの石造りの建物が姿を現した。

 雨のせいで烟っていたとしても遠目でも発見できなかったのが不思議なぐらいの屋敷だった。

 どうやら屋敷を隠すための不可視結界が張られていたに違いない。

 ほとんど飾り付けもない無骨な建物に近づこうと、俺たちが広場に踏み込んだ時、キェェェェェと怪鳥のような聲をはりあげて、屋敷の屋根から落ちてきたものがいた。

 一目で石でできているとわかる肌の色と歪んだ不格好な体つきをした、同じく石製の羽を持った鳥人の像だった。

 石像鳥(ガーゴイル)と呼ばれる魔導で動く番犬。

 それが俺たち目掛けて飛びかかってきたのだ!


「ギドゥっ! これがおまえの仲間をやった奴らか!」

「いや、違うよー。でも、強敵のはずだから気をつけてねー」


 気の抜ける発言ばかりの臨時の相棒とともに、俺は飛んでくる石像鳥(ガーゴイル)を迎え撃った……。

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