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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第三部 第十九話 〈妖帝国〉の少年騎士
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ユニコーンの騎士と雑な女

 無理矢理にソバージュだと言い張っているような肩甲骨付近までボサボサの金髪、化粧どころか手入れさえもしていないような肌、いつ閉じているかもわからないほど半開きの口。

 よくよく見ればわりと美人に含まれるであろう端整な顔つきなのだが、初対面の時の俺の感想は、「駄目なやつ」しかなかった。

 そのくせ、猜疑心に満ちた目つきで俺を下から舐め回し、とてつもなく腹の立つ言い方で、


「あんた、だれー」


 抑揚のない、疑問形なんだか方言なんだかわからない語尾の上がる誰何をしてきやがった。

 腹が立つというより呆れるという感じだ。

〈妖帝国〉の魔導騎士だと警戒していた俺が思わず、無用心にひっぱたきたくなってしまう。


「おまえ、魔導騎士だな」


 そう俺が訊いても、


「うん、そうだよー。で、あんたはだれー」


 顔色ひとつ変えやしない。

 身分を看破されたんだから、もう少し別の反応があるだろうに。

 だが、女はまったく気にも留めていないように、鳥の巣みたいな頭をかき回し、だらしなく座り込んだまま、手元にあった長剣を手にする。

 ようやく俺を警戒して剣を向けるなりするのかと思ったら、鞘ごと剣を取り上げてその先端で背中を掻き始めた。

 孫の手かよ、とツッコミをいれようと思ったが踏みとどまる。

 こちらを油断させるための罠かもしれないからだ。


「旅人だ」

「ふーん、東の訛りがあるから、あっちの出身? だっさー」


 なんだろう、頭の回転はわりと鋭そうなのだが、いかんせん、緊張感とかが欠片もない。

 しかし、シャッちんのことを思い出すだに、魔導騎士というのはこの国のエリートのはずだ。

 見た目と印象通りの相手ではあるまい。

 おそらく……きっと……たぶん……


《友よ、それほど警戒しなくていい。そこな非処女(ばいた)は汝を害するつもりはなさそうだ》

「……ばいたとか言うな。どうしてわかる?」

《余は最も尊きユニコーンである。そのぐらいのことは手に取るようにわかる》


 なんというか、俺と十年付き合ったせいか、かなり俗な単語を使うようになってしまった元王様の忠告に従い、俺はやや緊張を解いた。

 どうも目の前の魔導騎士(こいつ)に神経を尖らせるのは馬鹿らしくなったからだ。

 それを狙ってやっているとしたら、かなり大したものではあるが。


「な、な、今の〈念話〉はなに? どこから聞こえてきた? あんたの仕業? ―――うわ、飾りだと思っていたら、それユニコーンじゃない! まさか生きているの! うわ、ユニコーンなんて初めて見た! びっくりー」


 女は諸手を上げて驚いて、後ずさった。

 ようやく窓から顔を出している“ロジー”の存在に気付いたらしい。

 どうやら首だけを出しているので剥製から飾りかなにかだと誤解していたもののようだ。

 というか、コイツの方が長くここに居座っているのだから、小屋内に何があるかなんてもっと把握しているだろうに。

 なんというか、雑な女だな。

 ……まて、〈念話〉だと?

 俺が聞き捨てならない単語に着目すると、女はそんな俺に対して問いかけてきた。


「ねえ、あんた。さっき、そのユニコーン、『私は一番のユニコーンです。なんでもわかります』って言ったよね、聞こえてた?」


 こちらの疑問点に自ら答えてくれた。

 なんというか、やりやすいというか、ちょろいというか……。


「おまえさ……」

「ねえ、聞こえてたー?」


 俺は”ロジー”に振り向き、


「周囲に〈念話〉が届かないように、魔導力を絞っておいたんじゃないのか?」

《その通りだ。今の余の〈念話〉は汝以外には聞き取れないはずだ。……この非処女(おんな)の言動を解して見るに、おそらく高位の魔道士と同程度に余らの〈念話〉内の単語と簡単な文法のみ聞き取ることができるのではないだろうか》

「なるほど。だから、カタコトっぽいのか」


 外国語の直訳みたいだったのは、そういうことか。

 たぶん、カイ・セウあたりと同じレベルの聞き取り能力があるといえる。

 そうなるとこの女の前では、ちょっと”ロジー”との内緒話はできないな。

 おとなしくなった女の方を見ると、さすがにちょっと怪訝な顔をしていた。

 俺がユニコーンと会話しているのに気づいたのだろう。

 こちらを指さして言った。


「あんた、もしかして、そのユニコーンと喋っていた?」

「喋っていたとしたら、どうする?」

「わー、つまりー、もしかしてー、あんたってー、バイロンの〈聖獣の騎士〉?」


 初めて聞く異名だったが、それは間違いなく俺のことだろう。

 そして、同時に女の目が光る。

 俺がどういう反応を示すか観察するために。

 間違いない。どんなに間抜けそうで雑破そうに見えても、この女は〈妖帝国〉のエリート魔導騎士なのだ。

 抜け目のない戦士なのだ、と確信した。


「……だったら、どうする?」


 女は上目遣いでこちらを見やり、今までとは違うやや硬い口調で、


「あんたは、うちの国では結構有名だよー。なんといっても、法王猊下みずからが〈神敵(しんてき)〉と認定しているからねー。見つけ次第抹殺しなければならない。それが帝国民の義務であり、神の思し召しだってね。要するに、あんたには法の及ばない殺害許可命令がでているのさー」

「マジかよ」


 これも初耳だった。

 確かに〈雷馬兵団〉は俺をブチ殺そうとしていたが、それは戦いにおいてあいつらの邪魔をするからだと思っていたが、どうやらそれは誤りだったようだ。


「ちなみに、なんで俺が〈神敵〉なんだよ。俺は別に〈白珠の帝国〉に何かをした覚えはないぞ」


〈妖魔〉だからという理由だとしたら、勝手な話だ。

 てめえらが召喚しておいてお役御免となったら切り捨てるのかって話だからだ。

 あとは、西方鎮守聖士女騎士団を設立して〈雷霧〉に立ち向かったことについてかもしれない。

 どちらも〈妖帝国〉側が元凶だと忘れてもらっては困る。

 だが、女のいう説明は違った。まさに予想外だった。


「〈手長(アーマー)〉と〈脚長(フッティー)〉をこの世界に招き寄せ、世界を滅ぼそうとした極悪人なんでしょ、あんたー。うちの国民で猊下のことを信仰している連中は、みんなあんたのことを恨んでいるよー」


手長(アーマー)〉と〈脚長(フッティー)〉?

 聞きなれない呼び名だが、もしかして、それは俺たちが〈手長〉と〈脚長〉と呼ぶ魔物たちのことか?


「あー、その〈手長(アーマー)〉と〈脚長(フッティー)〉ってのは、あの腕が異常に長かったり、足がハシゴみたいなアレのことか?」

「うん、そうだよー」


 俺は”ロジー”に振り返った。

 あいつも困惑しているようだった。

 それはそうだろう。どうやったら、俺があんなやつらを召喚できるというのだ。


《いつから、そんな芸当ができるようになったのだ、友よ》

「知らん。俺が聞きたい」

《まさか、あの災厄が汝の自作自演だったとは驚きだ》

「寝言は寝てから言え。そんな真似ができたら苦労などしていねえよ」

《……とにかく、その非処女(おんな)から詳しい情報を聞き出したまえ。どうにも理解できない何かがこの国には溢れているようだ。最悪、拷問にかけてもいいだろう》

「おまえって意外と世間ずれしていないのな。あと、女相手に拷問にかけるというのはぞっとしないな」

《大丈夫、その非処女(おんな)処女(おとめ)ではないから、余らの庇護下にはない》

「なければ拷問していいのかよ……。おまえらの倫理にはきっと根本的な欠陥があるに違いないぞ」


 仕方ないので俺は女に向き直ると、満面の笑顔で言った。


「なあ、ちょっと取引をしないか? 心配すんな、絶対に損はさせない」


 タナあたりだったらすぐに騙されてくれるだろう懇親の笑顔だったというのに、女の反応は実に冷たいものだった。

 理由はすぐに判明した。

 

「―――拷問ってなにー?」


 あ、聞かれてた。

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