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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第十八話 〈少年騎士〉の伝説
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セスシスの決意

 ダンスロットと共に、建物内で最も高い塔に登ると、開け放たれた正門越しに集結した〈雷馬兵団〉の黒い姿が見えた。

 俺たちもかなり奮戦したと思っていたのだが、開戦前の半分も減っていないようだ。


「……あと、何騎残っているんだ?」

「さっき目のいい兵士が確認したところ、六十騎前後だそうです」

「自滅も覚悟であれだけやって、半数も減らせなかったか」

「いいえ、さすがは我が部下どもですよ。あれだけの実力差にも食らいついて、よく敵の戦力を削り取りました。褒めてやりたいぐらいです」


 悲観的な俺と、部下に対して前向きなダン。

 将としての器の違いに愕然とする。

 やはりダンスロットは将軍としてなるべくしてなった漢なのだ。

 俺のような小物とは桁が違う。


「とは言っても、こちらの残りは七百名ほど。傷病者を除けば、五百に満たないでしょう。奴らからすれば蟷螂の斧でしょうな。しかも、今度は初手から〈雷馬〉で蹂躙するつもりのようですし、さすがに終わりますか。なあ、キィラン」

「……ですな。奴らの側の死体回収班は差っ引いたとしても、次には四十騎ぐらいが突撃してきますでしょうし、ついに我らの騎士団も終わりですな」


 盲目となったキィランがかんらからからと笑う。

 若干、ハイになっているようだ。

 この期に及んでも陽気さを失わないところは流石だと思うが。


「……ゾングの姿はまだ見えないな。あいつが復活したときが特攻の時だろうから、それまでのんびり待つか」

「どのみち正門は完全に開きっぱなしですからね。防ごうとしても防げませんし、この建物の壁なんてなきにしも等しい。最期まで戦いおわって、あと五騎ほど落とすことができていれば僥倖ですね」

「そうですな。せめて相撲のできる距離まで来てくれれば、儂も一矢報えるところなのですが、そうもいきますまい」

「……おまえら、ホント、すごいよね」


 完全に覚悟を決めた武人というものは、ここまで端然として死を受け入れられるものなのか。

 話を聞いているだけで自分の精神面の弱さが身に沁みてくる。

 生死を賭けた戦い、いや、すでに死が間近に迫っているというのに、そんなものを意に介さずに楽しげに諧謔を飛ばす。

 平和な世界に生まれた俺には理解できない世界だ。

 ただ、そんな世界であったとしても変わらないものはある。

 それは家族への愛情であったり、故国への執着であったり、友達とのつながりであったりだ。

 隣を見ると、数人の騎士と兵士が懐から出した家族の写真を見せ合っていた。

 さっきは正門を固めたり、バリケードを作ったりしてそれなりに忙しかったが、今はそういう作業をする必要もなく手持ち無沙汰だからだろう。

 まるで自分の遺書の確認をしているかのようだった。

 俺は輪になった連中の背中から手元を覗き込む。

 この世界の写真はすでに百年の歴史がある技術にしては進歩しておらず、いまだに白黒のままだ。

 写真機そのものは意外と高性能なものもあるのだが(これは魔導の技術を応用しているからだ)、フィルムの素材が良くないのかカラーが発明されるようになるまではまだまだ時間が掛かりそうだった。

 その写真は、ぽっちゃりとしたわりと可愛らしい女の子のものだった。

 顔の造りでいうと俺の趣味ではないが、好きなやつは好きだろう。

 笑顔が可愛いタイプだからだ。

 近くにいると温かい気持ちになれるような。


「わ、〈少年騎士〉様! 脅かさないでくださいよ」

「すまないな。ところで、これ、おまえの恋人か?」

「ええ、俺の恋人ですよ。ガキの頃から付き合っていて、帰ったら結婚するんです。とっても可愛いでしょう」

「んー、俺の趣味じゃないな」

「だってよ、ウッシュ。〈少年騎士〉様からすればブスなんだとさ」

「けっけっけ、ザマあ」


 正直に感想を言ったら、まるで俺が罵倒したみたいなことを周囲がはやしたてる。

 ちょっと待て、俺の好感度が下がるだろう。


「美人ばかりの聖士女の連中とばかりつきあっている〈少年騎士〉様にはおわかりにならないでしょうけど、俺にとってはジェニフが最高に可愛い女なんです! おまえらもジェニフのことをブスとかいうな、感じ悪いぞ」


 騎士は俺の言葉なんぞ気にも留めずに、恋人の写真に頬ずりをした。

 浮かれた顔が見てられないほどだ。

 自分の恋人にぞっこんなのだろう。

 それを見て、いじり倒そうと決意した連中がさらに突っつく。


「おまえがブス専門なんだよ。洗脳されてんじゃねえのか。俺だったら、ユニコーンの騎士の方がいいわ。いや、それしかないね」

「おうおう、これだからモテない男は……」

「おまえ、モテてたのか?」

「おう、淫売宿では大人気だ」

「あそこで大人気になるやつがモテているはずがないだろう……。おまえ、それは太い客扱いされているだけだ。金目当てだよ」


 輪になった男達はげらげらと笑う。

 こいつらも覚悟が決まっている。

 つまらない下の話も、戦う前にはある意味相応しい。


「だったら、俺の妹の写真を見てくれよ。これはウッシュのブス彼女なんかとは違う、真の美少女だぜ」

「どれどれ……なんだこれ?」

「オシメがとれてすぐじゃねえか。母乳の匂いがしてそうだぜ」

「せめて、十五を越えてから俺たちに紹介しろよ。ボンキュバンになってからだ。却下、却下」

「てめえら! 妹をバカにすんな」

「おまえをバカにしてんだよ」


 ……兵士たちの場所も状況も忘れた雑談は楽しかった。

 恋人や妹の写真を最期に戦友に見せ合うという行動に、自分の思い出を皆に焼き付けようという意図が感じられるとしても。

 こいつらも、もうすぐ迫ってくる最期をわかっているのだ。

 あとわずかで〈雷馬兵団〉は動き出す。

 夕暮れの太陽が完全に沈む前に、ここにいるすべての団員の命運は尽きるだろう。

 皆殺しという結果によって。


『家族を救わなければならない。そして、それができるのはわたしたちだけなんです』


 以前、ナオミが言っていた台詞を思い出す。

 確かにそうだ。

 家族を助けることができるのは自分たちだけだ。

 こいつらは背中に庇った家族や大切な人達のために戦うのだ。

 たとえ、戦っている最中は思い出さなかったとしても、その手の、その指の、そのつま先にはいつも見知った誰かがいる。

 名前も知らない誰かのために戦うことができるのは、おかしな連中だけ。

 たいていの人は見知った誰かの面影とともに戦う。

 そんなことを考えていると、一人の兵士に声をかけられた。


「〈少年騎士〉様」

「なんだ」


 まだ若い少年兵だった。

 頬がりんごのように紅いのは、体温が高いからだろう。

 俺よりも見た目が若いというのは珍しい。

 タナたちと同い年ぐらいか。


「僕、貴方のことを尊敬しています」

「そりゃあ、……ありがとう」

「十年前、王宮で助けていただいたときのこと、ずっと忘れていません。僕と姉はいまでも貴方のことを神の遣いだと信じています。いつも貴方みたいになりたいと思っていました」

「……大げさだよ」


 それだけ言うと、少年兵は踵を返して逃げ出していった。

 ただでさえ紅い頬をしているのに、さらに真っ赤になっていったので多分羞恥に耐えられなかったのだろう。

 あんなに、もの凄く憧れていますみたいな顔をされたら、俺だってこっ恥ずかしいというのに。

 しかし、十年前のことをまだ覚えているやつもいるんだな。

 俺なんて今まで助けた相手のことなんてさっぱり忘れている。

 王宮の事件なんて、宰相に嫌われただけでなんもいいことがなかった気がするから当然でもある。

 なんといっても俺は由緒ある宮殿の一つを粉々に爆破しているのだから。

 忘れたい過去の過ちである。

 すると、一連の会話を盗み聞いていたダンが言う。


「あいつのことを覚えていますか、セスシスくん」

「全然」

「でしょうね。あいつは、あの時の私と貴方が一緒に助けた子供の一人なのですが……。ですが、貴方が、ネアのことを恩人として大切にしているように、命を救われた奴というのは救ってくれた相手のことを忘れないものなのですよ。それが子供の頃のことならなおさら」

「……もしかして、おまえもそうなのか?」

「ええ。十年前の私は大貴族の家の嫡嗣として産まれた自分に迷う、どうしょうもない愚か者でしたが、貴方のおかげで今の自分になれました。多分、さっきのあいつよりもずっと貴方に感謝しています」

「俺は何もしていないのに。恥ずかしいんだよ」

「した方は忘れてしまうものなのですよ」


 そう言って笑うダンを尻目に、いたたまれなくなった俺は遠眼鏡で再び敵陣を見る。

 変化が見られた。

 ついにゾングが前に出ようとしていた。

 どうやら気絶から覚めたらしい。

 ダンスロットたちもそれを悟ったのか、大声で指示を送り始めた。

 将が指揮を執れるまでに回復したということは、全体が動き出すということだからだ。

 途端に慌ただしく、さっきまでののんびりムードの無くなっていく自陣内。

 もうすぐ戦いが再開する。

 血なまぐさい戦いの再幕が開かれるのだ。


「あのうちの半分でも空から隕石が落ちてきて全滅してくれたら楽なんですがね」


 目も見えないのに、鎧の手入れをしていたキィランがぽつりとつぶやく。


「珍しいことを言うな、キィラン。おまえがそんな夢を見るとは。戦場でありえない夢想をするとそのまま死ぬぞ。戦士に都合の良い幻を見る権利はない」

「盲目の老いぼれの愚痴ぐらいいいではないですか」

「都合の良いときだけ老いぼれになるな」


 まだ、軽口を言う余裕がある。

 大したものだと俺は思う。

 とてもではないが、俺にはそんな余裕はない。

 隕石が落ちてその衝撃で全滅してくれたから、どれだけこの重圧から逃れられるか、そんなことばかりを考えてしまうほどに。


 ……隕石?


 そこで、はっとした。

 俺は胸の一画を撫でる。

 やや堅い部分がある。

 そういえば、隕石ではないが、これがあったな。

 長いこと思い出すこともなかったから忘れていた。

 すでに固着していると話だったし、もう俺の意思で使えるようになっているだろう。

 さっき王宮爆破事件のことを思い出したこともあって、すぐに思考は思いついた作戦が実行可能かどうかに移る。

 出た答えは、「可能」。

 問題はあの〈雷馬兵団〉の群れの中心までたどり着くかどうかだが、これも「可能」。

 俺には”アー”がいる。

 真正面にいるゾングさえ出し抜ければ、”アー”と俺のコンビならなんとかなるかもしれない。

 となると、障害となるのは……

 俺はキィランのところにいって、耳打ちをした。

 仰天している。

 耳打ちした内容に驚いているのだ。


「ちょっと待ってください。それは無謀過ぎます」

「大丈夫だ。それより問題はおたくの大将だ。なんとか引き止めてくれ」

「いや、そうもいきません。それにそんな威力のあるものはこの城には……」

「ここにある」


 俺は胸を叩いた。

 これは比喩ではなく、事実だった。


「しかし、貴方をそんな危険な目に……」

「俺はユニコーンの〈物理障壁〉を張るから無傷で済ませられる。だから、俺が自由を獲得できるようにちょっと頼むよ」


 キィランは少し安堵した。

 俺の動作を誤解したのは明白だ。

 誤解するように仕向けたのは間違いないが、もう目の見えないキィランでは俺の嘘を顔色を読んで見抜くことはできなかった。


「わかりました。少々お待ちください」

「ああ、おまえが動いたら、出掛けるよ。あとは頼む」

「ご武運を」


 しばらくすると、バルコニーで指示を出しながら喚いていたダンスロットの後ろに、キィランがのそりと近づいていく。

 そして、次の瞬間、キィランが背中からダンを羽交い絞めにした。

 大柄な彼だからこそ、さらに巨漢のダンを捕まえることができるのだ。

 何事が起こったのかわからない周囲の混乱を尻目に、俺は建物から飛び降りて、ぽつんと所在なげに突っ立っていた”アー”に駆け寄り、鞍の上にまたがった。

 不死身の上、男には猛々しい性格のユニコーンは、騎士団も〈雷馬兵団〉も手が出せないので放置されていたので、誰にも邪魔されることなく騎乗できた。


《おや、どうしたね》

「とりあえず、正門まで」

《人の仔は最期まで城の中でむくつけき牡どもと戦うものだと思っていたが……。逃げる事にしたのかい?》

「いや、逆。進路はあっち」


 俺は〈雷馬兵団〉の方角を指差した。


《無謀だな。一人で挑む気なのかい》

「そうでもしないと城の中の連中が全員死ぬ。俺はそれが我慢ならない」

《人の仔とて不死身ではない。死ぬことはあるのだよ。特にさっき君のケツを追い回していた牡にかかれば即座に殺されるだろうね》

「あいつが目覚める前にやれば良かったかな」


 俺たちが正門までたどり着くと、ようやくキィランを振りほどいたダンスロットが叫ぶ。

 悲痛な声だった。

 さっき、俺に囮役を頼んだ時よりも何倍も悲しそうに。


「セスシスくん、何をする気ですか!」


〈雷馬兵団〉にまで聞こえるような大声だった。

 作戦を自分たちでばらすみたいなもんだ。

 だが、騙し討ちみたいなことをしてしまった負い目もあって、俺はダンの問いに素直に答えた。


「ちょっと行ってくる」

「待ってくださいっ! 丸腰で何をするつもりなんですかっ!」


 そういえば〈瑪瑙砕き〉も持ってきていないな。

 何も持っていないのは少し心許ない。

 俺は無造作に地面に刺さっていた棒を引き抜いて肩に背負った。

 旗が無くなっているのでわからなかったが、多分、戦楯士騎士団の旗の竿だ。

 意外と丈夫なので、これでいいか。


「これでいいか?」

「そういうことではなくっ! ユニコーンに乗って何をするつもりなのですかっ!」


 俺が逃げるとは思わないところが、あいつらしい。

 そういうところが好きだぞ、ダンスロット。

 俺は胸を叩いて、


「王宮爆破事件を覚えているか? あの時に使った〈妖帝国〉の水晶球が、実は俺の胸には埋められているんだ。―――これを〈雷馬兵団〉の真ん中で爆発させる。王宮一つ粉々にできる炸裂弾だから、これで〈雷馬兵団(あいつら)〉を殲滅できるぞ」

「ちょっ……」


 ダンスロットどころか、話を聞いていたすべての団員が口をあんぐりと広げた。

 突然の奇策に声も出ないといったところだろうか。


「それは、貴方が自爆するってことですかっ!」

「まあ、そうなる。こういう時を見越して幻獣王に頼んでおいたものだからな。普段は俺が死なない限り爆発しないように固着するのを待つのが長かったが、ようやく処理できるわ。なんといっても、かなりひでえ危険物だからさ」


 俺が〈妖帝国〉の城塞都市ザイムで手渡された最期の水晶球。

 巨大な建物一つを粉々にできるため、いざというときのためにとっておいた俺の切り札だった。

 とはいっても自爆すれば俺だって死ぬのでこれまでは使う気はさっぱりなかったが、こうなっては仕方ない。

 俺ひとりでやればなんとかなるだろう。

 爆発直前に”アー”に〈物理障壁〉を張ってもらえば助かるかもしれないし。


「あんた、おかしいぞっ! なに考えてんだっ! 引き返せ、このバカっ!」


 ダンが叫ぶ。

 口調が昔に戻っているぞ。

 将軍なんだから、そんなチンピラみたいなのじゃなく、もう少ししっかりとした理知的な話し方をしておけよ。

 ダンが追ってこないように、俺はさっさと正門を潜る。

 あいつのことだからもしかしたら付いてくるかもしれない。

 まあ、その時はキィランたちが止めてくれるか。

 自殺志願の気狂いに大切な将軍を付き合わせることはしないはずだ。

 問題はユギンなのだが、ここまで来て俺を止めにこないということはまだ疲れて動けないのだろうか。

 それならば好都合だ。

 あいつを巻き込まずに済むからな。

 そろそろユギンだって、間者の宿命から逃れて普通の人生を送ったっていい頃合だ。

 俺は、自分の秘書官のこれからの幸せを願う。

 すでに壊されたイド城の正門を悠々とくぐった先には、六十騎の〈雷馬兵団〉が待っていた。

 こちらの様子、というかダンの大声から俺の作戦は知られてしまったのだろう。

 やや騒然としている。

 ざわざわと騒いでいる。

 それはそうだろう。

 爆発物をもった自殺志願者が目の前にいるのだから。


「よお、バーヲー将軍。ダンにやられたたんこぶは治ったか」


 ゾングは憎々しげに喋った。


「黙れ、〈妖魔〉ごときが。……あれは、蛮人の将の運が良かっただけだ。もう一度やれば身どもが勝つ」

「結果は同じだと思うがね。ところで、こっちの話、聞こえていた?」

「……貴様が〈妖魔〉らしいイカれた化け物だということはわかった」

「ならいいや。今から、おまえたちの中心に俺が行くから、止めてみな。できなければ、そのまま全員が御陀仏になる」

「そんな策にのると思うか。ハッタリだ」

「……俺の胸の中の炸裂弾は、〈妖帝国〉の水晶球だ。当然、効果は知っているよな。塔ぐらいは一発で消滅させることのできるやつだ。詐術だと思うのならそう思ってな。俺は遠慮なくいかせてもらうから」


〈雷馬兵団〉は明らかに動揺していた。

 今の俺との距離ですら、先頭の数人ぐらいは巻き込むことができるのだから。

 そして、俺が自殺めいた行動をしない、ブラフであるという保証はどこにもない。

 ただ一人、ゾングだけは冷静だった。


「……身どもが貴様を始末すればいいだけだが。身どもなら貴様が水晶球を作動させるよりも早くその素っ首を叩き落とせるぞ」

「だから、そこは勝負さ。俺がおまえたち全部を巻き添えにできる場所にまで行けるか、それともおまえたちが俺の首をはねることができるか、のな」

「面白い、幻獣使い一人でなにができるのか、見せてもらおうか」


 俺は覚悟を決めた。

 正直な話、「可能」というだけで俺が爆破に最適な位置にまでたどり着ける保証は皆無だ。

 それまでに殺される恐れのほうが高い。

 いくら、エーテル光をまとったとしても、完全ではない。

〈雷馬〉はユニコーンに身体をぶつけることもできるのだ。触れることもできない〈手長〉どもとは違う。

 しかも相手は六十騎。

 奇跡でも起きない限り、俺は途中で殺されて終わるだろう。

 だが、行くしかない。

 もうこの胸の水晶球しか俺には武器がない。

 どんな切り札があったとしても、六十騎の〈雷馬兵団〉と戦って勝つなんてことは不可能なのだから。

 奴らの強さはよく知っている。

 それだけ絶望的に強い敵なのだ。

 しかし、俺は”アー”とともに前に進む、

〈ユニコーンの少年騎士〉の虚名を真実にするために。

 ゾングをはじめとする黒騎士たちが、手にした武器を光らせた。

 全身に纏っているのは本気の殺意。

 どうやら、炸裂弾の破壊力を思い出して本気でかかってきてくれるようだ。

 それはそうだろう。

 ここで逃げることは、プライドの関係からして奴らにはできない。

 全力で単騎の俺を轢き潰すしか道はないのだ。

 どちらが死ぬかの一発勝負。

 俺と奴ら、白と黒、二つの騎士が激突する。

 

 その寸前。


 とんでもなく巨大な嘶きが大地に轟き渡った。

 それは馬のものと酷似していたが、馬のものにしてはあまりに大きすぎ、それはまるで爆音だった。

 すべての人間が耳を劈く嘶きに驚愕した直後、俺と〈雷馬兵団〉の中間にこれまた黒い影が地響きと共に降り立った。

 着地というよりも、激突というのが相応しい土煙をあげて、巨大な影は周囲を睥睨する。

 見た目は白い馬。

 ただし、その馬の額には剣のような一角が生えていた。

 聖獣の凛々しさと、信じがたいほどに敬虔なオーラがあった。

 他のどんな生物にもない、統率者の威厳があった、

 そして、その姿は彼の臣下たちよりもふたまわりは大きくて、何よりも巨大だった。


《久しぶりだな、友よ。余は(なんじ)との再会を何よりも嬉しく思うぞ》


 あまりに莫大な魔導力を秘めているため、素質のない者にすら聞き取ることのできる〈念話〉で、そいつは悠然と挨拶をした。


〈幻獣郷〉の長にして、すべての幻獣・魔獣を統べる幻獣王―――ロジャナオルトゥシレリア。

 俺が真に契約したユニコーン。


 俺の本当の相方(パートナー)だった。

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