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騎士ハーニェ・グウェルトン

 それから、俺たちはまず新米騎士たちの相方であるユニコーンを決めることに全力を注いだ。 

 十三人の新米騎士のうち、十一人まではなんとかすぐに決まったのだが、あと二人でかなり苦労し、全員の相方が決定したのは、俺が怪我から復帰して一週間後のことだった。

 特に時間がかかったのは、ナオミ・シャイズアルとハーニェ・グウェルトンの二人である。

 ナオミの方は、その生真面目で潔癖な性格からか、なかなかユニコーンに馴染むことができず、周囲からは「お堅いタイプ同士だとうまくいかないのかなぁ」とか指摘されていた。

 実際には、ユニコーンどものピンク思想を、乙女の直感で見抜いたナオミが生理的に受け入れるのに時間を要したというだけの話なのだが。

 そのため、俺は相方のいないユニコーンの中で最も真面目な性格のエフを引き合わせることで解決することにした。

 エフは真面目さでは、タナのイェルに匹敵するぐらいなのだが、残念なことにちょっとおバカなのだ。

 そのあたりの折り合いをどうつけるかが課題だったが、ナオミが「真面目で努力家な子なら、私は構いません」と我慢してくれたおかげでとりあえずなんとかなった。

 もっとも、一番目を離す訳にはいかないペアということになってしまうのだが。

 真面目なだけの、頭脳明晰とアホの子はこれからも何度も問題を引き起こすのだが、それは別の話となる。


 ……ハーニェ・グウェルトンについては、もう少し厄介だった。

 そもそも、ハーニェというのは、西方鎮守聖士女騎士団に招集された騎士としての水準を満たしていないとして、一度、はねられた人材なのである。

 ただ、ここに配属寸前に召集されていた騎士が事故でなくなったことから、急遽、面子に含まれたという経緯がある。

 そのため、彼女のファイルは他に比べて半分ほどの厚さしかなく、従って事前情報も少なかった。

 最初は、他がなんだかんだ言ってエリートであったのに比べて、雑草型というか、輝かしい経歴も抜きん出た能力もない、ごく平凡な騎士という印象しかなかった。

 だから、わざわざ呼び出して、一対一の面接というものをするハメに陥ったりもしたのである。

 正直な話、ハーニェは容姿という面でも平凡であり、化粧させたりすれば磨けば光るという美少女でもなく、どこにでもいそうな少女だった。

 まあ、同期の連中に比べればかなり大人っぽいところが特徴といえば特徴か。

 次点とはいえ、ここに召集される以上、なんらかの特徴はあるはずだと主張するユギンの意見を汲んで呼び出したが、その瞬間には後悔しそうになった。

 とにかく、あまり喋らない女の子なのである。

 十三期の中でも、もっとも無口なのではないだろうか。

 こんな難しそうな女子の相手など俺に務まるはずがない。

 さっさと切り上げてユギンに一任してしまおうと、思考が逃げに入った時、ハーニェが口を開いた。


「……俺は、戦場のぽっかり空いた場所を埋めて、戦線を維持するのが得意です」

「ん、なんだと?」

「俺は、怪我した騎士に併走して、帰還させるのが得意です」

「……」

「俺は、敵の弱いところを突いて、陣形を崩すのが得意です」

「……他には?」

「俺は、誰よりも大きな声を立てて、特攻するのが得意です」


 意志の強い眼差しを持つやつだ、と俺は感じた。

 この眼をしていて、優秀でもなく才能もないということを信じろというのは土台無理な話だ。

 つまり、こいつに平凡のレッテルを貼った、もしくは貼ろうとしている俺みたいな連中にはなかなかわからない部分で戦うことができる騎士ということなのではないか。

 さっきのこいつの「得意です」発言は、いったいどういう理由に基づくものなのか、考えてみる。

 自己申告でしかないが、こいつの自己認識が正しいとすれば、それは戦場における大切な要諦を外さないということではないだろうか。

 要するに、冷静沈着に周囲を見渡し、自分たちにとっての弱点をつくらず、逆に相手方の弱点を攻撃する才に長けているという話だ。

 戦場における空いた地点は、敵に埋められれば押し込まれるが、味方ならば反撃の橋頭堡にもなりうる。

 また、怪我をした騎士は放っておけば死んでしまい、戦力が不足することになるが、生きて帰らせればまた戦うこともできる。

 さらに、敵の弱点をつけるなら、そこは集中的に狙うべきだ。

 ……なるほど、タナの剣技、ミィナの突進力、ナオミの頭脳等のようにはっきりと数字で表されるものこそではないが、すべての戦場においては重要なポイントと呼べるものばかりだ。

 指揮官としての大局的な状況把握能力とは違う、実戦における小隊長レベルでなら、欠かさず持っていて欲しい特技といえるのか。

 華々しくはないが、絶対に必要な裏方という訳だ。


「……それを俺たち上官に理解させられる場はあるか?」

「難しい。……西方鎮守聖士女騎士団(ここのきしだん)は、大規模な実習はしないし、いつもの五対五の演習だとタナちゃんやマイアンちゃんがいた方が絶対に有利だから」


 同期をちゃん付け……。

 自分のことを「俺」と呼ぶくせに、また、随分と可愛いタイプだな。

 もしかしたら喋らないだけで、心の中では雄弁な性格なのかもしれない。

 その手の人物は、周囲が思っている以上に色々と深く考えていることが多いからな。

 ハーニェがそういう性格の持ち主なら、ある意味やりやすいか……。


「わかった。じゃあ、ひとつ聞こう。おまえが相方としたいのは、どんな特徴を有するユニコーンだ。……よく考えてくれていい。お前の考えがまとまるまで俺は待つから、焦らずにじっくりと思考しろ。そして、結果を教えろ」

「……はい」


 それから、ハーニェは一時間かけて、自分にとって最適なユニコーンの分類を指定してきた。

 俺はその間、別の仕事をしていたが、執務室から離れなかった。

 ハーニェが出した結果を、いつでも聞けるようにだ。

 結果として、ハーニェが選んだのは、頑丈でタフで、減ることのない持久力を誇るユニコーンだった。

 なるほど、汗かき役にとってはぴったりの相方だ。

 この選択だけで、俺はこの少女が次点なんかではなく、『聖獣の乗り手』に相応しい騎士だと認識した。

 そこで、俺が彼女に紹介した相方は、ゲー。

 最もゴツイ体格の、まるで牛のような巨躯だが、どんなに走っても使いべりしない耐久力を誇る魔物に近い一角聖獣だった。

 そして、これ以後、彼女は特にタナの後ろに控える形で陣形に加わり、天才少女の突出した穴を埋める働きをこなしていくことになる。

 ……ちなみに、ハーニェのいう「得意です」の最後の一つについてだが、これについては失敗したと思っている。

 面接の最後に、では実践してみろと何気なく勧めた途端、仰天するような声で吠え出したからだ。

 女の声とは思えぬ野太い大音量で、しかも尾を曳くように長いのである。

 ハーニェが山の産まれだというのがよくわかる、人里に降りてこない魔物の吠え声によく似ていた。

 おかげで、数時間、耳が聞こえづらくなったものだ。

 まあ、これでハーニェ・グウェルトンという騎士が、嘘をつかない(つけないのか?)奴だということがわかって、結果としては良かったといえるのだが。


    ◇


 それからの一ヶ月は、相方との相互理解のための訓練に費やされた。

 俺と違って、ユニコーンと会話をすることができるわけではない騎士たちが、いかに聖獣と意思疎通を図るかということは非常に困難なことかと思いきや、騎士アラナに代わって王都の詰所からやってきた騎士エイミーの協力もあって意外に順調に進んだ。

 アラナは左腕上腕部粉砕骨折という重傷ではあったものの命に別状はなく、しばらく王都での魔導治療に専念するということになった。

 あの〈手長〉による不意の一撃をくらって、その程度で済んだのは、戦場に入った途端に全身に気功種の一つ『強気功(きょうきこう)』を纏い、全身の防御力を強化していたおかげである。

 しかし、主力騎士の全治半年の離脱は厳しく、その彼女の代わりに派遣されてきたのが、エイミーである。

 エイミーは以前、アラナが言っていた「カタコトだけれども〈念話〉で喋れる」騎士だったので、新米たちと同じ視点でものを教えられるのが強みであった。

 ちなみに、彼女はおいおいユニコーンどもの性癖に気づいている風ではあったが、それを話すことは誰の得にもならないと承知しているのか、堅く口を閉ざしていた。

 ただ、そんな彼女がそもそも教官役になっていなかったのは、状況の変化、例えば大雨が降った時の対処等についてすぐに切り替えることのできない判断能力の低さなどが教官役として不向きと評価されたからであるので、そのあたりは俺が指導することになるのだが。


「教導騎士は、意外と普通の方ですね」

「……その普通の意味が不明だ。何と比較しているんだよ」

「……いや、あの馬たちの面倒を十年以上も続けておられたと聞いて、さすがに染まっちゃっているんだろうなと、思っていたのですがどうも勘ぐりすぎたようです」

「おまえ、わりとはっきり言うよな。で、どんなお方だと思っていたんだよ」

「若い女の子の……おっぱいや太腿にばかり興味があるような……」


 俺は絶句した。

 確かにあいつらはそんな連中だが、一緒にされていたとは思わなかった。


「この一ヶ月、そんなことを考えて俺の補佐をしていたのかよ」

「先週あたりからは認識を改めていましたが……」


 遅えよ。

 しかも、先週って三日前だろ。

 配属依頼、ほとんどずーっと俺の隣でそんな目で見ていたのかよ。


「……で、何でいきなり認識が変わったんだ」


 エイミーは少し考えたあと、


「可愛いい教え子の騎士たちとお喋りしているよりも、慰問袋を届けに来た警護役の方々とお話をしている方が楽しそうだったからでしょうか。あの方々も、結構、教導騎士殿を慕っているようですし」


 確かに、言われてみれば警護役の連中とバカ話をしている時は楽しいな。

 若い女たちの相手はたまに面倒くさくなってしまうのだ。

 そういう考え方からすると、あの駄馬どもも接する分には気楽でいいということなのだろう。

 長いあいだ、聖獣の森で暮らしていたので、気遣いのいる社会に溶け込めないだけかもしれないが。

 ……それから、エイミーとの打ち合わせを終え、今日の仕事が完全になくなったのを確認すると、俺は部屋に戻らずに西の入口を抜け、警護役の詰所に向かった。

 森の入口にある詰所までは、馬で五分、徒歩で十五分くらいあれば到着する。

 普段は、ユニコーンに乗って移動するところだが、今日に限っては徒歩で移動することにしていた。

 西の詰所は、総勢十名の警護役の兵士が寝起きをしている、元々は農家を改造した建物だった。

 もう何度も訪れてはいるが、男所帯らしい、汗臭い建物だった。


「よお、ハーさん」


 敷地内に入ると、すぐに見知った顔が声をかけてきた。

 タツガンだった。

 手には相変わらずの鋼鉄の棍が握られている。

 ここからだとわからないが、俺の死角にあたる場所にもう二人の警護役が息を潜めているはずだ。

 完全に俺だと確認できるまで、侵入者について油断しないのが、ここの連中の抜け目なさである。


「おーす、一杯飲みに来た」

「なんでぇ、ハーさんかよ。脅かすな」

「びっくりしたなぁ」


 と、やはり影から二人―――セザーとトゥトが姿を現す。

 やはり予想通りに、手には警護役の通常武装である鋼鉄の棍を握り込んでいる。

 続いて数人の見慣れた連中も出てきた。

 しかし、珍しいことに、全員いつもの革鎧ではなく、ちょっと普通なシャツとズボンを履いていた。

 パッと見、いつもの野盗には見えないが、決して堅気とも言えない奇妙な出で立ちだった。


「なんだ、その格好?」

「夜になったら街まで行こうと思っててな。閣下から、今日と明日は二交替にさえすれば街ではしゃいできてもいいと許可をもらっているんだ」

「へぇ、珍しいな」

「この手の休みは二ヶ月ぶりだしな。楽しみにしてたんだべ」

「……あ、ハーさんもいかがっすか? 確か、街に行かれたことないって話しですよね。自分らとともに、酒場に遊びに行きやせんか?」

「おお、面白そうだ」


 非常に楽しそうな警護役どもとセザーの誘いに乗って、俺も街にまで繰り出すことになった。

 ―――そして、西方鎮守聖士女騎士団の歴史に名高い「少女愚連隊事件」は、この遊びを原因にして起こったのである。

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