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タナ・ユーカーは砕けない

[第三者視点 オコソ平原]


 火竜(ドラゴン)は、大陸に生息する最大級の幻想種である。

 大陸では巨大なトカゲのことをまとめて竜と呼称するが、その中でも大きなコウモリのような翼を持ち、鋭い爪のある前肢しか有さず、そして発火性の強い毒液を吐くもののことを特に〈火竜〉と区別している。

 通常の竜は〈幻獣郷〉や〈呑龍嶽〉といったいわゆる魔境で目撃することができるが、火竜はその恐ろしさと凶暴性ゆえに他の幻獣とも共存できず、幻獣からも遠巻きに放置されていると言われている。

 それだけ危険な幻獣ということもあるが、火竜については〈白珠の帝国〉において皇帝の愛玩物として飼育されていることからも有名であった。

 実際に他国との戦争で使用されたこともあり、皇帝の肩書きに〈竜使い〉という称号があるなどから、帝国の最大戦力として周知されているほどだ。

 竜を屠ったものは〈竜殺し〉と呼ばれ、特に火竜を退治したとなると歴史に名が残るほど、強力すぎる生き物である。

 人が立ち向かうのは、あまりにも無謀。

 倒そうと考えることすら無意味。

 それほどの幻獣なのである。


         ◇◆◇


 タナは恐怖に曇った思考をなんとか復活させる。

 あの火竜が〈雷霧〉防衛のために配置させられた守護者であろうことは、彼女にも見当がつく。

 そもそもこのオコソ平原の〈雷霧〉が、〈妖帝国〉の陰謀によるものであろうことは薄々勘づいていた。

 多くの状況証拠、国王陛下や隣にいるシャツォンの言動などから、いかに鈍かろうとその結論に至らないはずがないぐらいなのだ。

 だったら、〈白珠の帝国〉で飼育されているという火竜が守護者として送り込まれていたとしても何ら不思議はない。

 これは帝国との戦いなのだから。


「……どうやって?」

「おそらく〈手長〉などの徒歩の魔物と違って、直接空を飛んでここまで来たのだろうな。いや、逆か。火竜ぐらいしか送り込めなかったのかもしれない」


 シャツォンのいうことは理解できる。

 誰が今回の事件の首謀者であるかはわからないが、その誰かは〈雷霧〉という要所を守るためには〈墓の騎士〉という魔物では役者不足だと考えたのだろう。

 王都を陥とし、バイロンという国を滅亡させ、ひいては大陸を〈雷霧〉によって蹂躙しようというのが今回の敵の目的なのははっきりしている。

 そのために時間をかけて準備したのであろうし、目的の成就のために二重三重の策を張り巡らすのは当たり前だ。

 自分たちが必死に作戦を立て実行するように、敵だって無能なはずはない。やるべきことはやり、打てる手はすべて打ってくるのが戦いというものだ。

 敵が全て愚かだったらどんなに助かることだろう。

 だが、現実では敵はすべて脅威であり、簡単な戦いなどほとんどない。

 このオコソ平原の〈雷霧〉においても、数知れない〈墓の騎士〉、〈核〉へ至るものを迷わすための結界陣、そして最大級の守護者の配置という過剰なほどの防衛手段がとられている。

 それ以前にもおそらくは多くの陰謀が巧まれていたことだろう。

 すべてはユニコーンの騎士―――聖士女騎士団を決して近づけないために。


「〈魔気〉もあそこまでは届かんしな」


 シャツォンがぼやいた。

 実際に試してみたが、いかに不可視の〈気〉の斬撃といえどはるか上空まで届くはずもない。

 それに剣が届く範囲まで接近を許してくれるほど、愚かな幻獣でもあるまい。

 近づく前に毒液の放射で始末される。

〈白珠の帝国〉の魔導騎士であった彼女には、火竜の強大さと戦力としての頼もしさが身にしみて理解できていた。

 とても人が立ち向かえるものではないのだと。


「……ということは、少なくとも私と貴女ではあの火竜相手には何もできないということでいいの?」

「いいと思うぞ」

「私の〈刹羅〉と貴女の〈熱姫〉なら、あの吐炎に対抗できる?」

「難しいだろう。魔導鎧は魔導的なものに対しては防御できるが、竜の吐く毒液は物理的な攻撃だ。一吹きされればそれで終わりだろうな」

「そう」


 タナは手を顎に当てた。

 少しだけ考える。

 座学の成績ではナオミにやや劣るとは言っても、彼女は主席で騎士養成所を卒業した騎士である。

 頭脳の明晰さにかけては同世代のなかでも図抜けている。

 結論は簡単に出た。


火竜(あいつ)は無視する。私たちは一刻も早く〈核〉へ接近して、あの遁甲魔法陣を無効化しよう。貴女の話では、完璧に作動してしまったら誰も近づけなくなるんでしょう? それはなんとしてでも阻止しないとならないのだから」

「まあ、確かにまだ魔法陣が完全に張られてる訳ではないな。少なくともあの様子だとあと一刻はかかるだろう。それに、あれが真に聖士女騎士団対策なのだとしたら、どんなに君らの仲間が急いだとしても間に合わないように余裕をもって設置しているはずだし、夜明け前には完璧に完成するはずだ」

「だったら騎士団が〈核〉に近づけるように、私たちがすることは一つだよ。あの魔法円を破壊することだけ」

「ちょっと待て。君は大事なことを忘れているぞ!」


 シャツォンは慌てて声を出した。


「遁甲魔法陣を破壊したとしても、君の仲間たちがここまでたどり着くことはできないのだぞ。私たちだけで魔法円とその後で〈核〉を破壊するのは不可能だ」


 だが、タナはシャツォンのそんな心配を一蹴する。


「皆は絶対にやってくるよ」

「だから、それは無理だと……」

「シャツォン・バーヲー」

「……なんだ?」


 タナは〈刹羅〉の兜を外し、素顔のまま仮の相棒を見つめた。

 その眼には強い決意と揺るがない覚悟と、そして砕けない信頼があった。

 タナ・ユーカーが仲間たちに対して抱く信頼を、たかが火を吐くでかいトカゲの一匹や二匹がどうにかできるはずがない。


「貴女は自分に限界を作りすぎている。諦めが早すぎる。……貴女は強くて優秀で、非の打ち所の無い騎士だけど、ただ一つだけ忘れていることがある」

「……それはなんだ?」


 タナは言った。

 彼女の脳裏には一人の青年の背中があった。


「騎士の背中には守るべきものが隠れているということ」


 シャツォンは黙った。

 確かに、彼女は〈白珠の帝国〉の騎士だ。

 だが、そんな理想論などとうの昔に忘れてしまっていた。

 それに帝国の騎士にとって、守るべきものなど皇帝と国土だけだ。

 それ以外は基本的にどうでもいいのが、魔導騎士というものなのであり、彼女が騎士になった当時には口にするのも害悪と思われていた。

〈妖帝国〉と蔑称されるのもむべなるかな。

 自分たちと魔導のことしか頭にないのが、帝国に住むものたちなのだから。

 だが、目の前の少女は、騎士の理想を語る。

 光り輝く英雄の道を説く。

 そして、その道を泣きながら歩くもののことをシャツォンも知っていた。


「私たちがここで終われば全部が終わり。騎士団(うち)の連中は、皆、それを痛いほど理解している。だから、どんなに厳しくてもどんなに無理があったとしても、絶対にここまでやってくる。〈核〉を―――ううん、〈雷霧〉を潰しにやってくる。火竜なんか、必ず突破して」


 わずかな沈黙のあと、シャツォンも兜を外して脇に抱えると、拳を握って前に突き出した。

 一瞬、きょとんとしたタナだったが、すぐにシャツォンの意図を悟る。

 同じように拳を突き出して、同時に言った。


「グッドラック」

「ぐっどらっく」


 シャツォンは眉をしかめた。


「もう少し滑舌がなんとかならんのか。気が抜ける」

「ほ、ほっといてよっ! なにさ、自分が少しぐらい舌が回るからって。いい気にならないでっ!」

「そういうところが子供だ。まったく、こんな年齢になってこんな子供に説教されるとはやりきれんな」

「うるさいなあ」

「まあ、とにかく、ではそろそろ行くか。―――遁甲魔法陣を破壊しに」

「うん」


 拳を打ち付けた騎士二人は、改めて兜を被ると、そのまま待機していた丘を下る。

 目指すは遁甲魔法陣を構成する魔法円。

 二人で一つは効率が悪いということで、二手に分かれることにした。

 その分危険は増すことになるが、それは承知の上。

 むしろそうするべき必然性があった。

 魔法円が一つ欠けたぐらいで止まらない可能性を、魔導についてやや詳しいシャツォンが示唆したからだ。

 ゆえに二人は別れた。

 共に孤軍で死地に赴かんと。

 どれほどの天才騎士であろうと待ち受けるのは地獄への一本道。

 だが、二人はなんの衒いも気負いもなく、見送るものすらいない〈雷霧〉の中心へと進んでいく。


 砕けない闘志とともに。

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