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二人の女騎士

[第三者視点 オコソ平原〈雷霧〉]


 タナとシャツォンの纏った魔導鎧には、暗い場所においてもわずかな光が存在しさえすれば、昼間のように見通すことのできる〈暗視〉能力がついている。

 魔導の素養のないものであっても、その〈暗視〉能力を使うことは可能なため、タナはほとんど先の見通せない〈雷霧〉の中であっても自在に進み続けることができた。

 セスシスの持つ〈阿修羅〉とは違い、その発展・量産型ともいえる彼女たちの魔導鎧には、その他にも最先端の魔導技術が追加されていたが、その中には遠眼鏡よりもさらに先を見通すことができる〈遠視〉や生物の発する体温を見抜く〈温視〉が含まれていた。

 それらは装着者の意志で切り替えることが可能であり、そのおかげもあって二人の道行は非常にスムーズに行っていた。

 問題は立ち塞がる〈墓の騎士〉だけであったが、何百もの魔物を無人の野を行くがごとくに薙ぎ倒していく二人にとっては面倒なだけで障害にもなっていなかった。

 なぜなら、〈墓の騎士〉の特性である触ったものの生命力を奪う力が、魔導鎧によって完全に防がれてしまうからである。

 これが〈手長〉や〈脚長〉であった場合には、この二人であったとしても苦戦どころか囲まれて殺された可能性もあったかもしれないが、〈墓の騎士〉だけであればただ面倒なだけで済まされてしまうのだ。

 タナは、自分が纏う〈刹羅(せつら)〉の使い方にようやく慣れ始めていた。

 最初は最大限に練っていた〈気〉を半分以下にしても、魔導による筋力の増加をうまく操れるようになっていたし、特殊な能力のほとんども使いこなせるようになっていた。

 その上達にはシャツォンでさえ目を剥くほどだった。


(身体能力……というか、肉体の動かし方のセンスが図抜けている。動きが全て型となるとでもいうべきか。これは末恐ろしい存在だな)


 シャツォンは、当初、自分の相棒として紹介されたタナについてやや軽く見ていた。

 騎士として十数年の彼女の相棒としては、まだ若すぎるからだ。

〈雷霧〉消滅に二度成功したこと、〈雷霧〉内での魔物討伐数三位という実績、それらを加味してもまだ経験不足な感じがしたのだ。

 だが、実際に轡を並べて戦ってみると、この闊達な美少女が実は鬼神の申し子であることは明らかだった。

〈雷霧〉へはギリギリまで装甲馬車で近づき、雷によって防御された外縁部は徒歩で突破することになっていたのが、何里も続く外縁部を突破するにあたり、彼女たちは何千という〈墓の騎士〉に遭遇した。

 わらわらと襲いかかる魔物たちをまるで無人の野を行くがごとくに突き進むタナの姿に、シャツォンは畏敬の念すら覚えた。

〈魔気〉を使い、遠目から接近する敵を広範囲に切り裂く彼女と違い、タナはあくまで剣の刃が届く範囲で戦うしかない。

 いわば敵でごった返すスペースのない場所を切り裂きつつ進むことになるのだ。

 それなのにタナは一瞬の刃の煌きで敵を屠り、自分の進路を確保しつつ、また襲いかかる魔物を始末するという機械的な動作でどんどんと先行していく。

 例え、魔導鎧の補助があったとしてもまるで遠足にでも行くような軽快な足取りで。


(しかも、〈刹羅〉の慣熟はまだできてないはずなのにな)


 バイロンで鹵獲した魔導鎧の調整に携わっていたシャツォンとしては、やや屈辱を味わざるを得ない驚きを受けていた。

 魔導鎧というのはそれほど簡単に扱えるものではなく、無理やりに使用するとなると相当の苦労をするというのに、タナは初めからなんとか使いこなしている。

 そのハンデがあっても雲霞の如くに迫る魔物たちを掃討できるぐらいなのだ。

 騎士としては嫉妬せざるえない潜在能力の高さだった。

 ただし、年上ということもあり、精神的な優越はついていることがシャツォンを冷静にさせていた。

 そうでなければ険悪な関係になっていたかもしれない。

 なぜなら、タナの方がはっきりとわかる形で彼女に対抗意識を燃やしていたからだ。

 理由については、改めて聞く必要もないぐらいにわかっている。


(まったく、聖一郎の奴のどこがいいのかね。飄々としているといえば聞こえがいいが、お気楽な性格をしたのんびり屋だということだし。すぐに人をからかうようなことを言うし、自分勝手に物事を進めようともする。こちらの都合等お構いなしに自分だけで突っ走って、事後報告で済ませようとするし。……あれから十年は経ったというのに、ほとんど変わっていないというのはどういうことだ? あの調子でこの騎士()とも接していたのだろうが、可哀想に苦労しているに違いない)


 タナが突っかかってくる原因は、かつてツエフにいた頃に一緒にいた異世界からの少年であるということは確実だった。

 最初は何が何だかわからなかったが、シャツォンが「君らの教導騎士というのは何をしているのかね」と聞いた時の耳を赤くする反応や、「聖一郎」という名前をさりげなく使った時の表情の変化を見ればだいたいわかった。

 この少女は、あの〈妖魔〉として召喚された少年(さすがに今は青年と呼ぶべきぐらいには成長していたが)に惚れているのだろう。

 そういえば彼女が世話になっていた聖士女騎士団のテレワトロも茶飲み話に、騎士団内での恋の鞘当てが面白いみたいなことを漏らしていた。

 その対象がまさか古い知己であるとは思いもしなかったが。


(……だが、どうしてあいつが原因で私が嫌われなくてはならないのだ。理不尽ではないか。特に今の私は自分の祖国に弓を引いている状況といっても過言ではないぐらいに、この騎士()の母国に尽くしているのに。うーん、かといって聖一郎と会ってひっぱたいて済ませるのはごめんだし、やれやれ、いらない苦労ばかりだよ、ホント)


 そんな同行者の内心を気にすることなく、対抗心に染まりきったタナはずんずんと〈雷霧〉の中を進んでいく。

 身に纏った〈刹羅〉のおかげか、鎧のまま走っているというのにほとんど疲労しない。


「……言っておくが、疲れないわけではないぞ。鎧に込められた魔導が、疲労を減らしているだけだ。あとで脱いだあとにどっと襲ってくるから、あまり無茶はするな」

「覚えているよっ! 何度も言わないでっ! ……ちなみに、それって、この手の魔導鎧はみんな同じなの?」

「そうだな、聖一郎に渡した〈阿修羅〉は、魔道士たちがどこからか持ってきたものだったからよく知らないが、〈熱姫()〉〈刹羅()〉に関して言えば同じ作りだから一緒だと思うぞ」

「……てことは〈雷馬兵団〉のものも……〉


 タナが何やら考え出した時、シャツォンは今まで登っていた小高い丘の頂上から下におかしなものを発見した。

 目を凝らすよりも先に、魔導を兜に伝え、〈遠視〉を発動させる。

 シャツォンは魔導騎士であるが、同時に簡単な魔導も使いこなせる、魔道士見習いでもある。

 魔導鎧の全機能を使いこなすことなど朝飯前だ。

〈遠視〉は一里先を見通すことができる。

 ただし、深夜の〈雷霧〉にあける中心部は月の光も入ってこない、暗闇に近い状態だ。

 本来ならばほとんど何も見えない環境であるが、魔導の力を使ってようやく見ることができるぐらいである。


「見ろ、ユーカー」

「ん、何を? 〈雷霧〉のせいで何も見えないんだけど」

「兜に魔導をこめて〈遠視〉を発動させるんだ。それで見える」

「なにさ、簡単に言ってくれちゃって。私、魔道士じゃないのに……」


 そう言って、なにやら〈気〉を集中すると、


「ああ、見えるようになったね。さすがは〈妖帝国〉産。……で、どこを見ればいいの?」


 おいおい、えらく簡単に使ってくれるな。

 自分で言い出しておいて、実際に使われるとやや不機嫌になるシャツォンだった。


「あれが、例の〈核〉か?」


 指差した先には、巨大な球体が黒光を輝かせながら浮かんでいる。タナにとってはすでに馴染みとなっている〈雷霧〉の中心部。黒い吐息を漏らし続ける不気味な口の集合体―――〈核〉があった。

 タナは頷く。

 すでに二度も見ているとはいえ、見慣れることはできない、不気味で吐き気を催す造作の塊だ。


「すでに深夜過ぎか。この時間に補足できたということは僥倖だな。このまま、この丘の上から見張りを続けて君のお仲間が来るのを待つことにしよう」

「どうして? 今すぐ、行けばいいのに」

「やれやれ、お若い方は血の気が多すぎる。よく見ろ、あの〈核〉の周囲にぎっしりと敷き詰められたような〈墓の騎士〉の群れを。さすがの私たちでも、あれを二人で突破するのは不可能だよ。数で押し込められたらどうにもならない」

「まあ、そうだけどさ」


 不服ではあったが、そのシャツォンの意見こそが正しいと理性ではわかっていた。

 ただ、彼女への対抗意識が素直にさせないだけだ。

 とりあえず屁理屈をいって困らせようとした時、タナは妙なものに気がついた。

 タナの経験が違和感を覚えさせたのだ。


「どうした?」


 シャツォンの問いかけを無視して、タナは〈刹羅〉の遠くを見通す力をさらに使い続けた。

 じっと〈核〉の周囲を観察する。

 それでわかった。

 あの違和感は彼女の勘違いではないと。


「……あの〈核〉はいつものものとは違うよ」

「どういうことだ?」

「よく見て。〈核〉のすぐ近くじゃなくて、四分の一里ほど外れたところに、私の知らない変な魔法円がある。しかも、ここからわかるだけで三つ」

「どれ?」


 タナは〈核〉の周囲を取り囲むようにして、何やらぼんやりとした光を発し続ける魔法円を指差した。

 魔法円とは、儀式魔導を行う際に書かれる定形様式の図のことである。決まりきった図を用意することで結界を張り、魔導の消耗を抑え、儀式成功の確率を増すために使うものだ。

 とても珍しいものではあるが、少なくとも魔導がこの世に広がった技術の一つであるこの大陸では、その気になれば誰にでも簡単に目にすることができるほどには世間に知られている。

 タナとて、ハカリの治療の時などに簡易なものなら目撃したことがある。

 だが、かつて二度突撃した〈雷霧〉の中では一度も目にしたことがない。

 だからこそ、おかしいのだ。

 嫌な予感がした。

 そして、この嫌な予感に対して身内が引しまる思いだった。

 あの魔法円には何かがある。

 タナと彼女が守るべきものたちを脅かす何かが。


(これは何だろう。でも、私の勘には間違いはないはず。きっとあれを放置すれば私たちにとって致命傷になる)


 さっきまでもやもやしていた嫉妬をかなぐり捨てて、タナはシャツォンの手を引いた。

 どういう心境の変化かと、彼女は目を丸くする。


「あの魔法円について、何か知らない? きっと〈妖帝国〉のものだと思うんだけど」

「い……や、記憶にはないな。……まあ待て。似たようなものなら見たこともあるし、ちょっと分析してみよう。あれは幾つある?」

「こっちからは三つ光っているのが見える。反対側にもたぶんあると思う」

「すると、五つか六つということだな。五芒陣か六芒陣の要になっているんだろう。他に何か見えるか?」

「あれ、魔法円と魔法円の間じゃないけど、ちょっと離れたところに大きな石の門みたいなものがある。あれもおかしいよ。オコソはただの平原で、巨大な石がゴロゴロしているような場所じゃないから。よそから運んできたものだと思う」

「石柱構造物だな。……いくつある?」

「だいたい、十五・六個。反対側はわからない」

「つまり、巨石で円を描いているということだ。……ふむ、魔法円での星陣、石柱による囲み、中央に守りたいもの……と。わかった、そのものは知らないが似た事例なら聞いたことがある。たぶん、間違いなくそれと同じ由来のものだろう」

「ホント?」

「ああ」


 そして、シャツォンは顔をしかめて嫌そうに言った。


「帝国星門遁甲魔法陣。……〈白珠の帝国〉の帝都パフィオ・ファンドリアを外敵から隠すために張られた結界の劣化版だ。だが、本物の方は、一度完璧に張られてしまったら、外部からのどんな侵入者も許さない魔導史上、最堅の結界陣と言われている」


 さらにシャツォンは星の見えない霧に覆われた夜空を見上げ、


「もしあれが帝都のものを忠実に模しているとしたら、きっと……」


 釣られて上を見たタナの視界の端を何かが横切った。

 一瞬、ただの鳥かと思ったが、こんな夜に……しかもすべての生き物を雷が駆逐する〈雷霧〉の中に鳥が飛んでいるはずがない。

 目を剥くタナに対して、シャツォンが言う。


「やはりいたな。帝都のものに比べれば大きさは控えめだが、その分バレずにここまで移動させることができたのだろう」

「何なの……今の?」


 またも、二人の遥か頭上を黒い影が横切る。

 今度こそ、その姿形をはっきりと捉えることが出来た。

 異常に長い首と尾を持ち、薄く広がるコウモリのような羽根をもって天を飛翔する巨大な爬虫類そのもの。

 前肢はあるものの、後肢は見当たらず、空を泳ぐように進み、その速度は猛禽類よりも疾い魔物だった。

 その姿について、タナが浮かべた言葉は一つだけだった。


「ド……ドラゴン?」

「ああ、そうだ」


 シャツォンが言葉を引き取って言う。


「私の故郷である帝都を守護する、最強の幻獣。―――火炎竜だよ。〈核〉の守り手としてここに配置されているらしいな。わかるか、タナ・ユーカー。……つまり遁甲魔法陣を突破した上で、あいつを倒さなければ、おまえたち聖士女騎士団は〈核〉に近づくことさえもできないということだ」


 頭上を遠く羽撃く死神の気配に、タナは生まれて初めて恐怖というものを感じていた……。

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