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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第十六話 騎士たちの長い一日
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王都動乱

[第三者視点 王都バウマン]


 王都内の混乱は絶頂に達していた。

 夕刻に国王の名のもとに発せられた〈雷霧〉発生の報告が、すべての民を震え上がらせたからである。

 人々は我さきにと、王都の東門に向かった。

 南北の正門からも多くの人々が逃げ出した。

 王都に住む三十万の人々が全て〈雷霧〉から逃れるために恐慌をきたしたのだ。

 さながらそれは自殺を目論む齧歯類かのごとくに。

 駐留する五つの騎士団のうち、他に出撃していない三つの騎士団と、王族直属の近衛兵団、そして警察騎士団は逃げ出そうとする人々の整理に忙殺された。

〈雷霧〉には通常の騎士では対処できないことと、発生した場所を考えれば〈雷霧〉から魔物―――〈手長〉〈脚長〉、そして〈肩眼〉―――の出現の確率が少ないことを理由に、防衛よりも臣民の脱出を最優先にした結果である。

 だが、三十万もの人間が翌日に迫った死の恐怖から逃れるために動けば、不測の事態が生じる。

 王都の住民は直接〈雷霧〉の被害を受けたわけではないが、故郷を追われて逃げてきたものも多数いる。

 それらの必死な行動によって、多くの二次被害がまきおこるのは当然の成り行きといえた。

 家族と引き離された幼子が馬車に跳ね飛ばされる悲惨な事故、手荷物の限界を超えた財宝を持ち出そうとして路上にぶちまける商人、妻子を捨てて逃げ出した男をなじる隣人、ありとあらゆる混乱が拍車をかけて進んでいく。

 千年の歴史を誇る王都は、かつてないカオスによって瞬く間に滅ぼされようとしていた。

 

 王宮の中にいても、混乱の模様は変わらない。

 むしろ、公的な地位にあるものが多いため、その規模はある意味で別に大きいといえた。

 逃げ出そうとする貴族、王族を脱出させる手はずを整えるために忙しい騎士、書類一式抱え込んで馬車に詰めようとする文官騎士、逆に王家への忠誠篤く死んでも宮殿に残ろうとする身分低きものたち。

 用意された一室で、〈月水〉〈陽火〉のふた振りを磨きながら、時間を潰して待機しているタナ・ユーカーの耳には様々な声と音が入ってくる。

 まるで、これが五百年続いた〈青銀の第二王国〉の崩壊の日なのかと疑わんばかりの末世の状態であった。

 ただ、タナはその中でも比較的落ち着いていた。

 いや、誰よりも落ち着いていたのかもしれない。

 なぜなら、彼女は知っているからだ。

 例え〈雷霧〉がすぐそばに近づいていようとも、それを根元から潰しきるものたちをいることを。

 そして、彼女こそがその中の一人なのだ。

 もうすぐ、仲間たちが王都にやってくるだろう。

 そうすれば、たかが発生して一日もたっていない〈雷霧〉などすぐに消滅させて、この混乱をただの茶番に変えてくれる。

 相方(ユニコーン)の“イェル”がいてくれれば、タナ一騎で突撃したいぐらいでもあった。


「ユーカー、待たせたな」


 扉が開かれ、前後を女騎士の近衛に守られたバイロン国王ヴィオレサンテ・ナ・ユラシス・ストゥームが現れた。

 この状況下でも焦っているようには見えない。

 未曾有の事態が発生したとしても、この英邁な若き国王がうろたえることはないと思わせるだけの頼もしさを持っている。

 

「いいえ、国王陛下」

「かしこまらんでもいい。その双剣を持ってちょっと付いて来い。そなたに見せたいものがある」

「はい」


 国王の前に出ると、タナは「はい・いいえ」ぐらいしか口が利けなくなる。

 ユーカー家の当主である父親に、散々「王族方は偉い人達だ」と吹き込まれて育った結果だった。

 バイロン貴族のほとんどすべてが彼女のような教育を受けているので、とてもではないが彼女の教導騎士のような真似はできない。

 王に連れられて部屋をあとにし、少し離れた棟に案内される。

 確か、始めて宮廷入りしたときに、「魔導院の施設だ」と説明された棟だった。彼女の記憶によれば、王宮魔道士たちが国家のための研究を常日頃から研鑽している場所のはずだ。

 だが、危機にある国の王が、一介の騎士をわざわざ連れて行く場所としてはややそぐわない気がしないでもない。


「ユーカーは〈雷霧〉の中で二度戦っているのであるな」

「はい、陛下。ボルスアとカマナの二つの場所で戦いました」

「聞いたか、ゴゥズ。そなたよりも歴戦の勇士だぞ、そこな小娘は」

「おそれながら、陛下に申し上げます。〈聖獣の乗り手〉の称号をもつ者たちは、若くともすべて勇者であります。例外はございません」


 ゾフィ・ゴゥズのことは、タナもよく知っている。

 この王宮に来てから何度か話をさせてもらっていた。

 十期の騎士ということだけでなく、勝手のわからないタナをなにかと気にかけてくれたことからも深い尊敬の念を抱いていた。

 悠然として落ち着いた風貌の彼女は、強い母性の持ち主であり、まだまだ子供っぽいタナにとっては気を許せる相手でもあった。

 そして、今も彼女は気配りのある台詞で、タナを落ち着かせてくれる。


「ならば、〈雷霧〉の中がどのようになっているか、今の王都にいる誰よりも詳しいということだな?」

「はい、その通りです」


 戦歴でいえば、アンズやエイミーといった先輩の方が彼女よりも上だ。

 しかし、同期のシャーレが伝令のために〈丸岩城〉に向かった以上、現在王都に在留しているユニコーンの騎士は彼女一人。

 消去法で彼女が最も詳しいということになる。

 本当はシャーレの代わりに彼女が伝令に志願していた。

 急いで〈丸岩城〉に行き、返す刀で相方(ユニコーン)の”イェル”に乗り込んで〈雷霧〉撃滅に戻ってくるつもりだったからだ。

 だが、その案は陛下直々に却下され、伝令にはシャーレが任じられた。

 理由としては王都の守りや現状況について熟知しているのは、王都に駐留していたシャーレが適任だからというものだ。

 タナは王都の産まれといっても、戦力の配置も地域の様子もはっきりいって覚束無いし、それではいざというときの案内役として不適任と言われれば引き下がるしかない。


「テレワトロは〈雷霧〉戦に一回しか参加していないし、騎士の実力としてもそなたよりは劣る。だから、あえてそなたをここに残した」

「どういうことでしょうか?」

「すぐにわかる」


 そう言って、ヴィオレサンテ国王は古めかしい装飾の施された両開きの扉の前に立つ。

 声をかける前に内側から扉が開かれた。

 開けたものの姿が見当たらないことから、おそらく魔導を用いたからくりなのだろう。

 室内からはやや冷たい空気が流れ出してくる。


「ヴィオレサンテだ、入るぞ」


 躊躇わずに国王が踏み込むと、やや薄暗い室内に数人のローブをまとった魔道士風の男たちがなにやら作業を続けていた。

 そのうちの一人が顔を上げる。


「ようこそ、陛下。お待ちしておりました」

「頼んでおいたものはできているのだな」

「はい、問題なく。ただし、これを使いこなせる騎士がいるかどうかは、吾輩の関与するところではございませんが」

「先に送り届けておいた騎士はどうだった? そいつはできたのか、できなかったのか?」

「訂正しましょう。―――彼女以外に使いこなせる者がいるかどうかについては、吾輩は責任取れません、と」

「ククク、ならばよし。余とて見込みがなければ博打は打たんよ」


 魔道士と二人の世界に入っていたらしい、国王がタナたちに向き直った。

 目には腕白小僧がいたずらに成功したかのような、楽しげな色が宿っている。

 それから眼を眇め、部屋の奥で壁の花のように突っ立っていた一人の女性に声をかけた。

 女性は自分が目に止まったことを理解したのか、渋々といった様子で国王のもとへ近づく。

 そして、片膝をついて挨拶をした。


「何か、御用でございますか、ストゥーム国王陛下」


 ウェーブのかかった金髪の美しい女だった。

 年齢は二十代半ば、女盛りの匂うような色気を持つくせに、清楚な野草の香りさえも発する凛とした女性だった。

 タナの第一印象としては、親友であるナオミに近いものを感じるが、彼女のものよりも凛々しさの度合いが強い。

 戦場で戦い続けた武芸者の雰囲気というべきか。

 騎士としてのタナの勘が「稀に見る強者」であると伝えていた。


「こいつの起動には成功したようだな、〈白珠の帝国〉の騎士」

「はい。もともと私の国の品ですから。旧型ですが、似たようなものを何度かいじったこともありますし、この国の騎士よりは使いこなせることでしょう」

「ならばよし」


 そして、国王はタナを指差し、


「そなたの当面の相棒となるものを連れてきた。タナ・ユーカーだ。聖士女騎士団の騎士をしている。〈雷霧〉での魔物討伐数三位の英雄だぞ」


 女性は興味深そうにタナを見据えた。

 鋭い目に、少しだけ親しげなものが湧いている。

 いや、タナはその奥底にあるものをどういうわけか察知した。

 この女性はタナを見ているのではなく、タナを通じて何か別のものを見ているのだ。

 それがなにかまではわからなかったが、心に小さな棘が刺さるのを意識した。


「騎士タナか。君の同僚のシャーレには世話になった。彼女を通じて、一時的とは言え士官先も紹介してもらった。君たちには感謝している」

「いえ、私は別に何もしていません。お礼なら、シャーレにだけお願いします」

「ふふ。借りというのは、それだけではないんだが……。ああ、名乗り忘れていたな」


 美女は邪魔な髪をかきあげて、


「私はシャツォン・バーヲーだ。君とは、ごく短い間になるが組むことになるのでな。堅苦しくならないように、呼びやすく、シャッちんでいいぞ」


 タナは美女―――シャッちんの差し出した手を握り、そして改めて自分も名乗った。


「西方鎮守聖士女騎士団の騎士タナ・ユーカーです。よろしくお願いします、騎士シャッちん」


 自分でもよくわからない黒い感情が胸に湧き上がったことに、タナは不愉快さを覚えた。

 天真爛漫な彼女にはふさわしくない黒いものだった。


(一体、なんだろう、これ)


 タナが疑問について深く思い悩む前に、国王が部下たちと魔道士を連れて、室内の奥に向かった。

 そして、中央にある椅子の上にある甲冑の前に立つ。

 タナは息を飲んだ。

 見覚えのある黒い鎧―――カマナ地方の〈雷霧〉の中でタナたちと戦い、彼女の右膝を壊す原因となった敵―――彼女たちの家ともいえる〈騎士の森〉を襲い、多くの同胞たちを殺した悪夢―――は〈雷馬兵団〉の魔導鎧だった。

 その彼女を襲った衝撃を完全に無視して、国王は両腕を組み、背中が凍りつくような恐ろしい覇者の笑みを浮かべた。


「思い出したか、ユーカー。これはそなたたちの基地を襲った〈雷馬兵団〉の黒騎士から剥ぎ取ったものだ。そして、我が国の宮廷魔道士の力を結集させて、こちら側の騎士でも纏えるように錬金加工を施させた」


 誰かの唾を飲む音が聞こえた。

 そして、それはタナ自身の喉が鳴らした音だった。


「……なんの……ために……ですか?」


 室内に漂うすべての空気を切り裂くように、ヴィオレサンテ・ナ・ユラシス・ストゥームは宣言する。


「無論、ユニコーン抜きで〈雷霧〉を攻略するためだ」





 ―――〈雷霧〉を巡る戦いの局面は、確実に変化しつつあった。

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