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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第十六話 騎士たちの長い一日
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〈影謀士〉マセイテン

[第三者視点 〈丸岩城〉]


 余裕を見せた振る舞いをしてはいたものの、実のところ、マセイテン・ヌヴッドは困惑していた。

 彼と対峙している騎士たちの抵抗の激しさが想定外のものだったからだ。

 本来ならば、彼はビルスタン伯の愚かな孫娘を殺して口封じをしたうえで、〈丸岩城〉に潜入し、マチウスの〈影謀士〉を使って殺戮の宴を催すつもりだった。

 つまり、二ヶ月前の〈雷馬兵団〉の襲撃を再びなぞる形で聖士女騎士団の城を血の海に沈める予定だったのだ。

 だが、ルノエの殺害は生意気な幼女に邪魔され、今もまた騎士と間者の二人組に手を焼いている。

 膝蹴りなどをされたのは、ほとんど十年ぶりぐらいだ。

 こうなると最初の予定は変更せざるを得ない。

 いや、それ以前に彼一人による襲撃という計画そのものが、そもそも画餅にすぎなかったのではないかと疑わしい。

 少なくとも、彼一人で皆殺しにできるような生半可な集団ではないことが判明したのだから。


(まったく、いっぱい食わされましたかね……)


 彼を派遣したものたちの顔を思い出す。

 彼らの依頼は、歴史上、ほとんど成功することのない二正面作戦に直面し、混乱しているはずの聖士女騎士団の拠点に潜入し、さらに壊滅的な損害を与えてほしいというものだった。

〈雷馬兵団〉と〈雷霧〉。

 この二つへの対策に追われている状況であれば、本拠地である〈丸岩城〉は隙だらけとなり、腹中に忍び込んだネズミ一匹のひと暴れで十分に足りるという判断だった。

 マセイテンもそのつもりで依頼を引き受けた。

 ここ数ヶ月、ビルスタン伯の家令の振りをして、ルノエと接触していたのもこのための布石だった。

 だが、よくよく思い返してみると、西方鎮守聖士女騎士団は前のいくさの時に、ボルスアとワナンの二つの地方に同時に発生した〈雷霧〉に部隊を二手に分けて対処し、最後は勝利という結果を出している。

 カマナ地方のときも、別働隊を仕立てて、カマンの街に拠点をつくりあげて〈雷霧〉消滅後の夜戦を回避するという作戦をとっている。

 つまり、一点集中する従来の兵理とは別の、独自の戦い方を得意としているということだ。

 であるのならば、二正面作戦をしなければならない状況にあっても、必要以上に混乱するとは思えない。

 むしろ、一人で侵入などをすれば、彼は飛んで火にいる夏の虫ともいえる格好の餌食となるおそれがある。

 たとえ、彼が〈白珠の帝国〉の貴族として、強力な力を有していたとしても。


(そもそも、反貴族たちは自分たちにまとまった武力がないからこそ、謀やら暗殺やらで王都に勢力を伸ばしてきた連中だ。奴らがまともに頼みとできる直接の武力は〈雷馬兵団〉だけ。それを戦楯士騎士団の封じ込めに使ってしまっているから、聖士女騎士団の攪乱のために私を利用せざるをえなくなっているはずだ)


 マセイテンはさらに脳みそをぶんぶんと回転させる。

 ついつい自分の力を過信して考えてこなかった細かい点を検討するために。


(私がここでユニコーンの騎士に打撃を与えれば、王都は明日には〈雷霧〉に飲まれるし、戦楯士騎士団も壊滅させることができる。逆に考えると、聖士女騎士団が無事であったとしても、どちらかの作戦目標は達成できるか……。たぶん、騎士団は王都に向かうだろう。〈雷霧〉の〈核〉を潰すために。だが、あれは普通ではない特別製だ。もう一刻もしたら、〈核〉の傍には近づくこともできなくなる。ユニコーンの騎士たちが今から出撃しても、〈核〉にまでは絶対にたどり着けない。つまり、どう転んでも私たちの作戦目的は達成されるということだ。ならば……)


 ジロリと二人の敵を睨む。

 腹立たしいことに小娘たちは怯む様子もない。


(私がここで奮戦する必要はない。―――王都が落ちればバイロンはそこで終わりだし、バイロンが無くなればこの大陸の全ての国家も終わり。〈雷霧〉が大陸全土を支配すれば、我らの勝利となるのだから)


 彼のこれからの活動方針は決まった。

 こんなところで無茶をして、命を危険に晒すことなどやめて、さっさと逃走してしまうという方針に。

 もともと真の帝国貴族の彼が、バイロンという国家の裏切り者である反貴族の依頼を聞く必要性などないのだ。

 逆の立場ならまだしも。

 祖国のためだからこそ、くだらない雑多な仕事をこなしてきたが、もうそろそろ十年かけた仕込みが成就しようという段階にきてしまえば真面目に働く気など起きるはずもない。


「止めだ、止めだ」


 マセイテンはぽつりと呟いた。

 さっさと彼の別荘に帰ってしまおう。

 だが、問題は目の前の二人組だ。

 簡単に逃がしてくれそうにない。

 さて、どうするか。

 そんなことを考えたとき、徒手空拳の少女騎士が動いた。

 大地を滑るような大きく、幅の広い踏み込みだった。

 必殺の左の正拳突きが魔道士を襲う。


「ちいっ」


 月光によって生じた影の中から、三本の手首を喚び出す。

〈影謀士の腕〉だ。

 影の腕は次々と拳士の足を捕まえるが、なんと加速のついた踏み込みはそのまま一度は掴んだ指を振り切って止まらずに眼前に達する。

 落とした腰だめの正拳がマセイテンの腹を抉った。

 それは先程膝蹴りを受けた場所でもあった。

 腹筋を引きちぎるかの如き一撃に魔道士は悶えた。

 ゴッと三歩分は吹き飛ぶ。

 意識が持って行かれそうな打撃だったが、経験豊富な魔道士はなんとか耐え切った。

 だが、そこで追撃を止めるマイアンではない。

 そのまま逆足となり、今度は右の正拳が閃く。

 脇腹に叩き込まれた。

 またも、マセイテンは後方に飛ばされ、こんどこそ地に倒れ伏した。

 呼吸ができなくなっている。

 さらなる連打が放たれようとしたとき―――


「マイアン、待って!」


 騎士の背中から制止の声がかかった。

 そこで振り向くような真似はしないが、マイアンは戦友に対して理由を問うた。

 それに対して、答えたのはモミではなく、魔道士だった。


「……さすが、間者。ゲホッ。視野が広い」


 ゆらりとマセイテンは立ち上がる。

 その姿はまるで幽鬼のごとくであった。

 

「私の〈影謀士の腕〉は目の届く範囲なら、意外と届くんですよ」


 マイアンが油断せずに後方に目をやると、モミが端に横たえておいたルノエの首に黒い影で巻きついていた。

 その影は枝分かれした魔道士のものに繋がっている。

 

「……これだけ離れると大した力は入りませんが、気絶した女の子の首の骨を折るぐらいはできます」

「それで、人質をとったつもりか」

「はい。それで交渉に入らせて貰いたいのですが、よろしいですか」

「……騎士の生命一つよりも〈妖帝国〉の魔道士一人を仕留めたほうが、対価としてはこちらに利があるということを理解しての発言であるな」

「ま、なんて残酷な人達なんでしょう」


 マセイテンはわざとらしく驚き、そしてふらふらになりながら立ち上がった。

 さすがに拳法家の渾身の二連撃は内臓にまで響く。

 

「で、どうですか? 交渉するんですか、しないんですか?」

「残念だ。拙僧たちは、敵と交渉などはしないんだ」


 少女騎士は後輩の生命のことを完全に見捨てた。

魔道士は失策を犯したのだ。

 人質にとられたのがただの一般人だったのなら、マイアンは簡単にすべてを捨てて屈服しただろう。

 相手の差し出した靴の裏さえも舐めただろう。

 しかし、聖士女騎士団の騎士は、足手まといとなった仲間のために時間も力も費やすことはない。

 なぜなら、任務のためには〈雷霧〉の中で仲間を切り捨てることができなくては、何も守ることができないからだ。

 だからこそ、マイアンは一瞬でルノエを見捨てる。


「ちょっと、待って、ななんなんですか! 鬼ですか、貴女はっ!」


 洒落者の魔道士は慌てて手を振った。

 マイアンの蛮勇が理解できないというふうに。

 そして、今度こそ風を切る必殺の回し蹴りがマセイテンの首筋を狩ろうとしたとき、


「―――ま、そうくるだろうことは読めていましたがね」

「なに?」

 

 マイアンの蹴りは確かに魔道士の首にかかったが、手応えはなく、まるで何もなかったかのように空ぶった。

 彼女は見た。

 ついさっきまで目の前にいた男の姿が、ぼんやりと薄くなるのを。


「まさか!」


 そこにいたのは影が実体化したような、人型をした薄染みであった。

 影使いは、影そのものになって消えたのだ。

 正確無比のモミの隠し千本が命中したが、これも抵抗なくすり抜ける。

 ほんの刹那、瞬き数回の間に、存在していたはずの魔道士の姿は掻き消えていった。


「マイアン姉さま、あそこ!」


 レレが指差した方に、森の奥から全速力で逃げ出していく山高帽とシャツの男がいた。

 背後を見ようともせず、一目散に向こうに駆け出していく姿はある意味清々しいほどでさえあった。

 呆然とする三人は、男がある程度距離をおいたのを確認後、こちらに向けて道化じみた挨拶をしてくるのを見た。

 さっきまでの必死の全力疾走のあとで、そんな古めかしい行動をされても感想らしい感想は湧いてこなかった。

 呆気にとられるしかない。

〈妖帝国〉の魔道士は、それからもう一度だけ手を振ると、今度は悠々と背を向けて歩き出す。


「えっと、あの、追いますか、騎士マイアン?」

「……あっ、どうするか。こっちには馬もないし、下手な深追いは禁物な気がするし。何より……」

「何より?」


 マイアンはため息をひとつついて、


「気が抜けてしまったよ」


 それはモミにとっても同じだった。

 あまりに見事な遁走に、毒気を抜かれてしまったのだ。

 ついさっきまで本気の殺し合いをしていたはずなのに、その場に漂うのは無情な脱力感だけであった。


「とにかく、騎士ルノエの目を覚まして事情を聞きましょう。場合によっては、彼女を内通者として裁判にかけなければなりませんし」

「ああ、そうだな」



 ……こうして、〈丸岩城〉の傍の沼地での死闘は幕を下ろした。

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