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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第十六話 騎士たちの長い一日
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拳士対魔道士

[第三者視点 〈丸岩城〉]


「マイアン姉さまっ!」


 レレがその名を叫ぶと、マイアンは一瞬たりともマセイテンから目を逸らさずに歩み、彼女の脇に並ぶ。

 幼女の肩を掴んで、後ろに下がらせた。


「どうしてここに?」

「おまえのスモックが廊下に落ちていて、窓が開いていた。何かあったのだろうと考えるのは当然だ」

「でも、それだけでは……」

「もちろん、拙僧一人の力ではない。二人で手分けしたのだ」

「二人?」

「私ですよ、レレ様」


 レレが疑問を投げかけると、その背後から突然別の人物の声が聞こえた。

 振り向くと聖士女騎士団の間者であるモミが、倒れているルノエの首筋に手を当てて何やら調べていた。

 

「……ルノエ様は気絶しているだけです。生命に別状はないと思われます」

「わかった」


 二人掛りで探したということは、つまりマイアンとモミのコンビによる共同作業のことらしい。

 レレは合点がいった。

 おそらく中々部屋にやってこないレレを探しに出たマイアンが、彼女の行動を知り、モミとともに後をつけて来てくれたのだろう。

 間者のモミならば追跡はお手の物だ。

 レレ自身もルノエも痕跡を消すような真似はしていないのだから、余裕の追跡劇であったに違いない。

 そのおかげで危機一髪の状況を救われたのだから、レレとしては感謝してもしたりないほどである。


「―――貴女のことは知っていますよ、十三期の双璧にして〈拳の聖女〉マイアン・バレイ。王都では貴方の人気も上々です。お目にかかれて光栄ですよ」

「持ち上げられるのは好きではない。特に、身の毛のよだつ男相手には」

「はっはっは」


 マセイテンの上っ面だけに親しみをこめた発言は、簡単に一蹴された。

 それでも気分を害したようには見えない。

 むしろ面白がっているようだった。


「私はマセイテン・ヌヴッドと申します。そういえば、マセイテンとマイアンで私たちは名前もよく似ていますね。仲良くなれそうな気がしませんか、〈拳の聖女〉?」

「残念だが、拙僧は一人を除いて特定の殿方と仲良くする気は毛頭ない。それがおぬしのような増上慢な輩となったら、なおのこと」

「残念です。振られてしまったようで。私、貴方のような女性が好みなのですが」

「おぬしなどに告白されても困る」

「では、私が無理矢理に貴女を従わせれば、性の端女のように扱っても構わないのでしょうかね?」

「……女が常に男の意のままになると思わぬことだ」


 少女騎士は右手を突き出し、左半身を引き、正中線を斜めにとった。

 騎士としての戦技に関してだけは周囲に合わせて右を中心に鍛錬しているだけで、もともと彼女は左利きである。

 シヴル僧兵のための拳法は、敵の虚をつくために技は左を中心にして構成される。

 右利きが多い世界では、やはり左側からの攻撃は対応しづらいのだ。

 全身に〈気〉が巡る。

〈強気功〉と〈剛気功〉を合わせた完全実戦型の使用法だ。


「こちらの国の気功術というものは、今ひとつわかりませんが、さして便利であるとは思いませんね」

「そうか」

「違うのですか?」

「見解の不一致だ。拙僧は不便さを感じない」

「ほお。私にとっては使い勝手が悪いだけなのですが。なんといっても、遠目からの攻撃ができない。このように」


 マセイテンが両腕を交互にかきあげた。

 掌から飛び出すような突風が時間差で、右・左とマイアンに襲いかかる。

 気功術に長けたマイアンは、それが体内から発された〈気〉が物理的に具現化したものだと見抜いた。

 騎士や僧兵の体内でしか効果を持たないはずの〈気〉が、体外にでてなお消滅せず武器と化す。

 不可視の飛び道具だった。

 避けられるはずがない。

 ただし、マイアンを除いて。


「〈魔気〉とは驚いた」


 気功術の達人である彼女にとって、例え体外に放出されたとしても〈気〉の流れが決して追えないというものではない。

〈気当て〉のできるものならば、目で見えなくとも肌から伝わる感覚で察知できるのだ。

 ある程度の余裕をもって、マイアンは吹き付ける〈気〉の風を躱した。

 彼女のもとに居た位置では地面が縦と横に裂ける。

 風が恐ろしいほどの切れ味を有していたことを如実に示していた。


「躱されました」


 マセイテンがぽつねんと呟いた。

 まるでありえないことが起きたかのように。

 いや、彼にとってはまさにありえないことだ。

 この国の騎士に必殺の〈魔気〉を見破られ、躱されたことなどないのだから。


「私の〈烈風打剣〉が……」

「……そういう名前があるのか。意外と格好いいな」


 マイアンは少しだけ羨ましかった。

 僧兵拳法は技に名などないからだ。


「おぬし、本当は〈妖帝国〉の魔導騎士なのか? 先ほどはレレに魔道士であると名乗ったような気がしたが、あれは戯言であったか?」

「いいえ、違いますよ。私は魔道士でもあり、魔導騎士でもあります。〈白珠の帝国〉の真の貴族とはそういうものです」

「真の……貴族」


 その告白に、マイアンはさらに気を引き締めた。

 ただでさえ、〈妖帝国〉の魔道士が強敵であろうという認識があったのに、さらにそれよりも上手の相手ということだからだ。

 ただ、冷静な彼女の心の片隅では少し違う感想もあった。


(〈魔気〉が使えるということを最後まで隠されていたら厄介であったが、初手から披露してくれるとは……。意外と戦い慣れていないのか? 単に増長しているだけかもしれないが。いや、結論をすぐにだしてはならない。どんな敵も切り札を隠しているものだし、弱くて技術もない相手でも決して油断してはならない。セスシスさんのことを念頭に入れろ。強いのと怖いのは別次元の問題だ)


 彼女はここ一年ほどで二回ほど決定的な敗北をしている。

 一度はダンスロットに、もう一度は〈雷霧〉戦で〈肩眼〉に。

 どちらもしてはならない場所での致命的な敗北だった。

 それ以外にも、彼女は多くの敗北に近い屈辱を味わっていた。

 入団した当時の強者の自信はすでにどこにも残っていない。

 自信という部分で言えば、下手をすれば十三期でもっとも喪失してしまっているのがこのマイアンであった。

 だが、そこで終わることをしないのもまた、彼女の特性だった。

〈騎士の森〉襲撃事件は彼女にとってショッキングであったが、それよりもなお彼女を震わせたこと出来事があった。

 重体のセスシスの姿だった。

 左腕を根元から失い、全身傷と火傷だらけ、両目もほぼ見えなくなり、骨折はいたるところにあるという死体も同然の姿。

 しかし、彼はその惨状でも二百人以上の団員を八騎の〈雷馬兵団〉から守りきったのだ。

 それがどれほど尊いことか。

 マイアンの基準で言えば、鍛えてあるとはいっても、彼はごく普通の青年だ。

 その青年が何度も肉体を張って戦ってきたことを彼女はよく知っている。

 彼女たちの初陣の〈手長〉との戦い、本部に忍んできた間者との小競り合い、ボルスア〈雷霧〉での戦争、王都での毒使いとの戦い。

 何度も傷つき、それでも平然と敵に立ち向かう彼のことを知っている。

 そんな彼を見ていて、例え敵が信じられないほどに強かろうと、どんな奥の手を持っていようと、戦いに真摯に向き合わないなどできるはずがない。

 そして、絶対に敵を侮ってはならない。

 気を抜いてはならない。

 敗北したからといって、そこで負けてはならない。


「……恐ろしい眼をしていますね、貴女」


 魔道士の声に少しだけ真剣な響きが宿る。

 眼を眇めたのも、マイアンに何かを感じ取ったからだろう。


「なるほど、あの手この手を使って叩き潰そうとする訳だ。貴女みたいなのが何人も出てこられたら、反貴族どもには対処ができない。……そうか、もしかしたら今回の件は私を貴女たちにぶつけて始末する気があったのかもしれないと邪推できますね。あ〜、嫌だ嫌だ」

「……おぬしが何を言っているのかはわからんが、聖士女騎士団(うち)の方針では〈妖帝国〉の魔道士は見つけ次第、捕縛か殺害していいということになっている。ここから逃げることはできんと思え」

「それは物騒だ」

「戯れるなっ!」


 マイアンはついに飛んだ。

 それまで会話しながら、少しずつ間合いを詰め、一答足の位置に入るまで待っていたのだ。

 それだけではない。

 彼女は眩しい月を背にして、多少の目くらましの効果をも用意していた。

 太陽とは比べものにならないが、月光とて人の目を眩ませることはできなくない。

 堅く握り締めた正拳が魔道士の顔面を狙う。

 手元で伸びる拳法の突き。

 マセイテンはかろうじて首をひねって躱した。

 体術の心得は十分にあるらしいが、生粋の格闘者と戦えるレベルではなさそうだった。

 伸ばした腕をそのまま止めて、横に薙ぐ。

 一瞬で立てた親指がこめかみの肉を削ごうとする。

 それはなんとか肘で防がれるが、ほぼ同時に膝蹴りが放たれ、マセイテンの腹を抉る。

 上半身が折れ、無防備になった背中に組んだ両腕の一撃を振り下ろした。

 まずは地に這わせるための攻撃だった。

 無様にマセイテンは地に倒れた。

 マイアンはそれで追撃をやめる愚かな女ではない。

 倒れた男の横っ面を蹴り飛ばそうと足を振りかぶったとき、その軸足が何かに掴まれた。

 黒い手首のようなものが彼女の影から伸びて、足首にまとわりついているのだ。

 横から見たら何もないぐらいに薄いのに、まとわりつかれた部分に痛みが走った。

 見た目そのままに、凄まじい剛力で握りつぶされているかのようだった。

 だが、構わずにマイアンは足を振り切る。

 考えて分からないことは無視して、今の行動をやり切ることが大切なのだ。

 しかし、その蹴りも受け止められた。

 魔道士の胸元から這い出した黒い手首によって。

 

「キエェェェイ!」


 マセイテンが吠えると、ムチのようにしなった黒い手首が彼女を弓なりに投げ捨てた。

 受身こそ取れたが、姿勢は完全に崩れ、着地点でたたらを踏む。

 その瞬間に立ち上がった魔道士が双拳を振るった。

〈烈風打剣〉と名付けられていた〈魔気〉の技だ。

 悪い体勢のままでは到底逃げられない。

 今度こそ仕留めたと魔道士は信じた。


「っ!」


 マイアンは横合いから登場した何者かにタックルされ、そのまま地面に転げ落ちる。

 地面は再び裂けた。

まともに食らっていたらさすがに即死だったろう。

 間一髪で彼女を救ったものは、そのまま魔道士から目を離さない。

 再度の攻撃を警戒しているのだ。


「ありがとう、モミさん」

「どういたしまして、騎士マイアン」


 間者の娘は、目をそらさないように慎重に立ち上がり、マセイテン目掛けて千本を投げた。

 五本の細い針のような暗殺武器は、マセイテンの胸元の黒い手首に叩き落とされた。

 恐ろしい動きだった。

 五本の千本を同時に落とすなど通常はありえない。


「やはり強いですね」


 モミは慄然とした。

 この魔道士は異常だ。

 正直な話、間者程度では一対一では勝負にならないだろう。

 だが、しかし、


「……二人掛りでいきませんか、騎士マイアン」


 正々堂々を重んじる騎士には本来言い出せない作戦を、間者は提案した。

 断られたって仕方のないところだったが、


「承知した。拙僧が前に出る。モミさんはあいつの隙をみて、千本で射抜いてくれ。拙僧にあてても構わない。まあ、貴女が外すとは思えないが……」

「……私を信じてくれるのですか?」

「拙僧と貴女は〈雷霧〉での戦友だ。友を疑う馬鹿がどこにいる」

「確かに。少なくとも聖士女騎士団にはいませんね」

「そういうことだ」


 ……二人の団員は、マイアンの斜め後ろにモミがいる形をとり、再度魔道士に向き合う。

 魔道士はすでに油断なく、足元の影から幾本もの手首を現出させていた。


「〈影使い〉というやつか?」

「そのようですね」


 マイアンの問いかけに、モミが答える。

 二人はすでに魔道士の奮う魔導の正体に気づいていた。

 

「私の故郷では〈影謀士〉と呼ばれている魔導ですよ。マンチスという魔道士が考案したもので、帝国でも私一人しか使えない難度の高い魔導です」

「だから?」

「自慢されても困りますね」

「んー、本当に貴女方はやりにくい。以前、貴女方の仲間を狙った時も、あと一歩というところで逃げられてしまいましたし。本来、ションベン臭い小娘の相手は私の仕事ではないんですがね」


 この後に及んでも、魔道士は嘲弄を忘れない。

 もともとそういう他人を見下したところのある男なのだろう。

 だからといって、挑発に乗るほど熱い二人ではない。

 むしろ戦いにおいては冷静すぎるほど冷静なコンビだった。


「……魔道士、そのことについても後で聞かせてもらうぞ。我らの同胞を狙った罪も加算ということだ」

「ふっ、吠えますね」


 赤錆色の月の下、騎士と間者、そして魔道士の戦いはまだ終熄しそうになかった……。

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