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騎士ナオミ・シャイズアルの場合

 宿舎で彼女とルームメイトに与えられた部屋は、二段ベッドと共有の机と小さなテーブルがあるだけの殺風景なものだった。

 以前の部屋から持ってきたフリルのついたカーテンをつけ、テーブルにカバーを敷き、同期の友達に描いてもらった王都の風景画を壁にかけることで、少しだけ女の子の住処らしい感じになった。

 ルームメイトはあまりそういうことを気にしないタイプなので、ちょっとした環境整備は彼女の仕事ということになっている。

 机の上には手作りの写真立てと、その中に収められた写真を飾る。

 訓練所卒業時の同期の面々との集合写真である。

 最近、ようやく一般庶民にも普及してきたばかりの写真だったが、彼女の実家は個人で撮れるほど富裕な層ではないので、家族とのものは残念ながらない。

 それでも、彼女宛に送られてきた何枚もの手紙は大事に小物入れにしまってあり、家族との絆は十分に感じられていた。

 特に小さな弟妹がくれた加工押し花は大切な品だ。

 いつだって家族のために頑張ってきた彼女なのだから。

 散歩に出たルームメイトがしばらく帰ってこなさそうなので、母からの手紙を取り出し、目を通す。

 見るたびに涙が出てくるから、いくら親友といえども、ルームメイトがいる場所で読むことは色々な意味でできなかった。

 

『……ナオミは、元気にしていますか。お母さんもお父さんも、クリンもソナも元気ですよ。ナオミが訓練所に入ってから、お給金を仕送りしてくれるようになって、こっちの生活は問題がありません。むしろ、私としてはあなたが不自由していないかが心配です。こっちへの仕送りは少なくして構いませんから、きちんと自分のお金でご飯を食べてください。前みたいに全部を送ってくるなんてことはもう絶対にしてはいけませんよ……』


 ナオミ・シャイズアルの家は、数年前に父親が病に倒れてから、長いあいだ、貧困に喘いでいた。

 そのため、ナオミは国費でなれる上、給金までもらえるという騎士訓練所に入り、そこで騎士を目指すことを決めた。

 バイロンではそれなりの家柄の跡取り以外の子息が騎士になることが普通だったが、平民の家から騎士を目指すものもかなりの割合で存在した。

 北方のとある国との間で頻繁に小競り合いを続けてきた関係で、バイロンでは常に軍の充実が求められ、そのための騎士の補充が不可欠であったため、身分による取捨選択などはしている余裕がなかったためである。

 その上、バイロンでは高度に発達した『気功術』の存在もあり、才能があれば女子でさえ、男子と同等以上の働きができるものとして、男女の差別なく登用の道は開かれていた。

 ナオミのように立身出世・給金目当てのものが騎士になろうとすることもよくあることだった。

 だから、彼女は崇拝する主義・思想を特に持っていないことを悩んだこともなかった。

 家族のため以外に戦う理由は、あまり持ち合わせていないぐらいだ。 

 こぼれそうになる涙をこらえるために室内を見渡すと、部屋の中でも特異に無骨な壁に立てかけてあるふた振りの木剣が目に入った。

 何万も素振りをしているというだけあって、柄のあたりは染み込んだ手垢で黒くなっている。

あれはルームメイトの私物だった。

 散歩中のルームメイトは剣において、ナオミをはるかに凌駕する才能の持ち主であった。

 もっとも、槍と弓の技術においては劣っていると思ったことはない。

 女性騎士としては元々の膂力がずば抜けている上、『(あく)』の気功種に秀でた彼女は、同期の中でも無双の重戦士でもあった。

 ルームメイトとの試合における通算対戦成績も互角である。

 長いあいだのライバル関係というところか。

 だが、何よりも三年間ともに切磋琢磨をし続けたというおかげで、今の彼女はかけがえのない親友となっていた。


「あの子、どこまで行ったのかしら」


 どういうわけか珍しく塞ぎ込んでいた親友が、散歩をしてくると出かけてから、すでに二時間以上も経過していた。

 王国内は辺境と違い、通常のレベルでの危険はほとんどないが、稀に考えられない事態が生じることもある。

 魔物の襲来や、小規模な天変地異である。

 まったくの無力というわけでは決してないが、女の子が一人出歩いたまま戻ってこないとなると、心配にもなるというものだ。

 すると、勢いよく扉が開かれ、見慣れた顔が戻ってきた。


「ねえ、聞いて、ナオミ!! 私、一目ぼれしちゃった!!」


 何とも不穏な内容を大声で叫んだのは、タナ・ユーカー。

 ナオミのルームメイトにして親友だった。


「ちょっと待ちなさい。あなた、一目惚れってことは、もしかして恋をしてしまったってことなの?」

「うん」

「……まさか、男の人じゃないでしょうね」

「その通り!!」


 無い胸を張って断定する少女に眉をしかめながら、ナオミはたしなめるように言った。


「あなたねえ、自分の立場を忘れたの? そして、ここがどこかを忘れたの? 私たちはすでに西方鎮守聖士女騎士団の騎士なのよ。恋とか愛とか軟弱なことを言っている場合じゃ……」

「どうしたの?」

「―――ちょっと待ちなさい」


あることに気づき、タナの両肩を押さえつける。

 

「痛いよ、ナオミ」

「……ついさっき一目惚れしたってことは、ここに男の人がいたってこと?」

「そうだけど。それがどうかしたの?」

「ここは西方鎮守聖士女騎士団の宿舎。まごうことなき男子禁制の場所なのよ。なんで、こんなところに男の人がいるのよ!」

「えっと、それは……」

「一大事よ。もしかしたら、不審者かもしれない。早く、みんなに注意を呼びかけないと。いや、武器を持って見回りをしたほうがいいのかしら。それとも……」

「絶対大丈夫だって。ナオミの誤解だよ」

「そんな馬鹿なことがあるはずないでしょ! だって、ここは私やあなたみたいな女の人、しかも清らかな処女しか立ち入れないはずなのよ!!」

「だからー、一人だけ例外がいるでしょう。教導騎士の人だって。例の噂の教導官」

「教導騎士……?」


 ようやく何を言われているかを飲み込む。

 確かに、今までとは違う一人教導騎士が招かれるとは聞いていた。

 だが、一角聖獣の教導騎士ということは、先任の騎士のことではないのか?

 前に紹介を受けた騎士アラナのような……。


「そういえば、ただ一人ユニコーンに乗れる殿方がいるって話を、先任の騎士に聞いたことがあるような……」

「その人のことだよ。で、名前も調べたんだ。えっとね、セスシス・ハーレイシーさん。すっごくかっこいいんダヨ。びっくりしちゃった」

「……本当にその人なの?」

「うん。私が見ているとね、馬場のユニコーンたちとずっとお喋りをしているんだ。もう普通の友達とお話する感じでね。それで、その時の笑顔がとっても素敵で、もうお日様みたいなんだよ。もう、キュンキュンしちゃうね」


 すでにきらきらした目をして自分の話に夢中になっているタナを尻目に、少し落ち着いたナオミはイスに腰掛けて、その様子を見守っていた。


(この子が恋ねえ……)


 貴族の出身であるということは知っていたが、それ以上に世間ずれした性格の持ち主で、恋愛ごとの生々しさには縁のないタイプだと思い込んでいた。

 それが突然初対面の人物についてこれほどまでに想い入れする部分があったとは……。

 恋愛小説だって読まない子なのにね……。

 逆にタナの従姉妹であるミィナ・ユーカーは常にそんな本ばかり読んでいる娘だった。

 自分のことを僕なんて呼ぶくせに、嗜好は紛れもなく女の子で、いつか変な野郎に騙されないか心配なぐらいに単純で……。

 別の場所で訓練を受けていたらしい彼女も、今はここで一緒に騎士として任命されているということだった。

 まだ、宿舎でも顔を合わせてはいないが、もうすぐに会えるだろう。

 タナはまだ一人でニシシとにやけながら、語り続けている。

 あまりに興奮しすぎて木剣を振り回しそうでちょっと危ない。


(……でもね、タナ。私たちには恋をすることなんて認められないのよ)


 心の中でタナに向けて忠告をする。


(私たちは、最後の最後まで男の人とは無縁でいなければならないのよ)


(だって、私たちはユニコーンに乗らなければならないのだから……)


 そして、過去の西方鎮守聖士女騎士団の損耗率を思い出し、目を伏せる。

 かつて、この騎士団には、百三十五名の騎士が所属していた。

 現在、正式な騎士の数は七名。

 負傷によって辞任した騎士は十三名。

 ……つまり、百十五名の騎士が今までの〈雷霧〉への突入で戦死しているのだ。

 ついたあだ名は自殺部隊。

 国と人類のために生命を投げ出しているというのに、後方の安全圏にいるものたちからは侮辱されている。

 ほとんどの騎士が恋を知らず、結婚も諦め、そしてただ使命のために死んでいくというのに……。

 ナオミは死にたくなかった。

 自分が死んだら、家族はどうなってしまうのだろう。

 せっかく平穏を取り戻した家族が再び不幸になることを見過ごすことはできない。

 でも、この西方鎮守聖士女騎士団にいる限り、もう生きて帰ることは不可能といえた。

 どうすることもできない。

 せめて、少しでも実力をつけ、無理をしないで〈雷霧〉から帰還できるようにしなければならない。

 それしか道はないのだ……

 

(……死にたくない)


 だが、数日後、はぐれ魔物の討伐に出向いたタナをはじめとする三人が、見事にユニコーンを乗りこなし帰還した時、何かが変わるような気がした。

 タナをかばうために負傷したという教導騎士だったが、その指示のもとで初陣の仲間たちが二匹の魔物を討伐できたということが、彼女たちの士気をあげる効果を発揮したのだ。

 そして、団内に流れた十年前の噂。

 かつてバイロンを救った〈ユニコーンの少年騎士〉の逸話。


 ……セスシス・ハーレイシーの伝説が、少女たちの希望となった。

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