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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第十六話 騎士たちの長い一日
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ダンスロット、吠える

[第三者視点 王都守護戦楯士騎士団]


 蹂躙とは、暴力をもって踏みにじることをいう。

 そして、その日、王都を守護する五つの騎士団において最強の座を争う戦楯士騎士団に対して行われた攻撃はまさにその蹂躙と呼ぶにふさわしいものであった。


 ……ダンスロット・メルガンは首筋に嫌な感触を覚えて思わず手を当ててしまった。

 虫けらでも這いずり回ったのかと思ったが、そんなことはなく汗の一滴すら垂れてもいない。

 普通ならば無視してしまう程度の異常だった。

 だが、ダンスロットは普通ではなく、〈青銀の第二王国〉バイロンにおいても有数の武人であった。

 彼の周囲は騎士甲冑に身を固めた騎士たちと、その武具を持つ従兵たちで埋め尽くされ、小声ではなにを言っているかも聞き取れない行軍中なので耳を澄ましても何かが聞き取れるというものではない。

 ただ、戦場においての武人の勘働きというものは常識を凌駕することが希にある。

 この時のダンスロットはまさにその尋常ではない勘の助けを借りて、何かが起きていることに気がついた。

 彼の側近を呼びつける。


「異常は報告されていないか?」

「いえ、なにも」


 側近の答えはそっけない。

 それも当然、前方の目に見える範囲ではなにごとも起きていないのだから。

 だが、ダンスロットは騎士団のトップとして常に最善を作るべき立場にある。


「ただちに全軍に敵襲を警戒するように伝えろ。次の野営地までその臨戦状態を維持、ともな」

「……はっ、承知しました」


 側近は理由を問い返すこともせず、そのまま司令官の命令を全軍に伝える手続きを開始した。

 自分たちの指揮官の命令に異議を唱えることなど考えもしない、という素直すぎる態度だった。

 彼らは指揮官を信頼しきっているのだ。

 それだけ戦楯士騎士団におけるダンスロットの立場が強いということである。

 二度に渡る対〈雷霧〉戦における実績と戦士としての武勇が、生命を預けるに値する忠誠を彼に注がせていたのだ。

 広がった五千の軍勢の末端まで、すかさず数人の使者が赴こうとした時、ダンの予感は最悪の形で的中した。


「なにごとだ!」


 後方からいきなり戦のときの怒号が飛び交ってきたのだ。

 騎士たちは振り向く。

 やや遠目を進む殿の部隊とその前にある輜重のための馬車隊が、黒い砂塵に包まれるのが見えた。

 それはまるで爆発のようでさえあった。

 ぶわりと人の列が膨らみ、そして多くの騎馬と徒歩の兵士が手前に押し出される。

 まるで水面に泡が立つように。

 数百の兵士たちを弾き飛ばすように何かが、人ごみの中央を突破してくる。

 ダンスロットは剣を抜いた。

〈手長〉のものに似した特注品ではなく、メルガン家に伝わる片刃の魔剣だった。

 行軍中であることから、彼の周囲を包む部下たちを巻き込むわけにはいかないからだ。

 それに、状況がわからない以上、武器は扱いやすいものの方がいい。

 魔剣を八双に構える。

後方に列をなす騎士たちが、後ろから突き進んでくる何かによって宙を舞った。

 人が自分たちの頭の上を飛び越えるほどに派手に吹き飛ぶ光景というものを、騎士たちは〈手長〉との戦い以外ではじめて拝むことになる。

 直後、その直接の下手人たちが、ついに姿を現した。

 黒い甲冑を纏い、黒く淡い靄をこびりつかせた馬上槍を構えた騎士と、雄牛のようにぱんぱんに張り詰めた鉄の如き筋肉の鎧をつけた巨大な黒馬だった。

 黒馬の足元には走るたびに雷のような火花が散っている。

 そいつらがまさに横に走る雷のように突撃してきたのだった。


「ちっ、〈雷馬兵団〉かっ!」


 ダンスロットは一瞬で敵の正体を見抜いた。

 初見だが、報告書は読んでいる。

 対策も練ってはいた。

 だが、こんな王都に近い場所で、しかも行軍中に襲撃してくることなど想定もしていなかった。

 そもそも〈雷馬兵団〉の神出鬼没ぶりは知ってはいたが、数としては百騎ほどの少数の兵力だ。

 今までにゲリラ的に襲撃している相手も、小規模な部隊や軍の補給基地などの比較的脆いものばかりということもあり、五千の兵力を有する精鋭の騎士団を標的にするなどという考えは持っていなかった。

 それにしても正面からの激突なら数の利を持って押し包むことも可能であったろうが、この騎士団の弱点ともいうべき後方部隊を突き抜けてくるとは……。


(やはり内通者がいたか?)


 ダンスロットの脳裏に、キィランから受けていた報告がよぎる。

 西方鎮守天装士騎士団にいた元騎士の告白によるものだ。

 それだけでなく、ボルスア〈雷霧〉戦においては、ダンスロットの部下の中に聖士女騎士団に偽の地図を与えたものがいるという話も聞いている。

 戦場でダンスロットの命令と言って偽の地図を渡すなどということは、少なくとも騎士団の正式な団員でなければできないことだ。

 目的がなんであれ、そのことによって特攻していったユニコーンの騎士たちは思いがけない危険に曝されることになった。

 誰が内通者であるのか完全な調査は完了していないが、ダンスロットは自分の部下たちに獅子身中の虫ともいうべきものが潜んでいることを肝に銘じていた。

 そして、このタイミングで、あの位置からの襲撃はやはり誰かが情報を漏らさなければありえない。

 だが、今更、そんなことを嘆いても仕方がない。

 あの恐ろしい疾風怒濤の蹂躙を止めなければ、騎士団はすぐには回復できない損害を受けることになる。


「団長っ! 奴ら、まっすぐにこちらに向かってきます」

「わかっている」

「狙いはおそらく貴方の首です。真っ先に我らの将の首印を獲る算段のようです」

「そうだな」


 ダンスロットはあの突撃が間違いなく自分のところに達するであろうことを予感していた。

 何百の騎士の群れをかき分けるどころか、無人の地でも往くがごとくに突き進む勢いは、ほとんど落ちることがない。

 先陣を切る四騎の黒騎士は、まさに死を招く黙示録の騎士のごとく、血と砂塵を撒き散らしつつ飛ぶように進んでくる。

 離れた場所にいた側近の騎士の一人が泡を吹いて近づいてきて意見を具申してきた。


「将軍閣下っ! ここは一先ずお逃げください。我らが全体で押し込めば、いかに〈雷馬兵団〉といえどあの突貫の推進力をそのまま維持することはできないでしょう。奴らの狙いである貴方に躱されれば、そこで勢いを殺すことができます」

「その通りだ」

「では、奥に。キィラン卿のもとへ退避してください。あそこなら安全です。自分がお供しますので」

「それはできんな」


 ダンスロットは拒絶した。

 意見を出した側近が鼻白む。

 まさか受け入れられないとは思わなかったのだ。

 なぜ、という顔をした。


「行軍の中で最も安全な場所にいる指揮官が、奇襲を受けたからといってすぐに逃げ出していては全団の士気が保てん。もちろんここで討ち取られるのは論外だが、それ以前に騎士団が瓦解するような真似はとてもできん」

「しかし、貴方が討たれでもしたら、我らの沽券に関わります!」

「それもそうなのだが、逃げ出さぬにはもう一つ理由がある」

「……なんですと」

「この時点で俺が逃げ出すために背を向けるということは、致命的な隙を見せることになりかねないということだ」

「どういうことでしょうか?」

「こういうことだっ!」


 ダンスロットの驚くべき速度の剣撃が、意見を具申した騎士の胴を薙いだ。

 片刃の魔剣の峰の部分による一撃でなければ、騎士は間違いなく即死していたであろう。

 自分が斬られて気絶したことさえも気づかせないような強烈そのものの抜き打ちであった。

 指揮官の突然の行動に周囲のものたちが色めき立つ。


「閣下! いったい、なにを!」

「こいつを拘束して、決して逃がすな。あとで背後関係を吐かせる」

「……背後関係? まさか」

「そのまさかだ。こいつがおそらく例の内通者だ。あれから何ヶ月も経つというのに、内通者が誰かという目星すら俺がつけていないとでも思ったのか。まったく、舐められた話だ」


 憮然と言い放つダンスロット。

 視線は迫り来る強敵たちから片時も離さない。

 側近たちは今にも〈雷馬兵団〉が接敵するかもしれないという状況でも、欠片も動じずにいる指揮官を畏敬の目で見つめている。


「〈雷馬兵団〉の奇襲にかこつけて俺を始末するつもりだったのだろうが、そうはいかん。俺たちはなんとしてでも死地(ここ)を切り抜けて王都に戻るぞ。……全員、抜剣しろ」


 ダンスロットの命令に従い、全員が戦闘態勢に入る。


「あと少しで〈雷馬兵団〉の先槍がここまで達する。背後から奇襲をかけたとはいえ、戦楯士騎士団(うち)の中央をここまで容易く突破してくる奴らだ。まず、無事には済むまい。……いいな貴様ら、奴らを一騎でも多く仕留めろ。多くの同胞の生命と引き換えにしても、だ」

「将軍……」

「これ以上、よそ者に我が愛する祖国を踏みにじられてたまるものかっ!」


 ダンスロットは敢然と敵に立ち向かう姿勢を見せた。

 あとは、部下たちがそれに従うだけ。

〈雷馬兵団〉はほとんど無傷のまま、戦楯士騎士団の中央を突破してくる。

 あの恐るべき雷馬の蹄は、どれだけの人間を蹂躙すれば飽き足りるのか?

 だが、怯んではならない。

 騎士には退くべきではないときがあるのだ。


「来い、〈雷馬兵団〉っ! ここで叩きのめしてやるっ!」


 ダンスロット・メルガンは吠えた。

 まるで若き日の頃のように。

 かつてセスシス・ハーレイシーと元許嫁とともに、王宮と姫と、そして自らの誇りを守ったときのように。

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