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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第十六話 騎士たちの長い一日
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〈雷馬兵団〉の狙い

 その日の夕方。

 俺たちはオオタネアの執務室で頭を付き合わせて、ある問題についての検討をしていた。

 いつもの騎士団主幹の面子に加えて、十四期のシノ・ジャスカイがその中に加わっている。

 なぜ、十四期の隊長格であったとしてもまだ新米の彼女がここに呼ばれているかというと―――


「戦楯士騎士団は、正面からの合戦なら決して負けはしませんが、後背からの攻撃に対してはやや脆いところがあるというのは事実です」

「例えば?」

「……あたしの父であるキィラン卿が先陣を務めることが多いのですが、父とその配下たちは縦からの突破に対して無類の強さを発揮します。父の配下はだいたい千人ほど。そのどれもが父が時間をかけて養成してきた選りすぐりばかりです。ところが、殿に回されている騎士隊長はやや格が落ちます。彼が無能という訳ではなく、普段はダンスロット団長の代わりに輜重隊の指揮を執っているために、いざ戦闘という段階になると粘り強さに欠けるんです」

「それでよくやっていけるな。殿というよりもまさに後方向けの人材じゃないか」

「古巣を悪く言いたくはないのですが、戦楯士騎士団は輜重関係をおろそかにしているため、常に随軍してそれをまとめる役職が必要なのです。苦肉の策といえますね」

「つまり、その弱点を突かれて、ダンたちは敗走する羽目になったということか」

「……さきほどの報告を聞く限り、あたしが思いつくのはそのぐらいです」

「わかった、ジャスカイ。まだ、聞きたいことがあるから、しばらくここに残れ」

「はい」


 オオタネアが俺たちに向き直る。


「以上でだいたいの内容はわかったと思う。おまえたちを急遽呼び集めたのは、このことについてだ」


 ユギンがバイロン国内の大きな地図をテーブルに広げる。

 そして、ひと目でわかるように関係する場所にミニチュアの旗を立てていった。

 まず、王都。次に、この〈丸岩城〉。そして、もう一つ、王都の南西部にあるイド城の上に。

 イド城はここから二日ほどの場所にあり、ユニコーンでなら一日かからずに辿り着ける。

 もともとは放棄された過去の砦であり、ある意味では〈丸岩城(このしろ)〉と似ているが、平地にある平城という部分が違う。

 そして、すべてはこの城から始まっているともいえる。


「ダンたち、王都守護戦楯士騎士団が、カマナからの行軍中に〈雷馬兵団〉の襲撃を受け壊滅的な敗走をかまし、このイドに逃げ込んだのが一昨日のことだ。ダンは王都とここにそれぞれ伝令を出したらしいから、すぐに動けるのは我々だけということになる」

「閣下は戦楯士騎士団の救援に向かわれるおつもりなのですか?」


 アンズがここにいる全員を代弁して問うた。

 筆頭騎士である彼女は、実は今となっては俺よりも位が高い。

 身分や爵位の問題から、今すぐに失われた副将軍の座につける訳にはいかないが、それでもオオタネアが何かあった時のための指揮系統の明確化のための措置である。


「そのつもりだが」


 執務室の空気が凍った。


「〈雷馬兵団〉と正面からぶつかると?」

「ああ、その通りだ」


 俺たちは無言になった。

 奴らの―――〈雷馬兵団〉の実力を肌で理解しているものとしては、なんの策もなしに激突するのは遠慮願いたいというところだった。

 確かに、騎士団の中は、奴らの襲撃によって亡くなった同胞たちの仇討ちという動機づけで盛り上がっているところはある。

 だが、実際にやりあうとなると話は別だ。

 アンズたち実戦部隊は〈雷霧〉で、俺は〈騎士の森〉で、それぞれ激しくやりあいその力を身にしみて理解しているのだから。


「戦楯士騎士団とやりあったというのなら、〈雷馬兵団〉もかなりの損害は出たでしょう。単純に考えても、五千対百なのですから」

「ダンが一矢も報いずもやられるはずはないな」

「ですが、その後、潰走する彼らを追撃し、イド城にまで追い込み、それで引き返さずに城を包囲しているということが理解できません。寡兵をもって攻城戦を行うなど、まともな兵理ではありえないことです」

「そうだな。どういうことなんだ?」

「教導騎士、おそらく〈雷馬兵団〉の狙いはただ一つでしょう」

「それはなんだ?」


 オオタネアがアンズの言葉を引き取る。


「―――簡単だ、セシィ。奴らは我々を引きずり出そうとしているんだよ。この聖士女騎士団をな」

「なっ!」


 息を飲んだ。

 まさかそうくるとは。


「なぜ、ダンからの伝令がイド城のことまで熟知しているか、わかるか。それはイド城に籠城後にだされた伝令だからだ。〈雷馬兵団〉は百騎に満たない少数だが、城から逃げ出す伝令を見逃すほど無能ではないだろう。つまり、伝令は意図的に見逃されたとみるべきだろう」

「だが、伝令が俺たちのところにくるとは……限らないぜ」

「確かにそうだ。だが、ダンの出した伝令がうちに向かうだろうというのは高確率で推測できる。まず、イド城から近い場所に、〈雷馬兵団〉と互角に戦える騎士団は我々しかいないこと。次に、伝令がどちらに向かったかだ。南か東にむかったのならば、王都か〈丸岩城(ここ)〉に限定される。最後に、我々と戦楯士騎士団の関係だな。意外と仲が良いと思われているらしい」


 その分析が正しいというのならば、逆に言えば俺たちを誘き出すためにわざわざダンたちを狙ったということでもあるのか。

 つまりは、罠だ。

 そうであるならば、〈雷馬兵団〉は絶対の自信と策をもって俺たちを迎え撃つだろう。

 完全に殲滅するために。


「〈雷馬兵団〉の真の目的って……」

「我々の殲滅だろうな」

「まさか」

「そのまさかだろう。なあ、ユギン」

「ええ、今までの敵の行動を分析する限り、そのような突飛な結論しか導きだされません」

「理由は? なにか、理由があるんだろう? なあ、ユギン」


 俺が口を開くと、ユギンが説明を始めた。


「まず、〈雷馬兵団〉がどのような立ち位置にいるかが不明でした。人でありながら〈雷霧〉に味方するかの如き行動、バイロンのみならず周辺諸国を的確に混乱させる行動力、〈妖帝国〉産の武具、〈雷霧〉を無効化する雷馬を抱えていること、ありとあらゆる事実が通念上理解できません。ただ、一言いえることは人類に敵対する輩だということです」

「それで」

「しかし、幾つかおかしな動きを見せることがありました。その例が、〈騎士の森〉襲撃です。―――〈騎士の森〉に私たちの本部があることは調べればなんとかわかりますが、東の入口を突破した時の手際の良さについては答えのだしようがないことなのです。あそこを狙うということは、騎士団について深い部分まで調査しなければまず不可能だからです。つまり、あの襲撃は念入りに調査を重ねた結果のものでしかないのです」


 ユギンは続ける。


「〈雷馬兵団〉の他の襲撃事例を調べてみても、そのすべてが力任せのただの殺戮でしかありえませんでした。うちへの襲撃だけが、異彩を放ちすぎているのです。そして、今回の事件。うちと交流のある騎士団を狙い、伝令を見逃し、そして騎馬において無意味な攻城戦を行なう。すべてが指し示す答えは、『狙いは西方鎮守聖士女騎士団』であるということなのです」


 俺たちは今の説を頭の中で分析する。

 今まで不審だったものが、すべて納得できる材料に置き換わる。

 そう考えてみると、一騎だけが〈雷霧〉に現れたのは実は強行偵察の類だったとも受け取れる。

 なぜ、わざわざ一騎だけで襲ってきたのかは謎だったが、こちらの腕試しのつもりだったとしたら納得だ。

 おそらく〈雷霧〉での戦いはすべて見物されていたのだろう。

 そして、戦力は分析された。

 倒せると判断されたのかもしれない。

 もし、誤算があったのだとしたら、俺たちは奴らの〈騎士の森〉襲撃後、まったく〈丸岩城〉から出ることなく引きこもっていたせいで、表に姿を現さなくなったという点だろうか。

 さすがに岩城一つを落とす力はないのだろう。

 そのため、俺たちを誘き出すために今回のような暴挙に出たのか……。


「しかし、相手の思惑がわかっているのだとしたら、その通りに動くことは愚行でしかないのでは?」

「……〈雷馬兵団〉対策はしてきただろ?」


 アラナの意見を、オオタネアはひと睨みで黙らせた。

 どうやら、彼女はなんとしてでもこの段階で〈雷馬兵団〉を逆に殲滅させたいらしい。

 理由は不明だが、高圧的に物事をすすめるタイプではないオオタネアが、ここまで強く出るということはきっと意味がある。

 そして、〈雷馬兵団〉に対しての対抗策もあるのだろう。


「よしわかった。指揮官の意見に従おう。……閣下、時間がないので話を進めてください。アラナ、すぐに騎士たちを会議室に集めて、説明を行なってこい。そして準備させろ」

「……教導騎士」

「早くしろ。もう、躊躇っている時間はない。オオタネア・ザンを信じろ。自分たちを信じろ。騎士団を信じろ。いいな」

「……わかりました」


 そう言って、アラナは執務室から出て行った。

 残ったものたちは、改めてオオタネアの前に立つ。


「悪いな」

「構いませんよ。……それで、どうするんですか、司令官殿。策は当然あるんでしょうね」

「まあな。では……」


 オオタネアが口を開こうとした時、突然、執務室の扉が開いた。

 アラナが戻ってきたのかと思ったら、やってきたのはハカリだった。

 こいつがこういう風に顔を出す時は、たいていろくなことがないというのが俺の経験則だった。


「どうした?」

「閣下、王都から早馬が来ましたっ!」


 全員の視線が今度こそハカリに集中する。


「今度は王都か。いったい、何があった?」

「細かい話は、こちらから」


 ハカリの後ろから顔を出したのは、疲れきって憔悴した顔のシャーレ・テレワトロだった。

 約半年ぶりに顔を見たことになる。


「お久しぶりです、オオタネアさま」

「テレワトロか。おまえがわざわざ早馬に乗って伝令役を務めるとはな。よほどのことがあったようだな」

「はい。ことは一刻を争います」

「では、話せ。おまえの知っている限り事をすべてだ」


 シャーレはぐしゃぐしゃになった髪をかきあげ、軽く深呼吸をしてから、口を開いた。

 彼女が語る話は、正直な話、おそるべきものであった。

 そして、またも残酷な選択を俺たちに強制するものでもあった。

 それは……


「王都の西、オコソ平原に〈雷霧〉が発生し、急激に侵食を開始しました。明日の朝には王都の一部が〈雷霧〉に飲まれ、夜までには王都の全域が飲み込まれるものと推測されます。これは、国王陛下からお預かりした文書です。……では、読み上げます。『西方鎮守聖士女騎士団は直ちに王都に進撃し、〈雷霧〉を消滅させよ。これは全てに優先する勅令である……』」




 後に、王都守護〈雷霧〉消滅戦と称された戦いが幕を開けようとしていた……。

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