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国王陛下の英雄たち

「ほほお、城の後ろがただの穴蔵かと思えば、魔導による照明が入っているのか。王宮と同じだな」


 山と変わらない大きさの岩を掘り抜いて造られた〈丸岩城〉は、本丸から後部が完全に、陛下が言うところの「穴蔵」となっている。

 そのため、光を採り入れることができない環境であるからか、普通ならば生活しにくい場所になるはずだった。

 だが、大岩の中には実は俺の元いた世界のものに近い照明が用意されていたのだ。

 それは岩に日中降りそそいでいた太陽光をそのまま魔導で蓄え、必要なだけ暗い城内を照らすというシステムだった。

 要するに太陽光を魔導に転換し、光源に変えるというものだ。

 実は、このシステムは古い時代の城などにはよく見られるもので、バイロンの王宮にも使われている。

 俺が最初に召喚されたザイムでも使われていたことから、〈妖帝国〉においてはかなり標準的な魔導技術だったと思われる。

 ただ、それは〈妖帝国〉が魔導先進国であったからであって、それより東の国家ではかなり特殊なものなのだ。

 このかつて放棄された城に、どうしてそんな技術が使われているかはわからない。

 しかし、俺たちがここに移ってきたときには、すでに使用準備が整っていたことは確かだ。

 ここを紹介してくれた宰相閣下の計らいかどうかはともかく、俺たちにとってはかなり助かるものといえた。


「さすがにこの魔導の照明がないと暗すぎますから、助かっております」


 ユギンが陛下を案内しながらしみじみと言う。

 確かにこの証明設備がなければ、まるで地下迷宮(ダンジョン)を歩いているような物騒な錯覚を覚えてしまう場所だった。


「うむ、通路も適度に広く、古い時代のものとは思えないな。そういえば、この城にはかつて余の先祖たるヴィスクローデ大公が逗留したこともあるそうだぞ。そう思うと、子孫たる余がここにいるというのは歴史の息吹を感じることだなあ」

「そうですね」

「ちなみに言うと、この城では〈英雄〉バドオ・クリィムナサと八柱の魔人衆が激闘を演じたところでな……」


 と、楽しそうに過去に実在した英雄たちの逸話を話し始める陛下。

 彼女は本当に何百年前の英雄たちのマニアなのだ。

 自分にとってのご先祖様でもあるからか、それとも何か理由があるからかはわからない。

 ただ、初めて出会った時から彼女はこんな感じだった。

 一通り、〈丸岩城〉における英雄たちの武勇伝を語り終えると、陛下は美しい柳の葉のような眉をひそめた。

 鼻をクンクンと鳴らし、


「それにしても、この臭いは好きになれんぞ」

「俺たちはもう慣れましたけどね」

「住めば都ということか? 服に臭いが染み付かないといいのだが」


 一国の国王陛下なのに妙にケチくさいことをいうお方だ。

 生粋の宮廷産まれ、宮廷育ちのはずなのに……。

 だが、確かに服にこの臭いが染み付かないかどうかはいつも気になっている。

 この鼻孔を刺すように刺激的な――硫黄の臭いに。


「元々、この大岩も地中に埋まっていたものが、なんらかの儀式魔導の実験で地上に隆起したものだと言われています。どこかで地下の硫黄の鉱脈と繋がっているのかもしれません」

「ふむ、硫黄を国の売り物にできんものかな」

「それは〈丸岩城〉がその役割を終えてからのことにしてください。今は、俺たち全員の家なのですから」

「……そういえば、地下からお湯が出るそうだな」

「ええ、温泉が湧いています。いい泉質ですよ」

「入れるのか?」

「まあ、せっかくの温泉ですし、温度も熱すぎず温すぎずといったところで悪くない感じなので。うちの団員たちもこぞって湯浴みをしています」

「それが一番の楽しみという騎士もいます。―――騎士ノンナなんてほとんど四六時中、湯に浸かっていますし」

「……あいつ、そんなに風呂好きなのか」


 そういえば、ノンナはいつも自分用の桶を持ってうろついていたな。

 あれはそういう理由だったのか。

 ちなみに城中の温泉は完全に女湯となっていて、俺は入ったことがない。

 実のところ、同じ湯脈が警護役たちの詰める物見の塔の傍にあるので、俺はもっぱらそっちの方を利用しているからなのだが。

 それに、どちらかというと天然の露天風呂という風情なので、俺はそっちの方が好みだった。

 仕事が終わってから、ロランが用意してくれた熱燗を、きゅっと一杯傾ける。

 素晴らしい一日の終わりである。

 最近、癖になりかけていた。

 そこで、いつも付き合わせているセザーだけでなく、ロランにも酒の味を憶えさせようとしていたら、タツガンに叱られた。

 なんでも、「小僧は、将来立派な騎士に育ってもらわんと困るので、ハーさんの真似をしてもらっては逆効果です」ということだ。

 俺の真似をしたら立派にならないといわれたようで非常に心外なのだが、ユギンにまで釘を刺されたこともあり、ロラン酒浸り作戦は開始するまでもなく検討段階で断念ということになった。


「余も入るか」

「えっ」

「この視察を終えたら、余もここの名物の温泉に入ることとしよう。ユギンとやら、その旨をネアに伝えておけ。なお、その際はセッちゃんも混浴するとも付け足しておくように」

「なっ」


 な、何を口走っているんでしょう、この方は!

 ただでさえ、貴女のおかげで肩身が狭くなっているのに、またさらにそれを助長するような発言をしないでくれませんかね!


「……どうした。だらしなく口を開けて。ああ、心配しなくてもいいぞ。ここの騎士たち同様、余はまだ一人の男も知らぬ生娘だ。まさに玉体よ」

「そういうことを言っている訳では……」

「ははん、照れておるのか、余の〈英雄〉どのは? 安心せよ、ただの諧謔だ。さすがにいかにそなたであったとしても、男と風呂に入ったとあっては余の純潔が疑われてしまうからな。余としても爺いに何を言われるかわからん事態は避けたいのでなあ」

「背中の汗を止めて欲しいところですよ」

「ククク、残念であったか? んー、男としては?」

「そんなことあるわけないでしょう。勘弁してくださいよ、陛下」


 混浴などしたら、今度こそ俺は宰相閣下に暗殺者を送られるだろう。

 あの大きなご老人は本当に怖いのである。

 くわばらくわばら、であった。


「……国王陛下。では、ご入浴の間中は、我が聖士女騎士団の騎士たちが警護役を務めましょう。想像以上に広い湯船ですので、数十人が入ることも可能です」

「頼んだ。さっきから、一向に顔を見せようとしない、この城の忙しい騎士たちの話も聞きたいしな」


 顔を見せようとしないのは、俺たちが止めているからだ。

 この調子で騎士たちに会わせたら、はたして陛下がどんな恐ろしいことを言い出すかしれたものではない。

 だが、その俺の企みも見破られてしまっているようだ。

 おそらく、その今思いついたといった風な温泉のことだって、実際は最初からの計算づくに違いない。

 身分の低いものと平然と風呂に入ろうという発想も、やんごとなき身の上の方としてどうかとも思うが、おそらくはうるさい俺を遠ざけようという腹なのであろう。

 そのうえで、騎士たちから俺の普段の日常を聞き出すつもりなのだ。

 しかし、異世界人とは言え仮にも臣下の身では軽々と異議を唱えることはできない。

 この世界の身分制に意外と順応してしまった俺である。


「んー、余としては前回、前々回の〈雷霧〉消滅で功績と名をあげたものたちに直に言葉をかけたいところだな。アンズよ、そなたの記した書き物は読ませてもらった。なかなかに名著述であったぞ。おかげで、余の忠実なる下僕たるユニコーンの騎士たちの功績が手に取るようにわかった。感謝する」


 嬉しそうにアンズが笑った。


「それで、だ。全員とまではいかんが、特に功績のあった数人に直々に声をかけてやりたい。その風呂にまで連れてきてくれないか?」


 アンズだけでなく、俺やユギンまでびっくりした。

 かなり破格の申し入れだ。

 少なくとも一国の国王のだす提案ではない。

 同時に納得もできた。

 この方の統治のやり方はこういうものなのだな、と。

 さすがは名君といわれた前陛下のあとをたった十二歳で襲った国王陛下だ。

 器の広さも並大抵のものではない。


「……かしこまりました。ご一緒させる騎士の選別は、自分の方で行なえばよろしいでしょうか? それとも陛下からのご指名があおりなのでしょうか?」


 陛下は少しだけ考えてから、


「そうだな、実は候補を用意してある。まず、そなたとドヴァ、そしてアルバイ。次に、カマンへの別働隊を率いたというシャイズアルだ。あと……」


 なんとまあ。

 陛下はうちの個々の騎士たちの名前まで把握しているのか。

 いくらなんでもそれは驚くべきことだった。

 一介の騎士の名を国王が本来覚えているなんてことはない。

 そう考えて、おれははたと思いついた。

 もしかして……


「あと、右膝を負傷したというユーカーだ。ユーカーについてはキィランからも聞いている。なんでも、稀に見る剣の天才だそうだな。実に会うのが楽しみだ」


 やはり、そうか。

 英雄マニアの陛下としては、今の聖士女騎士団の有り様は物語の英雄譚そのものに映っているのだろう。

 しかも現在進行形の成長も楽しみなものたちばかりだ。

 つまり、昔は自分のご先祖を含めた過去の英雄たち専門だったが、現在はその中にユニコーンの騎士たちが含まれているというわけだ。

 なるほど、なるほど。

 陛下のご機嫌がとてつもなく良い理由が簡単に飲み込めた。

 そうなると、まさかとは思うが、例のブロマイドも集めていたりするのではないだろうか。


「かしこまりました」


 そう言うと、アンズは少し離れた場所で護衛をしていた十二期の騎士を呼びつけた。

 アンズほどではないが、背の低い騎士だ。

 ただし、この〈丸岩城〉のような狭い通路だらけの場所で、隠れて王の護衛を任されるだけあって腕の方は十分すぎるほどに立つ。

 彼女の特技は含み針という特殊すぎるもので、誰にそんな技術を習ったのかと聞くと、実はユギンの弟子なのである。

 間者としてのユギンが幾つかの暗器(隠し武器のこと)を仕込んだ秘蔵っ子なのだ。

 その事実はオオタネアとアンズぐらいしか知らないので、こういう非常時の切り札として温存されている騎士だった。


「今の話、名前の上がった騎士たちに伝えてきて。あと、仕事のない騎士は、風呂場周りを重点的に警護。仕事が終わった騎士は、そのまま陛下の泊まられる部屋を中心にアラナに護衛計画を立てさせて、その指示に従いなさい」

「肯定です」


 騎士が立ち去ると、アンズは俺に向き直り、


「教導騎士はタナを連れてきてください。今日は、治療のためハカリのところにいるはずですから」

「わかった。じゃあ、あとでな。……陛下、俺はここで一端失礼させていただきます」

「うむ、名残惜しいがまた後でな。夕餉は余とともにとれるのだろ?」

「もちろんです」


 正直な話、陛下のことは苦手だが、俺は彼女のことを敬愛しているし、たぶん、オオタネアの次ぐらいには尊敬している。

 異世界人の俺なんかによくしてくれた高貴な方を嫌いになれるほど、俺はねじ曲がってはいないということだ。

 素直に親愛の情を示してくれるのは嬉しいし。

 それが、英雄マニアのちょっと趣味的な愛情表現だとしても。


 俺はそのままタナのいる、医療魔導室へと足を進めた。

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