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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第二話 教導騎士と少女たち
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背水の初陣

 二匹の敵の影を確認したと同時に、俺たちは騎馬の疾走を止める。

 ユニコーンたちはおろかオオタネアの栃栗毛の名馬も容易くその脚を止めるが、従兵の馬だけは質が悪いこともあって、無理な停止によってその主を落下させた。

 だが、従兵自身は軽傷らしく、すぐに立ち上がるとオオタネアのために運んでいた武器をすかさず回収する。

 吹き飛ばされた騎士アラナの元には、その相方であるカーが駆け寄っていた。

 カーは嘶きと〈念話〉を併用して、必死にアラナに呼びかけているが、まったくもって彼女の反応はない。

 その必死さはこちらが居た堪れなくなるほどであった。

 カーは本当に乗り手を愛しているのだ。

 しかし、彼女が即死かもしれないとしても、そちらに構っている余裕はない。

 二匹の〈手長(てなが)〉は完全にこちらの姿を視界に捉えているのだ。

 すぐに襲いかかってこないだけ、まだこちらにとっては僥倖と言えた。

 なぜなら、こちらの主戦力がまっさきに削がれてしまったのだから、対策を練らなくてはならない。

 こうなると、時間を惜しんでなんの準備もせずに飛び出してきたことが失策以外の何ものでもない。

 オオタネアの胸中は如何なりか?

 

「従兵、おまえはその戦闘斧を私に渡したら、アラナの下へ行け。彼女が動けるようなら、ユニコーンに身を預けてすぐにここから離脱しろ。おまえも処女であるから、頭を下げれば乗せてもらえるだろう。―――いいな」

「……は、はい。閣下!」

「よろしい、では動け」

 

 オオタネアの指示に従い、従兵は動いた。

 まず、輸送馬の脇に頑丈に止めておいた諸刃の戦闘斧を仕える将軍に恭しく手渡し、そしてすぐに藪の中に突っ込まされた騎士へと駆け寄っていく。

 俺たちはその様子には目もくれない。

 そんな余裕はない。

 じりじりと近づきつつある〈手長〉に対して、俺たちは右に将軍、左に俺を先頭に新米三騎という布陣で望んでいる。

 とてもまともな筋力では持ち上げられそうもない、鋼の戦闘斧を軽々と担ぎ上げて、肩こりでもあるかのように右肩をポンポンと叩く将軍が言った。

 

「……私は右の奴を潰す。時間は掛かるだろうが、まあなんとかなる。正直、こういう戦略も戦術も関係ない、個人技頼みの戦闘は好みじゃないんだがな。なんといっても、私は指揮官として名前を売ってきたんでね」

「あんた、個人でも強くていいよな。こっちは、数こそいても、ただの新兵の集まりだからさ。ホントに死にそうだよ」

「生きて帰れ。それだけでいい」

 

 将軍の男前な命令は、わかりやすくシンプルだ。

 ただ、そもそもこの将軍の後先考えていない出撃命令のせいだということを忘れないで欲しいところだったが。

 

「……こ、怖いです」

 

 クゥが囁く。

 見ると肩が震えている。

 太腿も背中も、いたるところが恐怖による怯えに支配されている。

 それもそうだろう。

 この娘は実戦の経験がないはずだ。

 戦うということは、命がかかるということを実感していなかったのだろう。

 あとの二人は……

 

「僕が突っ込めばいいんですね、任せてください」

 

 ミィナは、手にした馬上槍を小脇に抱えて、俺の方に笑いかけてきた。

 彼女の身長の二倍はあるだろう騎馬突撃用の槍を軽々と操る姿は、ある意味では異常な光景ではある。

 これは騎士階級の戦士が得意とする気功種のうち、「剛力(ごうりき)」を体内で練気している結果として、膂力が数倍に上がっているからである。

 ちなみに、騎士の中でも得意とする気功種は異なっており、新米たちの分はファイルに掲載されていた。

 ミィナは、他にも「軽気功(けいきこう)」を特に得意としており、それは乗馬の時に使用されることになっている。

 俺たちの隣で、片手で戦闘斧で素振りをしているオオタネアも、騎士として当然に気功種の達人である。

 でなければ、これほど非常識な真似はできない。

 

「ミィナはそれでいい。クゥは奴の大剣の届かない範囲を駆け回れ。俺はその範囲内で動き回る。そして、タナは〈手長(やつ)〉が隙を見せたと思ったら接近して斬り殺せ。以上が大まかな行動指針だ」

 

 そして、俺は早口でそれぞれの細かい動きを指示する。

 まず、俺とクゥが相方のユニコーンとともに接近し、あの大剣の範囲内と範囲外をかすめるように動き、敵の気を引く。

 これは楕円を描くようにして必要以上に接近せずに、囮の役割をこなす。

 次に、ミィナは完全に直線を描き、一気に馬上槍による突撃を敢行する。これは必殺のつもりで行わせるが、必ずしも当てる必要はない。

 結局、ユニコーンの突進力のこもった馬上槍での一撃を喰らわせれば、いかに〈手長〉が怪物でも仕留めることはできるのだから。

 さらに、その一撃を躱されたとしても、その際には絶対に隙ができるはず。

 そこを狙って、控えていたタナの剣による斬撃を実行させる。

 これが、今回の戦いの作戦である。

 予定では、俺とアラナでのつもりだったが、今となってはそうもいかない。

 なんとしてでも、あの魔物をここで倒さねばならないからだ。

 

「タナはいけるか?」

「はい、イェルくんがいればなんとかなります!」

 

 タナは初めての騎乗ということで、複雑な動きはできないものと考え、ギリギリまで不可視結界内に待機させ、〈手長〉に位置を悟らせないようにして、隙が出来たと同時に結界から現出、そして攻撃という形にする。

 気功種である『(あく)』を得意とするタナは、その斬撃で丸太さえも両断できるらしいことからも、トドメを刺す役割としても適役と言えた。

 

「クゥ、無理をするな。弓は打てる時だけ放て」

「は、はい!」

 

 クゥは馬上でも打てる短弓を構えた。

 魔物としての耐久力を誇る〈手長〉を倒すほどの殺傷力ないが、何本も矢が刺さればそれだけで怪物的な体力を削ることができる。

 そうすれば、タナかミィナがトドメを指すことも容易になるだろう。

 ただし、戦いについてユーカー家の二人ほど働きを期待できない彼女であるから、囮として十分に動き回れればいいと考えていた。

 ユニコーンたちも〈念話〉で内容を理解したと伝えてくる。

 こいつらは戦における緊張などというものに縁がない。

 常に命懸けの野生の生き物でもあるのだから。

 俺はオオタネアを見た。

 その横顔は瞬きもせず、二匹の巨人を睨みつけてる。

 

「用意は出来た。あんたはどうだ」

「遅すぎるな。やつらも焦れてきているぞ」

「焦れるのは結構。魔物でも焦ればかならず隙ができるからな」

「では、そろそろ行くか」

「ああ」

 

 俺と将軍は文字通りに轡を並べた。

 そして、叫ぶ。

 

「死ねえや、コラァァァァァァァァァ!!」

 

 下品極まる啖呵を発して一緒に突進するが、数歩走らせたところで、俺は左から回り込むように、将軍は右から回り込むように多少の曲線を描く。

 すると、二匹の〈手長〉は、俺たちの移動に合わせて視線を移動させ、こちらが標的としている一方を釣りあげる形となった。

 それぞれがうまくこちらの動きに気を取られたとわかると、俺と将軍は互いに標的としている〈手長〉めがけて突撃する。

 俺は腰に佩いていた剣を引き抜き、雄叫びを上げた。

 もっとも、ほとんど剣技などいうものを知らない俺は戦うことはほとんどできない。

 出来るのは、ただひとつ。

 ユニコーンと共に駆けることだけ。

 グググと〈手長〉が地に先端をこすりつけた大剣を馬鹿力で持ち上げ、俺めがけて振り下ろす。

 成牛さえも骨ごと真っ二つにするという斬撃だ。

 血が凍るような一撃だったが、思ったよりも速度が遅いことと軌道が単純だったこともあり、俺というかアーにとっては余裕で躱せるものだった。

 髪の一筋失うことなく俺たちは前へ進むことで懐に潜り込み、攻撃直後で次の動作に移行できない〈手長〉の脇をすり抜けた。

 その際に、敵の脇腹に思いっきり剣を振るってみたが小さな傷をつけただけで弾き返される。

 多分、刃筋が立っていなかったからだろう。

 剣というものは意外と切れにくい。

 あと、魔物の皮膚は人間のものよりも分厚いということもある。

 もっとも、俺の方としては、手がびりびりとシビレただけであまり意味がなかったかもしれないが、脇腹に剣をあてられたということに驚愕したのか、〈手長〉はその耳まで裂け上がった口を開き吠える。

 怒るという感情がこいつらにあるのかどうかなんてわからないが、少なくとも俺にはそういうふうに見えた。

 馬体を翻し、再びアーの馬体をこいつらに向ける。

 〈手長〉は不気味で長い腕を蜘蛛の足のように折りたたんでまた伸ばし、今度は横から地面を削ぐように広範囲にわたって大剣を薙いできた。

 アーがそれをコース上の障害物のように飛び越えて跳躍する。

 普通の馬よりも一回りでかいのにユニコーンたちの動きは、反比例するかのように猫を思わすぐらいに軽い。

 すると、大剣を振りきって姿勢が止まった〈手長〉の背中に連続してザンッザンッと矢が突き刺さる。

 クゥが中距離から矢を射ってきたのだ。

 走りながらの射撃のくせに精度がいい。

 しかも、矢を撃ちつつも、相方のエリを右に左に軽やかなステップを踏み、前後の速度に緩急をつけて、まるで舞うかのように走らせている。

 アーの跳躍を見てもわかるとおりに、ユニコーンたちは大きさに不似合いなほどの身の軽さが信条ではあるが、これほどまで、さながらダンスを踊るかのように疾走する場面は見たことがない。

 なるほど、ナオミがクゥのことを天才だといった理由がわかった。

 こいつの騎馬はほとんど踊りなのだ。

 踊るような乗り手。

 なるほど、確かに逸材だ。

 もっとも背中を射抜かれた〈手長〉はそんなことに感心しているはずもなく、新しい痛みに対して叫ぶことで抵抗する。

 そして、仕返しをするために次の行動を開始しようとしていた。

 なんと、今までは片手で振り回していた大剣の長い柄を両手で握り締め、またも楕円の軌道を描いてクゥめがけて斜めに振り下ろした。

 しかし、エリとても抜群の乗り手を得たユニコーン。

 さっきまでよりも速い斬撃をステップを用いて紙一重で交わしきる。

 クゥの顔にはすでに怯えが消えていた。

 腹を決めたのだろう。

 それができるから、西方鎮守聖士女騎士団(うち)に送られた騎士なのだろう。

 またしても、クゥの短弓が弦を鳴らし、今度は〈手長〉の腹に矢が刺さる。

 吠える怪物。

 すると、さっきまで遠目でタイミングを図っていた騎士ミィナと一角聖獣(ベー)が、好機とみてついに飛び出してきた。

 その手に輝くのは、敵を貫くための激殺の凶器。

 ミィナの馬さばきは、走り出して数歩で襲歩状態に入るので、異常なほどの加速力を備えている。

 瞬きした間にはすでに〈手長〉の間合いに侵入し、その槍の穂先が堅い皮と肉を抉ろうと牙をむく。

 ミィナの刺突に気づいた〈手長〉が大剣を胸元に引き付ける。

 大剣の幅広の刃部分が盾のようになって、穂先をかろうじて弾き返すが、金属と金属のぶつかりあいで耳障りな音と火花が散った。

 衝撃の力点を流されたミィナの槍は、完全に矛先を変えられ、その突撃は惜しくも無効化される。

 しかし、そもそも無茶な防ぎ方をした上、全速力のユニコーンの突進を真正面から受けたことから〈手長〉は完全に体勢を崩した。

 もともとそれが狙いだというのもあるが、すれ違いざまのミィナの口元には堪えきれない笑みが浮かんでいた。

 自分の大剣の重さもあってか、たたらを踏む怪物。

 もう一度姿勢を整えようとした時、〈手長〉のすぐ目の前に忽然と騎士タナが姿を現す。

 今まで彼女を隠していた不可視結界をイェルが解いたのだ。

 不可視の結界は、中にいるときは誰からも見えないが、激しく動くときには結界を解かなければならないのが欠点である。

 しかし、このように近づかれないように接近する場合に、不可視結界は抜群の威力を発揮する。

 タナは、腰の双剣を引き抜き、前と右から剣を振るう。

 右からの斬撃は、〈手長〉の左腕の筋を叩き切り、血管すら断ったのか夥しい赤い血を噴き出させる。

 上からの一撃は、〈手長〉の扁平な額を割り、タナの剣の刃が顔半分までを両断した。

 分厚い怪物の頭蓋骨をそこまで断てるタナの剣の腕と気功種「剛力」の合わせ技といったところか。

 白い脳漿を傷口から垂らしながら、絶命した〈手長〉が膝から崩れ落ちる。

 あっけなく生命を切り取られれば、倒れ方はどんな生き物も一緒なのだろう。

 タナが剣を引き抜くと、そのまま背中から地面に倒れ、土煙が舞った。

 よし、一匹は仕留めた。

 もう一匹はどうか?

 

 ……西方鎮守聖士女騎士団の長と、魔物との激闘はある意味で膠着状態に陥っていた。

 オオタネアの振るう戦闘斧の一撃を、相手をしている〈手長〉は軽々と大剣で受けると、折りたたんだ長い手を器用にくるりと回転させて、右斜めからの袈裟懸けに切り替える。

 だが、牛をも断ち切る斬撃に対して、オオタネアは戦闘斧の刃を根元にぶつけることで威力を相殺させ、さらに押し込むことで弾き返す。

 バランスを失い身体を反らせた〈手長〉への追撃はできなかった。

 長い(かいな)が鋭い爪をもって女性の宝である美貌を傷つけようとしたからだ。

 ひと房の髪をまさに間一髪もっていかれ、かつ、追撃の機会を失い、オオタネアは顔をしかめる。

 その間に〈手長〉は右足首で踏ん張り、体勢を立て直す。

 そして、もう一度横殴りの大剣の暴風が放たれた。

 もっとも、すでに将軍は余裕の表情で戦闘斧で受け止める。

 周囲は土煙が舞い、致死レベルの攻撃たちが発する剣圧で大気が歪む。

 互角の戦いだった。

 俺たちが相手にしていたものよりも機敏に動く魔物と一進一退どころか、丁々発止とやりあえる女将軍。

 どちらも共に魔物だ。

 

「凄い……」

 

 タナが唖然としていた。

 この中で最もスタイル的にオオタネアに近いのは彼女だからこそ、思うことがあるのだろう。

 真に鍛え上げた護国の騎士の実力というものに。

 むしろ、俺なんかのユニコーン騎乗よりも、オオタネアの本気の戦いの方がいい刺激になるのではないだろうか。

 だが、未来永劫続くかと思われた激闘も、あと何合も続かずに終焉しそうだった。

 オオタネアの放った戦闘斧の衝撃が、〈手長〉の手中から大剣を取りこぼさせたからである。

 武器を失った魔物は、その両手で彼女を抱きしめて押し倒そうとする。

 それが叶えば、尖った乱杭歯でもって噛み殺すことができる。

 最後のあがきといえる攻撃だった。

 

「……おまえなどに押し倒されてはやらんよ」

 

 嫌悪感丸出しの蔑んだ口調で将軍は詰った。

 ああ見えても、彼女も男を知らない生娘なのだ。

 強姦のような真似をされて黙って受け入れるはずがない。

 

「だっしゃゃゃゃぁぁぁぁ!」

 

 破壊力抜群の分厚い刃が、怒声とともに迸り、なんの抵抗もないかのように〈手長〉の素っ首を刈り取った。

 くるくると回転をして宙を舞う首。

 それが地面に哀しく落ちたとき、主を失った胴体もそのまま横倒しになり、噴出する血とともに大地を汚す。

 ふん、と刃についた血を素ぶりで吹き飛ばすとオオタネアは笑った。

 虎のような、もの凄い笑顔だった。

 あれでは男は寄ってこないだろう。

 

 《人の仔よ、躱せ!》

 

 その時、アーが〈念話〉で叫んだ。

 俺は咄嗟に身を屈める。

 頭上を何かが恐ろしい勢いで飛んでいった。

 それだけは気配で感じ取れた。

 正体まではわからなかったが……。

 

「セシィ! 〈脚長(あしなが)〉だ!」

 

 オオタネアの怒鳴り声の向けられた方向に目をやると、そこにはわずかな丘陵があり、その頂きに巨大な影がたっていた。

 ユニコーンに乗った俺を一またぎできそうなほどに長い異形の両足と、逆に上半身は子供ぐらいしかないアンバランスな姿態。

 こちらに向けて不細工な弓を構え、俺たちを狙う攻撃方法。

 間違いない、〈雷霧〉の中で〈手長〉に並ぶ脅威とされる〈脚長〉という巨人族だ。

 報告にはなかった新手という訳か。

 しかし、まずいぞ。

 〈脚長〉の射撃の腕は精度が高いと言う話だ。

 あそこから一気に狙われたら、誰かがやられる。

 俺が躱しきれたのは僥倖にすぎない。

 したがって、俺は一瞬でこれからの方針を決めた。

 

「ミィナ、俺の後を付いてこい、突貫する!」

「えっ、えっ!」

「行くぞ、アー!」

 

 俺はアーの腹を思いっきり蹴った。

 普通なら誇り高いユニコーンには決してしてはならない操縦法だ。

 だが、アーは何も言わずに俺を乗せて疾駆する。

 さすがは相方、現状認識が早い。

 俺たちが走り出すと同時に後ろに追走してくるユニコーンの乗り手がいた。

 

「タナ?」

 

 ミィナではなかった。

 さすがに最年少のミィナではすぐに反応できなかったのか。

 それよりも間髪入れずに俺の指示に反応したタナの判断力が並み優れているというべきか。

 まあ構わない、こいつでもできない仕事ではない。

 

「付いてこい、そしておまえが奴を仕留めろ!」

「はい、セシィ!」

「そして、何があっても討伐を果たせ。いいなっ!」

「? は、はい!」

 

 事前に仕入れていた知識では、〈脚長〉の射速度は二十秒に一射。

 かなり遅いのは、弓が粗雑なために、人間のものよりも狙いに時間がかかるためだ。

 ざっと矢が風を切り、二擊目が宙を飛んできて、俺の肩の肉を削ぐ。

 熱い!

 まるで火で焼かれたように全身に痛みが広がり、それはまるで火傷のようだ。

 だが、うまく外してくれた。

 ユニコーンの超速度で迫る敵に対して正確な射撃は困難なはずだ。

 いくら化け物であっても。

 しかし、次はもっと接近している。

 確実に当てられる。

 それでも構わない。

 俺が盾になれば、タナは一気に剣の効果範囲に入れる。

 そこまで食いつければ勝利だ。

 目前に迫りつつある〈脚長〉の手にある弓に、矢が番えられた。

 おかしい。

 矢尻の先が俺の方を微妙に向いていない。

 少し上向き。

 人のそれよりも巨大な涙袋の上にあるつり目気味の双眸が睨みつけている先は―――

 

 タナだった。

 

 どうやら、奴は俺たちの咄嗟の作戦を読んでいたらしい。

 だから、特攻の真の要であるところのタナを盾役の俺より先に始末することに決めたのだ。

 そして、矢を放つ。

 俺はアーに〈念話〉で命じた。

 跳べ、と。

 禍々しい音を立てて、俺を飛び越してタナを射抜こうとする強烈な矢の前に、ユニコーンの跳躍によって飛んだ俺が身を晒す。

 両手を伸ばし張った胸板が絶好の的となり、矢尻が俺の胴体に食い込む。

 矢による攻撃の恐ろしさは、傷口よりもその衝撃が体内に伝播することによる身体への影響である。

 神経が麻痺し、人を行動不能状態に陥れるのだ。

 俺は胸に一矢を受けたことにより、そのままアーの背にもたれかかる。

 矢そのものの力などそれほど大したことはないので、後ろにまでぶっとぶということはないが、それでも受けた瞬間に俺の身体は弛緩して、動けなくなったのだ。

 同時に意識も刈り取られていた。

 あとはタナ次第だ。

 彼女が〈脚長〉を仕留めきれなければ、下手をすれば俺たちは終わるのだ。

 頼むぞ……。

 

 そして、俺の今日の記憶はここで終わることになった。

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